歴史の長いものには途中で何度も伝統をつき崩す機会が訪れる。20世紀、そして特にこの20年の中国は、その長い歴史の中でも特にそうであった。

当代の美術を知るには作家の個展を見るしかないが、この展覧会は中国の当代の作家16人の集合個展だ。それによって中国の現在の美術の置かれた状況、特にこの20年の歴史を概観しようとするもので、すでにNHKのTV番組でも紹介されて馴染みの作家が全部含まれないなど、作家選別に関していろいろと意義もあろうが、それはこの機会を皮きりに今後期待しようということで、筆者はまずどういう内容かと期待して出かけた。東京から巡回し、この後名古屋に行くが、東京での評判は今ひとつではなかったと思う。大阪でもそれは同じで、欧米の現代作家に比べると数分の1という客の入りではないか。その第一の理由は、中国は日本より遅れていて、見るべきものはないという侮りだ。何しろ19世紀以降現在に至るまで日本は国力で中国を圧倒し、美術の分野でも比較にならないほどに進展したというのが日本の偽ざる思いであろう。それに戦後の共産中国に対する根深い蔑視があり、それはチベットの人権問題などが絡んで今なお中国軽視の風潮は大きい。だが、長い美術の歴史を思うと、日本はむしろ中国美術の圧倒的影響を受けて来た。西欧美術からの影響は一世紀そこらだ。それでも日本は瞬時に過去を葬り去ってしまうまことにあっけらかんとして何事も忘れやすい国民性であるので、日本がかつて中国の影響を受けたことなど、ほとんど今では誰も気にしていない。それより戦って負けたアメリカが断然格好よくて、現在の日本はアメリカの属州とほとんど変わらない文化状況にある。そしてそれを誰も不思議とも恥とも思わないどころか、ますますそれはひどくなっていて、ファッションや音楽その他、まるでアメリカの先を行く気配だ。日本は中国美術の影響をごく短期間に一掃し、それに代わって欧米並みの美術を消化したことを誇りと思っているから、いかに中国がこの20年ほどの間に経済成長し、しかも欧米並みの文化水準、生活水準に達したからといって、そこで作り出される美術は日本より1世紀は遅れたものと暗黙のうちに決めつける。つまり、欧米文化を基準とした場合、ある国がいかに過去に長い伝統文化を保有していようと、それはみなカス同然であり、少しでもそれを早く捨て去って欧米風を身につけることが成長だという考えだ。そのため、当代の中国美術を、どこか大きな田舎人の集まりの国が精いっぱい背伸びして、欧米文化のマネをしている程度にしか思わない。このことは韓国やインドネシアなどその他のアジア諸国でも同じで、とにかく日本こそが欧米に肩を並べ得る先進国で、そこで生み出される美術も今や欧米だけではなく、アジアにも大きな影響を与えているというのが大方の日本人の見方となっている。ここで注意しなければならないのは、日本が維新の際にヨーロッパの文化を摂取しようとした時、それまでの伝統文化を恥じて全部ゴミのように捨て去ろうとした人々と、そうではなく折衷を考えた人々があったことだ。結果的にそのふたつの流れが同時進行したが、折衷は言うは簡単だが、なかなか実行は難しい。そしてその難しかったことの格闘の歴史が、表向き欧米風には見えても日本固有の新たな文化となったことだ。いや、これとて異論はさまざまにあるが、以前の生活様式や考えをすっかり捨て去ることは土台無理な話であるから、いかに欧米を模倣しようとも、そこには不可避的に日本風の解釈は入り込む。その一種違和感が長年の間に独自の個性となって、影響を与えた国の側から目新しいものと受容されることはある。日本の今のアニメ文化はその最たるものだ。
それで、中国が経済力を身につけ、現代美術にも目覚めた時、そこには日本の明治維新の頃とは異なる条件がさまざまにあって、当然生み出される芸術も日本とはまた違ったものになるであろうことは、多少物を考える人なら誰しもわかる。つまり、欧米化が遅れても、それは日本がかつて試みたものを踏襲するとは限らない。抱え込んでいる最初の伝統文化が異なるからだが、まして日本に圧倒的影響を与えた中国であれば、日本が想像出来ないほどの膨大な文化の蓄積があり、それが現在と結びついてどのような変容を見せるかはとても予想不可能なほどだ。結論を言えば、国力が増して沸騰し始めている国の美術はどれも必ず面白い。