●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●『ファン・ジニ』
真伊という漢字を充てる16世紀李朝の実在の芸妓の名前のドラマだが、昔どこかでこの人物の存在を知った記憶がある。何度か映画化もされているので、そうしたものを何かで読んだのだろう。



NHKが半年ほどにわたって放送し、3月の下旬に最終回があった。第1回目から見るともなく見たが、製作費をふんだんに費やしたであろう格調高い映像はNHK向きであった。このドラマが終わって以降は韓国ドラマの放送をやらなくなったが、適当なものが見つからないのか、あるいはいつまで韓国ドラマを放送し続ける気かという世論に屈したのかもしれない。一方では民放で韓国ドラマをやっているので、毎週何かを見る分には不足はないので、NHKがやらなくてもよいと判断したのかもしれない。筆者は衛星放送を見る環境にないので、こうして感想を書く韓国ドラマは地上波の放送をリアル・タイムで見るか、あるいは従姉に録画したビデオやDVDを借りるかしている。その従姉は東京から親類に録画して送ってもらっているが、『ファン・ジニ』の録画はないので、毎週録画してほしいと言われ、3倍速度で全24話を録画し続けた。なぜかと言えば、放送の時間帯にはもう眠っているからで、大勢の人が見るには遅い時間に放送されることも韓国ドラマ人気の下火をよく感じさせる。MBSだったろうか、毎週水曜日の午前2時半に『エデンの東』を放送しているが、そんな時間では筆者でも録画に頼る必要がある。ところが、時に放送時間がずれ、なかなかまともに録画出来ない。そのため、始まって数回になるが、なかなか内容がよく把握出来ない始末で、この調子では全50回以上あったはずの長丁場を全部まともに見ることが出来るかどうか。『エデンの東』を見ていておやっと思うのは、『ファン・ジニ』に登場した主人公ジニ(チニと書くのが正しいが)の盲目の母親であるヒョングムを演ずるチョン・ミソンが登場していることで、他にどんなドラマに出ていたのか記憶にないが、なかなか清楚な美人で好感が持てる。ジニを演ずるのは『バリでの出来事』に出演したハ・ジオンで、その勝気の風情はいかにもジニの役柄にぴったりだが、その母親がまだ若いチョン・ミソンというのはかなり違和感があった。だが、妓生(キーセン)のヒョングムは若くしてジニを生んだと思えばよく、そう目くじらを立てることはない。ジニが実在の人物であっても、大部分は伝説と化しているはずで、わずかに何か書かれたものがあって、ジニの作った漢詩が載ったりしているのかもしれない。日本でも同じだが、高級の芸妓となると、美貌だけではなく、知識人を相手にするために教養が欠かせなかった。だが、朝鮮でも日本でも芸を売る身分は卑しいとされ、いくら高級のキーセンであっても賤民には変わりない。だが、そういう身分の中でさえも、内部抗争が生まれ、またキーセンを側室としてかこおうとする王侯貴族との間に恋も生ずる。そのため、ジニの物語は、キーセンの何に焦点を当てるかで内容は差が出るし、そこには時代による人々の好みや文化性が反映し、ジニのドラマ化の変遷をたどるだけでも韓国のある部分がよく見えて来るに違いない。そして、今回はTVの連続ドラマであり、キーセンの性を売り物にする部分は極力抑え、恋物語に芸人根性を絡ませた仕上げで、それが結果的にはNHK向きになった。
