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●撮り鉄の轍踏み蘇鉄読み耽り、その59
活の 意味はわかるも 死活とは 死して活動 幽霊ゾンビ」、「悠々と 幽霊然の アル中に 精気あるのは 酒避けぬこと」、「避けられぬ 運命ありと 悟り飲む 安居酒屋の にわか仙人」、「撮り鉄の 轍踏み写す 蘇鉄像 集めて耽る 生の読み解き」
●撮り鉄の轍踏み蘇鉄読み耽り、その59_d0053294_01573105.jpg 今日の4首目は題名の「俳句もどき」がわかりにくいので「短歌もどき」に作り変えた。好きな列車を美しい景色とともに撮り集めたいと思う撮り鉄の気持ちを筆者は蘇鉄に変えて街中で見つける限りその全景を撮影し、文章とともにブログに投稿している。撮り鉄と違うのは長文つきであることと、その文章が蘇鉄の写真の説明にはほとんどなっていないことだ。しかし、この蘇鉄シリーズを続けていることからは表現行為全般について思うことがままあり、それを筆者なりに分析して投稿する場合があるので、直接蘇鉄とは関係ないものの、全く無関係というものでもない。筆者のブログやこの蘇鉄シリーズが独創的かどうかは考えたことがないが、撮り鉄を想起した点で独創的ではない。そこで独創とは何かを考える。そのことを忘れたことがないと言ってもよい。30年ほど前、友人Fがタイに移住する前、どういう経緯か忘れたが、Fを岡崎の京都市美術館に連れて行った。グループ展の案内はがきをもらっていたからだ。50名前後の美術家が作品を展示していて、筆者は当時毎年一種に付き合いの気分で同展を見ていたが、感心した作品は一点もない。Fは館内の展示をざっと見た後、嫌悪の表情で筆者にこう言った。「大山にはこんな連中の作品を見てほしくないなあ。大山はもっと高尚やで。」そのグループ展は現代芸術を標榜し、権威的な団体や作家を侮蔑する者たちが主催していて、筆者が説明しなくてもFにはそのことがわかったようだ。Fは美術に関心があるほうではない。ではそうした人々は芸術を鑑賞する資格がないかというとそれは違う。本物が持つ迫力は子どもでも感じる。以前書いたが、Fはジャズ喫茶に勤めていたことがある。だが夢は普通のファミリーが集える喫茶店を経営することであった。その理由は儲かるからではない。通だけが訪れる独特の閉鎖的な店の雰囲気が嫌いであったのだ。それは筆者も同じで、通を自認する人が足を運ぶラーメン店には絶対に行かない。同じようなことは開高健も書いた。会員制の看板を上げている店には行かないというのだ。筆者もその口で、そういう店はろくな料理を出さない。店が客を選び、お高く留まるのは自由だが、そういう店に群がる人々の知性はどうせ知れている。しかしそうした高級店ではない場合でも、自分たちがあたかも選良のごとく、理解を示さない者を侮る連中がいる。Fがグループ展に感じたことはそれだ。その出品者はほとんど仲間うちにしか知られないので社会的に無害だが、Fは無駄な存在と思ったのだ。だが、そのグループにすれば年一度のお祭り気分で、遊びと思っているのだろう。
●撮り鉄の轍踏み蘇鉄読み耽り、その59_d0053294_01580203.jpg 自分ひとりでは絶対に京都市美術館に作品を展示してもらえない。生きている間に名を成し、没後半世紀ほどするとそうした大きな美術館で回顧展が開催される場合もあるが、それも稀なことだ。そういう現実を知りながら、またそのことを嘲笑するかのように、先のようなグループは「創造性豊かな」自作を展示しようとする。束になれば強いという、まことに芸術家として情けない思いによるのだが、それだけ個人が自立しているようでいて、ただ群れたがっていると言ってよい。筆者はそういう慣れ合いめいた群れが嫌いだ。