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●『駅前旅館』
業を訊ねるのが失礼と思ったが、かなりいなせな風貌と話し振りからして、かつては商人か飲食関係の職人であろう。



先日の23日の夕方、文化博物館の映像ホールでこの映画を見たが、上映前の30分ほど、筆者のひとつ前の斜めの席で最前列に座ったある年配の男性が機嫌よく話しかけ来た。昔はよく映画を見たこと、気に入っている3大映画は『椿三十郎』『砂の器』『飢餓海峡』で、『椿三十郎』は近年リメイクされたこと、また最近話題になった葬式を扱った映画を見たが、いったいどこがいいのかさっぱりわからなかったことなど、ほとんど一方的に喋り続けた。そして話はインフルエンザ騒動へと飛ぶ。「神戸に行って来ましたが、ガラガラでしたな、これは絶対にどっかが仕掛けたんでっせ。あんなんどない考えても騒ぎ過ぎですわな。かわいそうにそのためにえらい被害を受けているところが多いけど、どっかが儲けるように仕向けたに決まっとる」。こっちはいくら上映前とはいえ、周囲の人にやや迷惑かなと思っていると、間もなく隣に奥さんがやって来た。その奥さんはそのおじさんよりかなり若い雰囲気がしたが、ふたりの間に子どもは出来なかったとも言っていた。そのためでもないだろうが、このホールにたまに仲よくやって来て昔を懐かしんでいるのだろう。同じ作品はレンタル・ビデオ店で借りることも出来るが、やはり暗い中で大きなスクリーンで楽しむ方がよい。そう言えばそのおじさんは、昔は70ミリのワイド・スクリーンの映画があったとも語っていた。そういう映画はいくら家庭用の映像が進歩しても絶対にかなわないほどの大画面で、とにかくほとんど半円に近いほど眼前がスクリーンに覆われて、映写機が3台シンクロして上映するといった規模であった。その意味において、映画はすっかり退化してしまった。便利さと個人主義の追求の果てに、味気ないチャチな玩具だけが残ったという感じだ。そして同じチャチな玩具なら、筆者は最近音楽を聴くのにも、ラジカセがもっぱらで、それでも充分と感じている。そのため、高額を費やしてステレオに凝るという人の思いはわからない。いくら音質がよくなっても、所詮レコードやDVDに収まっているものを再生するだけの話であり、そういう装置がなくても偉大な音楽が次々と書かれた歴史の事実をむしろ思う。さらについでに書くと、今は音楽をネットでダウンロードして聴くことが流行しているが、簡便ということと最新のスタイルゆえに格好いいということを除けば、レコードやCDを買ってカセットテープに録音し、それをカセットのウォークマンで聴くのとどれほど差があるかと思う。また、筆者は歩きながら、あるいは電車に乗ってまでもひとりで音楽を聴きたいとは全く思わない。音楽は全部筆者の脳裏にあって、いつでも自在にそれらを編曲しながら再生することが出来るし、時に自分で音楽を作って楽しみもする。一番楽しいのは、そのように自分の頭を使うことであって、楽しみは自発的な脳の動きの中にしかない。
 さて、最初に書いた見知らぬおじさんの好みの映画はなかなかの選択で、かなりの映画通であろう。ポケットから日本酒の小さなコップ瓶を取り出して見せたところ、かなりの酒好きでもあるが、「よく飲みましたわ。朝起きたら鴨川の横で寝ていておまわりさんに起こされたりしましたけど、その代わり仕事も一生懸命やりましたな」。なかなかいい話ではないか。先日タレントが酒を飲んで裸になって、えらく叩かれたが、有名人でなければあれほどの騒ぎにならなかった。有名人というものは模範的な面を見せねばならず、なかなか大変だ。これがロックンローラーであればかえって箔がつくようなものだが、今ではそんな考えをするロッカーもほとんどいないか。とにかく時代は変わるが、昔よりよくなった面ばかりとは言えず、毎年の自殺者の増加からすれば、日本は不幸な貧しい国にどんどん退化しているとも言えるだろう。それを思わせるのが、最初にも書いたインフルエンザ騒動だ。