人気ブログランキング | 話題のタグを見る

●「吊るし柿 急いで入れる 冬時雨 渋み抜けたか 干しが足りぬか」
杵市の 月見る兎 餅を搗き 磨崖仏に 供え続けし」、「尻もちを ついて笑うや 福の神 頭突きはするな 角は隠せよ」、「温暖の 日和続きの 正月に 地震来ぬかと 不安の過ぎり」、「干し柿を 野鳥無視して 安堵しつ 何を食べるや 心配もする」●「吊るし柿 急いで入れる 冬時雨 渋み抜けたか 干しが足りぬか」_d0053294_17312900.jpg 迷いながらもまた愛宕柿を10キロ買った。例年より寒い冬という予想で、干し柿を腐らせることはないと思ったからでもある。10キロで37個、全部の皮を剥くのに1時間少々要した。1個当たり2分といったところだ。1年ぶりに包丁を持ったが、どの柿も皮は途中で一度も途切れずにつながった状態で剥いた。もちろん指を傷つけることはなく、筆者は料理人にも慣れたかと自惚れる。吊るすのに便利なように蔕には短い小枝つきにされているが、2個は紐に結わえる段になって小枝がぽろりともぎれ、針糸を貫通させて紐に結んだ。天気予報が狂うことは当然として、今年の三が日は穏やかな日和で、また年末には警戒された雪も京都市内には降らなかった。その代わり、暖かいので雨がよく降り、外に吊るしている柿を雨のたびに部屋の中に入れる作業をもう10回ほど繰り返している。雨に濡れると腐りやすいからだが、小雨ではさほど気にすることはない。それでも外よりも部屋の中が安全で、ここ数日は面倒臭いこともあって部屋の中に吊るしている。窓際は外と同じほどに気温が低いからだ。前に書いたと思うが、筆者がほとんど座っている3階には暖房器具がない。ガス・ストーヴの栓があるのに、去年1階でガス漏れが発生し、工事業者がどういう接続をしたのか、2,3階のガス栓を使えなくしてしまった。昔はもっぱら石油ストーヴを使っていたが、臭いが嫌で、また灯油を入れるのが面倒で、デロンギのオイルヒーターを買った。しかも3台だ。使い始めた当初は快適に感じたのに、電気代が毎月そのオイルヒーターの価格と同じほどすることを知り、使わなくなった。それで今度はガス・ストーヴで、4,5台あるが、1階でしか使えなくなった。その結果今年の冬、筆者は部屋を暖めずに過ごしている。暖冬であるのはありがたいとして、心配もある。また大地震が起こらないかと少々不安に思うからだ。暖冬と大地震との因果関係はないとは言えないだろう。何がどこでつながっているかわからないのは人間社会も同じで、自然の事象はもっと複雑に絡み合っているはずだ。それで毎年愛宕柿の皮を剥いて干す筆者はその作業および干し柿を食べることが筆者の生活、活動、考えにどう影響しているか。ひとつ言えることはこうしてブログのネタになり、写真も撮ることだ。写真で37個に足りない理由は、まだかなり柔らかいのに筆者が食べたからだ。やはり蔕に近い部分に渋みがわずかに残っているか、甘さがほとんどない。スーパーで売られる干し柿は同じほどの大きさで1個300円するが、色形が美しく、はるかに甘味があるはずだ。プロはそれなりの仕事をする。
●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

# by uuuzen | 2023-01-06 23:59 | ●新・嵐山だより
●KFCのスヌーピー・マグカップ