独創性があると言われると作家は自尊心がくすぐられて気分がいいかもしれないが、これまでどこにもなかったような作品があり得るとして、そのことにどれほどの意味があるか。創作を目指し始める者は必ず誰かの作品に着想を与えられてのことだ。これも以前書いたが、筆者はネットでたまたまemiさんという女性が左右対称の切り絵をホームページで発表していることを知った。そして即座に着想が湧いたが、それはemiさんの作品とは全然違う様式だ。その意味で独創だが、そのことを誇示する気はない。巷に溢れる切り絵に対してかねがねさっぱり面白くないと思っていたので、それに対する筆者なりの解答のつもりもあった。色紙をふたつ折りして裏から鉛筆で絵を描き、その線に沿ってカッター・ナイフで切り抜き、それを全部終えると元の正方形に戻し、そして裏面に糊をつけてもう1枚の色紙の上に貼る。これだけのことだが、切り抜く線が0.5ミリやそれ以下になると、広げる際に往生する。そして完全な左右対称にならない場合がよくある。それは失敗のようでいてそうではない。500人の男の顔を500点の左右対称の切り絵にしたいという構想も、そのわずかに左右非対称に仕上がるところが現実の人間の顔のようで面白い。創造性を第一義とすべきということはわかるが、その創造性が本人のみ、あるいは仲間うちにしか理解されないものであれば、それは冗談芸と呼ぶべきものだ。レザニモヲのさあやさんは、芸術はスポーツのように点数で評価されるものではないと言う。そのとおりだ。しかし、ではどういう基準で評価されるのか。筆者は彼女に音楽コンテストなどに積極的に応募すればと助言した。審査員には経験や知識が豊かで審美眼に優れた人が必ずいるからだ。そうした客観的な意見を認めないではひとりよがりになりかねない。そうした人の作品は子どもでも悟る。独創性にこだわって難解ないし意味不明の作品を提示することは鑑賞者を拒否していると受け取られ、批判すらも寄せられない。Fが筆者に言いたかったことはそれだ。またFは筆者がそういう自己満足的な作品を目指すほど優雅な暮らしをしているのではないことを知っていたし、偏見なしで誰とでも親しく話すこともよくわかっていたからだ。
●撮り鉄の轍踏み蘇鉄読み耽り、その59_d0053294_01583279.jpg
 以前、阪急嵐山駅前の喫茶店のことを書いた。そのマスターから聞いたが、女性シンガーソングライターがライヴをさせたことがあって、マスターはさっさとわずかなギャラを手渡したそうだ。印象がよくなかったことは口ぶりから伝わった。彼女が無名同然であったためではない。オリジナル曲ばかりを演奏したと思うが、店に合わなかったのだろう。それで筆者が以前から461モンブランの演奏会を同店で開きたいと伝えていたことは間違いでないと確信した。オリジナル曲専門のシンガーソングライターとカヴァー演奏専門の461モンブランとではどちらが芸術的か。誰もが楽しみ、暖かい印象を客の心に残すことが良質の音楽で、独創性はカヴァー演奏にもある。ライヴハウスは地下にある場合が多く、そこで演奏される音楽はアンダーグラウンドであることに一種の誇りを持ち、数少ないファンでいいと思っているかもしれない。ザッパもデビュー当時はアンダーグラウンドを標榜したが、そこに留まることを拒否した。それでは生きて行けないからだ。音楽家は死んではならない。生きるのに金は必要で、それを自分の専門で得ようとするなら、全人生をその専門に費やす覚悟が必要で、自己満足の趣味に浸ってはいられない。客に迎合してわかりやすい作品を目指すというのではない。本物の迫力は誰にでも伝わる。そのことを信じない者はいつまでも成長はなく、そのまま枯れて行く。筆者の切り絵やブログは無料で公開して収入を生まず、自己満足の最たるものだが、特定に人だけに見たり読んだりしてほしいとは思っていない。