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●温泉の満印スタンプ・カード、その53
間距離 ゼロに近きや 一戸建て 下町の情 人によりけり」、「名乗らずに 世間話の 咲く湯舟 常連になり 時に情湧き」、「温泉の マナー知らずを 見ぬふりし 気づけばそっと 始末しておき」、「竹林の 七賢ならぬ 凡俗も 温泉浸かり 心身和み」
●温泉の満印スタンプ・カード、その53_d0053294_23582153.jpg
昨夜「風風の湯」のスタンプ・カードが満印になった。温泉客は増加の一途で、嵐山全体も人で溢れているが、嵯峨の竹林はコロナ前の大混雑に戻っている。85Mさんによれば、政府が旅行代を援助するためで、場合によっては数千円で宿泊旅行が出来るとのことだが、どうせスマホ所有者で京都以外に住む人が対象だろう。それを言えば京都人は他府県に旅行すれば同じ恩恵を得られるはずで、長年家内と旅行していないので、この際という気にならないでもないが、コロナはまだ収まっておらず、筆者の長年の仕事の区切りもまだで、旅する気にはなれない。さて、先日の午後3時過ぎ、市バスでの帰宅中、西院南方の大型スーパーで買い物を済ませた80歳近い男性が筆者の隣りに座った。すぐそばの入口のドア近くに中学生男子が立ち続けていて、次々に乗って来る人の邪魔になるので、筆者は「空いている席に座り」と声をかけたが、座席は全部老人用と思っているらしく、耳を貸さなかった。筆者がその言葉を発した直後、先の高齢男性が乗って来て筆者の横に腰を落とし、しばらくして同じその中学生に声をかけた。「どこから来たんや?」「熊本」「そうかそうか。修学旅行やな」「はい」「嵐山に行くんやな」「はい」「行ってもなんもあらへんで。山はまあええけどな。竹林には行くんか?」「?」「竹林知らんのか?」「……」運転手のすぐ後方に同じ学校の女子生徒も数人いたが、彼らが嵐山に着くと4時になり、もうホテルに戻るだけの時間しか残されていない。市バスを利用しての修学旅行はかわいそうだ。見学すべき場所にはごくわずかしかおられず、その何倍もの時間をバスの中で過ごす。それならわざわざ京都に来る必要はない。不愛想な男子中学生とは話にならず、その後は筆者との会話になった。その高齢男性は筆者が降りるバス停のふたつ手前で下車したが、身なりと物事から裕福であるのは一目瞭然で、最近まで二尊院前で店を出していたと言う。コロナで経営がおもわしくなくなって店を閉じたとのことで、筆者が想像する以上にコロナでつぶれた店は多いらしかった。そして嵯峨や嵐山の店舗が様変わりしたことや買い物の不便などが話題になり、その人は降りる直前に「嵐山はもう10年先には今の面影がなくなっているんとちゃいますか」と言った。そう思うほどにここ2,30年の嵯峨嵐山は変化がいろいろとあった。そのことは修学旅行生や観光客には全くわからない。「風風の湯」は今秋で10周年を迎えるが、この変化は筆者にはよかった。便利であることとは別に、世間話をする常連客がいるからだ。願いは値上げしてほしくないことだけ。
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# by uuuzen | 2022-12-24 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)
●『WAKA/WAZOO』その5
のうち 子孫残すは 微々の微々 後は食われて 糞となりけり」、「伝統を 壊す人知る 伝統の 厚み知らずに 短き命」、「名人の 技を知る人 常に稀 名を見て実を 知らぬ人の世」、「名人も 迷信思ひ げんかつぎ 謂れ知らねど 厄は避けたし」
●『WAKA/WAZOO』その5_d0053294_00044420.jpg
昨日言及した「アンディ」の歌詞に「皮紐」が荘厳云々とあることは、歌詞の理解をどう助けるだろう。皮紐は鞭を連想させるが、それが荘厳であるとは倒錯的性行為に因む歌詞かと思わないでもない。そうであっても結論として歌詞は権威に一度は馴染んだことの否定で、ザッパがよく「iconoclast」と呼ばれることの理由を説明する曲と言ってもよい。「イコノクラスト」はカトリックから生まれた運動で偶像崇拝否定のことで、転じて伝統や権力の批判にも使われる。ロックンロールないしロックは若者の自己表現手段で、現在もそれは続いているが、ロックも権力を持つことは当然の帰結で、そうなればそれに反対してたとえばパンクが生まれ、ロックが歴史として永らえることになるが、元来ごく単純な音楽であるので、今後もロックが愛好されるとして、その芸術性はもう出尽くしたのかどうか、これは現在ないし今後の若者がどう創造して行くかの問題で、誰にも明らかなことはわからない。ただし、この80年ほどのロックの歴史を見ればそこには多様な歴史、あるいは伝統が培われていて、新たなロックをやるとしてその参照すべき作品は充分網羅され尽くしている。ところが前述のように基本は中学生でも即座に演奏出来る単純さがひとつの大きな命であるので、たとえば彼らは80年前のロックンロールを聴かず、ましてやザッパの何たるかを知ろうともしないし、知る必要も全くない。それでも自己表現によって億万長者になることも夢ではなく、そうして人気者になった彼らが、伝統破壊主義者と呼ばれる、あるいはそのことを標榜して自惚れるとして、大多数の人はそのことに異を唱えないだろう。それほどに短期間で大人気をさらう者は同調者を産みやすい。ザッパはそのことをたとえばビートルズを例によく知っていた。ザッパがジョンとヨーコと共演した時、ふたりのやる音楽はみなわかっているといった意味のことを語ったそうだが、それはジョンの音楽がロックンロール、つまりコード3つの単純な音楽、ヨーコの音楽はコードがないかあってもひとつというさらに単純なもので、基音さえわかればバンドは伴奏出来たからだ。それはプロとしてあたりまえで、ジョンとヨーコの音楽に合わせるだけではなく、マザーズとしての個性を発揮することも忘れなかった。そこからは伝統破壊主義者が伝統をくまなく努めている者であることが垣間見える。それにザッパ自身は自分をイコノクラストとは言わなかったであろう。謙虚さがあったからだ。それゆえザッパはインドや中国の文明に比べて200年の歴史しかないアメリカに言及した。
 ザッパはアメリカ人の音楽観があまりに貧しいことにも言い及んだ。大多数の人は西洋の古典音楽を映画でクラシック音楽風なオーケストラ曲で代用するのみで、ヨーロッパの大作曲家の作品を一生聴かずに過ごす。日本でも同じで、そんな歴史、伝統を全く知らずともギターとドラムで演奏すれば人気者になれる「子ども文化」社会が築かれている。その背後には金儲けがうまい大人が蠢いているが、ごく短期間でも有名になって金儲け出来ればそれでよしとする若者が多く、需要と供給の均衡は保たれている。そこに調子乗りの評論家紛いが一枚噛めば彼らは怖いものなしで、ネットも動員してそれこそ世間を席巻する。そのことを石鹸で洗い流そうとしたのがザッパとは言わないが、何事も確実に少し遅れてアメリカの物真似をする日本であるから、ザッパが73年にアメリカのTV界を「アイム・ザ・スライム」と風刺したことは日本でもますます当てはまるようになり、「子ども文化」ならまだしも、その頭に「醜悪な」を付け足す必要のある事態が続いている。そういう社会でザッパの音楽がどういう意味を持つかとなれば、昔から筆者は思っているが、大いなる誤解でありこそすれ、ザッパの精神を何ら理解しない、そもそも出来ない連中が、「イコノクラスト」を曲解して伝統無視に勤しむ。そんな七難しいことをやらずとも、ごく簡単に有名になり、金儲けが出来るではないかとの理由だ。それで日本で数万人の客を集めてライヴをするミュージシャンが「ザッパ? それ誰?」と思うだろう。いつの時代の世間も活きのいいのが大好きで、古臭い伝統はどうでもよい。それにザッパも「イコノクラスト」と呼ばれたからには、伝統を破壊して人気者になったのではないか。そこにザッパをパンクと見たベン・ワトソンの考えもあるということだが、偶像破壊はその偶像を物理的に壊せば済むとして、音楽のような目に見えない形のものを壊すというのであれば、それが持っている伝統のどの箇所を改めるかが問題になる。つまり伝統を破壊するには伝統を知る必要がある。そうでなければそれこそ稚戯だが、平和が続けばそれが幅を利かせる。その現実を横目で見つつザッパは創作を続けたが、独学ゆえに因習に支配されなかった。そしてヴァレーズを敬愛するあまり、音楽家は死ぬことを拒否するとの旗印を掲げ、また自分の音楽を好む人々が確実に存在することを知る幸運に恵まれたが、それは貧困に苦しむ音楽家を蔑むことにつながらない。そもそもキリストが歴史上稀な真実の人であったとして、彼は権力者に理解されずに磔にされたではないか。それを思えば世間の大人気者であるからその存在がそうでない人よりも優れているとはとうてい言えない。ザッパは経済的に成功したが、インタヴュアーからそれを指摘されると、ビートルズほどに有名でも儲けてもいないと言って、経済力で作品を云々されたくないことをにおわせた。