々と 紅茶注いで マグ五杯 10時ブランチ 終われば正午」、「ピーナッツ スヌーピーのみ 目立ちけり ライナスしばし SIGHとため息」、「マグカップ 洗いやすさで 選ぶべし 次に模様と 持ちやすさなり」、「愛用の コップ割れても 次はあり すぐに馴染んで 以前を忘れ」●KFCのスヌーピー・マグカップ_d0053294_00433722.jpg 先月上旬、TVで千数百円以上のケンタッキー・フライド・チキンのセット商品を買うと価格に応じてスヌーピーの絵柄のマグカップが1個から最大4個までもらえることを知った。筆者はネットで買ったムーミンのスナフキンのマグカップを数年使っていたが、ひびが入ったので最近家内は処分した。それで息子が5,6歳の頃の夏休みにあった阪急電車のスタンプ・ラリーの踏破記念のマグカップを今は使っている。ネット・オークションに同じものが安価で出品されていて、大切にすべきほどのものではない。11月下旬にザッパ・ファミリーからメールがあって、ザッパの黒髭ロゴの入ったものなどのマグカップが1200円ほどで入手出来ることを知ったが、送料込みでは3000円はするかもしれず、買う気は起らない。ザッパの髭ロゴならマリリン・モンローのキス・マークのほうがよほどよい。Tシャツと同じくどんな絵でもプリント可能で、「ベルリンの画家」のたとえば神々しいアテナ像でも印刷出来るが、マグカップは消耗品で、絵柄にありがたみ、すなわちアウラがない。普段使いのものはそれで充分ということだ。それはともかく、ケンタッキー・フライド・チキンを早速買おうと思いながら、嵐山から最も近い店が思い当たらない。その話を「風風の湯」で85Mさんにすると、常盤の少し手前の丸太町通り沿いにあると言う。マグカップは限定であるはずで、クリスマス前に売り切れると考え、先月13日の午後、遠方のスーパーに行くついでに家内と丸太町通りを東に進んだ。古びたビルの1階に店はあった。カップは1個でいいので最安の千数百円の商品を買った。コーヒーつきでチキンは4,5切れ、それにフライド・ポテトだ。カップつきでちょうどいい価格かと家内と意見が合ったが、スヌーピーのカップつきの販売企画では、ケンタッキーはもう落日を迎えているように思った。あるいは日本が貧乏になり、それに応じた価格と商品内容ということか。カップの絵柄は筆者がほしかったザッパの好きな紫を貴重にしたサングラス姿の「ちょい悪スヌーピー」で、まだ使わずにいる。チャールズ・M・シュルツの『ピーナッツ』の日本における初紹介は60年代の終わり頃で、谷川俊太郎の訳で漫画が数十冊発売された。その大半を筆者は半世紀以上前の当時に買い、まだ所有しているが、日本で現在のような人気が出るとはシュルツも思わなかったであろう。多くの登場人物のうち、筆者はベートーヴェン弾きのシュレーダーが好きであった。日本では、あるいは世界中で犬のスヌーピーのみ極端に有名になった。
●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

# by uuuzen | 2023-01-05 23:59 | ●新・嵐山だより
●神社の造形―工場敷地内の巳さんカップル
玉の 曲がったところ 嫌う人 四角四面で 四面楚歌なり」、「巳さんを 祀れば身入る 商いと 信じて保つ 木陰の掃除」、「蛇さんは 干支に選ばれ 偉ぶらず ねずみ丸のみ 大口隠し」、「巌据え 巳の神祀り 鬼は逃げ 朱塗り鳥居は 緑に映えて」●神社の造形―工場敷地内の巳さんカップル_d0053294_18024526.jpg 神社の話題つながりで今日は去年11月22日に撮った写真を使う。コロナ前までは向日市に二週間に一度ほど自転車で訪れていた。その日は半年ぶりかで行く用事が出来た。いつもほとんど同じ道を走り、向日市に入る少し手前で大きな工場の東側の道路を南下する。以前からその工場の敷地内の東北角に朱の鳥居がそんな3つ4つ並んでいることは知っていた。いつかそれを正面から撮りたいと思いつつ、それには門から中に入る必要があり、関係者でなければ無理だ。それに工場内の祠は珍しくなく、百貨店の屋上にもある。当日は天気がよく、落葉の季節であるためか、それとも会社の人が祠の周囲を枝の剪定を含めて掃除をしたのか、以前とは違って明るく見えた。往路でそのことに気づきながら、復路では自転車を停めて敷地の中を覗いた。すると今日の最初の写真のようにとぐろを巻き、頭をもたげた白蛇の石像が2体、岩の上に置かれているのが見えた。