「
字を読めど 書くことはなし 悪筆を 恥じるも見せる 機会は途絶え」、「同じ花 何度も描き 手抜きせず 同じに見えて どれも異なり」、「手が慣れて 手抜きはせぬが 精進と 教えられぬ子 名人となり」、「鶏頭の 残る赤花 天を向き 手を添え描く 土産の墨絵」

今日から3回に分けて1日の夜に開催されたザッパロウィンについて思いつくまま書くつもりでいる。ザッパロウィンその他、筆者の出番がある時はお客さんへのお土産と称して手描きジャケット入りのCDを5年前から用意している。そのジャケットの絵は自分で育てている鶏頭の花を水彩絵具で描くことを続けていて、なるべく全員配布を思っているが、客数はわからず、今回は33枚用意した。描くのに1枚当たりちょうど15分要し、33枚では8時間強だが、カレンダーの裏面などの不要紙を使って紙袋を作り、次にCD-Rを焼くことなどの手間を含めるとその倍以上の時間がかかっている。さあやさんからのメールによると今回の客数は去年より少なくて30名を割り、年々減少している。演奏の内容はもとより、客同士の交流など、毎年何か変化がほしいのは本音で、後者のファンの交流に関しては筆者のトークが半分は役割を担っているか。今回も筆者が選曲したザッパの曲を流してもらいながら30分話したが、去年と同様にひとつ気になったことは、トーク前後のくろみさんの選曲によるザッパ曲のBGMだ。去年も気になったが、その音量があまりに大きく、個人的に誰かに話しかける声が届きにくく、筆談の必要があったほどだ。筆者がよく利用している「風風の湯」でもBGMが鳴っていて、7,8人しか入れないサウナ室は特によく聞こえる。最近その音量が一気に大きくなり、フロントに訴えて半分ほどに絞ってもらった。それでもまた大きく鳴っていることがままある。客同士あるいは出演待ちしているバンド・メンバーも含めての談笑の時間は、ライヴが全部終わった後にあるとはいえ、2時間やそれ以上費やしてやって来るファンがいて、夜9時過ぎになれば店を出なければならない。それで開場を早めるしかなく、今回は筆者のトークが始まる45分前の4時15分となった。筆者が4時半に会場に着いたのは、外国人観光客のあまりの多さに阪急嵐山バス停まで待つ市バスが30分以上も遅れたためだ。バスが四条通りの梅津段町辺りを走っている時、大粒の雨が降り注ぎ始め、「夜想」が入居しているビルの前では来場者たちが傘を差しているかと心配していると、雨は10分ほどで止んだ。会場のビルの前に着くと誰も並んでおらず、階段を下りて扉を開けると、6、7人の顔馴染みが酒を飲みながら前方に陣取っていた。筆者の到着が遅いのでくろみさんがわが家に電話したことを知った。それでまず早速手製のお土産を配布し、残りはフロントに預けて来場者に配ってもらうことにした。

トークが始まるまで30分あれば1年ぶりに会うザッパ・ファン全員と言葉を交わすことは出来るが、初来場者があるはずで、また30人程度の客数であれば、全員が自己紹介出来る時間と場があってもよい。とはいえ、席が離れていると名前も顔も覚えないことは普通で、せいぜい隣り合った人同士が話すだけとなる。それでもそこからザッパロウィンが変化して行くことに役立つ話が浮上する可能性はある。ザッパニモヲとBWANAの2バンドの演奏は毎年少しずつ工夫がなされてはいるものの、メンバーに変更はなく、独自色の型はおおむね出来上がっている。そこを見透かされてしまうと、たとえばYouTubeで済まそうとする人が出て来ることは致し方がない。というのは、ザッパは毎年のコンサートで新曲を増やしたり、メンバーを変えるなどしたりして、ファンは未知の何かを期待出来た。そのザッパならではの特色がザッパロウィンにどれほど期待出来るかだ。出演バンド数を増やして2日にわたって開催することを筆者は当初夢想したが、たとえば東京からバンドが出演するとしてその交通費程度がせめて賄える客数が見込めればいいが、「夜想」が立ち見でいっぱいになってもそれは無理だろう。そのことがわかっているだけにもっと大きな会場をと思うが、そうなると会場費や機材のレンタル代など、客の集まり具合と照らす冒険をせねばならない。