感想を知りたいとも思っておらず、自己との対話の場として機能しているだけで充分だ。生きた証という大げさな思いもない。こうして書いていて気力を確認出来ることが楽しい。それは蘇鉄に対峙した時に感じる気分に似ている。彼らは黙ってそこにあり、堂々としている。さて、今日の最初の写真は先月15日、数年ぶりに家内と自転車で訪れた天神川太秦の大きなスーパーの手前で撮った。小さな家の玄関脇にあって大事にされている様子がうかがえる。2枚目は同じ日、別のスーパーに向かう途中、丸太町通りの北側で見かけた。以前にも投稿したかもしれない。3枚目は今月1日、桂の自衛隊の近くだ。やはり数年ぶりに訪れる店に行く途中で、前回自転車で走った時にはなかった。玄関両脇に5,6メートル離れて一鉢ずつ置かれ、仁王さんのような魔除けになっている。最後の写真は22日のTV番組で見かけた蘇鉄で、島根の江津駅だ。上がTV画面でたぶん駅舎の北側玄関へと通じる線路沿い、下がグーグルのストリート・ヴューで北側の玄関前だ。この駅は蘇鉄で有名かもしれない。駅は国道9号線沿いにあって、桂から亀岡を抜けて丹波街道を西に進み、さらに西に向かうといずれ着く。車の運転が出来ない筆者はネット上の写真で我慢するしかない。
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# by uuuzen | 2025-09-25 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)
●『ザッパロウィン25』予告
ロックの ロックと言うは 大雑把 ザッパの調べ ザッパレスクス」、「恒例の ザッパ祭りの ライヴには 老若男女 溢れてほしき」、「天国の 子どもら見るや 舞台には ザッパの曲の 爆演バンド」、「ザッパロの ウィンと読まずに 区切り変え ザッパのロウィン 意味不と言うな」
 ●『ザッパロウィン25』予告_d0053294_22154903.jpg 昨日レザニモヲのさあやさんから今年のザッパロウィンのチラシ・デザインの原稿が届いた。わずかに手直ししたものが今朝届き、それを印刷に回すことにするとあった。そのチラシ画像にあるように、今年は11月1日の土曜日の夜にいつもの『夜想』を会場にした開催される。チラシの下部に小さく入れてもらったが、今年も筆者のザッパ本を来場者の中から1名に抽選で差し上げる。何らかのくじを用意するとして、それとは別に毎回ザッパがらみの催しで筆者が参加する時には用意する手製紙ジャケットのお土産も考えている。ただし、30部程度になりそうで、予約順か先着順に配布することになるだろう。ジャケットの絵も中身もまだ何も考えていないのは、今年の夏はあまりに暑くて思うように事がはかどらず、それにもかかわらず筆者はいつも以上に考えることが多く、また来月22日の時代祭りに関係していることもあるからだ。ザッパロウィンの演奏についてはどうレパートリーが増えるのかわからない。毎年変化はほしいところで、実際そうなっているが、マンネリを逃れるためには常に最新の世の空気に接する気分でいる必要はある。筆者は最初に30分の話を予定している。その内容はザッパの近作の2種のアルバムについてにするつもりだが、まだじっくりと聴いておらず、英文解説も半分ほどしか目を通していない。最も懸念することは、毎度のことだが、集客だ。それを思っての今日の投稿だ。ザッパの音楽に認知度は日本では低く、名前くらい知っている人でも変な先入観がある。コロナ禍以降は特に日本のみならず世界中で自国主義が拡大し、平たく言えば民主主義の限界が喧伝されている。ザッパはそのことを予期していたと言ってよい。それで共和党の大統領を常にけなしていたが、84年のアルバム『ゼム・オア・アス』の題名からわかるように、アメリカの分断は当時からザッパの目にははっきりとしていた。