6,7年前からそのすぐそばを自転車で走って来たのに、初めて知った。東北角すなわち鬼門の守り神で、巳さん信仰だ。筆者が昔勤務していた染色工房の親会社の呉服問屋は、敷地内に樹齢200年ほどの巨木があり、その根元に白蛇がいるとのことで、社長は庭を歩く時に小さなその蛇を見かけると絶対に踏まないようにと筆者は注意されたことがある。その時社長は「巳さん」という言葉を3,4回繰り返し、蛇を「実入り」があるとも言った。話を戻して、今日の写真の巳さんは道路側ではなく、工場を向いているので表情はわからない。雌雄一対としておそらく石屋で既製品として売られているものだろうが、ひとつ10キロはありそうで、一般家庭向きではない。それに普通の家では蛇の石像を飾ろうとしない。もっぱら信楽のたぬきだ。そのような愛嬌のない蛇は嫌われものの代表と言ってよい。それもあって、巳年生まれの女性は執念深いなどと、根拠のない差別の言葉を陰でたたかれる。筆者はさほど蛇は怖くない。それよりよほどムカデのほうが苦手だ。あの足の多さに比べると、足のない蛇はつるりんとして恐怖感がない。3、4年前に眠っている時にひやりと感じて飛び起きると、ムカデが筆者の体を這い回っていた。怖いよりも癪に障った。去年だったか、1階で寝転んでいるとムカデが腹の上を這っていて、その時も飛び起き、そして腹立たしかった。長さ15センチほどの大きなものばかりで、筆者はムカデに好かれている。そう言えば「風風の湯」の露天風呂でも筆者の尻のすぐ際を大きなムカデが大急ぎで這って暗闇に消えたこともある。何度も接触するのに不思議と噛まれたことはない。
●神社の造形―工場敷地内の巳さんカップル_d0053294_18031688.jpg わが家の裏庭は昔は周囲に畑があって蛇がいた。畑の蛇が裏庭と小川の間の幅狭い道にもやって来て、蛇の抜け殻が落ちていることもあった。隣家の若くして亡くなった奧さんがそれを見つけ、筆者に見せてくれたことがあるが、長さ2メートル近くあった。畑で同じような蛇が見つかり、京セラに勤務していた近所のSさんがその蛇を棒きれで殺そうと格闘している場面に遭遇したことがある。かわいそうに蛇は口を大きく開け、また血を流して口やあちこちが赤く染まっていた。Sさんは仕留めたと思うが、顔を知らない畑の所有者から感謝もされないから、毒蛇でなければそっとしておいてやればいいと筆者は思った。蛇はさほど怖くないと言いながら、筆者は毒蛇かどうかの知識がなく、ごく間近にいるとさすがに尻込みする。これは10数年前の初夏のこと、家内の友人が東京から遊びに来た時、3人で嵯峨を散策した。二尊院を拝観すると、建物は拝観停止中で庭しか見られないが、拝観料は同じだけ徴収すると言われた。それでもせっかくの機会で、それでもいいと言って庭園を見学し、筆者は法然の墓所を見たいためにひとりで誰もいない墓地に回った。冨田渓仙やその他の著名人の墓もあって、昔訪れたことはあるがもう一度見たくなったのだ。半時計周りに一巡して出ようとした時、眼前の左手の大きな墓石に蛇が一匹いた。ちょうど筆者の目の高さで、蛇は筆者に気づき、口を開けて威嚇した。少し避けて素通りしようかと思ったが、そこはきわめて細い道で、どう避けても蛇と筆者の距離は50センチ以上にはならない。20秒ほど睨み合いをし、結局筆者は戻った。さほど怖くはなかったが、マムシであれば困る。胴体に複雑な斑模様があって、それが何蛇であるかの知識は筆者にはない。蛇には筆者が近寄ろうものなら飛びかかってやるという迫力があった。人間を恐れる動物なら逃げるが、蛇は場合によっては逃げずに威嚇して来る。その点が嫌われるのではないか。それはともかく、筆者ひとりで墓地を巡ったのがよかった。家内や友人が一緒なら、きっと悲鳴を上げ、蛇はさらに怒ったかもしれない。家内も友人も巳年で、またどちらも執念深くは全くなく、良妻賢母の見本のようなおとなしさと従順さで、筆者は昔から蛇には悪印象を持ったことはない。ついでに言えば筆者の母も巳年、父は母の一回り年上の巳年、上の妹は家内と同じ年齢の巳年だ。今日はついでに「ベルリンの画家」が蛇を描いた壺絵も2点載せる。縦長のレキトスはメナード(MAENAD)を描く。彼女は蛇をつかんで暴れようとしているのか、それともメナードが蛇の化身との意味か。2点目は大型のスタムノスで、中央のヘラクレスが幼児を襲おうとしている蛇と格闘する様子をアテナなど数人の女性が取り囲む。ギリシア時代の蛇はゴルゴンの頭部にも描かれるように嫌われもの代表であったか。