●『WAKA/WAZOO』その5_d0053294_00051510.jpg ただしザッパはギターをひとり奏でて歌うフォーク・シンガーのような道を目指さず、ヴァレーズのように大がかりな大管弦楽曲を書いて演奏させる夢を持ったので、どうしても経済的な成功を求める必要はあった。ただしそういう大曲が音楽家の価値を左右するとは限らないことを知っていた。それでコンロン・ナンカロウのようなひとり籠って特殊な楽器専用に曲を書き続け、さほど有名にならなかった作曲家にも関心を寄せたが、そういうザッパを知ることはもはやロックやポップスとは全然違う畑、つまり芸術的音楽の視野で見つめることになるのに、さて日本のザッパ・ファンないし研究家を謳う者のどれほどがザッパをそうした地平で捉えているかとなると、まあ言わずもがなだ。ともかく、ザッパは人気が命のロック・ミュージシャンであったから、その点で見れば二流になるだろうし、またヴァレーズのような確実に西洋音楽の歴史の一齣として大作曲家の仲間入りをしつつある人物ほどに「純粋」ではなかったので、その点でも二流として見られ、一風変わった中途半端な音楽家として世間では評価が定着する可能性が大きい気がする。そのことは生前から明らかで、たとえば72,3年のザッパのアルバムの日本での評価を見ればよい。どの評論家がまともに『ワカ/ジャワカ』を持ち上げたか。有名な音楽雑誌でも普通かそれ以下の評価で、ろくに聴いていないか、聴いてもわからない耳をしていた。とはいえ、それが世間というもので、50年ぶりに公表される、ザッパが蔵入りさせていた録音を本作として発売しても聴くのはごく少数で、この文章を読む人もまあ100人もいないし、いても大半は反論だが、コメント欄を閉鎖しているのでうるさい声に耳を貸さずに済む。ところでどういうファンであろうが、ザッパにすればレコード、CDが売れて音楽活動が続行出来ればよかったと表向きは言える。知性の足りないファンに誤解されても彼らなりに楽しんでくれるのであればそれでよく、聴き手を選ぶことは出来ない。それを前提としつつあえて筆者が言いたいのはたとえばヴァレーズからザッパへの系譜だ。そしてヴァレーズはドビュッシーに学んだから、ザッパは西洋の古典音楽に連なっている。そこにアメリカ黒人のブルースの加味だが、そのブルースにしてもザッパが初めて作曲の要素としたのでは全くない。そのため、ザッパの音楽をより理解するにはザッパの曲だけを聴いていいことにはならない。ザッパが偶像破壊者として、その崇められている偶像の実態を知らねばザッパがどのようにそれを壊そうとしたかはわからない。だがロックやポップスの範疇でザッパを見つめる限り、「恰好いい」人気者の要素が優先され、またそれはすぐに新たな若さに駆逐される運命にある。したがってザッパが恰好いいとして、その要素は音楽性に求めるべきで、それには伝統や古典を知る努力をするしかない。
 ようやく本論。『ワカ』と『ワズー』の2作を作り上げたザッパは20人編成、そして10人編成でアメリカ、ヨーロッパをツアーした。70年代初頭、10人編成の「プチ・ワズー」のライヴを収録した海賊盤があった。高価なので買わなかったが、当時「ザ・グランド」や「プチ」のワズー・ツアーについての情報はもたらされるのに、そのライヴ盤が正式に発売されないことが大いに不満であった。それが昨日書いたようにザッパ没後に数枚が世に出たが、『ZAPPA/WAZOO』以外はひとつの全ステージを収めたものではなく、さまざまな会場で録音された、しかもソロの部分のみ切り取った断片の寄せ集めで、アルバムの完成度は乏しく、海賊盤の少々ましなものであった。今回の5枚組のディスク3後半とディスク4はその双方のツアーから曲が選ばれたが、ディスク3にはジョージ・デュークの曲の後にまず「アプロキシメイト」が入っている。これは『ZAPPA/WAZOO』にあるヴァージョンより2分ほど短く、ブックレットにあるようにザッパが75年頃に編集したものだ。ザッパは75年に自作の管弦楽曲をUCLAで演奏、収録するので、その成果とともに当時何かのアルバムに収録するつもりがあったのかもしれない。またもうひとつ思い起すのは、この曲の存在をザッパが初めてアルバムで紹介するのは76年の『ザッパ・イン・ニューヨーク』で、その見開きジャケット内部の「パープル・ラグーン」の曲説明に、「パープル・ラグーン」と「アプロキシメイト」のふたつの主題が対比されて奏でられていると書き、後者を「ザ・グランド・ワズー」期の未発表曲と知るした。一方74年のTVに出演して当時のマザーズが演奏した際、ナポレオン・マーフィ・ブロックが同曲の主題を歌い、その時は画面に楽譜が映った。ザッパの曲として重要な同曲はそのようにいわば小出しされて来たのだが、「パープル・ラグーン」にその主題を吸収した形で演奏したザッパは後年その「パープル・ラグーン」をディスコ調でライヴ開演のテーマ曲とするに至り、「アプロキシメイト」はすっかり忘れ去られた。それが独立した曲として発表されるのはザッパ没後の『ZAPPA/WAZOO』だが、前述のように74年にはTV画面に主題の楽譜を後で編集して掲げているので、レコード発表はしていなかったものの、ザッパにすれば72年に書いた主題の思いは刻印され、愛着があったと言ってよい。同曲の重要性はディスコ・ブームが来る前に踊れない複雑なリズムで書いていたことで、それはロック音楽では御法度とされる代物と言ってよく、レコードに収めるにその適切な場所がなかったのだろう。それでもうひとつ「パープル・ラグーン」の主題を書き、併せて演奏することにしたが、その傍ら「ブラック・ページ」を前面に押し出した。
 つまり、72年のワズー・オーケストラを使ってザッパは76年のザッパを大きく特色づける曲の主題をいくつも書いた。そのことは『ZAPPA/WAZOO』の「グレッガリー・ペッカリーの冒険」の5楽章や本作のディスク3後半とディスク4に収められる「プチ・ワズー」の演奏からわかる。昨日書いたようにそこには後にアルバムで発表される主題が別の曲に使われるなど、ザッパ研究において楽譜に遡って分析する必要のあることが満載されている。それだけで足りないのは、ザッパが歌詞や物語を書いたことで、その文学的な観点からの周到な分析も欠かせない。そしてそれらが一体となってザッパがいかにイコノクラストであったかがわかるのだが、ほとんどのファンはおぼろげにそれを知るのみで、また敬して遠ざけるだろう。簡単に言えば熱烈なザッパ・ファンを自認するミュージシャンであっても、人気曲ないし好みの曲を模倣するだけで、ザッパの最もザッパらしい「アプロキシメイト」といった曲の主題を易々と弾きこなし、さらにはその後にふさわしい即興演奏を紡ぐ才能は皆無と言ってよい。それゆえザッパは「ザ・グランド」と「プチ」のワズー・ツアーの録音はアルバム化しても売れる見込みは乏しいと判断したのではないか。自分のやりたいことと売れる音楽の区別をザッパは明確に知っていたはずで、後者を意図しつつ、前者を随所に忍ばせたが、その前者あってこそのザッパであって、そこが因習破壊とみなされる部分であった。