それから40年後の現在、ザッパが生きていればトランプ大統領をどのように見たかはザッパ・ファンならわかる。とはいえ、多数決を根幹とする民主主義はネット社会、特にSNSが個人の収益になる道筋が作られたことによって知性なき者が有名になり、かつ大金を稼ぎ、また世論を導くことになって、深刻な危機が近づいていると言える。そうなると、ロジェ・カイヨワのように人類が滅亡しても残る埋もれた化石や貴石にますます魅せられ、人間の営みをひたすら愚かなものとみなして心が滅入ることになりそうだが、ザッパの音楽を愛する者は孤独を受け入れて醒めながら音楽に酔い、人間世界を見下ろしている。

# by uuuzen | 2025-09-15 22:16 | ●ライヴハウス瞥見記♪
●「いちじくを 見て思い出す ヒヤシンス どの鉢の中 球の根眠る」
と書き いちじくと読む 理由あり ろくでなしにも 形似がわかり」、「いちじくの 小粒の山の 投げ売りは 夏の終わりの 鐘の連打に」、「海中の 遺骨ニュースを 見て気づく 放置のままの 球根掘りを」、「期待して 成果小さき まだましと ゼロでなければ 次も頑張る」
 ●「いちじくを 見て思い出す ヒヤシンス どの鉢の中 球の根眠る」_d0053294_14201954.jpg
去年暮れから利用するようになった7Sでは顔馴染みになった。嵯峨に買い物に行く際は必ず立ち寄る。今日はどの女性店員がいるのかと確認するのが楽しみでもあるからだ。行くたびに店員の顔ぶれが違い、しかもみな美人だ。ある日、そのことをひとりに言うと、5,6人の店員はみな若い主婦のアルバイトで、友だちが別の友だちを誘って店を切り盛りしているとのことだ。数日前、気さくで最も気前のよい女性が、狭い店内にあるいちじくの一パックを示して買ってほしそうにした。商品になりにくい小粒で、40数個はある。表面にわずかに青カビが生えているものも含み、値札は350円で即座に買った。筆者はいちじくが好きだが、1個100円はするので今年は買わなかった。ところが10日ほど前に「風風の湯」の常連の85Mさんの奧さんが本場の城陽で買って来た5個入りのパックを届けてくれた。大人の拳大の立派なもので、毎日1個ずつ食べて今年はそれで満足した。いちじくくらいどんどん買えばいいようなものだが、本などの資料代が毎月年金の半分くらいに達し、知の贅沢をする代わりに食のそれは出来るだけ始末する。これは20代前半に友人への手紙に書いたことだが、封筒の裏、自分の住所氏名の下部にパウル・クレーが描いたいちじくの絵を模写して投函したことがある。手紙にはその絵から連想したことに触れたが、それは残りの人生でいちじくを何個食べるかということで、年に2,3個として百に届くか届かないほどのわずかな量だ。そのわずかさが人生の短さのたとえになっているとの思いを込めた。半世紀前に書いたその手紙をよく覚えているほどにこの半世紀は一瞬で過ぎた気がするし、半世紀の間に食べたいちじくの個数は50に満たないはずだ。しかし、今年は85Mさんからの5個に加えて40数個の小粒を一度に買えた。7Sの店主の大柄なおやじを含め、店員全員と顔馴染みになり、店の前で自転車を停めると必ず店員が笑顔で外に出て来てくれる。人生はそういうことがあるので面白い。何事もあまり悲観しないことだ。そのような顔をしているとそれ相応の運が待っている。さりとて顎を突き出して傲慢顔を作れば嫌われる。それに気づかなければいいと思う人があるが、それは滑稽なことだ。それはさておき、ここ数日は朝と午後にいちじくを4,5個ずつ食べ、今日の写真のように今朝は残りが12個になった。小粒のまとめ売りは収穫の最後を示すはずで、ようやく猛暑が終わると期待したいところだが、この調子では彼岸まで昼間は30度を超え続けるだろう。