●神社の造形―工場敷地内の巳さんカップル_d0053294_18034966.jpg

●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

# by uuuzen | 2023-01-04 23:59 | ●神社の造形
●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン
さんは 計算強き 黄金虫 株の含みの 金蔵持ちて」、「追われ過ぎ 終わり迎えた 野兎や 今は猫並み ペットで飼われ」、「広っぱに 逃げぬ兎の 無言の眼 放置すべきか 報知すべきか」、「飼い兎 檻から逃げて 人恋し 折から出会う 人は冷たき」●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン_d0053294_00513771.jpg 昨日の投稿のついでになるが、今日は2016年8月中旬に撮影した岡崎神社の写真を全部紹介する。全部で10枚で、最低9段落すなわち400字詰め原稿用紙に換算して27枚書く必要があるので、先ほど写真を2枚一組に加工し直した。それでも13,4枚は書く必要がある。今日の冒頭の最後の二首は10年ほど前、阪急の松尾駅から南100メートルほどの物集女街道沿いで見かけた白兎を思い出して詠んだ。家内と桂方面から歩いて嵐山に戻る途中、現在は大きなマンションが建っている広大な空き地の最も歩道に近いところにぽつんと小さな白兎が赤い目をしてうずくまっていた。雑草はそれなりに生えていて、食べ物には困っていなかったと思うが、筆者がすぐそばでしゃがんでも動かず、触ってもそのままであった。飼い兎が逃げ出したのだろう。とはいえ空き地周辺のどの家かわからず、一軒ずつ訪ね歩くことは出来ない。その頃はまだ松尾駅前の京都銀行の背後に交番はなかったと記憶する。連れて帰えれば飼うことになるが、その選択はあり得ない。筆者は動物を飼った経験がない。数年前から雀に毎朝米を与えている程度で、それも米を撒いた後はさっと家の中に入り、彼らが喜んでついばむ様子を観察することを楽しみとしない。米に群がって騒ぐ声を背後にわずかに聞くだけで充分で、YouTubeにあるように、掌に餌を載せて雀に食べさせることはしたくない。ともかく、しばし家内と途方に暮れながら、兎を放置してまた歩き出した。振り返ると兎は同じ場所でじっとしている。街道は人の往来の何倍もの数の車が走り、またその兎はとても目立ったので、誰かが車を停めて連れ去った可能性はある。その人が動物好きで飼う覚悟があれば、兎は1、2年は生きたのではないか。野兎の可能性はまずない。野兎であれば防衛本能から人から逃げる。ところが見かけた兎は誰かに見つけてほしそうな雰囲気で、人に触れられることが慣れていると思えた。それにしてもだだっ広い空き地の歩道際に一羽の白兎はとても目立った。その1,2年後かにマンションが建ち、筆者は密にそのマンションの守護神が兎だと思っている。空き地の以前は田畑であったと思うが、家が建っていたにしろ、その家ないし田畑の以前の状態は野原で、兎が走り回っていたとしても不思議ではない。わが家でも30年前には裏庭に狐色のかわいい顔をしたイタチが走り回り、蛇もよく見かけた。それら動物が全滅して家だらけになった。そしてその中でペットが飼われる。ペットは内心ぺっと唾を吐いているかもしれない。野生は餌の確保に大変だが、自由がある。人間もそれが一番だ。
