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●「下町の イメージダウンの ケチ臭さ 金と名を得て 面は穢し」
木に むくむく集う 椋鳥は 無垢を剥きだし ずんぐりむくり」、「頭に乗りて 頭に乗らせたし 桃尻や スケベ親父の 晩節汚し」、「テレビとは 馬鹿者ほどに 名を売りて 勘違いして 大物ぶりて」、「何人も 辻褄の合う 人生も 弱者は立ちて 自己を責めるな」●「下町の イメージダウンの ケチ臭さ 金と名を得て 面は穢し」_b0419387_22320339.jpg 正月に年賀状用の切り絵作りで根を詰めたことも一因か、3,4日頃から咳がひどくなった。何度か体熱を測ると36.4度でひとまず安心していたが、50メートル先まで音が届くほどのひどい咳は毎日500回くらいはする始末で、家内もついに睡眠不足になった。家内からもういい加減に医者に行けと言われ続けたが、自分の体調は自分で何となくわかる。咳にはカリン酒が利くはずで、毎晩の酒飲みの後、3,4年前に漬けたカリン酒をちびちびと舐め、喉奥に染み通らせた。それを10日ほど続け、16日に自治連合会のとある役員に話す用事があって出かけると、その人も全く同じひどい咳の症状で、「今年の風邪の特徴は熱が出ないが、咳がひどい」と聞かされた。その人は昨年出来た上桂の大きな病院で抗生物質の薬をもらって来たとのことで、その話を聞いて筆者は安堵した。つまり筆者のひどい咳は今年特徴的な風邪であることを知ったからだ。それで結果を言えば薬を一切飲まず、カリン酒で咳を退治し、薄緑色の痰もほとんど出なくなったのが20日のことだ。2週間強の風邪であったことになる。その間に長年の気がかりをこなした。トーマス・マンの長編小説『魔の山』を読破したことで、半世紀以上要して気になっていたことのひとつをこなした。その本の感想やその本に関連することをブログに書きたい思いがあるものの、どの程度の長文になるか予想がつかず、一方で新たな経験をしているので書く機会を逸することもあり得る。『魔の山』を読み進めながら、ネットで次々に報じられる大阪のお笑い芸人のセックス・スキャンダル記事とそれらに対する読者コメントを読み続け、溜飲を下げた思いをしている。筆者はそのお笑いタレントについてはただ「醜い」との形容詞でたぶん10年ほど前から何度も言及して来た。5,6年前か、瀬戸内寂聴がその芸人とTVで面会し、ただ一言「汚いわね」と揶揄した。両者を顔合わせさせたディレクターが何を思ってそうしたのか知らないが、お笑い界の頂点の人物と寂聴とでは釣り合うと思ったのだろう。そこに当のディレクターの醜悪さも露呈していた。寂聴の正直かつ率直な物言いに筆者はさすがと思ったが、当の芸人は相手が大御所の小説家でもあるので、苦笑し返しただけであった。だが、対面後に知り合いに対して寂聴をこき下ろしていたかもしれない。おそらくそうだろう。『金も名声もわしは誰にも負けへんで』と思う成り上がりほど醜いものはない。しかしそういう醜い人物ほど崇められる傾向をTVが形成して来た。知性や教養よりもいかに大金を稼ぐかで人物が評価される醜悪な日本になっている。
●「下町の イメージダウンの ケチ臭さ 金と名を得て 面は穢し」_b0419387_22360852.jpg 1,2年前、筆者のツイッター画面のその芸人のアカウントがお勧めの筆頭に表示されていた。その表示を見るたびに神経を逆撫でられたが、ツイッターのアルゴリズムは筆者の思いをどう読み取ったのだろう。ともかく、その芸人がTVに映るたびに即座にチャンネルを変えて来たし、それを知る家内もその芸人の番組を筆者に見せないように気を配って来た。その芸人の風貌が気に食わない点は、スーツ姿であるのに常にシャツの首ボタン、袖ボタンを外し、ネクタイを緩めていることだ。その下品さを誇示する根性が気に食わない。筆者の周囲にそのようにスーツを着る人物は皆無で、今後出会っても敬遠する。したがってその芸人が天才として持て囃される理由がわからない。千人以上の女性と性交渉したとの自慢はカサノヴァ張りだが、カサノヴァのように文章力がなければカサノヴァが嫌悪した知性のない凡人で、歴史に残りようがない。人間は誰しも自分の時間を好きなように使いたい。それで筆者は彼のお笑いより圧倒的に世界的に有名なトーマス・マンの『魔の山』といった名著を読むことに時間を使いたい。これも何度もブログに書いて来たが、筆者が大好きなものとして、立派な男の顔がある。もちろん天才と呼ばれた者たちのそれで、そうした顔のどれもがほれぼれする知性を宿しているように見える。知性よりも痴性となれば、男の顔がどれほど醜くなるかはおそらく3歳の子どもでも知っている。目下話題のそのお笑い芸人の顔を醜さの権化であると筆者は長年思って来たので、年末来の今回の騒ぎはようやく実像が世間に漏れ出し、寂聴がかつて「汚いわね」と一言したことを思い出している。まだほかにも醜悪な顔をしたTVの人気者はいるが、彼らの汚い顔の話をすればこちらの気分も穢れるので、以上のことは本当は話題にしたくない。ひどい咳が続きながら年末から読み始めた『魔の山』を20日に読み終え、一泊旅行に備えてその咳を抑えるまでに体調を回復させることを実現させた。去年10月から今月21,22日は奈良に一泊旅行することが決まっていたからで、それまでに必ず風邪を治すつもりであった。旅行は当初の予定では家内の兄弟と筆者を含めて8人であったのが、7人に減った。奈良のどのホテルに宿泊するかは伝えられず、当日近鉄阿倍野駅で待ち合わせして初めてそのホテルの名を知った。5,6年前、2年連続で箕面のホテルに同様のメンバーで宿泊した時は宿泊費は各自負担であったのに、今回は家内の弟が全額負担した。その義弟は年間売り上げ千億円を超える会社の取締役で、兄弟のうち最年少であっても経済的には最も余裕がある。今回は箕面のホテルでの宿泊からは二名欠け、全員が年々そのようになって行く年齢であるので、コロナで中断した身内旅行をまた始めたかったのだろう。経済的余裕があっても金使いを渋る人は多い。