 ●「いちじくを 見て思い出す ヒヤシンス どの鉢の中 球の根眠る」_d0053294_14204703.jpg 家内はいちじくを食べない。家内の次姉はいちじくが大好物であったらしく、家内は「酒飲みはいちじく好き」と言うが、それが正しいのかどうか知らない。いちじくの木は筆者が子どもの頃の大阪市内にもままあって、集団登校する際に年配者がいちじくの木からまだ青い実をもぎとって握りつぶしながら白い液を絞り出していた。母がよく買って来たから、果物屋ではいちじくは割合安価であったと思う。実を縦にふたつ割りし、手も口もべとべとにしながら黒紫色の薄皮の手前まで食べたものだ。筆者が40代になってから、母は正しいいちじくの食べ方をTVで見たのか、その方法を筆者の前で披露した。実が木にくっついていた先端から底に向かって皮を順次剥ぎ、全体を白くさせてからかぶりつくのだ。薄皮の下はミルク色の果肉が5ミリ前後あって、その部分はあまり甘くなく、昔の食べ方のほうがいい気もするが、無駄を省く食べ方はバナナの皮を剥くように薄皮全体をまず剥ぐことだ。85Mさんからいただいた5個はそのようにして食べたが、40数個の小粒は熟れ過ぎて薄皮が指ではすんなりとは剥げない。そこで果物ナイフで削るようにして全体の薄皮を全部剥いだうえで球根状のその実を口の中に放り込むが、両手指がべとべとになる。この粘着性がいちじくで、卑猥な連想をしてしまうが、いちじくは西洋では聖なる食べ物のひとつで、古代の人も生殖に関することを連想した。連日いちじくを食べながら、今朝は悪い夢を見た。海底に長年眠る遺骨がようやく韓国と日本のダイヴァーによってわずかに引き上げられたニュース映像を見たためと思うが、4月に咲いたヒヤシンスをそのまま放置していることに気づいた。それが夢の中か目覚めた瞬間のことか、どちらかわからないままに急いで階下に行って裏庭に飛び出た。どの鉢で花が咲いたかも忘れていたが、これかと思いながらスコップで中央辺りをざくりを掘り起こすと、球根が出て来た。花は二手に分かれて咲いたので、球根もそうなっていると予想したのに、去年と同じほどの大きさのものがひとつだ。球根はどの花のものもいちじくの実とそっくりで、さらに言えば金玉袋にも似て、動植物の根源の同型性を思う。しかしロジェ・カイヨワは上品なのでそうした連想をしても本には書かなかった。ネットで調べると、ヒヤシンスの球根は植えたままでもいいらしい。それではずぼらなので、掘り越して土を洗い流し、なるべく暗くて涼しいところに置いておく。これが何年続けられるかとぼんやり考える。74歳になれば充分役割を果たしたので、後は現実を夢と思い、夢を現実かと錯覚し、頭と体が働く間はそうさせる。後者の刺激には前者の刺激だけではよくないことはよく自覚している。読書三昧では運動不足になるから、2,3日置きに7Sに出かけ、女性店員と話す。そして野菜や果物の一山の見切り品を買う。

# by uuuzen | 2025-09-14 23:59 | ●新・嵐山だより
●「大阪に 出れば立ち寄る パン喫茶 食べ放題は コロナで終わり」
S級の 店に用なし 貧乏は B級グルメ たまにありつき」、「ええ人は A品を買い ええ思い ボンビーはB 狂人はC」、「慣れた店 慣れた座席で 慣れた茶を 飲み放題で 三倍は飲み」、「整然と キモノ女の 阿波踊り 男ひょっとこ 笑いを起こし」
 ●「大阪に 出れば立ち寄る パン喫茶 食べ放題は コロナで終わり」_d0053294_00575668.jpg