 特筆すべきことは、韓国ドラマ史上、衣装代が最高額になったことだ。それは映像を見れば即座にわかる。日本で言えば女性の豪華なキモノということだが、衣装代に経費がかかるのはどこでも同じだ。そして、もうひとつの見所は、景色がとても素晴らしいことだ。どこで撮影したのか知らないが、韓国の自然は日本と似ながらも、岩山が豊富で、日本にはないそうした景色を見るのは楽しい。これが中国になるとさらに違って来るが、自然がそのように差があるほどに、そこに住む人間の気質にも差がある。そして、日本の芸妓とは多少違って、韓国のそれは韓国特有の楽器を奏で、また踊りは比較にならないほどにダイナミックで、中国に近いことがわかる。それは中国と陸続きであるための当然の影響であったが、このドラマを見て面白かったのは、明国からやって来る役人が朝鮮の郷楽の廃止の要求を突きつける場面だ。朝鮮は中国に対して日本と同じように貢物をしながら国交していたが、陸続きである分、中国の驚異は比ではなく、中国に攻められないように常に気を配る必要があった。そのため、中国の言うことは何でも聞き入れるという屈辱的な立場を取らざるを得なかった。これを事大主義と呼ぶが、そうそう卑屈ばかりになっていたのではないことが、このドラマではジニの行為によってよく示される。その場面は日本からすれば理解しにくいかもしれないが、韓国が中国とどう対峙していたかは他の韓国ドラマでもしばしば表現されることであり、日本にはない立場が韓国には昔から存在したことを思い知る。だが、事大主義一辺倒に染まっていたのではなく、そこに朝鮮独自の文化も栄えたし、またその文化を中国との、あるいは日本との関係でどう読み解くかは面白いテーマであり、そういう素材の中に現在の韓国ドラマも含まれる。話を戻して、中国からの大使が郷楽を廃止せよと迫ったのは、それが中国の舞楽に対して劣るものであり、また独立性を主張することがけしかぬといった理由からだが、ジニはその大使に対して漢詩で応酬し、そして見事にその才能を示して、郷楽の廃止をやめさせることに成功する。16世紀の中国がそこまで朝鮮にいろいろと文句を言う立場にあったのかどうかまでは筆者にはわからないが、当時の大国の明からすればそれはあり得たであろう。そして、学者ではなく、キーセンごときにそのような知的な才能があるとなれば、舌を巻くのも無理はないが、反骨精神溢れるジニは大使に対してへりくだって詩の才能を示しただけでは済まさず、さらにぎゃふんと言わせる行動に出るが、そういうジニの態度をドラマ製作者は、中国に対して朝鮮が事大主義で応じる必要があったにしても、その裏では自己主張する意思を忘れなかったことのひとつの代表として、ぜひとも描きたかったのであろう。このドラマでは中国との関係はそのエピソードだけだったが、筆者には強く印象に残った。
 粗筋を簡単に追うと、ヒョングムは両班の男性との間にジニを生んだのだが、策略のために盲目になり、ジニを同じキーセンにすることを拒否して、母親を名乗らずにある寺に預ける。だが、蛙の子は蛙で、幼いジニはキーセンの舞う踊りを見て憧れ、やがて自分から進んでその道に入る。師匠は女優業に復帰したキム・ヨンエ演ずるペンムで、それに敵対する勢力としてメヒャンがいる。そしてそのメヒャンにはジニのように才能のある弟子のプヨンがいて、この女4人が中心となって愛憎のドラマを展開する。そして男性陣は、ジニの最初の恋人となる両班のウノがまず登場する。ふたりは少年少女という間柄で、ハ・ジオンに対してウノはあまりに幼く見えたのが欠点だが、ともかくふたりは次第に身分の壁を超えて恋心を育む。だが、それがどのような障害があって、どういう結末をもたらすかをよく知っているペンムは、ふたりの恋を阻止しようとして策略を凝らす。結果的にウノは父親の反感を買い、しかも病気で呆気なく死んでしまう。これが第10話までの経緯だ。物語はそれから一気に4年後に飛び、後半部が展開する。ジニは大人となってキーセンの名声をほしいままにしているが、ペンムを恨み、心は満たされず、酒浸りになるなど荒れた生活を送っている。そこに登場するのが、二番目の恋人となる、都からやって来た役人のキム・ジョンファンだ。やがてジニはジョンファンによって立ち直り、ジョンファンはジニの才能を陰ながら応援するが、ジニの噂を聞いたビョクケスというジョンファンとは知り合いの王族は、どうにかしてジニをものにしたいと思い始め、あらゆる手段を使ってしつこくジニに迫る。だが、金では決して動こうとしないジニで、そのうえビョクケスを馬鹿にする。