●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン_d0053294_00521060.jpg 次の話。卯年生まれの守り本尊は文殊菩薩だそうだ。先日それを聞いて少々驚いた。母が死んだ日、筆者は村上華岳が描く文殊菩薩の絵を入手した。そして通夜の深夜、初めて短歌がすらすらと脳裏にいくつか浮かび、それを書き留めた。それからしばらくしてこのブログの投稿の冒頭に四首を詠んで載せるようになった。その短歌の半分以上は本文に関係がない。何度も書くように、ブログの冒頭の一字に何を使うかは決まっている。その話をするとややこしいが、今日は「K」を使う番で、それを厳守しつつ一首詠む。その後の三首はそれと必ずしも関係しないので比較的詠むことはたやすい。だが毎日の四首は本文を書く以上に骨が折れる。本文だけなら投稿はたやすいのにわざわざ四首を載せる。それがいつまでかとなると、冒頭の一字表が一巡するまでで、まだ1年以上は要する。母が死んでもうすぐ丸2年になるので、短歌はもう二千以上作ったはずだが、人から笑われる短歌もどきであるとしても、毎日の四首は頭の体操になり、少しは背筋が伸びる気はする。これも何度も書くように、優れた作品の陰には必ず練習また練習がある。そして才能に乏しい者はいくら練習を重ねても凡作しかものに出来ないが、それでも日々の練習がなければさらに取るに足らない作しか生まない。それに卯年生まれの筆者は文殊菩薩に縁があり、こうした駄文もわずかでも知恵を高めることに効果があると信じたい。70を超えて今さら知恵でもないが、筆者は自分が好きなことをしている時や見つけた時が楽しく、常に求めている後者は筆者を時にでたらめな方向に導くが、そのでたらめさが方向性を持っていて、しかるべき位置にいつの間にか収まると思っている。ただし筆者はあまりに無知で、知りたいことは無限にある。そんなことを早々と忘れた、あるいはほとんど全く思わない大人は筆者には退屈だ。話は合わせるが、ある一定以上の関係にはならない。だがこれは誰でもそうかもしれない。そのことを知りつつ、誰でも当たり障りのない付き合いをする。その気配りのようなものが茶の湯で言われる「淡交」で、大人の振る舞いだろう。それに筆者は関心事について意見を戦わせることを望んでいるかと言えば、そうではない気がする。それはこうした文章で充分で、反論がある人は同じく文章で意見すればよい。ところがその反論が文章と呼べず、謗りに過ぎない残念な姿を示すことがある。つまり本人は筆者以上の恥を晒している。ともかく、好きなことをあまり得意がって会話することはみっともないと思える年齢に筆者もとっくに達し、周囲の誰にも言わないことをこうして書き散らしているが、論文にすべきことはほとんど触れないようにしている。あるいは印税をもらう文章は全然違ったふうに書く。その下書きめいたものとしてブログを機能させたい思いがある。
●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン_d0053294_00533541.jpg
 次の話。去年の暮れ、「風風の湯」で嵯峨のFさんが散歩中に久しぶりに古い知り合いに会ったと言う。話を聞き終わって筆者は「それはSさんでしょう?」と言うとそうだとのこと。Sさんは4,5年前まで「風風の湯」でよく会った。長身でちょっといなせな感じのSさんは長年配管工をしていた。70代半ばになって仕事を辞めたか、失ったかで、今は弟さんと暮らしているそうだ。兄弟とも独身で、長年親類の仕事の世話になっていた。これも以前書いたが、Fさんは自宅のちょっとした修理にSさんを呼んで仕事をしてもらい、その代金として5000円を握らせたと言った。その時Sさんはやや不満顔であったそうだが、Fさんにすれば30分ほどの仕事ではそれで充分という考えだ。