何かあればすぐに過剰反応するそうした状況を見ていて筆者が恐いと思うのは、話かけて来たおじさんも同じ気持ちのはずで、ネット社会がそうした騒ぎに加担することで、デマであってもとてつもない大きさの悪魔になって、たとえばの話、ドイツのナチの登場を歓迎した市民と同じような気分をいつでも日本が発火点として持っている不気味さを思わせる。ナチは社会が停滞し、それに不満を抱いた人々にヒトラーがつけ込んだが、似た状況は世界中の至るところにある。また、新聞やTVのニュースも次々と興味本位同然に何度も毎日同じニュースを繰り返して報道するから、人々はすっかりそうした情報に汚染されやすい。これは毎日否応なしに垂れ流しされ続けるTVの威力が大きい。インフルエンザに感染したことよりも、筆者はむしろそういう報道に人々が感染してことの方を思う。そして、日本がいつそういう社会になって来たのかとも思ってみる。こうした日本人の習性の変化を研究した本があるのかどうか知らないが、少なくとも江戸時代以前までに遡る必要があって、そう簡単な問題はないし、研究しても誰も歓迎しないので、誰もやろうともしない。話を戻して、この『駅前旅館』で番頭を演ずる森繁はいつも小さなやかんに日本酒を入れていて、それを仕事の合間にこっそりとお茶代わりに飲んだり、また文句などを言って来る相手に茶をすすめる格好をして酒を飲ませて気分を和ませるといったことをしているが、それが世間というものであって、そのややいい加減なところで動いている。それをしっかりと規律を作り、番頭をがんじ絡めにすると、旅館としては近代化にも適合し、熟練の番頭に高い給料を払わずとも、もっと合理化した商売で出来るというもので、実際この映画でもそのことを描いていたのだが、日本が昭和30年代からまっしぐらにそういう方向に進み、人々が管理され過ぎて身動きが取れなくなった分、その不満がさまざまな形で噴出して来ている。この映画で面白いと思ったのは、地方から東京にやって来る人がその番頭目当てである場合のあることだ。つまり、口が上手で客をいいように言いくるめる番頭だが、人はそういう名物番頭に職人的手技、つまりプロ根性に接するのを楽しみにしている場合があり、よその旅館に行くよりもそういう番頭のいるところの方がいいと思う。これは今でも同じであって、結局は人は人に接することを楽しみにすることであり、ただ合理的で価格が安いからというのは文化的にはかなり下品で劣るだろう。だが、経営者はそうは思わない、あるいは思うことが許されなくなる。周囲の旅館が合理化に努めると、どうしてもそれに対抗する必要上、似た措置を取らなくはならない。かくて番頭で経営の大きな部分が支えられていたという考えはなくなり、用済みとなった番頭は田舎の旅館町に移住して、そこで余生を過ごすことになる。この映画では、その場所が甲府の昇仙峡となっていて、甲府盆地の田畑の中を馬が牽く車に乗って森繁と、その後を追ってやって来た飲み屋の女将である淡島が田畑の真ん中で追いつくという光景が描かれた。すると、2台の馬車が道を塞いだため、後続の外車などが数台が立ち往生しているという落ちで幕が下りたが、おそらくその道は今は4車線ほどのアスファルトに拡張され、田畑はすべて建物に代わり、馬車などとっくの昔になくなったに決まっている。そして、森繁扮する旅館の番頭であったような人は、今ならばTVのショッピング番組に出て喋るか、百貨店の特売場の売場で人を呼び込んで得意気に口上を述べている。あるいは、もっと若い世代であれば漫才の道に進んでいいるだろう。そう思えばみんな収まるべきところに収まるという寸法で、時代の変化は全くどうでもよいことだ。だが、個人の記憶はそう単純には割り切れない。