つまり「アプロキシメイト」はそのひとつの代表で、その短い主題に続く即興が大半の72年のヴァージョンを75年頃に編集し直したところにザッパの呻吟ぶりがある。ともかく本作のそのヴァージョンからは売れにくい曲への愛着が伝わり、経済性に悩んだザッパの姿が見えそうな気がする。耳障りが悪そうなそうした主題こそがザッパの個性を如実に示し、繰り返すと72年はその豊穣期であった。本作の「アプロキシメイト」の次に「プチ・ワズー」のサンフランシスコでのライヴがディスク4とともに収録される。合計78分の演奏で、これを1枚のCDに収録してほしかったが、それには1曲目のコンサートが始まるまでのザッパのメンバー紹介やチューニングを数十秒ほどカットする必要があったかもしれない。またブックレットにはアンコールでもう1曲演奏された可能性があるとするが、ザッパはそのテープを遺していない。それを言えばそもそもザッパが「プチ・ワズー」のツアーをどれほど録音したかだが、ジョー・トラヴァースはそれを明らかにしていない。それで小出しの形でこれまでアルバム化されて来たが、本作においてようやくステージ丸ごとの収録が『ZAPPA/WAZOO』とともに揃ったことになる。未発表の録音がまだあれば今後はそのアルバム化だが、目ぼしい曲はもうほとんどないのではないか。
●『WAKA/WAZOO』その5_d0053294_00061442.jpg ディスク3の最後は「リトル・ドッツ」で、この主題の楽譜は同名アルバムのジャケット内部で公表された。同アルバムと本作とで同じ曲がステージが変わればどう違うかを聴き比べられるが、主題よりも聴きどころは即興演奏部分で、ザッパはそれを新たな主題を産む場とみなしたので、主題と同じほど重要だ。主題がきわめて演奏困難であれば、それに続く即興も瞠目させられる箇所の連続であらねばならず、ザッパが発表したギター・ソロはどれもそれぞれのフレーズが主題に化ける魅力を持っている。それゆえザッパはしばしば自分のギター・ソロの録音を短縮してアルバムで発表した。ここは重要で、即興本来の命としてそれこそ0.1秒単位で真剣であるべきが、凡庸なミュージシャンは個性も緊張もなく、自己に酔ってだらだらと演奏し続ける。それはさておき、ザッパは20人ないし10人のワズーを前に楽譜を立て、指揮棒を振っている写真がある。これは主題はもちろんのこと、即興もある程度は楽譜の割り付けがあったことを思わせる。楽譜どおりに演奏する技術を持つプロのミュージシャンを集めたことは当然ながら、即興で個性を発揮し得る才能も求めたのは、ひたすら自分の創作を完璧なものにしたいためで、それが恰好よさと思っていた。それは格好だけ一人前のロック・ミュージシャンの姿からは遠く、したがってザッパの才能の真価を問うべきはわかりやすいブルースを主体にした曲ではなく、「アプロキシメイト」のような演奏困難な主題だ。それはたとえばディスク4の最初「アメリカ・ドリンクス」にもある。この曲はヴォーカルつきのヴァージョンとともに『アブソルートリー・フリー』に収録され、いかにもアメリカ的なジャズだが、同ヴァージョンから4年後の本作の演奏では著しい編曲がなされている。メンバーのソロが加わったのは当然として、オリジナルにはなかった主題が中間部に突如現れる。ザッパの指揮が目に見えそうだが、ザッパが曲を絶えず改変した、つまり自らの因習破壊の好例で、その主題は別の曲に使われた形跡はたぶんなく、楽譜として発表されることでザッパの創作の広がりが改めて認知される。次の「モンタナ」はイントロが後年の『ジョーのガレージ』の「スティック・イット・アウト」と同じロック調で、それが終わった直後に72年ではまだ発売されていなかった『オーヴァーナイト・センセイション』のようにザッパがヴォーカルを担当する。中間部はザッパのギター・ソロで、それが終わってすぐに冒頭のリズムに戻り、そして歌がまた始まる。次の「さらに遠くのオブリヴィオン」は『イマジナリー・ディジージズ』にも収録され、聴き比べるとよい。この曲は主題が多く、また別の曲「オブリヴィオン神父」との関係を含めると一冊の本が書かれるほどのややこしい事象を含んでいる。
 その作業を誰にもわかりやすく行なったザッパ・ファンはいないと思うが、それには楽譜の読み込みが欠かせないことと、歌詞の意味するところの源泉が謎めくからだ。その意味で日本の若い人気ミュージシャンが書くような子ども向けのラヴ・ソングとは天地の開きがあるが、もちろんザッパは無視されるか、天地の地と見られる。次の「コズミック・デブリ」の歌詞は「アンディ」に通ずる。似非宗教家のような人物が風刺され、それがどういう個人か団体であったかはわからないものの、たとえば統一教会を思えばよい。洗脳によって信じ込んでしまうのは弱い性格のためかどうか、ザッパは自分は騙されないと歌う。そこには裏を返せば人を操ることは簡単という思いが見え透く。人気者になるのはだいたいそういう人間で、人は騙すか騙されるかに二分される。もちろん後者が圧倒的に多数で、人気者はいつの世にも求められる。そこにイコノクラストがどう絡むか、それを知ることでより世間を手玉に取ることが出来そうだが、真実味の度合いの多寡によって、言い換えれば稀な個性の度合いによって後世への名声の伝わりの度合いが変わる。ディスク4の最後は70年発表の「チャンガの復讐」で「リトル・ドッツ」と同じほどの18分の長さがあるが、曲目紹介やチューニングの時間を加味すれば本作最長だ。主題のギターを含む音色がとても分厚く、その伴奏の管楽器群を圧倒している。主題後にメンバーのソロが順に続き、その最後にザッパが登場するのはこの曲の恒例で、4年後の日本公演でもそうであった。プチ・ワズーのツアーで顕著なのは「アポストロフィ」で披露されたのと同じ奏法のドラムスのジム・ゴードンの叩き方で、それが短期に終わったのは当時彼の人気が高く、他のミュージシャンから引っ張りだこであったからだが、ブックレットにあるように麻薬で早死にした。さてディスク5をTVに接続している録画機で一聴した。先日その5.1チャンネルで楽しめるディスクが4トラックと書いたが、それは早とちりで、5.1チャンネルのサラウンド方式は実際は音がいくつに分離しているのか知らない。CDの256倍のリゾルーションとのことで、4つどころかもっと多くのトラック数に分離して収録可能なのだろう。ともかく今日の3枚目の写真は表示画面で、一番上中央のザッパの顔写真の左右端に細い棒印が表示され、そのどちらかを指示すれば下2枚の『ワカ』と『ワズー』のアルバム・ジャケットと曲目が表示される。それ以外の画面はなく、ヴォーカル曲の歌詞表示や演奏者のクレジット、『ワズー』の見開きジャケット内部のメンバー写真や物語もわからないようになっている。ディスクの盤面はカル・シェンケルが当時描いたミッキー・マウス風のキャラクターを下敷きに別のイラストレイターが『ワカ』のジャケットの精緻な点描技法を引用して描く。
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# by uuuzen | 2022-12-23 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
●『WAKA/WAZOO』その4
庭の 芝生に目立つ 騎馬像は 金持ち語る 人生賭博」、「熟考し 決めて作るは 神の意思 ただしピンキリ 常に混ざりて」、「熟考の 跡をたどるや 研究家 面白さ知り 伝えてアート」、「髭マーク ひとつ大きな マグカップ コーヒー飲んで 口紅つきし」
●『WAKA/WAZOO』その4_d0053294_00551072.jpg