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 先の芸人がネットで謗られているのもそれだ。資産数十億円と目されるのに、素人の若い女性に対して弟子筋の芸人から2000円を支払わせる行為は、彼の顔に似合ったことで、何ら不思議はない。品性は顔に出るし、服装にも出る。しかしそれは親から受け継いだ遺伝などで、なるようにしかならないこととも言える。他人からどう見られようと、金さえたくさん稼げば偉いという風潮も後押しする。それにそういう人の考えが大多数を占めれば、偉人並みの品性ある顔は却って馬鹿にされ、人はいつでも下劣に傾いて行く。民主主義という考えが妄想に過ぎないのだろう。そのことをユルスナールは思い、『ハドリアヌス帝の回想』を書いたのではないか。その小説にはハドリアヌス帝の親友が登場し、彼は毎年熟れて出現する若い女性を次々にものにする人物として描いていた。ユルスナールがそういう男を陳腐な存在として描きながら、同性愛者のハドリアヌスを称えたところに独特の美意識があるが、同性愛者からすれば異性愛者は汚らわしく見えるのだろうか。だが異性愛者であっても毎日新たな若い女を漁る男は汚らわしく見える。獣じみて見えるからだが、獣でもそういうことをしない。さて、奈良のホテルでは義弟の奥さんともしばし話をする時間があった。彼女は義弟とは中学の同級生で、今はとある養護施設に数年前から勤務している。経済的には働かなくてもいいのだが、することがないので働いている。ところが時間的にも精神的にも激務で、再来月にその施設を辞めるそうだ。多くの話を聞いたなかで特に印象深かったのは、つい最近19歳で自殺した女性のことだ。養護施設は18歳まで面倒を看るが、19になればそこを出ねばならない。親から見放されて養護施設に来る子どもたちは想像を絶する精神的な害を受けている。トルストイは『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、幸福な家はどこも似たりよったりだが不幸なさまざまだと書いたが、そのトルストイでも驚愕する不幸が現在の日本には溢れている。先の19歳の女性は子どもの頃から実の父と兄に性的な虐待を受け続けた。なぜ抵抗しなかったのかと訊くと、どの家庭でもそうであると思っていたとのことで、他人に話をする機会がなかった。そして長じてその性的虐待を繰り返し思い出し、何度もリストカットをし、ようやく養護施設の職員たちに笑顔を見せて温かい心を取り戻したかに見えて、世間の風に耐えられず、自殺してしまった。彼女は何のために生まれて来たのだろう。圧倒的存在の父や兄は彼女のことを忘れ、自分たちが犯した罪をさして思い起すこともないだろう。そういう鬼のような家族が今も各地にいて、また増えて来ているのではないか。弱者が弱いなりに生き続けて人生をありがたく思うことさえ許されない現実がある。その最たるものが性被害を受けることだろう。
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 先のお笑い芸人のニュースに関して、タレント志望などの女子大生が昔の性被害を今頃になって週刊誌に売ることはけしからんという意見がネットで散見される。そういう雰囲気が前述の19歳の女性のように、子どもの頃の性被害が自殺にまで追い込む。そのことを想像せずに初対面の若い女性相手に性行為を求めるお笑い芸人の醜悪さはほとんど鬼ではないか。ところがお笑いの天才として持ち上げる意見が多数見られ、世の中は馬鹿ばかりに思う。男が女を求めるのは本能で、女も男を求めるが、そこには相手を大事に思う愛が介在すべきだ。その点を『魔の山』がどう描いているかは興味深いが、マンは男の物語としていることもあって、女についての描写は総じて辛辣と言ってよい。それは女を軽んじているというのではなく、男の真の恰好よさを理解する女はごく少数であるとマンが思っていたからかもしれない。実際そのとおりではないか。知性よりも痴性豊かで金もたくさんある男のほうが圧倒的に女にもてる。そういう現実を知ってユルスナールはハドリアヌス帝を男色家として描いたのかもしれない。それはさておき、愛はあっても金がない場合は不倫もだいたい成立のしようがないが、金がなくても男女は心を通わせることは出来るし、実際愛情を示すことに金は最重要でないと言ってよい。ただしそう考える男は概して女から好かれない。愛情は金で示せというのが子を産み育てる女の本能でもあるからだ。これも旅行中に聞いた話。ある共働きの新婚夫婦は、夫の給料が妻より少ないため、妻は日々の自分の料理を夫よりも一品多くしたという。信じられない話だが、男女平等であれば収入の多い配偶者が威張るのは当然と主張する若者がいるだろう。その夫婦は結局すぐに離婚したが、男の価値を収入の多寡でしか見ない女が増えて来ているのだろうか。自由業の筆者は収入が不安定で、しかも仕事をしてもただ働きすることがままあり、長年家内に食べさせてもらって来たも同然だが、それでも5,6年前に家内の長姉は「郁恵が兄弟の中では一番幸せやな」と意見した。そう見えるとして、夫婦の価値観が等しくなるように努めて来たからと言ってよい。21日は7人全員で阿倍野駅から御所市にある寺に行き、家内の先祖の墓にお参りした後、奈良のホテルに向かった。今日の写真は最初が部屋のベランダにある露天風呂からの眺め、2枚目は部屋を出て1階に向かう途中、3,4枚目は部屋の真下に広がる庭で、北に若草山が見えた。帰宅して調べるとひとり一泊12万円ほどで、ディナーなどで飲んだ酒代などを加えれば義弟は今回の旅行で百万円ほど使ったであろう。筆者にはまねの出来ない芸当だが、何かで大きな収入があれば同じようなことはしたい。今回の旅行では他にも多くの写真を撮り、3,4回は投稿出来るが、書く時間がない。それに優先順位からすれば『魔の山』や音楽についての感想だ。
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# by uuuzen | 2024-01-24 23:02 | ●新・嵐山だより
●「来いや鯉 茄子は成さねど 汝なら 滝を昇りて 勝利の龍に」
売りの 大手振るうや ゴビ砂漠 冷たき泉 地下で濁らず」、「年明けて 賀状刷り終え 早二日 古きLP 鳴らし歌詠む」、「ブギウギに 心転がる ウキウキは 露見せざるを 得ずと再考」、「言うことも なきかと思い 声をかけ その場限りの 話咲きたり」
●「来いや鯉 茄子は成さねど 汝なら 滝を昇りて 勝利の龍に」_b0419387_00215048.jpg