4,5年前、「風風の湯」のサウナ室で筆者はSさんとFさんと同席したことが何度かあり、ある時筆者の隣りに座るSさんが意見した時、Sさんを置いて隣り合っていたFさんがその言葉に苛立って「お前は黙ってぇ!」と一喝した。確かにSさんの話は要領を得ず、筆者は魯迅の書く阿Qをいつも連想するが、阿Qほどの調子者ではなく、筆者はSさんが好きだ。暇なSさんは毎朝5時に起きて中の島公園でのラジオ体操にこっそりと加わると言っていた。それは嵐山地区の女性が中心になっていて、嵯峨住まいのSさんはよそ者でもあるからだ。話を戻し、道端でSさんに出会ったFさんは近況を訊ねた。すると収入はないものの、どうにか暮らしていて、もうすぐ5万円の給付金が国からもらえると言ったそうだ。5万円では生活出来ないが、慎ましく生きているのだろう。そして「風風の湯」にはたまに行っているとのことで、しかも午後4時というから、筆者やFさんの姿を見ることはない。その偶然の遭遇の際、Fさんはたまたま「風風の湯」の招待券を2枚持っていて、それをSさんに与えたそうだ。Sさんをアホ呼ばわりするFさんには優しいところがある。Fさんにすれば、独身の高齢で仕事のないSさんは自己責任でその境遇に至ったが、誰でもFさんのようには生きられない。精いっぱい生きての境遇を誰しも受け入れねばならず、またそうかと言って目の前の知人に無慈悲に接することは人間的ではない。家内によれば女湯では訊いてもいないのに自己紹介として最初に「義塾卒です」と言った中年がいるとのことで、食べることと旅行のみの豪勢な話ばかりするそうだ。ぞっとする下品な女もいるものだ。筆者はSさんを見ていると、アクセル・ムンテが友人と呼んだパリのイタリア人の道路工事員を思う。彼は文無しであるのに同じ地区に住むイタリア人家族が幼ない子どもを亡くした時、棺代としてなけなしの金を与えた。それでムンテは『サン・ミケーレ物語』の最後で彼が天国に迎え入れられ、自分にその資格がないと書く。筆者はSさんも絶対に天国に入ると思っている。そうでなければ神は悪魔だ。
●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン_d0053294_00535752.jpg
 次の話。年末にFさんは忘年会をしようと言った。去年は株で一千万円ほど儲けたそうで、機嫌がいいからでもあろう。Fさんが最近息子さんと訪れた鍋料理食べ放題の店があり、筆者と家内は気を使ってはならないのでそれぞれ千円だけでよいと言われ、29日の午前11時に店の前で待ち合わせをして3人で2時間食事した。3人ともあまり満腹にならなかったのは、鍋料理ゆえに忙しかったからでもある。Fさんは「風風の湯」の常連では最も筆者に心を許している。食事中、Fさんはかつての商社勤務時代の話に終始笑顔で、筆者や家内のことについては全く質問しなかった。興味がないのだろう。それにFさんは筆者の芸術への関心を知っていて、その方面は全くの無知だ。聞き役に徹することは苦痛ではない。それに機嫌のよいFさんを見ているのはこっちも気分がよい。奧さんを早く亡くしたFさんで、筆者の家内はその奧さんとは何もかも似ていないはずだが、Fさんが何となく家内を好ましく思っていることは態度からわかる。さて4段落目となった。今日の写真について書く。最初の写真上は丸太町通りの南側から撮っているので、2016年のお盆頃に京都市美術館を訪れた後、たぶん泉屋博古館に行く途中であった。下の写真は鳥居奧の突き当りにある社殿だ。2枚目の写真は大鳥居をくぐってすぐ左手で、数段の階段上にある。斜め方向に鳥居が並ぶのは境内の縦長の狭さを表わしている。同神社のホームページによれば仙洞御所にあった社を1710年に遷座したとのことで、売茶翁が最晩年にこの神社からさほど遠くない聖護院村に住んだ頃はすでにあった。同じ商売繁盛でも伏見稲荷系ではなく戎の神を祀る。神額に「三宮社」とあるのは「倉稲荷魂神」と「大国主大神」を合祀するためだ。