本作のディスク3の後半とディスク4は『ワカ』と『ワズー』の録音後に行なったツアーのライヴ音源を収録する。ザッパは最初に「グランド・ワズー」として20人編成で行ない、次に10人編成の「プチ・ワズー」を組織した。前者については2007年にCD2枚組の『ZAPPA/WAZOO』が発売され、後者については2006年の『イマジナリー・ディジージズ』、2016年の『リトル・ドッツ』、それに2017年のレコードストアズ・デイに限定発売されたアナログ盤『ロロ』がある。いずれもザッパ没後の遺族による在庫放出と言ってよい。筆者は正直なところ、『ワカ』と『ワズー』以外の上記のアルバムは何度聴いても印象にほとんど残っていない。それは『ワカ』と『ワズー』に比べて完成度が低いからだ。言い換えれば寄せ集め、流動的だ。ザッパはそれを知ってか、ツアーで得られた録音のごく一部を後にアルバムで発表する曲の一部に使った。『オーヴァーナイト・センセイション』や『アポストロフィ』がそうで、後者は各曲の演奏者が記されず、アルバム全体としてジャケット裏面にまとめて列挙されている。これはどの曲のどのわずかな箇所が誰の演奏になるかを記すとあまりに煩雑になることと、おそらくザッパもわからなくなるほどにさまざまな録音をつなぎ合わせたからだろう。つまり加工の度合いが著しい。これはザッパのアルバムの大きな特徴で、『ワカ』の「ビッグ・スウィフティ」の完成度の異常な高さはそうして得られたもので、筆者は50年聴き続けながら、0.1秒単位でその完璧性にいつも唸っている。それはザッパでも生演奏では再現不能で、そこにすでに後年のシンクラヴィアへの愛好が芽生えている。だが「ビッグ・スウィフティ」や「ワカ/ジャワカ」は基本はスタジオでの生演奏で、その録音を可能な限り、冗漫な箇所を省き、別の音を後で加え、さらに別のテイクのある部分をある個所に挿入するといった移植手術、整形手術を行なった。そういう曲がたとえばザッパ以前のジャズがそうであったようにメンバー全員の一斉演奏の録音とどう違うかとなれば、当然人工的で不自然さが付与されるが、それは別の面白みと捉えることは出来る。それに基本はザッパもスタジオでのライヴを収録するのであるから、人工的な部分は付け足しであって、たとえば現在のようにパソコンで全部音作りをするような音楽とは本質が全く異なる。ここでザッパが60年代末期のジャズを「変な臭いがする」と揶揄したことを思い出すとよい。それはいつの時代にもある新世代の旧世代に対する批判と捉えるとよい。
●『WAKA/WAZOO』その4_d0053294_00553205.jpg 新世代のザッパがジャズ・ミュージシャンとブッキングされてツアーに出た時、観客の反応を見ながら、時代は確実にロックが圧倒的に売れることを実感したはずだ。それで1969年にはキーボードとサックスの両刀使いのイアン・アンダーウッドを片腕にしてザッパ名義で『ホット・ラッツ』を発売した。これは当時日本盤が出なかったが、ジャンル分けすれば「ジャズ・ロック」ないし「ニュー・ロック」で、どちらかと言えばジャズよりロックに近いと思われた。一方同じ時期にジャズでは「第3の流れ」から「フュージョン」が生まれて来た頃で、ぎくしゃくとしたたとえばオーネット・コールマンの初期の音楽からもっと聴きやすい、女性の人気も得やすい、悪く言えばイージー・リスニング的なジャズが人気を博すようになって来た。その延長にジョージ・デュークが乗ったと言える部分もある。ジョージは69年のアルバムでは当時のビートルズなどのヒット・ポップスをカヴァーし、ロックへの強い関心を示した。それがザッパと一緒に演奏するようになって一気にこつをつかみ、またいつの時代もアメリカの大衆音楽は黒人が新しい要素を発見して来たことに自信を持ち、「今売れなければいつ売れるのか」との思いから、時代の流行への便乗にためらいを持たなかった。どんなブームでもそれにいち早く乗らなければすぐに廃れる。そういう嗅覚をジョージは持っていたが、ザッパはそこが違った。『ワズー』のジャケットは管楽器軍隊対弦楽器軍隊の戦いで、前者が後者を圧倒しているイラストになっている。これをカル・シェンケルはザッパの意向を汲んで描いたはずで、どこまでザッパが細部を指示したかはわからないが、管楽器軍はエジプト人で背後にローマの競技場が見えているのに対し、弦楽器軍は遠くに燃えるイスラムの大聖堂が描かれ、十字軍の遠征を思わせる。カトリックで育ったザッパは成人後はカトリックを批判したので、この『ワズー』のジャケットがカトリック賛美のためとは一概に言えないが、エジプトやローマすなわち地中海文明に誇りを抱いていたことは言える。そのことは『自伝』からも明らかだ。またヨーロッパのカトリックが管楽器で、イスラムが弦楽器というのは根拠のないことで、このイラストをさほど真剣に受け取る必要はないが、ザッパがイスラムあるいはユダヤの音楽をどの程度意識していたかは興味深い問題だ。特にニューヨークの前衛シーンで活躍するジョン・ゾーンがオーネットなどの黒人ジャズを基盤にまともにユダヤ音楽賛美を実践し続けていることと照らし合わせるべきとは考えている。そのことは別にしてやはりザッパは地中海人であったヴァレーズの精神的後継者で、その背骨をジョージは共有できない、またしたいとも思わないものであったろう。つまりふたりは本質に大きな差があった。
 ザッパがジャズが腐臭を放っていると考えたとして、ではどういうジャズであるべきかを考え続けたのだろう。あるいはジャズという言葉にこだわりはなかったと考えるべきではないか。ロックでもジャズでもとにかく自分が面白いと思える音楽をやる。それだけのことで、常に次のやりたいことが待ち受けていて、それを具現化することの連続の人生であった。『ホット・ラッツ』では自身のギターが前面に出たが、『ワカ』と『ワズー』では管楽器奏者を大幅に増やして10人から20人編成のビッグ・バンド・スタイルを採ったのは、前年の『200モーテルズ』で大管弦楽団との共演を果たし、次の段階として未経験のジャズ・オーケストラを考えたためであろう。その原因として改めてジョージを迎えたのかどうかだが、結果的にジョージが去った75年のザッパはブルース曲をたくさん書くので、『ワカ』と『ワズー』はジョージの在籍に負う面が大きい。ただし「グランド」と「プチ」のツアーにジョージは参加せず、ザッパは楽譜に書いた曲をビッグ・バンドに演奏させ、その録音がほしかったという側面が大きかった気がする。それは「グレッガリー・ペッカリーの冒険」のように、またスタジオでさまざまなテープを切りつなぎ、音楽を加工するための素材を得るためで、各メンバーのソロは会場に来た客が楽しめばそれで充分と考えたのではないか。それで『イマジナリー・ディジージズ』や『リトル・ドッツ』はアルバムとしての特色が希薄で、完成度の高い曲もない気がする。要はザッパが生きていればそうしたアルバムを出さなかったと考えたいのだが、それほどにザッパは72年の仕事は『ワカ』と『ワズー』で代表し、次々と新たな企画に手を染め続けた。『ザッパ/ワズー』には「グレッガリー・ペッカリーの冒険」が5楽章形式で収録されるが、ヴォーカルがなく、また後年アルバムに収録するヴァージョンとはかなり異なり、多くの主題を組み合わせながら、まだいわゆるレコード化するヴァージョンへの完成に至っていない。つまり過渡期の楽曲であるのだが、ザッパはその5楽章としての「グレッガリー」の楽譜を遺しているはずで、同曲は他にもいくつかのヴァージョンがあるともみなせる。レコードで最初に収めたヴァージョンをその後のライヴでしばしば編曲して演奏したからだ。ザッパにとって曲の完成はあくまでもある時点での認めた形に過ぎないと言ってよく、となれば5楽章の「グレッガリー」を収録する『ザッパ/ワズー』は唯一の重要な価値を持つことにもなる。ただし、なぜザッパはそのステージの録音を生前にアルバム化しなかったのかを考えると、あまり重視していなかったとの見方を否定することは出来ない。それはともかく、72年のザッパが書いた主題を全部集め、それらがどの演奏にどのように組み合わせられたかを整理する必要は大いにある。そこには歌詞の問題が絡む。