筆者の誕生日の翌日、急に大阪に出ることにした。その日に撮った写真を使いながらの投稿は今日で4日目だ。本命は展覧会の感想だが、館内で撮った写真をまだ投稿用に加工していない。さて、上六で「熊の手のカフェ」に行った後、メトロ一日乗り放題チケットで天王寺に出た。1年ほど前に家内の次兄から、アポロ・ビルの地下に通ずるとある地下街にとても安価な居酒屋があると聞いた。家内は酒を一滴も飲まないため、居酒屋には家内とふたりだけでは入ったことがない。それで話のネタにと思ってその噂の店の暖簾だけを確認しに行った。探すには少しややこしいと聞いていたが、すぐに見つかった。店の前は5,6人に若い男女が入店を待っていて、店内は満員であった。筆者はそうした店で飲むのは苦手で、写真も撮らずに早々に地上に出た。大阪市内には同様の店がコロナ禍以降急増したように思う。昼間から酒を飲んでいる20代の男女が目立ち、また少しでも安い店に人が集まるようだ。筆者はビール党ではない。ジョッキで焼酎やジンなどの強い酒を炭酸で割って飲むこともあまり好まず、居酒屋で飲みたいとはあまり思わない。筆者がそうした店で飲むとすれば話が御馳走だ。家内相手に終日家にいるうえ、ふたりで大阪に出ると一緒に飲食店に入るから、話のネタがもうないとしてもそれはあたりまえだろうが、ネタに不自由を感じたことはない。もっぱら筆者が喋るが、もちろん家内も話す。しかし筆者は家内の話は半分以上は聞いておらず、そのことを家内はよく知っている。会話中に筆者はよくほかのことを考える。他人にはそういう素振りは見せないが、家内には平気だ。家内はそのことを侮辱と思っているはずだが、今さら仕方がない。それで家内の姉から、「郁恵の趣味はこーちゃんやな」と言われたことがある。それはさておき、ふたりで大阪に出ると最後は必ず天神橋筋商店街に行く。よく利用する中華料理店があったが、改装して味が変わり、それからはめったに入らない。その斜め向かい側にあるパン屋兼喫茶店は午後7時から食べ放題で飲み放題であったのが、コロナ以後は食べ放題がなくなった。この店については何年も前に写真つきで何度か投稿した。今は午後6時過ぎになると売れ残りのパンが半額ほどになり、2,3個買ってテーブルで紅茶とともに食べる。スリランカ紅茶専門店で、紅茶好きの筆者はさしておいしくないと思いながらも7,8種類の紅茶をいつも最低3倍飲む。自分で茶葉を選んで熱湯を注ぐのだが、冷たい紅茶やコーヒーも飲み放題で、筆者と家内はたいていいつも同じ席に座る。
 ●「大阪に 出れば立ち寄る パン喫茶 食べ放題は コロナで終わり」_d0053294_00581462.jpg
 先月末は店の奥でノート・パソコンを長い間操作している中年女性がいた。飲み放題で確か460円だったか、クーラーの効いた、また誰にも邪魔されずに一仕事出来る場所として重宝しているのだろう。筆者はいつも本を携帯しているが、家内を真向かいに座らせて読書することは絶対にない。そこまで家内を無視すればさすがに怒る。筆者なりに家内のことは気にしているつもりで、たぶん家内もそれに気づいているだろう。スーパーに行く以外、ふたりで出かけることは月に二度ほどだが、どういう格好で出かけるかについて、近年筆者は家内の衣服を買い、しかも何を着るべきか指定する場合が多い。ふたりの姿に調和が取れていなければ、同じ滑稽に見える老夫婦であってもさらにちぐはぐになるからで、色や形、模様をなるべく調和させる。それはさておき、コロナ以前から馴染みであったそのパン喫茶店は大阪の下町の庶民が利用するにふさわしい。壁の絵が変わった程度で、テーブルや椅子、ソファ、それに紅茶の種類が全く同じであることは落ち着く。数人の若い女性店員は年々変わり、何年も前にいた彼女らは別の世界で頑張っているだろうが、どの女性も顔を思い出せない。これはパンが食べ放題であったコロナ以前に書いたことだが、都島から30代半ばの女性3,4人が自転車で午後7時前に来店し、そのうちのひとりと食べ放題解禁の7時まで5,6分待っている間に言葉を交わした。