雨でない限り、2日に一度は「風風の湯」で話をする嵯峨のFさんは、年賀状を50枚買って29枚をクリスマスに投函したそうだ。余ったものが使われないのであれば半額ででも分けてほしいと言おうとしながら、筆者は黙った。そして去年届いた年賀状の枚数を数え、28日のスーパーへの途上、西京郵便局で40枚買った。Fさんも毎年書く枚数は減っていると言う。面倒なのでもうやめておこうと思いつつ、やはり書くのは長年の習慣を変えられない、変えたくないからだろう。Fさんはパソコンを使わないので、裏表とも手書きで、絵を添えず、干支のハンコも使わない。そんな年賀状はもらっても感動はないが、生存を伝える役目は果たす。昔は郵便局に年賀状用のスタンプがいろいろと用意されていた。毎年使える汎用性の高い文字のみのものから干支の図柄を使ったものまで、本局に20や30個はあった。使い過ぎてかなり版面は擦り減って鈍くなっていたものもあった。そうしたハンコを使えば手書きの手間を省くことが出来たのに、郵便局が年賀状の印刷を請け負うようになってその無料サービスはなくなった。その時期はたぶんプリントごっこが流行った頃に遡るのではないか。筆者は時代遅れの人間である一方、オリジナルにこだわりたいので、Fさんのように全部手書きで済まさない。毎年干支に因む左右対称の図案を切り絵で作り、それをプリンターで印刷する。決まっているその作業はたやすいと言いたいところだが、図案を考え、色紙を2枚用意し、その1枚を半分に折ってその裏面に鉛筆で図案を描き、そしてカッターナイフで切り進み、全部終えて注意深く開き、裏面を新聞紙の上に広げて粘着スプレーを吹きかけ、もう1枚の色紙をぴたりと貼りつける。そうして仕上げた切り絵をスキャンし、その画像を一旦モノクロに変換して赤系統の色合いに変え、はがきの幅より1センチ少ない9センチに縮小したうえで、今年は図案に因んだ短歌を添えて印刷したが、筆者のプリンターはたぶん20年ほど昔の中古で、毎年4,5枚は失敗するが、そうしたものは親類の年下に出す。ともかく、年賀状を仕上げるのにいくつもの関門を無事通過せねばならず、丸1日では終えられない。今年の辰に因む図案は数日前に寝入りばなに考えた。ナイフで切るのに元旦の午前0時半からの2時間半で終わらず、一旦寝て12時半から再開、切り終えた時が4時10分で、その直後に部屋が揺れ始めた。細かい作業に集中したための目眩かと思ったが、横揺れがゆっくりとした1分ほど続き、立ち上がって階下の家内と息子に大声で注意を促した後、船酔い気分を味わった。
●「来いや鯉 茄子は成さねど 汝なら 滝を昇りて 勝利の龍に」_b0419387_00221584.jpg 階下に行ってもまだ酔った気分は収まらず、TVでは震源地の石川県に津波が来るとい女性アナウンサーが激しい口調で注意を喚起していた。元旦の大地震はなおさら誰も予想しない。夕方に初風呂に行き、帰ってからも年賀状を印刷する気分になれず、深夜までTVにかじりついて地震のニュースを見続けた。ネットのXでは現地の人々がスマホで撮った被害の様子の映像が見られ、TVはもどかしかった。京都では大地震は知らない。そのことを関東から3年前に転居して来て去年の夏にまた関東に戻ったAさんが言っていた。彼女は旦那さんの定年を迎えればまた京都に住みたいと語っていたが、その大きな理由は地震の少なさだ。関東では地震が多く、少々の揺れは話題にならないとのことだが、それでも地震は嫌なものだ。京都は地震が少ないとはいえ、昨日は震度4で、筆者の驚きは福島の原発に被害をもたらした東北の大震災以来であった。喧伝されている南海トラフの巨大地震があれば、京都は震度4で済まないだろう。ただし津波の心配はない。それだけでもましな気分だが、山が崩れたり、家が倒れたりする被害は当然あるだろう。いつそうした災害に巻き込まれるかわからず、一方でネットでのデマによって混乱さに拍車がかかるはずで、京都に住んでいても安心感はない。被災して住む家がなくなればどうなるのかと漠然と考える。筆者のように地震保険に加入せず、潤沢な貯金もないでは家を失えば露頭に迷う。地震保険はいい加減なもので、被害が広範囲に及べば保険会社は倒産を免れることを前提にした金額しか支払わない。それで結局は金持ちだけが生き残ることになる。それは仕方がないのだろう。とまあそんなことを考えながら夫婦ともに70歳を過ぎているので充分生きたかという思いはある。年々人生が面白い気がして筆者は満ち足りた気分でいるが、気が多いのでやりたいと思っていることの数分の一も毎年こなせない。今日の最初の写真は年賀状用の切り絵の制作途中で昨日の3時すぎのコーヒー・タイムに撮った。切り終えた箇所を白い紙で覆っているのは切り終えた箇所の線がとても細くてちぎれやすいからだ。右手に89Mさんからいただいた最中を写し込んだ。2枚目は印刷用に赤系統の色に変換した画像だ。滝壺に鯉が一匹上を見つめているのはいいとして、滝の両側の岩は表現は何かよくわからない。てっぺんに滝の両端に柱があり、それに龍が尻尾を巻きつけて鯉を見下ろしている。その様子も言われなければわからない。つまり失敗作だが、また6時間費やして作り直す気力も時間もない。短歌は昔の邦画『恋や恋なすな恋』の題名をもじった。切り絵の説明に書いたように、去年12月は「風風の湯」の常連ふたりと初めて訪れた福知山温泉で経験した滝行のような露天の「うたせ湯」が念頭にあって図柄が思い浮かんだ。「風風の湯」のそれとは高さが倍近く、爽快ではなく、痛快であった。
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# by uuuzen | 2024-01-02 23:59 | ●新・嵐山だより
●「雨の中 家族で衝くや 除夜の鐘 小柄な妻は 音も小さき」