●『WAKA/WAZOO』その4_d0053294_00561333.jpg 本作の箱の表紙は真正面向きのザッパの笑顔で、これは『ワズー』の見開き内部に使われた。半世紀前、筆者はその小さな写真を見ながら、なぜそれをアルバムの裏面にでも大きく使わないのかと思ったが、裏面はややこしいことに「アンクル・ミート」のイラストになっている。アンプの横に描かれる植木の缶は『ワカ』の裏面のザッパ家の写真の左端に写るものの引用で、そうした細部の整合性、不整合性がザッパの音楽世界をさらに謎の多いものとしている。話を戻して、『ワズー』のジャケット見開き内部に使われたザッパの顔写真が今回は晴れて箱の表紙になり、本作が『ワズー』の中心曲「ザ・グランド・ワズー」で代表されると見てよい面がある。この曲は最初「シンク・イット・オーヴァー」(考え尽くせ)と題され、歌詞があった。省かれた歌詞はその後別の曲に使われることはなかった。ただしこの歌詞を覚えるとこの曲の主題がその歌詞があってこそ成立したものであるとの考えが去らなくなる。歌詞を省いたのは表ジャケットの管楽器軍隊と弦楽器軍隊との闘いの物語を書いたからで、72年のザッパは病床にあっていくつかの物語を考える時間があった。ただしそれらのうち大曲として実現したのは「グレッガリー」のみで、また同曲は前述のように72年の段階では大幅に異なっていたし、おそらく物語はまだ固まっていなかったのだろう。ともかく「シンク・イット・オーヴァー」の題名と歌詞をザッパが捨てたことは、憶測にしろ、考えてみる必要はある。この歌詞の前半は「やりかけていることに何か思いつきがあれば熟考しろ、そうすれば実がもたらされる」というもので、後半は「思い浮かべることはすべて現実ではないが、それがどうしたというのだ、考えていることはいずれ全部実現する」と歌う。前半の終わりに「Take it from me!」とあって、これはザッパは自分の考えが正しく、それにしたがえと主張していると捉えてよい。ここで重要なことは題名にあるように「熟考する」だ。そうすればかすかな希望もいずれ実現するとの自信表明だが、そのことは『200モーテルズ』を経たザッパならではで、その勢いの延長に『ワカ』と『ワズー』、そしてそのツアーがあった。であれば「シンク・イット・オーヴァー」は歌詞つきの曲として、その別ヴァージョンが72年に限らず、もう少し後で発表されてもよかったのに、ザッパはそうしなかった。この曲は71年末の大けがをする事故以降に書かれたもので、世の中の理不尽を知ってなお、物事は考え尽くせば実現するとの前向きの思いに満ちるが、「グレッガリー」の歌詞では連続して災難に遭う人物が主人公になり、2年のうちにザッパの考えは微妙に変化し、楽観主義から遠のいたかのようだ。ただし、『ワズー』は明るさに満ち、「シンク・イット・オーヴァー」の歌詞が底流に流れている気がする。
 「シンク・イット・オーヴァー」の歌詞で思い出す曲がある。75年発表の「アンディ」だ。どちらにも「something」の言葉が重要な意味を持って登場する。この曲の歌詞をイギリスのサイモン・プレンティスさんと92年に話した時、彼が諳んじていることに感心した。ザッパ・ファンとすればそれだけ分析すべき価値のある重要曲なのだが、この歌詞について日本ではまともに議論されたことはない。またザッパ自身が説明しておらず、ファンは自分で勝手な解釈をするしかない。それも含めて楽しみと捉えるべきだが、完全にはわからないまでもおおよそのザッパの考えは把握したいし、またすべきではないか。「シンク・イット・オーヴァー」では「自分が取りかかっていることにおいて「何か重要なこと」を思いつくならば」という文脈であるのに対し、「アンディ」では「心に何か重要なことがあるのか、あれば言ってほしい」と問う。歌詞の後半は「神聖なアンディは皮紐を持っていた。それは荘厳だったが、間違った類のものだった。オレはぶっ飛んだ思いで並んだ。げっそりして目がくらんで時間を浪費した。」というもので、わかりにくいながら、神聖、荘厳な対象を批判している。これに「心の中にある重要なこと」を照らせば、宗教の信仰心を揶揄していることが想像出来る。「シンク・イット・オーヴァー」ではザッパは「オレの考えを取って行け!」と主張しているから、ザッパも教祖的自信を持っていた。そうでなければとても『200モーテルズ』やワズーのオーケストラは実践出来ない。「アンディ」がザッパの経験を歌ったものとすれば、ザッパは一時期ある宗教者ないし有名な発言者に夢中になりながら、それを時間の無駄であったと否定したことになる。あるいはキリスト教を初め、宗教にのめり込んでいる人に対するからかい、つまり信仰を信じない思いの表明だ。しかし統一教会のように金集めの新興宗教もあれば、そうでない宗教もあって、「アンディ」の歌詞後半は他者の心にある「何か重要なもの」を否定することは物事を表層的に見過ぎているのではないか。「アンディ」の歌詞にしたがえば、たとえばザッパの曲の世界に没入していたファンがある日、憑きがとれたように面白くないと全否定することにつながる。ザッパはそのことを知っていたはずだ。実際そういうファンがいる。筆者がドイツで知り合った男性はある日、ザッパの全アルバム、全資料を処分した。ともかく、「シンク・イット・オーヴァー」の歌詞が没になり、誰しも思いの中にある「something」が、今度は「アンディ」では疑われるべきもの、あるいは無価値とされることは、ザッパの心中にどういう変化があったのか。今日で本作の感想は終わりにするつもりであったが、ディスク3の後半とディスク4について書くつもりが大きく話が外れてここまで来た。それで明日もう一回投稿する。
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# by uuuzen | 2022-12-22 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
●『WAKA/WAZOO』その3
る矢の 的を外さぬ 名人は 勘も含めて 努め重ねて」、「難しく 考える人 何階を 目指すや高み 誰も登らず」、「愛宕柿 今年も吊るし 空白し 愛宕山肌 雪の帯巻き」、「沸かずとも 飲めればよきや 渇き喉 若きの随喜 どこかのどかに」●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01033503.jpg 本作の発売予告があった時、ジョージ・デュークの曲がいくつか含まれていることに少々驚いた。これまでのザッパのアルバムでは一緒に演奏するメンバーの曲を収めることはなかったからだ。雇用主のザッパが雇うメンバーに花を持たせるのはその演奏のみであったが、60年代末期から70年代初頭にかけてのマザーズにおけるジョージ・デュークの貢献度は他のメンバーとは比較にならないほど大きかった。それで「アンクル・リーマス」は唯一のザッパとデュークの共作曲となったが、それをザッパが74年の『アポストロフィ』で初めて紹介する2年前の72年5月にヴォーカル抜きで完成していたことを本作は伝える。アルバムで初めて公にする数年前にザッパが作曲を終えていることは珍しくないどころか、ほとんど常にそうであったと言ってよいが、72年春に「アンクル…」のヴォーカル以外のパートを完成させていたことは当時いかにジョージとの仲がよかったかが改めてわかる。本作のディスク3の前半は「アンクル…」を除けばジョージのオリジナルの「フォー・ラヴ」、「歳こそマティック・ダング(心身の糧)」、「ラヴ」の3曲を、演奏の長さに差のあるベーシック・トラックとともに計6曲収録するが、これらは『ワカ』と『ワズー』が録音されたのと同じハリウッドのパラマウント・スタジオにて、同じエンジニアのケリー・マクナブによって収録され、プロデュースの名義がザッパとなっている。それゆえザッパがマスター・テープを保有することになったが、ジョージはそれを使わず、録音し直して74年から75年発売の自作アルバム計3枚に収録した。結論を簡単に言えば本作ではどの曲もザッパのギターがジョージのキーボード以上に目立って弾きまくっている感がある。そして当然のことながらジョージが自作アルバムに発表したヴァージョンはどれもきらびやかでより凝った演奏になっている。それだけ72年春以降にジョージは自信をつけたことになる。また本作のヴァージョンからもわかるようにジョージは独自性を持っていて、ザッパの影響下にあるというような作曲をほとんど行わなかったことがわかる。「フォー・ラヴ」や「ラヴ」はザッパなら恥ずかしくて絶対につけない曲名だが、ジョージは一般のうけ狙いではなく、実際に愛や平和、自由の精神を押し出すことにためらいがなかった。