歴史の繰り返しに見えてそれは必ずそうではない部分を抱える。そこを日本も謙虚に認識すべきで、現代美術という立場からすれば、今の日本はもう完全に時代遅れで、新しいものを何も生み出せなくなっているのではないかとさえ思う。そして、かといって伝統に回帰しようとしたところで、それはすでに何度も消化、反芻されたもので、新味のあるものを生み出せず、見るも無残な瑣末な状態にある。今や日本文化がアニメでしか文化的に世界に認められていないとすれば、そこに日本美術の置かれた状況が歴然とある。アニメという消費文化を売り物にして、さていつまで人気を保てるかを考えると、全く心もとない話で、何でもすぐに捨て去る日本は、この調子ではアニメ人気が衰退した後、もう何も誇るべき当代の文化がないという状態に陥っているのではないか。そうならないためにはどうすればいいかだが、結局欧米文化を吸収した以前、つまり明治以前の文化をもう一度見つめ直すしかないだろう。だが、そこには儒教や仏教など、これまた今とは異なる思想が盛んであって状況を知るべきで、明治に徹底してそれらを捨てた日本が美術だけ江戸に戻るというのもおかしな、そして不可能な話だ。経済が美術を支配すると考え、そのことに先手を打って市場を操るようなことも中国の当代美術では行なわれ、また日本でもその動きがあるが、しょせん見て面白いかどうかがまず命の美術として、あまりに見え透いた経済戦略を作家が掲げると、何よりまず鑑賞者は白ける。そこには美術に欠かせないロマンがないからだ。そのロマンを今の日本は美術家も持てないでいる。中国はその点どうかだ。中国は日本に支配された時代に、日本画の影響を一時受けたことがある。それらの成果はその後長く引き継がれることなく共産主義時代に入ったが、中国はヨーロッパだけではなしに、日本美術をも摂取したことは、中国文化の影響を受けていた日本がヨーロッパ美術の影響を受けることになったこととある意味では同じで、そう考えれば今回の展覧会の作家たちは、経済成長を背景に急に湧いた連中とばかりは言えず、しっかりそれ以前の、つまり共産国以前の美術の記憶もそれなりに受け継ぎながら登場していると見るべきだろう。また、言論の自由という観点からして、中国の美術家たちがそれをどう足枷として表現しているかという興味もあり、結局美術を通じてその国の現在がわかるから、今回のような展覧会は5年おきは無理としても、10年間隔で同様の規模で開催されることを期待する。そして、きっとそのようになると想像する。
前置きが長くなった。まずホアン・ヨンピン。80年代に海外から輸入された雑誌でデュシャンやボイスなど西欧の現代美術に触れた。それを中国美術とどう融合させるかを考えた彼は、『『中国絵画史』と『西洋絵画簡史』を洗濯機で2分間攪拌した』という作品を作る。これは2冊の本をどろどろに梳かして固めたダダ的作品で、ほとんど日本のアンデパンダン展出品作を見るような雰囲気があった。また、サイコロやルーレットにしたがって絵画に偶然性を持ち込むことも行なっているが、これは『易』の思想の産物であり、本家が持つ豊かな伝統を思い知る。偶然性はジョン・ケージが音楽に取り入れたが、それは『易』の思想からの影響であった。今度はそれを中国人自身がやろうというわけだ。今までさんざん欧米に文化搾取されて来た中国が、今からは自分たちの手に圧倒的な古典を取り戻そうということで、これは長い目で見れば実にスリリングな作品を生み出す可能性を秘めている。ワン・グァンイー(王広義)は、会場を入ってすぐに巨大な共産主義の兵士の彫刻が2点あった。北朝鮮が自由化したならば似たような作品を作る芸術家がきっと登場するだろう。こうしたキッチュとも言える共産主義的造形は独特の力強さと様式によって、ヨーロッパではファッション的に受容されて人気があるが、中国の美術家はそこに暗に風刺を込めているのかそうでないかは判断が難しい。ともかく王広義はそうした共産主義の兵士像が欧米の作家には絶対に作れないものであることをよく知っていて、それを共産主義国家のプロパガンダの文脈に連なる造形で見せるのではなく、欧米の現代芸術を一旦知ったうえで、そのフィルターを通す。やはり日本では生まれ得ない作家だ。表面上似た作品は簡単に誰でも作ることが出来ても、その作家の背景まではまねが出来ない。