●「雨の中 家族で衝くや 除夜の鐘 小柄な妻は 音も小さき」_b0419387_15493444.jpgの実 靴脱ぎ集う 路傍かな 吹き寄せ落ち葉 護美と言うべし」、「大掃除 せぬままくしゃみ 埃立つ 気力も時も 老いて減じて」、「気の抜けた シャンパンで酔う 父と子は 赤ら顔見合い 気を抜き笑う」、「百八つ 数えず寝入る 年の越し 煩悩忘れ 夢にうなされ」大晦日が雨であるとの天気予報が当たった。曇り空を見上げると掃除する気になれず、本が散らかり放題の部屋の片隅に陣取って年賀状の作業に取りかかった。切り絵専用に使っている韓国製の正方形の紙箱が4つある。そのひとつから黒と水色の色紙を取り出し、カッターナイフの刃を新しいものに取り換えた。切り絵の下絵はぶっつけ本番で、密に描いた波頭にいささか戸惑いながら、そのまま彫ることにした。年齢を思えば蛍光灯のみで裸眼で切り絵を作る作業は卒業した方がいいだろう。だが年に一度で1枚しか作らないでは腕試しによい。準備なしにいきなり切り進むのはまだどうにか自信があるからだ。本題に入る。30日に「風風の湯」で家内は89Mさんから言われた。「大晦日は法輪寺の除夜の鐘を衝きに行くので、108回のひとつは私と思ってよ」。その話を家内から聞いて初めて法輪寺の除夜の鐘は誰でも衝けることを知った。40年少々地元に住みながら知らないことは多い。息子と酒を飲みながら見るともなく見終えたNHKの紅白歌合戦の次に知恩院の鐘衝きの様子が映り、法輪寺の除夜の鐘を思い出した。たぶんそれも鳴り始めたのだろう。それで家内と息子を急かせ、雨の中を傘を差して法輪寺に出向いた。わが家から5分ほどだ。誰ひとり歩いておらず、また法輪寺下の境内に着くと真っ暗で、本堂に至る長い石段は足元がほとんど見えない。鐘を衝き終えたらしい数人と擦れ違ったが、89Mさん夫婦ではない。本堂前に着いて階段を見下ろすと、スマホを懐中電灯代わりに照らして息子が上って来る。そのほかに人影はない。鐘を衝くために百人ほどが列を成していると思ったのに、雨では億劫だろう。筆者の姿を認めたたぶん住職が「さあ、鐘を衝いてください」と20メートルほど先の灯された鐘楼を指し示す。ややぬかるんだ坂道を上がり、鐘楼の前に立つと別の僧侶が鐘を衝いていて、「さあどうぞ」と声をかける。早速一回衝き、息子に交代した。今日の最初の写真は息子の衝く最中と衝き終わりの様子だ。息子が鐘楼を出たところで家内が坂下に着いた。家内の鐘衝きは音が小さく、筆者は言った。「0.5回やな」。それででもないが、僧侶が「もう一度衝いていただいてもいいですよ」と言うので、息子がまた鐘楼に入った。筆者らが最後の鐘衝き一般人であったろう。家に帰るのに往路とは違って別の道をたどり、家に着いてしばらくしてもまだ鐘は鳴っていた。誰とも会わず、家族3人での鐘衝き初経験だ。0時半過ぎから切り絵を彫り始め、3時に半分ほど仕上げて布団に入った。午後に再開し、切り終えた本当の直後に家が大きく揺れた。
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# by uuuzen | 2024-01-01 23:59 | ●新・嵐山だより
●「NOW AND THEN」
窿の 意味知らぬ子の 丸き目に 虹の半円 映りて隆起」、「AIに 愛を尋ねて 愛想なし 人がそれ真似 人の世冷えて」、「子雀や 飛んで間もなき 痩せ姿 親のふっくら とんでもなきや」、「交わりの なきはさびしき ひとつ雲 自販機の茶の ぬくもり嬉し」
●「NOW AND THEN」_b0419387_14291697.jpg
先月4日の「ザッパロウィン23」で少しだけ触れたビートルズの最新で最後の曲「ナウ・アンド・ゼン」について今日は取り上げる。とはいえシングル盤を買わず、YouTubeで聴くのみでの感想だ。いつかはオーディオの大音量できっちりと聴きたいが、その最良の方法は先月発売された通称『ビートルズ青盤』の2023年版の2枚組CDがいいと思っている。ビートルズのアルバムには企画編集ものがかなりある。最初の発売は1966年末の『オールディズ』で、このLPを発売と同時に筆者は買って今も所有する。ヒット曲集だが、全曲が以前発売のヴァージョンとは音質が違う。それにイギリスでは未発表の「バッド・ボーイ」が入っていた。筆者はこのジョンが歌うロックンロールのカヴァー曲が大好きで、当時一緒によく歌った。『オールディズ』のジャケットB面は来日公演の際に缶詰めにされたホテル内で撮られた写真が使われた。ジャケット表のイラストもカラフルで楽しく、このアルバムが正式にCD化されていないのはもったいない。もっともCD時代になって、主にシングル盤をまとめた『パスト・マスターズ』と題するアルバムが2枚出たので、その前半の1枚は『オールディズ』の代わりと言えなくもない。他の企画アルバムのLPは『ラヴ・ソングス』や『ロックンロール』といった2枚組も発売されたが、それらは公式のCDになっていないはずだ。筆者がそうした編集盤LPに興味があまりなかったのは、正規発売のシングル盤、4曲入りのEP盤、そしてLPを買えばビートルズの全曲が入手出来たからだ。シングル盤のほとんどはほぼ同時発売時のLPに収められず、EP盤は64年の1枚のみがシングル盤にもLPとも曲目がだぶらなかった。そしてベスト盤は『オールディズ』のみがビートルズ解散前にイギリスで発売され、日本盤も出た。同アルバム以前に日本独自の編集盤もあったが、ビートルズが67年に全世界でアルバムを統一してからは製造されなくなった。70年だったか、解散後に通称赤盤、青盤の各2枚組LPがジョージ・ハリソンの選曲によって発売された。上記の理由で筆者はその2種のアルバムを買っていない。同じ曲を二度買うつもりがないためだ。手軽にビートルズのエキスを知りたい人にはいいが、全曲を聴きたい人には不要だ。価値があるとすれば、ジョージの選曲という理由で、また青盤と赤盤はジャケット写真が同じ場所で同じ並び方で撮影された初期と晩期の4人で、姿の変貌ぶりが見ものだ。今日の最初の画像は青盤のCDで、ジャケットの4人の写真は『アビー・ロード』のジャケットに使われてもよかった。
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 「ナウ・アンド・ゼン」の発売に合わせて赤盤青盤は曲を増やし、またここ5,6年における新リミックス・ヴァージョンを使ったうえで再発売された。リミックスはビートルズの録音で有名になったジョージ・マーティンの息子ジャイルズ(Giles)が手がけ、ネット情報によれば賛否があることがわかる。EMIとしては今後もビートルズで商売をして行くので、時代に合わせて新たな磨きをかけようというのだろう。それは音を自在に変える技術が年々開発されていて、そうした技術を応用すればどうなるかという興味もあってのことと想像する。ジャイルズがビートルズの録音をいじくったことは、ポール・マッカトニーとリンゴ・スターが健在なのでお墨付きは与えられているが、ふたりが世を去れば歯止めは利かなくなるだろう。遺言でポールがそれを禁止したところで、後世の者は勝手なことをする。それは絶対確実だ。