「心身の糧」は主題がいかにもザッパ風で、ジョージの器用さを伝えるが、この曲を初めて自作アルバムに収めた時は猛烈な速さで主題を奏で、またトリオの演奏にもかかわらず、全員が黒人であるためもあって、ザッパの音楽とは全く違うファンキーさが強調された。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01040712.jpg 同曲で興味深いのは本作のヴァージョンではイントロがメンバー全員で一斉に演奏する際、ザッパのギターが73年の「アイム・ザ・スライム」の冒頭を思わせることだ。ジョージがザッパの影響をわずかでも受けたのであればザッパもジョージの音楽から何かを学んだと見てよい。ただし本作に収録される3つの曲ではザッパは自分のギターの個性を存分に発揮するというより、ジョージの音楽性にしたがっているように感じられる。つまりザッパと言われなければそうとはわからない演奏ぶりで、そこにザッパが一ギタリストとしてどのようなバンドのどのような曲でもソロを担当出来る職人的技術を持ち合わせていたと言ってよい。その意味で本作のディスク3はザッパのギターの意外な一面がわかるが、そのことはジョージのアルバム『ジョージ・デューク・アンド・フィール』に収録される「ラヴ」以外の「フィール」と「ステイトメント」からもわかる。ザッパはそれら3曲を「オブデウルⅩ」という仮名で参加しているが、主役はジョージであることを尊重しながら決められたとおりの小節分を過不足なく演奏していると言ってよい。これはザッパでなくてもかまわないとの意味だ。本作の「フォー・ラヴ」では冒頭主題をチャンキーという黒人女性が中心に歌い、ジョージが遠慮気味に声を重ねるが、ジョージの『オーラ・ウィル・プリヴェイル』ではジョージが歌う。その声の質はザッパの「インカ・ロード」で馴染みのもので、ジョージがマザーズの73年秋にはザッパから積極的に歌うことを勧められたことがわかる。だがジョージの74,5年はアルバムごとにメンバーを変え、まだ模索中の感がある。ジョージはジャズ畑に育ったので、ザッパが72年にがらりとジャズ色を強めた『ワカ』と『ワズー』では鍵盤楽器の才能を求められ、それを存分に発揮したが、ジョージ以前にイアン・アンダーウッドやドン・プレストンがマザーズに在籍したので、わざわざジョージを参加させたのはイアンやドンとは違う黒人色と言ってよい。もっと言えば『ジョージ・デューク・アンド・フィール』の冒頭曲「ファニー・ファンクのファンクで、そのことはザッパの73年のアルバム『オーヴァーナイト・センセイション』に色濃く表現されたことからもわかる。ただしファンクの濃さではジョージのアルバムはザッパを圧倒している。それは仕方なきことであり、また当然でもある。そこでザッパはファンクさも一要素と考える余裕、あるいは仕方なさがあったのに対し、ジョージは出自からもそれを自分の代名詞にすることを当然のように考えた。さてザッパが第1期のマザーズを解散したのは一緒にツアーをすることもあった有名ジャズ・メンがわずかなお金を借りていることにジャズの現実を見たからということが『自伝』に書かれる。好きな音楽に固執するのは第一義だが、そのことで収入がないのであれば音楽活動は継続出来ない。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01044077.jpg そこでファンをつかみ、レコードを多く売ることに迫られる。それを言えば60年代はビートルズが世界一であったが、ザッパがビートルズの『サージェント・ペッパー』をジャケットまでパロディにしてアルバムを作った時、『俺たちは金のためにやっている』という題名にした。これはポール・マッカトニーが売れ行きを第一に考えて『サージェント・ペッパー』を製作したとザッパが思ったからだが、ではそこにザッパが売れれば何でもいいとは思わなかった思想が表明されているかとなれば、曲やアルバムは売ろうとしても売れないもので、よく売れたものがすべてつまらないとは限らない。もちろんそのことをザッパは知りつつ、自分はどういう音楽を目指すかと試行錯誤した。そこにジョージ・デュークのことを考えると、彼の試行錯誤の時期は、一時期途切れるが、マザーズに在籍した75年5月頃までとひとまず見てよい。ところでザッパ/マザーズの来日公演が75年秋に発表された時、新聞には74年のロキシーでのメンバー写真が使われた。ところがジョージの姿はなく、またマザーズのメンバーはほとんど一新されていた。そしてインタヴューでザッパはジョージのことを訊かれ、ジョージはビリー・コブハムと組んでいると語った。そのアルバムも1枚発売されているが、ジョージの人脈の広さはザッパ以上と言ってよく、74年のアルバムではザッパが一緒に演奏しなかった有名ミュージシャンが何人もいた。そうして多くのミュージシャンと組む間に独自の音楽性を深めて行くが、筆者が一番好きなジョージのアルバムは77年の『フロム・ミー・トゥ・ユー』で、これは数年前まで長年CD化されなかったが、後のディスコ調になる直前の抒情性豊かな音楽性はザッパにはないもので、また一方では売れることをことさら狙ったところもなく、好感が持てる。ところが同作の題名はビートルズの曲名を借り、本作の「ラヴ」や「フォー・ラヴ」の延長にあって、ジョージのそうした曲名に対して「ダーティ・ラヴ」という曲を73年に発表したザッパはジョージを「金のためにやっている」と思ったところはあったかもしれない。というのはザッパのマネージャーのハーブ・コーエンはザッパからジョージへと鞍替えをしたからで、商売人の嗅覚としてハーブはややこしいザッパの音楽よりも物事を深刻に考えず、いわば誰とでも仲良くやって行けるジョージの音楽ははるかに一般には受け入れられると踏んだのだろう。ザッパとジョージはどちらがアルバムの売り上げが多かったのか知らないが、ディスコ・ブーム以降の80年代初期のジョージのアルバムは多くのファンをつかんだのではないだろうか。それはともかく、ジョージが去ったことを、穿った見方をすればやや憮然としたザッパの雰囲気があったが、ザッパはマザーズとして一緒にやるのも脱退するのも自由と思っていた。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01052435.jpg ザッパが雇ったミュージシャンの中で最も有名になったのはジョージで、そこには「金のために音楽をやる」という思いとは別にやはりまず才能ありきだろう。またザッパとジョージはお互いにそれを認め合っていたので70年代半ばまでジョージはザッパと行動を共にし、ザッパの音楽に大きく寄与した。「アンクル・リーマス」はメロディと歌詞をふたりがどのように分担したのか、そのことについてザッパもジョージも語っていない。だが題名が有名な物語の黒人であり、ジョージがほとんど書いたような気がする。この曲はザッパの作品では歌詞もメロディも特に変わっているからでもある。本作のヴァージョンは『アポストロフィ』に収録される曲からヴォーカルを除いただけのものではなく、別の録音だ。またヴォーカルの旋律をギターがなぞり、そのことから中心となるメロディはザッパが書いたことを思わせる。ジョージはこの曲を『オーラ・ウィル…』にスローテンポに編曲し、また自身がヴォーカルを担当して収録する。そこにはザッパのヴァージョンとは違った哀切味が増している。それはこの曲の歌詞の主人公が黒人の若者であることを確実視させ、また彼が工場勤めしか出来ないような、人生に自信を失い、せめて大金持ちの家の玄関前に夜明け前に行って、芝生の上に置かれている騎士像を倒してやろうとする悪戯に同情を寄せる思いが、ザッパ以上に差別される黒人としてのジョージに強かったことを想像させる。とはいえ、ザッパもこの曲を歌ったのであり、周囲の常識人に大いに嫌悪されながらもせめて派手な服を着て歩く若者の気持ちは理解していたろう。どこの国でも同じと思うが、ミュージシャンという職業がそもそもいわばやくざと似たもので、ザッパもジョージもそこは思いが通じていたはずだ。であるゆえの「アンクル・リーマス」だが、ふたりとも世界的に有名になって大いに稼ぎ、この曲で歌われるビヴァリーヒルズに住むような大金持ちだ。ただしそうなってもミュージシャンであることに変わりはなく、ザッパは自分のことを偉ぶる気持ちはなかったであろう。北欧のとある教師が熱烈なザッパ・ファンとなって、ザッパのステージを追いかけていたことを知った時、ザッパはそのファンを快く思わなかった。教師としての本分を存分に果たしているのであれば、ロック・ミュージシャンの追っかけをしている暇はないと考えたからだ。音楽家として猛烈に仕事をし続けたザッパであればそう思うのは当然だろう。となればザッパは自分の音楽を歓迎するファンに感謝しつつも、そこにまともな人物はいないと考えていたかもしれない。つまり音楽を「金のためにやっている」のであって、また使わせる金額に相当する仕事ぶりは提供しようと思っていたろう。そしてそうであるためには真剣に努力せざるを得ない。そういう人しかザッパの音楽の神髄を真には理解出来ないと筆者は昔から思っている。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01055431.jpg