そこまでメンバーにザッパ曲のカヴァー演奏に対する熱意があるかとなれば、あるとしても肝腎の金の捻出がままならない。それはさておき、今回さあやさんからチラシが100枚送られて来た。半分を「風風の湯」のフロント脇に置いてもらい、残りは地元の知り合いに配ったが、捌けたのは20数枚だ。「風風の湯」は夕方までは外国人観光客でいっぱいになるから、チラシが彼らの眼に止まり、ライヴ好きが足を運んでもらえるかもしれないという一抹の期待があるが、チラシよりもやはり英語で発信されるSNSが功を奏するはずで、何らかの新しい宣伝の工夫が必要だ。予約数が少なければ、さあやさんはそのことをメールで伝えて来るのが常であるに、今回それがなかったのは、これまであらゆる方法を講じたのに効果がさほどでもなく、半ば諦めの思いがあったからかもしれない。ザッパとその音楽の知名度がそもそも日本では低い。それにもうひとつ大きな問題は入場料の4000円はドリンク代や交通費を含むと他府県から足を運ぶ場合、1万円近くなって若い世代にはさほど簡単に出せる金額ではないだろう。だが一方、TVでは数千や数万人の若者が若いミュージシャンのライヴ会場で声援を送っている映像をよく見かけるので、若者は流行に取り残されないようにとの思い、すなわちSNSで他者とつながりを持ちやすい、目下話題中のミュージシャンのライヴにそれが高額であっても出かけるだろう。
TVに登場する20代のミュージシャンは押しなべて筆者は関心が湧かないが、自分の高齢を認識させられる気分ではない。なぜなら、ザッパが生きていた時代でもザッパの音楽を聴く人はごく限られていた。ザッパの大阪公演時、イーグルスが別の会場でコンサートを開き、もっぱらそっちが話題になった。それから半世紀経ち、イーグルス・ファンがどれほどいて、カヴァー演奏されているのかも知らないが、膨大な録音を遺したザッパの場合、現在もファンが知らない録音が発売される。村上春樹がラジオの番組で好きなジャズについて話しているというネット記事にしても、筆者は全く関心がなく、マス・メディアでザッパについて話す有名人がいないことを、惜しいとかさびしいとかは思わない。何事もわかる人だけがわかるし、わかる人が少なければ価値がないとは言えず、作品は伝えられ方が違う。これはトーク・ショーで話さなかったが、ザッパは1978年のハロウィーンのショーの後に質問されて10の好きなことを答え、その7つ目が78年のハロウィーン・ショーであったという。この10の好きなことは昔何かで読んだことがある気がするのは、筆者もたまに自分の好きな10の人物や作品を考えることがあるからだ。そういうものは10代半ばから20代でほとんどが決まる。筆者は赤塚不二夫、ジョン・レノン、ムンク、柳宗悦、ザッパ、ロジェ・カイヨワといったように、小学生から20代前半までに大きく関心を抱いた人物が次々と順に思い浮かぶ。ザッパの場合、その最初の最大はヴァレーズであった。そのヴァレーズにしても日本ではどれほど人気があるかと言えば、ザッパ・ファンの中でもごく少数のはずで、認識度は低いだろう。ザッパは自分の音楽をエンターテインメントと呼んだ。娯楽と芸術は違うとの意見があり、筆者もそれに賛成だが、娯楽に過ぎないと目されていたものが後年芸術と認識されることはある。一方、生前名声を馳せても見るに堪えない絵を描く人はいる。そこに美の問題が介在し、最近その美についてよく考えるが、ひとつ言えることは虚飾が目立つ作品ほどに価値がない。しかし、作品行為に真剣味が籠っても虚飾は忍び込み、結局は作者の人間性の問題だ。その人間性は10代半ばまでに完成するというのが筆者の考えで、その後知識は広がり、技術力は増しても核となる部分は変わらない。ザッパはヴァレーズの音楽を娯楽と思わなかったはずだが、経済的に苦労せずに音楽の道を究めるには、またアメリカでは娯楽という装いをまとう必要はある。レコードをたくさん売り上げ、コンサートに多くの人に来てもらわねばならない。そのこととヴァレーズへの敬愛をどのように兼ね合わせられるか。結局熱心なファンに支えられ、ザッパは幸福な作曲家人生を歩んだと傍目には見えるが、本人は幸福を考える暇もなしに創作に邁進し続けた人生であった。