 古い映画を見て面白いことは、よく歩くところが以前はあのように違っていたのかとわかることだ。今思い出したのでついでに書くが、戦前の京都四条烏丸角の銀行のさらにその角を撮影した写真をネットで見た。確か昭和1桁の頃だ。その写真を見て嬉しくなったのは、それと全く同じ形で銀行が今もあって即座にその場所がわかったことだが、さらに先日驚いたのは、その銀行のその箇所がすっかり改造されていたことだ。つまり、その古い写真を見ても、これからの人は京都のどこかはわからない。このようにして古いものは人の記憶にあっても、次第にその人がこの世から消えるとともにやがてすっかりなくなってしまう。そしてそのような失われた記憶の膨大さは無限だが、それだけに人の記憶、人間の記憶とはいったい何か、何の意味があるのかとふと思ったりもする。だが、幸いなことに人間はよく生きても100年であるので、その短い間に記憶することを反芻するだけで充分に楽しく、それより遠い過去などどうでもよく、また将来がどうなろうと知ったことではない。その短い人生における過去においてどういうことが生じたかを知るには、映画や流行歌が最適だ。週刊誌や新聞もよいし、当時放送されたラジオ番組やTV番組もよい。そして自分が育った町を歩くもよし、古い友人に会うのもよい。そして、そういう過去にしばし浸った後、その過去が現在とそのままつながっていて、別段過去がそれほどよくはなかったのだと自覚すると、今が貴重なものに思えると同時に、この今もまたそれほどよくはないという味気ない思いがじわりと出て来る。そのため、なるべく過去に思いを馳せない方がよい。それは過ぎたものであり、もうどうしようもないからであるし、たとえその過去の中に価値あるものを見つけても、その価値はほとんどの場合、全く違った形となって現在の何かに変移して存在しており、そっちに触れる方がまだ精神を若く保つにはいいからだ。だが、そういう現在の新しい価値とでも呼ぶべきものを認識するには、実は過去に遡ってみることが必要なのだ。そして、その過去とつながって今があることを実感することで、限りある命の人間は、自分がこの世からいなくなった後も相変わらず同じように人間が生きて行くことを実感出来る。そういうことを昭和時代の映画から感じられるとすれば、映画は当初作られた意味を大きく超えて貴重な文化遺産になることであり、そう考えると、何でもかんでも取り壊して新しいものに建て替えて行くことはどうかとも思える。映像でわずかに残っているより、実物がそのまま残る方がはるかによいからだ。だが、世の中は実物を残す場所がないと言わんばかりに、画像をネット上に溜め込む方向に進み、やがて人間もネットの中に生きて限りなくはかなくうすっぺらいものになるか。それは案外映画からTVという、動く映像が平面上に出現した時に予想されたもので、有か無か、有名か無名かといった白黒をはっきりとさせた意識に人々をより導いた。そしてそのことが形を変えてこの映画では描かれている。高度成長の陰で失われて行くものを敏感に井伏は感じていたということだろう。
 『駅前旅館』はその後シリーズ化された最初の作で、昭和33年(1958)の東宝のカラー作品だ。当時筆者は7歳で、この作品はおそらく見ていないと思うが、シリーズ化されたうちの何本かは見た記憶がある。そして当時街角や銭湯には映画のポスターがたくさん貼られていたが、その中にこのシリーズのものがあったことをぼんやりと記憶している。昭和33年は東京オリンピックを6年後に控えて日本が熱気を帯びて成長し始める頃だが、この映画はそういう時代から取り残されて行く駅前旅館の番頭の末路を描いている。喜劇ではあるが、フィルムの色が劣化し、また夜の場面が多いせいでもあるが、全体にトーンは沈みがちでペーソス味が強く、また風刺も利いて大人びた味わいが強い。これを7歳の筆者が見てもどこまで理解出来たかは疑わしいが、大人がそういう問題にしばしば直面し、大人なりにつらいものであるものことを筆者はすでによくよく感じていたから、今回見て感じたのとほとんど同じように感じたのではないかと思う。原作は井伏鱒二とのことだが、井伏の小説はさほど読んではいないにしても、なるほどと思わせる内容だ。監督は豊田四郎で、3年前に『夫婦善哉』を撮って人気を得ている。