「
精密の 創りの度合い いかに知る 動植物の 存在の謎」、「咲かぬ花 必ず理由 あると聞き 毎年試し 吾枯れる頃」、「育て方 間違ったかと 耳にして 自信なき親 育ち方はと」、「何年も 同じ場所にて 花咲かせ わが人生に 彩り添えて」

今日はひとりで神宮道にある画廊にA先生の個展を見に出かけた。先生はすでに帰られ、そのまま筆者も帰るのではせっかく訪れた甲斐がなく、それで客が入って来ないのをいいことに画廊主とたくさん話をした。その後地下鉄の東山駅から二条駅に出て買い物を済ませ、四条堀川のバス停に向かった。今日の写真は四条堀川の交差点の南東角を少し下がったところにあるバス停前で撮った。見上げると
先日投稿したコブシの木があり、その下に丈夫なツツジが同じく街路樹となっている。勢いがよいので毎年剪定されるようで、全体の形がきれいな直方体に整えられている。その歩道側に、わが家の裏庭でも春によく生えて蔓性の雑草が一本あったので引き抜いた。この雑草はどこまでも這い上がって冬を越す。雑草は抜いてもまた近くから生えて来るので、街路樹が植えられるような日々の管理が行き届かない場所では雑草まみれになりやすい。しかしそのことを注意して見る人は植物好きに限られるだろう。一本抜いた雑草をツツジの根元に横たえながら車道側を見ると、同じ雑草が二本同じように生えていた。直方体の幅は1メートル以上あって手が届かず、引き抜くには車道に出ねばならず、かなり危ない。雑草の勝ちで、どうにかしぶとく生き抜こうとしている。わが家の裏庭には家を中古で購入した40数年前からツツジ、そして
先日投稿した八重の椿などがあるが、ツツジは昔わずかに赤い花をつけていたのにここ10数年は数個の花が咲いた1,2年を除いて全く蕾をつけない。すぐ近くに牡丹を地植えしていて、それに多くの陽当たりと養分を与えたいために毎年春に去年と同じほどの規模に全体を丸く整えて来たことが原因とうすうすわかっているが、3,4年前からネットの情報を頼りに来年の花の芽がつく前に刈り取らないことにし、つまり一切剪定しないことにした。すると全体の丸い形はかなり大きくなり、特に飛び出た枝が数本ある状態だが、今年も咲かず、花芽がどういうものかがわからない。全体を丸く刈り取った状態が花で真っ赤になって、葉の緑が全くと言ってよいほど見えない満開のツツジを見るたびにわが家のツツジはせめて数個の花をつけてくれると嬉しいと思うのだが、全体が大きく育つと牡丹を圧倒し、
今年の牡丹は花を半分に減らしたことは一昨日書いた。牡丹かツツジかとなると前者がいいのでツツジは諦めるかと思いながら、せっかく半世紀以上も同じ場所にあるので花を咲かせてやりたい。とはいえあまりに平凡な花でよく見かけ、筆者はこれまで数枚の写生を下だけと記憶する。市バスはなかなかやって来ず、その間に見上げながらツツジを堪能した。