その手始めが赤盤青盤を含め、ここ数年のジャイルズの仕事だ。ところで、筆者は2023年の最新の青盤だけでも買おうと思いながら、YouTubeに赤盤も含めて全曲が投稿されていることを知り、何度か聴いた。パソコンからの粗末な音なので詳細はわからないが、意外な発見はままある。それらを列挙するのは切りがないが、おおまかに言えばこれまで気になっていたことが改善されている。また2023年版でありながら、多くの曲はここ6,7年の間にリミックスされたものを使い、ジャイルズは父が手がけた最初のデジタル化のその先に進んで、ビートルズの全曲をリミックスし終えたのであろう。ザッパもそうだが、6、70年代のビッグネームのロッカーたちは続々と50周年記念盤を発売し、たいてい1万円以上であるため、筆者は興味がありながらザッパ以外は手を出さずにいる。購入しても2,3回しか聴かない。そうした50周年記念盤は現在70代の裕福なファンに向けてのもので、死に土産に買ってもらおうとの魂胆でもある。常識的に考えて最良の演奏は6、70年代に発売済みで、50周年記念盤に収められる3,4枚の余分なディスクには、残りかすと呼ぶにふさわしい演奏しか入っていない。良質の曲があってもごくわずかだ。そしてビートルズに関しては、良質の未発表曲やヴァージョンは『アンソロジー』の全3集で底をつき、残る商売手法はたとえばジャイルズに細部をいじらせることしかない。しかもその細部は元の録音テープに隠れ気味であった音を前面に出す程度で、異なる演奏とは言えない。ザッパの曲がジャイルズの手法で作り直されれば、200年や300年経っても「新譜」の発売に困らない。その意味でビートルズ・ファンはかわいそうだ。極細部が異なるだけの同じ曲に何度もお金を使わされる。したがって筆者はYouTubeで2023年版の赤青盤は我慢する。10年後にはどちらも1000円で中古盤が買えるはずで気長に待つ。
●「NOW AND THEN」_b0419387_14294864.jpg
 ネット・オークションでは2023年版以前の曲目の少ない赤青盤の紙ジャケットCDがよく出品されていて、2023年版かどうかは表ジャケットからは区別がつかず、裏面の曲目を確認せねばならない。今日の2枚目の画像が2023年版のそれで、筆者がオレンジで囲った9曲をジャイルズは増やした。2枚のLPには収まらず、今回は3枚組LPとして発売されたのではないだろうか。そのことを墓下のジョージ・ハリソンがどう思っているかだが、ジャイルズはジョージのことを考えて9曲のうち2曲を彼の曲とした。これはビートルズ時代から考えて妥当な割合だ。筆者が2023年の青盤CDがほしい理由は、今日の3枚目の写真が示す2009年発売の全曲CDボックスに収められる紙ジャケットのデザインやサイズと同じで、縦長のその黒い箱にはどうにか青盤の紙ジャケCDが入るだけの隙間があるからだ。またその全曲CDボックスには「ナウ・アンド・ゼン」は入っていない。ポールが言うようにビートルズ最後の同曲が、かつてジョージが選曲した基盤にジャイルが曲を追加し、さらには音を少々変えたベスト盤である青盤の最後に置かれることは、黒い箱にその最新の2023年版の青盤を収めたい気持ちを起こさせる。これは黒い箱に詰まるビートルズの全曲という遺骨に新たに「ナウ・アンド・ゼン」を葬る思いと言ってよく、同曲が筆者の生前に発表されたことにひとまず感謝したい。ポールの年齢からして、また新たにビートルズ曲として加工したいジョンの曲がないはずであることからも、同曲は真にビートルズ最後の曲で、あらゆる面から見てもそれにふさわしい価値を具えている。そのことは後述するとして、2023年版の青盤がほしい理由は「ナウ・アンド・ゼン」以外にある。それは68年の『ホワイト・アルバム』の2曲目の「ディア・プルーデンス」が、今回は前曲「バック・イン・ザ・USSR」のジェット機の離陸音に被さらずに始まることだ。ビートルズがアルバムにおいて曲間の無音を省略した最初は67年の『サージェント・ペッパー』だが、『ホワイト・アルバム』でもその手法が使われ、「ディア・プルーデンス」の冒頭はジェット機音のフェイドアウトとギターのリフのフェイドインが重なって、「ディア・プルーデンス」のみを取り出すことは不可能な状態にあった。スタジオでは各曲が個別に録音されたので、ジェット機音がない「ディア・プルーデンス」のテープは存在するはずで、ジャイルズは今回の青盤で初めて離陸音が完全に消えてから「ディア・プルーデンス」のリフが始まるようにした。しかもフェイドインではなく、最初のギターの一音がとても大きくクリアで、それだけでも筆者のように68年の発売時から聴いているファンにとっては驚くべき喜びで、同曲のイントロの1,2秒を聴きたいためにその青盤がほしいのだ。
 ジャイルズは古いファンやマニアのために「バック・イン・ザ・USSR」と「ディア・プルーデンス」を完全に切り離しのだろう。しかし「ディア・プルーデンス」の大きな音のイントロはジェット機音に隠れて鳴っていたものと当然同じで、ジャイルズの「切り離しヴァージョン」を聴いた後では筆者はなおさら68年のLPの感動を思い起す。それはジェット機音に隠れたフェイドインでありながら、あるいはそうであるからこそ、同曲のその後の展開がドラマティックであった。というのは、同曲はフェイドアウトで終わるからで、遠くからやって来て遠くに去るという感覚が同曲を支配し、それが歌詞と合わさって懐かしい思い出に感じられる。そう思えばこの曲はプルーデンスという名の女性を誘いながら自然の中で戯れた後、彼女が消えてしまうという悲しみを宿している。同じ境遇をジョンがもっとあからさまに歌ったのは3年前の「ノルウェーの森」だ。居心地のいい女の部屋で一夜を過ごしたのに、翌朝は何もかも消えていた。その喪失感はジョンの幼児体験の反映だろう。それで母性を強烈に味わわせてくれるヨーコにのめり込んだ。ジョンには精神的に強い女性が必要であった。話を戻すと、ジャイルズは「ディア・プルーデンス」のイントロをフェイドインにしなかったが、最後のフェイドアウトはそのままにした。これは遠くからやって来て遠くに去るのとは違って突如眼前に現われた存在が次第に遠のいて行く状態で、このほうが人間に出会いを考えればより現実的であるかもしれない。だがどのような一目惚れにも助走期間と呼べるものはある。運命的な出会いと思ったことも、運命として予定されていたのであれば、それはその出会いがある以前の歳月が助走でありフェイドインだ。