3枚目は社殿前の一対の兎の像で、昨日投稿したものより古く、また同じように阿吽を象る。いっそのこと背後の狛犬も兎にすればいいようだが、兎が大きければかわいくない。4枚目左は手水舎内の黒御影石の兎で、三方を参拝者の絵馬で囲まれる。この像が最も早く置かれたものだろう。5枚目上は社殿東の「雨社」で、元は大文字山中腹の石祠に鎮座した五穀豊穣を祈願する雨乞いの竜神を祀り、ホームページには「大山祇命」など五神の名が掲げられる。岡崎神社が兎をシンボルとするのはかつて一帯に野兎がいたことによるとされる。それが今は5枚目の写真下の社殿前に並べられる兎御籤の小さな土人形の列に変わっている。写真の奧は大鳥居で、これら兎たちがすべて社殿に向かっている様子は何ともいじらしいが、本物の兎が消えて人形とは人間の勝手を示す。境内で飼えないものかと思うが、世話する人件費が大変としてまともに考えられない。この世は何事も金次第で、近くに住む商売人は先の三宮社にお詣りする。金をたくさん儲けた者は天国に入りにくいとキリスト教では言うが、日本の神はどうなのか。
●神社の造形―岡崎神社の兎、アゲイン_d0053294_00542829.jpg

●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

# by uuuzen | 2023-01-03 23:59 | ●神社の造形
●神社の造形―岡崎神社の兎
付金 あてに暮らすや 高齢者 体は元気 することなくし」、「天国に 入れてあげたき 弱き者 神は見つめし この世の過酷」、「一羽二羽 兎の跳びは 鳥と見し 肉のうまさも 鳥に劣らず」、「天敵の なきヒトの敵 ヒト作り ウォーと叫んで 銭のサイドに」
●神社の造形―岡崎神社の兎_d0053294_14473652.jpg
初詣に行こうかと家内が誘うが、たぶんどこへも出かけない。10日までだったか、阪急の乗り放題1日チケットが1000円で売られているそうで、それは安いので神戸方面に出かけてもいいかと思わないでもないが、生田神社や長田神社、それに西宮神社など、目ぼしいところはみんな訪れたことがある。そう言えば広田神社はまだだが、駅から少々外れるので家内は嫌がるだろう。そんな話をつい先日「風風の湯」の常連の85Mさんに言うと、清荒神や妙見さんも含めて阪急阪神沿線の有名は社寺はとっくの昔に全部行ったことがあるので、初詣で出かける気がしないとのことで、まあ85歳になれば誰でもそんな気分になるのではないか。嵯峨のFさんももう10数年は初詣していないと言う。初詣は若いカップルのためのものかもしれない。神社の境内にはよく今年は厄年に当たるかどうかを示す立て看板があるが、還暦を過ぎた年齢は表示されていない。還暦以上生きることはおまけ、儲けものであって、それだけでも厄とは無縁という意味合いなのだろう。それは言い変えればいつ死んでも文句を言うなよとのことだ。それはさておき、去年12月30日に岡崎神社にたまたま訪れたのは昨日書いたように年賀状の図案を思ったからだ。今調べると岡崎神社には2016年の8月中旬に家内と訪れている。その時に撮った写真はブログに使わないままになっている。それを言えばたぶん数十の神社を訪れて撮影しながら投稿の機会がない。今日の写真は2016年8月に撮ったのとは違う写真で、これは撮影しながらそのことを知っていた。6年前のことでも案外よく覚えている。それは撮影する時はそれなりに被写体を選び、角度を一瞬で決めるからでの、その自分好みの選択はそう簡単には忘れない。今日の最初の写真はに面した大鳥居をくぐって20メートルほど先、なだらかな階段の両脇にある。見るからに新しく、2016年にはなかった。丸太町通り面した大きな看板の文字はバスの中からもよく見え、手水舎のそばに黒御影石の兎の像があると書いてあったが、その像は2016年に撮影した。去年12月30日はそこまで行かず、今日の最初と2枚目の新たな兎像を撮って満足した。岡崎神社の本殿前には狛獅子の石像があるが、兎で有名な神社なので、まずは一対の兎像をということになったのだろう。もっとも、2016年撮影の写真を見ると、狛獅子の手前にある兎の石造は今日の写真のものと違って筆者の思いを言えばもっと出来がよい。その兎像よりさらに手前つまり南側に新たに建てられたのが今日の写真の一対の兎で、阿吽を示すように右手の兎は口を少し開けている。