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# by uuuzen | 2022-12-21 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
●『WAKA/WAZOO』その2
めても 死者は知らずと 知りつなお 想い寄せるや 律儀な契り」、「寂しさも 増すや落ち葉の 積りかな 裸の庭木に 雀丸見え」、「裸木に 蔦の巻きつく 防寒や ありがた味には 迷惑混じり」、「若さには わずかに負ける 元気さか 生きる限りは 衒気も秘めて」
●『WAKA/WAZOO』その2_d0053294_00212506.jpg
LP時代は凝ったジャケットが多かった。ザッパの場合はカル・シェンケルがそのイラストを70年代半ばまで主に担当したが、『ワカ/ジャワカ』の「HOT」と「RATS」の蛇口つきのシンクが真正面から描かれたジャケットはマーヴィン・マッテルソンの手による。ジャケット裏面にトランぺッターのサル・マーケスのアイデアを描いたものと記され、シンクについてのサルへのインタヴューあるかもしれない。カルが描かなかったのは同じ時期に『ザ・グランド・ワズー』のジャケットを描いて忙しかったからではないか。カルならこのシンクのイラストをフリーハンドで描いたはずで、それではこのアルバムの持ち味にふさわしくなかった。なぜなら『ワカ』は後でトランペットの音を多重録音するなど、加工による完璧性の味わいが強いからだ。シンク背後の緑の腰板壁の上部が白緑色で、小動物の足跡状の模様が全面に描き込まれる。この見逃しそうな、あるいは無視してもいいようなわずかな模様がこのジャケットの目立つ個性になっているのは、中央上部の「FRANK ZAPPA」の手書き文字の背景であるためで、今回の5枚組ボックス・セットの箱内部はこの白緑色の壁紙文様を転用している。5枚のディスクのジャケットは最下部に5色のボタン状の帯があって、順に左からON状態になっていることでジャケット裏面を確認せずとも何枚目であるかがわかる。そして5つのボタンの色は『ワカ』のイラストでの使用色から選ばれている。つまり本作は『ワカ』が『ワズー』より優先され、そのことは題名からも言える。そう考えると本作の最大の曲は『ワカ』の「ビッグ・スウィフティ」と「ワカ/ジャワカ」の2曲と考えてよい。そのことは後述するとして、『ワカ』の裏ジャケット写真を筆者はLPを買った1972年以来50年見続けて来た。写っているものからザッパの自宅のごく一部にしろ、その趣味がわかるからだ。ザッパは前年の暮れのロンドンでの公演中に見知らぬ男からオーケストラ・ピットに突き落とされ、背骨と右脚に大けがを負った。翌72年1月にロサンゼルスの自宅に戻り、3か月ほど静養し、車椅子で動けるようになってメンバーを集め、リハーサルを繰り返し、新作アルバムの録音を行なった。それが『ワカ』と『ワズー』で、72年夏からザッパを聴き始めた筆者はこの2枚を含む、そして当時入手不可能だった『ランピィ・グレイヴィ』を除くザッパの全アルバムを買い、オーケストラ曲からジャズ、ロックまである様相に大いに困惑し、また魅せられた。熱烈なファンかもしれないが、筆者は海賊盤や海賊テープまで集める趣味はない。
●『WAKA/WAZOO』その2_d0053294_00215426.jpg 『ワカ』の裏ジャケットのザッパの顔つきは不機嫌だ。それは足の自由が利かないためかと思ったものだ。背後の部屋の間仕切りの花模様の布に日が差し、春の温暖な空気が感じられることにこのアルバムの曲調が応じている。花柄布の向こうはどうなっているのか、またこの部屋にはザッパの横に小さな四角形とその下の円形の扉があって、下は猫が出入りするためのものとわかるが、上は紗を透かして裸婦の上半身と数人の男の絵が見え、何のための扉かと筆者は思い続けている。それはわからないままで受け入れるしかなく、またそれで満足なのだが、この些細なこととして、筆者はザッパの録音をどこまでファンは知りたいのかという思いがある。熱烈なファンほどザッパのあらゆる録音や写真その他の細部まで把握したいと考えるが、いくら頑張ってもわからないところはある。そのことをたとえば前述の四角の窓の向こうに透ける絵画の複製写真になぞらえたい。この写真を撮った人物はザッパの背後の部屋に入ったかもしれないので、彼の記憶をたどれば写真には写らない細々としたことがわかるが、それは言葉の説明で、見ることは出来ない。それにザッパの家はもう売却され、この部屋が敷地のどこにどのようにあったかもわからない。ザッパが見つめている、つまり写真を撮った人物の背後の眺めはどうかも気になるが、それがわかったところで次にはもっと知りたいことが出て来る。今日の最初の写真は中央上に『ワカ』の紙ジャケットCDの裏面と本作の5枚目とブックレット内部の写真を並べたが、カメラマンはほとんど同じ位置で3枚写真を撮ったことがわかる。花模様布に差す光から、おそらく1分以内に3枚は撮られたことは想像出来る。どれも不機嫌な表情で、夜型のザッパは日差しが眩しかったかもしれない。中央下のブックレットの最初のページの写真は芝生上にザッパが座っている。後日載せるが、最後のページでは同じ姿で白壁の前の椅子に座る写真があって、右下に飲料水入りの大きな瓶が3つ並ぶ。ブックレットには同じ場所での上半身の写真もあって、そのザッパの表情は温和だ。それを『ワカ』の裏ジャケットに使ってもよかったのに、ザッパは眉間に皺を寄せた顔を選んだ。それはさておき、ディスク5の写真はカメラマンの立ち位置がわずかに違い、背後の部屋の花柄布と直角の位置にある壁の上部に小さな窓が開いていて、そこから差し込む光が花柄布の一部に落ちていることがわかる。全くの些事だが、この新たに公表された写真によって筆者は50年後に背後の部屋に明かり取りの小窓があることを知った。そのことは本作に収録される曲目にも言える。つまり些事が満載される。言い換えれば『ワカ』と『ワズー』の計10曲のこれまで知ることのなかった面がわかるようになった。それらを些事と呼べば本作の価値は低いように聞こえるが、これはファンによって考えが異なる。