彼女は小学3年生くらいの女の子と一緒で、何度か店に来ていると言い、どういう話の経緯か、筆者は「繊細ですね」と言われた。図星と言えばそのとおりで、彼女の夫は筆者とは正反対の体の大きい、体育会系であることを想像した。店内で彼女は友人たちと話し込み、子どもは大人の話に加わることが出来ずに退屈していた。母親は察すればいいものを、さほど繊細ではなかったことになる。しかし筆者はそういう荒いと言えばいいか、野生的な女性は好きだ。実はここ数か月でそういう若い女性と出会う機会があって、たまにその女性のことを思い出して家内に話す。家内と一緒にいる時にこれまで二度だけ会って言葉をしばし交わした。知り合ったことのないタイプの女性で、相手も筆者のことを「何者?」と訊ねた。何者でもないので返答に困ったが、今後も会えるはずで、そのうち彼女は筆者の正体がわかるだろう。パン喫茶店で寛いでいると、商店街が騒々しい。先月末日だけであったのか、素人カメラマンが目立った。おそらく天満宮に向かってか、阿波踊りがあった。紅茶はそのままに店外に出て撮ったのが今日の2枚の写真で、踊り手たちは徳島から来たはずだ。女性陣はロボットのように整然と列を作って色っぽく踊り、男はみんな自分勝手におどけながら踊って隊列は守っている。この男女の踊りの違いは阿波独自のもので、女は女らしく、男は男らしい。阿波つながりである女性を思い出したが、長くなるのでやめておく。

# by uuuzen | 2025-09-04 23:59 | ●新・嵐山だより
●「鶴橋の メンズショップの 看板の マルにシンとは まるで真かと」
の人 吾は知らぬと 白を切り 赤の他人に 白状はせぬ」、「薄情と 言われて張るや 強情の 吾老いたりて 強き白杖」、「ロング・ヘア ロック野郎の 様式美 髭も伸ばして 見栄え仕上がり」、「ロゴマーク コロコロ変える ごろつきは いずれ一発 当てるを夢見」
●「鶴橋の メンズショップの 看板の マルにシンとは まるで真かと」_d0053294_19490900.jpg 先月末、展覧会を見るために大阪市内に出た。大阪メトロの一日乗車券を買ったので、めったに行かないところに足を延ばすことにした。そのひとつは最近TVで紹介された鶴橋駅の近くにある町中華で、場所を記憶したが、展覧会を見た後に梅田で家内と待ち合わせをし、それから赴いたので午後2時を過ぎてシャッターが下りていた。昼のサービス定食はだいたいどこでも午後2時までだ。さて、鶴橋で食べるとしてほかに適当な店を知らない。どこでもいいが、ひとり1200円程度で食べられる場所がよい。そこで鶴橋の商店街をさまようと、韓国料理の店がいくつかあって、昼のサービス定食も供されていることを知ったが、次々に店の前に立つと自動ドアではないらしく、中に入る気が起こらない。さてどうしたものかと50メートルほど南に、昔なら町中のお好み焼き店のようなたたずまいの町韓国店が目に入った。その玄関前のメニューを見ていると扉が開いて中年女性が「空いていますよ」と声をかけて来た。中に入ると5,6人の先客があって、筆者らは出入口に最も近いテーブルに着き、石焼きピビンパを頼んだ。飲み物は何をしますかと、メニューを差し出すので、肉桂味と梨味のジュースを頼んだ。ピビンパは肉が入っておらず、家内は文句を言ったが、焼かれた石によって御飯の焦げが出来ていて、それを喜んだ。量は多く、ふたりで3300円ほどしたが、物価高騰であり、それでも安いほうだろう。森ノ宮のQ’sモールのフード・コートに「明洞食堂」があることを去年箕面萱野駅の同店員から聞き、一度訪れようと思いながら行っておらず、当日は行ってもよかったが、午後3時になっていて空腹具合が限度に達していた。それに同店で同じ石焼きピビンパは1000円でお釣りが出るが、量は少ない。