荒れたビョクケスはキーセンの舞や音楽を理解せず、ペンムはそういうビョクケスに楯突き、結局自殺に追い込まれる。やがてジニはジョンファンと駆け落ちをして、田舎で静かに暮らすようになるが、そうしたふたりを許せないビョクケスは草の根を掻き分けて3年後にふたりを見つけ出す。そしてジョンファンは車裂きの刑を言いわたされるが、万事休すのところで許される。これはこのドラマの最後の盛り上がり部分で、はらはらさせられるが、命が助かったジョンファンは結局ジニとは結ばれない。ジニは骨の髄まで舞に命をかける人間であったのだ。つまり、物語は恋より芸を選ぶジニの意思に焦点が当てられる。そのため、ジョンファンの死を賭けた献身ぶりもジニの芸の肥やしになっただけであったと言ってよい。それほどに苦しい芸の磨きを通じることで、ジニは歴史に残るほどの存在になり得たわけであるから、これはそうなるしかないストーリーと言える。また、このドラマは4人の女性の絡みにジョンファンやビョクケスが加わって、醜い策略が次々と凝らされて、韓国ドラマ特有の善悪が明確に描き分けられるが、最後の2、3回になると、急にビョクケスは自分がキーセンに孕ませた子どもに名前を与えて認知したり、またペンムを敵視していたメヒャンもまた仏心を出すなど、いささか拍子抜けする展開になるが、後味をよくするためにそういう脚本にしたのであろう。また、王族としてひとかどの人物であったり、また女楽を率いる行首(ヘンス)の座を任されているメヒャンがそんなに悪人では理屈に合わないという思いも汲んだと思える。もうひとつ拍子抜けしたのは、あれほどジニを愛して、またその芸を支えたジョンファンが死罪を免れた後、酒浸りになって、人格が変わったようになることだ。だが、それもまたそういう経験をした者としてはあり得る姿であろう。燃え尽きてしまったのだ。そのことによって、ジニの魔性ぶりがよくはっきりするし、芸の厳しさも強調される。そして、そういう役柄としてハ・ジオン以外は考えられない。
 豪華な衣装はさておいて、このドラマで誰しも気に留めるのは、キーセンらの髪型であろう。筆者はそれを見て即座に李朝の絵画に残されている有名なキーセン像を思い出したが、おそらくその絵の通りに髪型をデザインしたに違いない。その絵は家にある画集のどれかを調べると載っているはずだが、調べるのが面倒なのでこのまま書き進むとして、筆者の記憶では、真正面像ではなく、ほんの少し斜め前を向いた半身像で、表情がさびしそうな写実画だ。その髪型は絵であるのでどれほど実際のものを表現しているのかはわからないが、確かにこのドラマのキーセンの髪型と同じように左右対称ではなく、片方に出っ張っている。だが、その絵は確か19世紀頃のもののはずで、ジニの時代とは300年の開きがある。そのため、16世紀のジニがどういう髪型をしていたかはわからない。このドラマのように大きな、そして極端に片方に量感を寄せたものであった保証はない。チマ・チョゴリはほとんど同形であっただろうが、染色技術は19世紀とはかなり違っていたはずで、このドラマに描かれたほどには豪華ではなかったのではないだろうか。これは韓国ドラマの時代劇全般に言えるが、旗や衣装など、色のついたものはみな今の化学染料によってあまりに派手なものになり過ぎている。それはドラマを華やかにするためのひとつの方便で仕方のない面もあるが、誤解を与えかねない部分があることに注意はしなければならない。16世紀当時のキーセンの衣装の正確な記録などはまず残るはずはなく、伝わるわずかな資料を基に比較的自由に衣装や髪型を創出する必要があったのだが、それがかえってこのドラマをカラフルなものにして、娯楽として秀逸なものにした。日本のTVドラマの時代劇でも、キモノに関しては実におそまつな場合がほとんどで、日本ではまだ韓国よりはるかにそうした古い衣装が残っているにもかかわらず、全くそれを無視したような模様を平気でキモノに染めたりしている。これが映画全盛時代はまだ時代考証担当の秀逸な才能が生きていたので、さすがに専門家が見てもおかしくないような仕上がりになっていた。そういう伝統がここ3、40年の間に急速に日本から消え去り、今はほとんど『ファン・ジニ』と同じように、豪華できれいに見えればそれでよいという方向になっている。このようにして、歴史的にしっかりと品物が残っていても、人々の意識はそれとずれてひとり歩きして行くのであろう。1000年後には、江戸時代にケータイ電話があったという脚本の時代劇が平気で作られていることだろう。