そして『夫婦善哉』で主役を演じた森繁久彌と淡島千景を起用し、『夫婦善哉』の二番煎じ的な味わいを込めているのは、安易な行為と言えば言える。だが、森繁の演技はやはり天性のものを感じさせ、淡島の美人ぶりを見ているとそういう不満も消える。他の主要な登場人物としては、旅行会社で添乗員もする役柄のフランキー堺と、別の旅館の番頭の伴淳三郎がまず挙げられるが、森繁を加えてこの3人の喜劇役者が揃って仲のよいところを見せる点にこの映画の大ヒットがあった。さて、この映画は冒頭で東京上野の駅前をぐるりと鳥瞰的に映す。筆者は上野に詳しくないが、ちょっと歩いたところによると、今の上野駅前はさびれている。そして、この映画の舞台になった界隈はどこに相当するのかと思う。映画ではおそらくセットが造られ、そこで撮影されたはずだが、いかにも場末の感じがよく出ていて、中に「京城飯店 朝鮮料理」という大きな手書きの看板がよく見えていて、今のアメ横近くを何となく思わせる。そういうごちゃごちゃとした場所は今でも東京や大阪、京都には残っているが、駅前となると、地価の関係でもっと高層の建物を造り、そして多くの人々を出入りさせる必要があるから、旗を持って団体の客を旅館に連れて帰るといったことはもう上野にはないだろう。この映画の舞台になった旅館は修学旅行専門のような形になっていて、羽目を外す生徒の生態をいくつか描いていたが、それを見ているといつの時代でも同じながら、昭和時代の方がもっとみんなおおらかであったと思える。修学旅行生が米を1升持参し、旅館にわたすという光景があったが、これは筆者のように昭和20年代生まれの者ならば経験があるからわかるが、今の若い世代は理解に苦しむはずだ。この旅館には男子中学生から女子学生、女子工員、田舎の老人団体など、さまざまな人々がやって来るが、その中に、東京土産にロカビリーを見たいと言い出した老人客がいた。それに応えてフランキー堺が「今はもう少し流行遅れになりましたが」と前置きしながら、ロカビリーの格好をして座敷で激しい身振りを交えて歌う場面がある。やがて女子学生が参入して大騒ぎになるが、これはフランキーにとっての見せ場で設けられたはずだが、昭和33年当時、すでに日本でロカビリーが下火になっていたということがわかって興味深い。またフランキーの歌いぶりとその格好はプレスリー顔負けの派手なもので、ドラマーならではのリズム感のよさを思わせる。フランキーの動きに合わせてクラッカーが鳴り響き、色鮮やかな紙テープが次々と投げられ、またトイレット・ペーパーまで飛ぶという様子は、そのまま今の若者の熱狂にも通ずるもので、ビートルズ以前にそういう熱気があったことを今の若い人は改めて知るだろう。もちろん筆者は幼少の頃の、そうした大人の騒ぎをよく記憶している。また、フランキーの顔はまだまだ若いのが印象的で、後年『私は貝になりたい』でのシリアスな演技まで年月のあることを実感させるが、そんな役柄が回って来たのは映画の時代の変化もあるが、一方でクレイジー・キャッツの登場もあったからだろう。伴淳はもっと年配であったためか、フランキーほどの若さを感じさせず、東北のズーズー弁を巧みに操りながら、森繁との客引きの様子は今の漫才には見られないほどのテンポのよさと口調で、喜劇俳優としての才能の豊かさを痛感させる。そしてそういう伴淳もまた『飢餓海峡』ではシリアスな演技をするようになるが、喜劇ややがて悲しきというのを地で行ったような日本の往年の喜劇俳優たちは、今の使い捨て同然の吉本芸人とは違って、こうした映画によって今後も燦然と人々の記憶され続けるに違いない。
●『駅前旅館』_d0053294_14252465.jpg

by uuuzen | 2009-05-25 23:59 | ●その他の映画など
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時々ドキドキよき予告

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