そう考えると筆者はいきなりギターの音色が大きく始まるジャイルズの今回のヴァージョンは、ジェット機音のみ省いて68年時と同様、フェイドインがよかったのではないかと思う。だがそれはジャイルズのヴァージョンがあれば自分で簡単に作り得る。そのように思えば、これまでかすかに聞こえ始めたギターのリフがいきなり際立って出現するのは、過去の不明瞭さが払拭されて新鮮な思いをもたらす。『サージェント…』の最後の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の冒頭も前曲の最後の拍手が被さっているが、ジャイルズは今回の青盤で同曲のイントロから拍手を除いた。フェイドアウトするジェット機音や拍手音はわずかであるので、そのだぶりがなくなった程度はどうでもいいようなものだが、マニアにとっては特筆すべきことだ。ジョンやポールは理由があってジェット機のフェイドアウトにギター・リフのフェイドインを重ねたが、ジャイルズはそれを知りながら、各曲独立のベスト・アルバムであれば、曲のつながり箇所をクリアにすることは許されると考えたし、そのほうが曲の独立性が際立つ。
 さて、2023年版の青盤の最大の価値はやはり「ナウ・アンド・ゼン」だ。これはジョンが射殺される2年前の78年にカセットに録音された。それをヨーコはポールに与えていたが、何分カセットでは音質がよくない。雑音をいかに除去し、ジョンの声を鮮明化するか。海賊盤CDではその最初のカセット・ヴァージョンが昔から紹介されていたようで、今ではそのデジタル・データを元に個人でジョンの声をさまざまに加工することは可能だ。AIの技術は一般人でも利用可能で、その質は今後劇的に改善されるかもうそうなっているだろう。というのはYouTubeではポールがシングル盤として発売したこの曲の6分45秒に及ぶロング・ヴァージョンが投稿されている。聴き比べると、ロング・ヴァージョンはポールが省いたジョンの一際高い声で歌うサビが二度繰り返され、やはりくどい。ビートルズの曲は2分半が基準で、長くてポールが編集したように4分程度だ。「ザッパロウィン23」で筆者は本曲のジョンの声がどうも不自然に聞こえると言った。それはAIで声だけを取り出したヴァージョンを聴いての感想で、楽器の大きな音の中に混じると気にならない、というか気づかない。だが生前のジョンの声やジョージのギター音を使い、そこに現在の演奏音を被せたのであるから、そのことを知って聴くと不自然さは拭えない。同じスタジオでの音の加工でも、ある曲全体がごく短期間に実施されるのであればそうした違和感はないというか、認識されない。つまり本曲はジョンが生きていればどのようにアレンジされたかわからない状態であることの違和感が伴なう。その理由のひとつは先に書いたジョンが歌ったサビ箇所の除去だ。それはさておき、本曲は涙なくしては聴くことが出来ない。そのことをまずポールは長年思っていたはずで、ジョンの歌う「Now and then,I miss you.」の下りはポールの思いそのままであるはずで、80を過ぎてますますポールはジョンの詩とメロディ、そして歌声の才能を惜しむようになったのだろう。筆者はビートルズを中学生から聴き始めた時、何と言ってもジョンのほうがポールよりはるかに好きであった。父母の愛に恵まれなかったジョンの絞り出すように歌う激しい叫びやささやき歌う声に筆者は同情し、励まされた。筆者は父の愛を知らずに育ったが、ジョンと違って母のそれには大いに恵まれた。そういう違いはあったが、本来あってしかるべき親の愛の欠如は乳幼児に決定的な欠落感とそれゆえの激しい希求の態度、思想を育むはずで、ヨーコがいみじくも言ったように、そのように不幸に育った子は詩人になるしか道はない。ジョンは場末の酒場で飲んだくれの無名の詩人にならずに、ロックンロールと出会い、そしてヨーコと出会って本曲を書いた。ビートルズから独立したジョンはビートルズ時代とほとんど変わらない純粋さと才能を保ったことがわかる。
 ビートルズの解散後、メンバー各人がソロ・アルバムを出した。それらからビートルズ的な曲を選んで『アビー・ロード』に次ぐビートルズ・アルバムを編集しようと考えたことのある人は多いだろう。そして結局それがどうにも収まりの悪いものになる事実を知って失望する。解散後の4人は『ホワイト・アルバム』で露わになった個性をより尖鋭化し、ビートルズとしてのまとまりは不可能となった。それを誰よりもよく知るポールが本曲を最後のビートルズ曲に仕立て上げたかったのは、いかにもジョンらしい曲でありながら、ビートルズ曲としても通用する個性を認めたからだ。それは聴けばわかる。AIを使ったことやジョージが録音しておいたギター音やまた弦楽器の伴奏を加えるなど、過去からつながりながらしかも「現在的」なビートルズを提示出来る手応えがあったことと、ジョンが78年に録音した複雑な構成からサビを除去することで曲の訴求性を高められると判断したことが、よりビートルズらしい曲とした。なぜサビを省いたか。本曲はAマイナーの半音を一か所含むペンタトニックからGの同じペンタトニックとから成る。つまり白鍵ばかりでGの音階とすれば第7音がなく、Aマイナー音階では第6音がない。歌詞で最も重要な、またそれだけでいいと思わせるのが、AマイナーからGに変わった途端に歌われる「Now and then,I miss you.」だ。これは短調から長調に代わって安定した調子で歌われはするが、歌詞が欠落感の表明であるため、切々さが支配し続ける。ポールがこのGへの転調をサビとしたのはビートルズ曲の伝統からして正しい。ジョンが1オクターブ高い声で歌う本来のサビはEの五音音階で黒鍵の使用があるが、それがGのサビに戻る際の音の動きはやや複雑で、ポールがその本来のサビを省いたのは不安定さを内蔵するジョンの曲をより直截にわかりやすくし、ビートルズ時代にジョンが本曲をポールに提示したとしてもポールはジョンのその高音のサビを除くように助言したはずだ。つまり、本曲は真に「レノン=マッカートニー」と呼ぶにふさわしい共作となった。そのことをヨーコがどこまで予想したかわからないが、ポールを信頼し、ぜひとも充実した伴奏を編曲し、末永く愛される曲としてポールが仕上げてくれることを信じたであろう。従来の青盤は最後がポールが歌う「ロング・アンド・ワインディング・ロード」であった。2023年版ではその後に本曲が置かれ、ビートルズがたどって来た長くて曲がりくねった道で失って来たものを惜しみ、懐かしんでいる感をもたらす。ポールにすればそのようにビートルズの新曲がもう作り得ないことを本曲に託したとも見え、これからは一般人がAIを使ってもっと自由にビートルズ曲を加工出来る時代の幕開けが始まったことの宣言ともなっている。その意味でもビートルズは今もポップス界の先端を走っている。