●『WAKA/WAZOO』その2_d0053294_00224129.jpg LPの『ワカ』と『ワズー』の2枚をザッパは72年に召集した新メンバーを加えたビッグ・バンド編成による成果として発表した。残りの録音はいずれ使うつもりのものもあったろうが、言うなれば食べ残しで、捨てられる運命、捨ててもかまわないと考えられたものだ。ザッパ自身、録音時の全テイクをテープ保存しなかった。本作は運よく残されたテープから現在の別人が作り上げたもので、音の分厚さは驚嘆すべきでも、『ワカ』と『ワズー』の完成ヴァージョンと比較すると、先の小窓の存在が明らかになったことに似て、「ああこうだったのか」と半世紀ぶりに納得するだけのことと言えるところがある。それでもファンはさらに些事を知りたがる。永遠にきりがない、あるいは不可能とわかっていても、わずかでも他の崇拝の対象のかけらに近づきたく、それで海賊テープを徹底的に収集する。そういうファン心理を引き受けるために本作が作られた。何が言いたいかと言えば、ディスク1と2の合計2時間半の演奏で『ワカ』と『ワズー』が完成に至るまでの一時期の様子は把握出来るが、ザッパが録音したのはこの2枚に収まり切らず、ザッパが消してしまった録音をとなれば、とうてい2枚では収まらず、つまり本作は物足りない。だが仮にファンが当時のザッパの全活動につきしたがえたところで、そして演奏の全部を記憶出来てもそれで満足しない。ザッパは72年以降も作曲、演奏し続けたからだ。ザッパ没後に発売され続けるアルバムはどれもザッパが完成作に至るまでにどう試行錯誤したかの痕跡を知るために役立つ。精緻に描かれた油彩画的な曲とは別の粗削りの習作ないし素描で、それなりの面白さは当然あるが、観賞時間は完成作に比べてかなり短い。筆者は『ワカ』を50年聴いて来たが、120歳まで生きられるとしても本作を今後50年聴く気はない。それは『ワカ』と『ワズー』に至るまでの一過程はわかるものの、そのことに本作に意義が大きく、わかってしまうともういいと思うからだ。さて本作の最初の細やかな予告編的アルバムとして2004年に『JOE‘S DOMAGE』が発売された。これはザッパが72年春に新曲の練習の様子をカセットに収めたものをCD化したもので、当時ジョー・トラヴァースやゲイルは本作をいずれ世に出す心つもりがあったはずだ。本作のブックレットにあるように1995年にヴォールトマイスターとなってザッパが遺したテープ収蔵庫に立ち入ることが出来たジョー・トラヴァースが最初に知りたかったのは1972年の10人編成のプチ・ワズーによるツアー・テープであった。それらは断片的にこれまでの数枚のアルバムで発表され、それ以前の本来の大編成のいわばグランド・ワズーのツアーの模様は『ZAPPA /WAZOO』と題して2枚組CDが2007年に発売されたので、残るはスタジオ録音の別ヴァージョンという思いであった。 ただし、そのうちの『ワカ』の目玉曲「ワカ/ジャワカ」の長尺ヴァージョンは2004年に4チャンネルのDVDオーディオ盤『クァドロフォニック』に収録済みであったから、筆者は正直なところ、本作にかける期待はあまり大きくなかった。結果的に本作の発売でようやく72年のザッパの主だった録音が揃ったが、生前のザッパが72年に発売したのは『ワカ』と『ワズー』のみで、それらの貫禄は没後に発売されたツアー録音などに比べてはるかに高くそびえている。『ジョーのドマージュ』の特筆すべき点は、後年の「グレッガリー・ペッカリー」の一部として収録される「ブラウン・クラウズ」が早くも練習され、その主題の直後に「ビッグ・スウィフティ」の主題の一部が続けて演奏されていることだ。これはザッパの曲作りの大きな特徴を示す。思い浮かんだ断片のメロディをある曲の主題に作り上げるまでに、いくつもの道があって、言葉と違って旋律で作る「詩」は自由に入れ替えが出来た。そこに一定の意味ある言葉の歌詞を載せるのはある曲の主題が完成した後のことで、したがってザッパの曲は器楽演奏が基本にあり、そこに歌詞が持ち出される。ただし歌詞が先あるいはほぼ同時に旋律も思い浮かぶ場合もあったろう。それはともかく、このメロディの断片をザッパは常に思い浮かべ、演奏し、つなぎ合わせたり、別のものと入れ替えたりしながら曲を完成して行ったことが『ジョーのドマージュ』と『ワカ』を聴くことでわかる。完成と書いたが、それはアルバムで発表された時点でとの意味だ。またザッパはアルバムでの曲を後のライヴではいちおうはそのとおりに演奏したが、ライヴで頻繁に演奏する間に別のアイデアが湧き、自在に編曲しても行った。それは新しい主題的旋律が増えることでもあって、ザッパ曲はそのごく短い印象的なメロディが他のそれをくっつき、また離れたりしつつ、一方で歌詞の助けを借りて、曲がどんどん変化することにあった。これは曲の完成度が低いと見られがちだが、ザッパの自信はおそらく最初に創出したごく短い主題の豊富さにあった。それさえあればその主題の後に即興演奏を続けると、LPの半面程度はどうにでもなった。それでザッパは自分にしか出来ないその主題作りに日々勤しむ一方でメンバーを集めてその主題を即興を交えて10数分の曲に仕上げることに精出したが、「グレッガリー・ペッカリー」のようにテープ編集で生演奏不可能な曲を作り上げることも大いに好んだ。だが聴き手が印象深く感じるのはその独特の主題と、メンバー間の息の合った即興演奏で、後者はジャズの醍醐味として古くから求められて来たもので、ザッパは前者により思い入れがあったろう。主題さえあれば、後の即興は誰でもそれなりにやれる。したがってザッパの創作として重視すべきは主題となるが、それがしばしばごく短いフレーズであることに一種の欠点を見る人はあろう。
●『WAKA/WAZOO』その2_d0053294_00245436.jpg 本作は『ワカ』や『ワズー』をほとんど完成させる直前の別テイク、別ヴァージョンで、細部の磨き上げをザッパがどのようにしたかがわかる。それはそれでファンとしては楽しいが、これまで発売された没後のアルバムは曲の細部をザッパがどのように削った、あるいは音を加えたかを示すものであったので、本作が特別興味深いということはない。むしろ全くの予想の範囲と言ってよい。本作でザッパが雇った新たなミュージシャンはみなプロであり、託された主題の完璧な演奏と即興においてザッパとぴたり息の合うことが絶対条件とされた。特にキーボードのジョージ・デュークの表現力の高さは図抜けている。『ワカ』と『ワズー』の2割くらいはジョージがいてこそであったと言ってよい。それにサル・マーケスのトランペット、エインズリー・ダンバーのドラムスも他人には代えがたいだろう。今日はディスク2の説明を以下簡単にするが、ディスク2はディスク1の続きとジャケット裏面に謳われている。1「クレタス・オウリータス・オウライタス」はギターとキーボードが中心の素朴なヴァージョンで、『ワズー』のように歌声はない。2「イート・ザット・クエスチョン」はジョージがいてこその演奏で11分の長さがある。『ワズー』ヴァージョンと同じように始まるが、主題後はトランペットのソロに続いてジョージのキーボードが圧倒的で、これでもかというほどに弾き続け、ようやくザッパのギターが突如割り込んで主題を奏で始める。そしてザッパのソロとなって最後にドラム・ソロがある。3「ビッグ・スウィフティ」は『ワカ』より2分半短い。『ワカ』と違って最後の主題回帰の後、すぐに終わる。主題のトランペットの多重録音はない。4「フォー・カルヴィン」は『ワズー』ヴァージョンより20秒ほど長いが、ヴォーカル後の混沌とした演奏がそれに当たる。中間部に「グレッガリー…」で使われる短い主題が繰り返されることに気づけばザッパ・ファンの仲間入りだ。『ワズー』のジャケット中央、アルバムの題名の下に「MYSTERY HORN」と刻まれるザックスを吹く兵士が描かれるが、その刻印にふさわしいのがこの曲だ。5「一発勝負だな」は『ワカ』と同じ長さで、違いはほとんどわからない。6「ワカ/ジャワカ」は『ワカ』より5分ほども長い16分で、これはジョージと続くザッパのソロが長いためだ。またトランペットのギターとのユニゾン録音がなく、『ワカ』の印象的なエンディングの音もない。そして最後辺りで主題があってその後のジョージのソロが続くのは前述の『クァドロフォニック』で周知のことだ。7「クレタス…」も『ワズー』と同じ長さで、ザッパの歌声もあって差はわかりにくい。8「イート…」は『ワズー』より1分ほど短い。これは最後辺りで曲が一旦終わった後にまた始まる主題がないからだ。その部分がディスク1の「ミニマル・アート」と思えばよい。
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# by uuuzen | 2022-12-20 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など

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