●神社の造形―岡崎神社の兎_d0053294_14475719.jpg
 それを見た時、年賀状の図案に使えないと思った。左右対称の切り絵では片方の兎が口を開けるようには作れないからだ。それでも図案作りの参考になるので横と後方からも撮影した。3枚目の写真は大鳥居付近の提灯だ。その表側の図は陰陽は逆だが、今日の最初の写真の石造の支柱の中央にも円形の中に彫られている。それよりも目を引いたのは裏面の兎の正面顔だ。ほとんどミッフィーと同じ図案で、どちらが古いのか気になる。兎はいつの時代の誰が描いても耳を長くすることが決まっているようで、「ベルリンの画家」の壺絵にも兎は描かれる。運動競技の勝利者が獲物としての兎を二本の前肢を紐で縛った状態で腕からぶら下げる図で、兎は真上から跳躍する姿で描かれ、長い耳は後方に垂れている。その左右対称の描写は「ベルリンの画家」が描く図像では珍しい。筆者はそれを左右対称の切り絵の図案にしようかと一瞬思いながら、紐で縛られた、たぶん死んでいる状態では年賀状にふさわしくないと考え直した。話は変わるが、筆者が年男の24歳になる年度の年賀状はスケートにマフラー姿のミッフィーを描き、当時交際中の家内に送った。しかも2枚だ。それぞれに異なる絵を描き、2枚セットの意味合いがあった。後年その年賀状を実家に置いたまま家内は家を出て筆者と暮らし始め、そして実家の家内の持ち物は処分されたのでもう存在しないが、筆者はどう描いたかを覚えている。当時はまだミッフィーとは呼ばれておらず、ディック・ブルーナという画家の名前だけが知られ、商品のキャラクターに採用されていた。彼の絵が日本で大きな人気を得るのはもっと後年で、そこには無抵抗な兎をかわいらしいと思う日本の「かわいい」文化の大流行が寄与した。一方、猫のキティがキャラクター化されたのはディック・ブルーナのうさぎや子どのもキャラクターが紹介されて以降で、これは以前書いたことがあるが、筆者は1985年頃に京都高島屋でキティを象った高さ50センチほどの座る姿のキティ内部が灯るランプを買い、妹にプレゼントした。当時はまだキティの認知度は低く、そのランプは初期の商品化であったはずだ。妹は子は男ばかりの3人で、そのかわいらしいランプを理解せず、投げ合ったり、蹴とばしたりしてすぐに壊れてしまった。その頃には筆者はすっかりキティに関心がなくなったが、変わって伏見人形に開眼することになる。今年の年賀状の兎は伏見人形のそれをアレンジし、またあえてかわいらしくない表情にした。波頭に追われる白兎を描こうかとも考えたが、それであれば今日の3枚目の写真の右の振り返りながら走る兎が使えるかもしれない。兎が波に追われる姿は津波からの逃避を連想させ、それで年賀状にふさわしくないと思った。そう言いながら筆者は常にさまざまなことに追われていて、走りながら休んでいる。誰でもそうで、それが人生ということだ。
●神社の造形―岡崎神社の兎_d0053294_14481260.jpg

●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

# by uuuzen | 2023-01-02 23:59 | ●神社の造形

時々ドキドキよき予告

以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2023 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?