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# by uuuzen | 2023-12-31 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
●「オレオレと 電話で詐欺の ならず者 鳴るはサイレン 逮捕の御用」
●「オレオレと 電話で詐欺の ならず者 鳴るはサイレン 逮捕の御用」_b0419387_23142981.jpg士をば 気取る為政の 瞳には 童も見抜く 鈍さの極み」、「目立ちたし 金もほしきや 脳足りん 騙す才能 見込まれ飼われ」、「俗物の 俗さ加減の 順位かな ラジオにテレビ ネットで人気」、「素晴らしき 人に会えねど 作はあり 美女に遭わねど 二歳児可愛」一昨日の投稿の最後はもう少し説明しておいたほうがよい。正午過ぎに電話があり、家内が出た。西京警察の生活安全課の○○と名乗り、最近電話による詐欺でふたりが逮捕され、彼らが所有していた57名の名簿にわが家の電話番号と住所が載っているという。途中で筆者に代わり、同じことを聞かされ、また注意勧告を受けたので、「わかりました、注意します」と応えた。それで終わりかと思いきや、相手は電話を切ろうとしない。どうも怪しい。まあ聞いてやれと思っていると、家内に代われと言い始める。電話の音は途切れがひどく、電波の届きにくい地域からスマホでかけて来ているのだろう。手元の紙に相手の名前を控え、即座に松尾の交番に駆けつけて事情を話した。西京警察には該当する人物がおらず、やはり詐欺であることがわかった。帰宅すると家内はまた電話があったと言う。そして途中で別の落ち着いた声色の男に代わり、筆者の偽造ゆうちょカードを所有しているが、それがどうのこうのという話をし始めたそうだ。家内は強制的に電話を切ったが、わが家を訪れて本物のゆうちょカードと隙を見て交換するつもりであったのだろう。ゆうちょや他の銀行口座に100万円も入っておらず、詐欺のし甲斐がないのに、年末でもあって詐欺師らは荒稼ぎの時期と思っているのだろう。その話を先ほど「風風の湯」でMさんにすると、以前Mさんの母親が電話詐欺で近くのコンビニで300万円振り込みをさせられたと聞いた。相手は大阪の元知事で今はTVタレントで荒稼ぎをしている弁護士の事務所に勤務する人間と名乗り、それで信用してしまったらしい。入金後すぐにコンビニに駆けつけて事情を説明しても相手はアルバイトで埒が明かなったと言う。コンビニのその機械に300万円が入っていると思うとそれを壊してでも取り返したくなるが、すでに詐欺野郎は遠くにある銀行から引き下ろした後だろう。それにしても最も安全と思っている家の中で遠隔操作の詐欺によって大金が奪われるのであるから、安全な場所はどこにもない。高齢者がそうした詐欺師からの電話を退けることが出来たとして、今度は白昼堂々と玄関を破って侵入され、強盗に遭うことが増えるだろう。しかし嫌な事件や話に患ってここに書くのは言葉がもったいない。ヘッセの『車輪の下』や『知と愛』には俗物は登場してもほんのわずかしか触れられない。筆者も知識欲のない人物にかまっている暇はないと改めて自覚する。つまり雑音のシャットアウトだが、そう思いながら毎日が雑事ばかりで過ぎて行く。それで今日の投稿もその雑事の最たる内容だ。
●「オレオレと 電話で詐欺の ならず者 鳴るはサイレン 逮捕の御用」_b0419387_23151128.jpg 今日は昨日の補記を書いておく気になった。それは「オレオレ歩き」についてだが、道に迷う筆者は帰宅後に忘れない間に歩いた道筋を地図上に記すようにしている。今日は3枚の地図を掲げる。最初は9月10日、大阪本町のムジークシューレという一室にアコーディオンの演奏会を聴きに行った帰りだ。天神橋筋商店街で買い物をして帰るつもりであったから、本来は真っすぐ北上するのが近道だ。ところが何を勘違い、あるいは遊び心が出たのか、筆者は地図上の赤線のように、南西隅からオレオレ歩きをして北東に歩き、桜宮橋の東詰めに至り、そこで仕方なしに方向転換して橋を西に越え、そこから北西に向けてまたオレオレ歩きをした。当日はカメラを持参することを忘れたので、3か所の蘇鉄の写真を撮ることが出来ず、また気になった物や場所もいつか改めて訪れて撮影することにした。そのためにも歩いた道筋を記録しておくのがよい。一番気になったのは藤田美術館が新しくなっていたことだ。歩いた道から建物の外壁代わりの大ガラスを通して内部の観覧客たちが見えた。またオレオレ歩きをしながら天神橋筋商店街に必ず着くと予想しながら、大塩平八郎で馴染みの同心町を通過し、JR天満駅の南端に着いた時は声を挙げそうになった。まさかそこに至るとは思わなかったからだ。結局目指すスーパーのすぐ前に出て来たことになって、直角三角形の直角を挟む二辺を歩くという遠回りをしたが、普段運動不足の筆者にはちょうどいい散歩となった。さて2枚目の地図は10月29日の大阪だ。これも丸尾知子さん目当てに出かけたアコーディオンの演奏会で、その前に難波で展覧会を見ることにした。地図のA地点の天神橋筋六丁目駅から赤線のようにオレオレ歩きをして御堂筋に出るつもりが、JR環状線の高架沿いでやはりまた蘇鉄を見つけた。早速カメラをかまえたはいいが、シャッターが下りない。何度試しても同じで、電池切れとわかり、それを買うために大型スーパーに寄ることにした。そこから真っすぐに南下してBに至った。その時右手の道を進むべきと思いながら、左に進んだ。それは間違いで、結局天神橋筋一丁目のCに出た。それなら最初から地図のAからCに至る日本一長い商店街を真っすぐに南に向かえばよかった。ただしそうするとカメラの電池切れはわからないままにアコーディオンの演奏会に行ったはずで、11月3日の投稿は写真がないことになった。かなり遠回りしたことを無駄と考えるのではなしに、初めての道を少しは歩いて蘇鉄を見かけ、また電池切れがわかってそれを早速購入出来たことがよかったと思えばよい。ものは考えようで、立腹したことを思い出すより、楽しかったことに目を向けるべきだ。それはともかく、Cから天神橋を南に越え、そこからまたオレオレ歩きで難波に向かったが、遠回りしたために展覧会はほとんど5分しか見られなかった。