 『ファン・ジニ』に話を戻すと、女楽の行首という、いわば宮中に使える舞楽の集団の頂点の座を巡ってキーセンたちが競う物語だが、そこにはキーセンとして誰かに水揚げされて囲われない限り、芸によって身を立て続けていかねばならない運命にあるし、また芸で勝負するからにはそれを代表する人物になりたいという野心が渦巻いて、これは形を置き換えればどんな社会でも常に見られることで、このドラマはやはり韓国ドラマの定型としての筋立てがそのまま見られると言ってよい。だが面白いのは、ジニが行首にならないことだ。最終回ではついに宿敵のプヨンと芸を競うことになるが、プヨンは得意の太鼓の舞をさらにきわめるために各地の師匠を尋ねて新しい型を学ぼうとする。一方のジニは、大衆が見ても感動するものでなければ本物ではないとの信念によって、プヨンとは正反対に、市井に立って、道行く人に芸を披露する。だが、ジニの思惑とは違って、誰も注意を払わない。それに疑問を抱くジニだが、ジニの様子を冷やかに見ていたある老人にジニはその理由を訊ねると、一種の禅問答のようなことになって、老人はジニを愚か者と退ける。ジニは必死に答えをみつけようとして、今度は顔を仮面で隠して踊るが、それでも人々は無関心であった。この老人は市井に生きる知識人であり、科挙に合格して官に勤める人物ではないが、かつてはそういうことを経験したかもしれない。つまり東洋が理想とする隠れた逸人だ。そういう人物を最終回で唐突に出演させるのはかなり強引だが、ジニの結末に結びつけるには存在は欠かせない。かつての舞の師ペンムや、あるいはその競争相手のメヒャン、そしてその一番弟子のプヨンはみな官に抱えられる存在であり、そのことをキーセンの究極の出世と思っている。中国と同じ科挙制度を採った儒教国の李朝では、そういう生き方が理想であるとされたし、それ以外の在野という存在を認めなかったと言ってよい。このドラマが面白いのは、結局ジニはプヨンに破れて行首の座に就けないのだが、その代わり、民衆に混じって踊り続ける幸福を得る。そして、ある日、ジニが民衆と一緒に楽しく踊っている場所に、輿に乗ったプヨンらキーセン一行が通りがかる。巧みな踊りを見せるジニを見て、若いキーセンがプヨンにあれは誰かと訊ねる。すると、プヨンは女楽という狭いところに収まり切らぬほど大きな存在のジニだとくぶやく。つまり、最高の芸は民衆の間で理解され、支持されるものであるという主張がこのドラマの結語なのだ。それは大きく、またかなり曖昧な意味を含んでおり、ここではこれ以上書かないが、韓国ドラマとして見た場合、ジニという実在した人物がこのように捉えられているところが筆者にはとても面白かった。それは脚本家から言わせれば、ごく一部の知識人が楽しむ純粋芸術よりも、むしろTVで毎週無料で見ることの出来る韓国ドラマこそが、現在の民衆芸術の最高のものであるという自負の表明でもあるだろう。そのことは、この『ファン・ジニ』が証明していると言える。ハ・ジオンの代表作として長く記憶され続けると思う。彼女の舞はどれほど勉強したものかは知らないが、実によい場面がふんだんにあった。
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by uuuzen | 2009-05-27 22:47 | ●鑑賞した韓国ドラマ、映画 | Comments(0)


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