味や量と価格はうまく出来ていて、たいていの店はぎりぎりの利益を見込んで価格設定している。店員のおばさんとしばし話をした後、支払いをしようとすると、あるTV番組のシールが壁に貼ってあることに気づいた。先週収録に訪れ、数日前に放送されたと言う。ということはやはり「町韓国」として有名なのだろう。焼肉は提供しないようで、次回は一人前2200円のメニュー最上部にあった料理を頼もうと思うが、家内と息子を連れて行くと予算は1万円ほどか。鶴橋の焼肉店ではひとりそれくらいは優に必要で、韓国料理は高級のイメージがいつの頃からか定まった。そう言えば昔先輩のNとよく訪れた鶴橋の韓国刺身のおいしい晋州館はなくなったのかどうか、京都の右京区の丸太町通りに同じ屋号の店があることをバスの中から2年ほど前に見た。
 鶴橋にキムチ・サンドウィッチで有名な喫茶店があり、TVでよく紹介される。同店の前は何度も歩いたことがあるので、大阪に出た時はいつでも行けるが、食パンにキムチを挟んでどのような味になるかは予想がつく。京都のスーパーでも鶴橋で製造されたキムチはいくらでも買えるから、自分で作ることも出来る。そう思うのでわざわざその有名な店に入る気は起らない。前述の町韓国の店を出た後、駅に向かって一直線に北上すると、その喫茶店の前を通ることになった。中がどうなっているのかと思った瞬間、扉が開いて客が出て来た。そのわずかな間に内部を覗くと、常連客らしき5,6人がカウンターに陣取っていた。コーヒーを飲んでもよかったが、それよりも筆者は展覧会の次に目的とした「熊の手カフェ」に行くことにした。鶴橋駅前から西を見ると上り坂で、暑い中を上六まで歩くと言えば家内が激怒するので、一日乗車券を使ってメトロ千日前線を一駅だけ乗ることにした。階段を上り下りし、長い地下通路を歩いたので、おそらく鶴橋駅から徒歩のほうが早かった。同店については先日投稿したので、以降は本題。先のキムチ・サンドウィッチで有名な喫茶店より2,30メートル南の四辻に今日の写真の男性洋服店がある。以前から鶴橋に出れば、金森幹夫さんがXで丸いプロフィール写真にしている看板画像を探そうと思っていた。金森さんがその画像を設定して何年になるか知らないが、鶴橋に行って確認するとまだあったという話を数年前に聞いた。おそらくまだあるはずと思いはしたものの、どういう店かはわからない。ところがその看板はすぐに目に入った。金森さんはその看板の長髪の男性をザッパではないかと言うが、おそらくそうではない。それは同店を最初に経営した店主であろう。おそらくその店主はミュージシャンを一時していた。それは70年代前半だろう。となれば今は筆者と同じほどの70代半ばになっているはずだが、音楽では食べて行くことがかなわず、男性相手のファッションを提供する店を開くことにした。有名ブランドの衣服を売らず、自分の目を頼りに船場に行って売れそうな衣服を仕入れて来るのだろうが、そういういわば男性用の高級ファンション店は天神橋筋商店街や京都の寺町商店街にもある。若者のように流行に敏感ではない中小企業の社長といった人がよく買う店で、それなりに値段は張る。それはともかく、店主に訊けば店の看板の男性が誰であるかはわかるだろうが、四辻に堂々と大きく掲げているところ、洋楽の有名ミュージシャンの顔であれば画像引用の問題が生じかねず、店主に違いない。10代後半、鶴橋駅近くのVANでシャツかズボンを一度買ったことがある。着替え室に入ると、西洋美人の等身大のセミ・ヌード写真がこちらを向いていてドギマギした。その店はとっくになくなり、顔を覚えている店主も世を去ったに違いない。

# by uuuzen | 2025-09-03 23:59 | ●新・嵐山だより

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