●「オレオレと 電話で詐欺の ならず者 鳴るはサイレン 逮捕の御用」_b0419387_23152639.jpg
 次に3枚目の地図だ。先月23日に茨木の国立民族学博物館に家内と出かけた際、また西国街道歩きを決めていた。家内にそれを伝えると絶対に拒否するので、展覧会を見終わっても黙っていた。そしてめったにないことだが、モノレールに乗って初めての豊川という駅で降りた。そこから西国街道は間近で、東に歩くことにしたのだ。茨木市内の西国街道歩きは1年ぶりだ。去年は1日早い11月22日に「みんぱく」の企画展を見た後、西国街道に至り、それを西進した。去年投稿した「西国街道、その27」の地図で言えば左端のE地点すなわち今回の3枚目の地図の左上隅のA地点までを西にある豊川駅から目指した。そのことは写真つきで改めて書くつもりでいる。Eから歩くのではなしに、豊川駅からEを目指したことは正解であった。日没まで時間があったからだ。ただしやはり西国街道歩きの後に道に迷った。どんどん暗くなったからだが、緊張して歩いたのでよく覚えている眺めがいくつもある。それらをつなぎ合わせて歩いた道を地図上に青線で記した。まず空腹であったので、西国街道歩きを終えてすぐ、国道171号線と西国街道の交わりの地点に去年も目に入った大阪王将で食事した。筆者はマーボーフワトロ天津飯、これはスージー・クワトロも喜ぶだろう。家内はサクトン定食で、玉ねぎの炒めが足りず、食後気分を悪くし、地図のAB間で座り込んで吐いた。それでも夜道を駅目指してサクサクトントンと南下しなければならない。Aから南東方向に歩けば阪急茨木市駅があることは知っているが、その途中の道は半分以上は初めてだ。去年はAから超満員のバスに乗ったが、今回は歩くのもいいと考えた。ただし特にAからBはあまりに殺風景で、それは我慢せねばならない。B地点は171号線を横断する地下道だ。それを南にわたってほとんど人に遭わずにCまで行くと、見慣れた建物に気づいた。以前富士正晴記念館を訪れた時に見覚えた建物だ。その真向かいにコンビニがあって、そこでパッションフルーツを買ったことは以前に書いた。そこから駅まではもう近い。ただし地図で示したDEFはそれぞれ印象深い地点でありながら、青線どおりに歩いたかどうかは定かでない。Cに至った時、今回の地図の赤線の中ほどのFを目指した。そこから小学校や駅前商店街に一直前に南下する本町通りに出たかったのだ。そこを以前歩いたことがあり、商店街で買い物をして帰るつもりがあったからだ。ところがCから東にJRの高架まで歩けばいいことがわかっていながら、途中で南に折れた。オレオレ歩きを念頭に置いていたからで、その南に入った道の先をまた東に折れることを何度か繰り返せば本町通りに出ると予想した。それで今回はDのJRの高架下を歩き、Eに至った。そこは昔は茨木川で、現在は堤の緑地とそれに沿う川端通りだが、前回歩いた時に越えた道とは違うなと思いつつ、信号を東にわたった。 帰宅後に調べてわかったが、以前歩いた時に横切った堤の信号はひとつ北のFであった。E地点の道路をわたった直後に信号が赤に変わり、家内は信号を待つ自転車に乗った若い女性に駅まではどう行けばいいか尋ねた。彼女は信号が青に変わり、また赤になっても家内に詳しく説明してくれ、Eから堤沿いの道を南に行けば大きな通り沿いの左手にG地点の茨木神社があることがわかった。筆者は女性の言葉にしたがわずに、地図上に青で示したように、堤内のちょっとした公園を横切ってすぐの南東に下る暗がりの狭い坂道を進んだ。坂を下りて進むと突き当りに至った。左折を繰り返して来たので当然その時も左折した。それが間違いであった。斜めの道を歩いたために方向感覚がわからなくなった。その突き当りでの左折は北向きであった。先を進みながら四辻ごとに左手のずっと奧に土手が見えた。あれをまた向こう側に越えねばならないと考え、F地点である堤、そしてそれに沿う道路を越えてまた住宅地域に入った。そこでどこをどう歩いているのかわからなくなったことを自覚し、たまたま四辻の角の家の小さな庭に出ていた高齢の女性に道を訊いた。ところで、Aから駅のHまで、大通り沿いは別にして遭遇した人は先の信号待ちの女性以外はほとんどその女性のみであった。まだ6時頃の市内というのに、日が暮れるとサラリーマンの帰宅者以外はほとんど外出しないと見える。それは嵐山でも同じで、高齢化が進んだためもあるだろう。女性は庭に出てごそごそと何かを取ろうとしていたようで、背中を曲げてしゃがんでいた。こんどは筆者がその高齢女性に声をかけた。彼女はつい最近も80代の男性が2時間もうろついて駅がどこかわからないと道を訊かれたと言った。そして親切にもその直後にわかりやすい場所まで案内すると言われた。暗がりで道案内をするになるほど筆者と家内は不審人物には見えなかったのだろう。とはいえ筆者は奇妙な帽子を被り、家内曰くどう見ても古稀過ぎの普通の老人には見えないので、暗がりが幸いした。数十メートル引率され、別れてからすぐに堤を上がると先の小さな公園で、また南東に下る人影のない暗くて狭い坂道が目に入った。ふたたびE地点に来たのだ。狐につままれた気がした。当然そこを下らず、堤上を南下した。前方に昨秋建設中であった市役所近くの大きなビルは完成してすでに営業中、シースルーのエレベーターを初めすべての窓が明るく点っていた。1年前はそれが建築中で、万博公園に向かうバスの中から眺めたものだ。堤の左下はずっと茨木神社の境内で、明かりの中、白いキモノの禰宜の姿が眼下に見えた。茨木神社の鳥居前の大道路を歩くのは不満であった。地図の赤い線の本町通に至って商店街で買い物をして帰りたかったからだが、地図上に道筋を描くと、そのルートをたどればなおのこと「オレオレ歩き」として形が整ったことがわかる。
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# by uuuzen | 2023-12-08 23:59 | ●新・嵐山だより

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