この点をよくよく考えるべきだが、日本ではこれが特に忘れられやすい。ジャン・ペイリー(張培力)はビデオ作家だ。体を掻き続ける映像、割れた鏡をつなげる、あるいは鳥を石鹸で洗い続けるなど、見ていて退屈なのはわかっていてもつい見続けてしまう。抑圧を主題としているというが、中国政府への暗黙の抗議か。ディン・イー(丁乙)は最初はパフォーマンス・アーティストだったが、絵画に転身して、タータン・チェックの生地上にその格子に沿って模様を描く。抽象絵画だが、中国にもその流れが興っていることを示す例だ。ジャン・シャオガン(張暁剛)は「シニカル・リアリズム」の画家で、美術館でもらったリーフレットによれば、この言葉は中国の美術評論家リー・シェンティン(栗憲庭)が生み出したもので、文化大革命の理想主義やヒロイズム、政治性から遠ざかり、冷やかに世間を傍観する制作態度とのことだ。張暁剛は古い家族写真をもとにそれを大画面に引き伸ばして描くが、そこに見える顔は中国人ののっぺりとしたもので、そこがたとえばアメリカのアレックス・カッツとは違い、もっと暗くて静かだ。油彩画には陰影の濃い欧米人が似合うという概念を覆すもので、一度見れば忘れがたい。それは世界中どの国の人々でもそうなのかどうか。おそらくそうだと思うが、それは張暁剛に力量があるからだ。ファン・リジュン(方力鈞)は「シニカル・リアリズム」の代表的作家とされるが、日本でもかなり有名で、美術ファンなら彼のことを中国画家の代表と思うのではないだろうか。不気味さが漂うのは張暁剛と同じながら、ルネ・マグリットやウィーン幻想派を思わせる画面の明るさがあって、絵画市場では高値で取り引きされる代表格に思える。
近頃の美術の特徴だが、今回も映像作品が目立った。そしてそれらは面白かった。まずマ・リウミン(馬六明)はほとんど女性かと思える顔で、それを生かしたパフォーマンスをする。裸を惜しげなく見せ、女装もするが、パフォーマンスは謎めいた儀式のようで、それを記録する映像は90年代のものであった。となれば今は老化して両性具有的な妖しさは減少しているかもしれない。その意味で伝説的存在になりやすい。ロック・スターと似た観点で考えるべき作家かもしれない。もうひとり素っ裸でパフォーマンスをするのがジャン・ホアンで、筆者はこの作家が今回最も印象に強かった。全裸で公衆トイレに入り、全身蠅だらけになってそのまま池に頭まですっぽり漬かって終わりという映像と、北京郊外の大きな池の周囲に多くの男性を集めて、一斉に静かに池に入って向こう岸にわたるというなかなかのんびりとして豊かな映像、そして全裸で鎖で天上から吊るされ、医具によって抜かれた血が真下の熱した鉄板上で焦げた固まりになる過程を撮影した3本を見たが、3本目は横にいた若い男性が吐き捨てるように、「こんなんやって何の意味があるのや」と小声で言ってすぐに立ち去った。なかなかの意見だが、それを言えばおしまいで、芸術など最初から何の意味もないし、人生も人間もすべてそうだ。そしてそこに意味を見つけるのが人間であって、筆者はジャン・ホアンの坊主頭の面がまえがなかなか鋭くて気に入った。リーフレットによると、今はスタジオを持って巨大な絵画を描いているというが、ぜひ見たいものだ。スン・ユァンとポン・ユゥは、20台ほどの電動車椅子に各国の衣装を着せたリアルな人形を置き、それを勝手に自動で動かし続けるという作品を出品していたが、これはかなり衝撃的で、最初見た時、本物の老人たちが眠りながら車椅子に座っているのかと思った。そして車椅子はぶつかりそうになるとセンサーがついていてそうならないように仕組まれいるが、時々鑑賞者の目前までやって来る。その時、人形だとわかっていながら、女性はキャーと発しながらその場を逃げ去っていた。また同じ作家の大きな部屋の壁際には踏み台があった。そこへ行くと壁に小さな穴が開いている。そこを覗くと、向こう側に目があって、これもまたキャーものだ。この目の正体は隣の部屋に行って壁の裏側を見れば了解する。そこにはひとりの等身大のイスラム過激派兵士が穴から向こうを覗いているのであった。ビデオ・アーティストには若手も育っていて、1978年生まれのツァオ・フェイ(曹斐)は今回最年少の作家で、ミュージックビデオ的な映像作品を二点出品していた。一点はラップを踊る北京の老人や若者、婦人を取り上げ、ちょっとしたドラマを構成していた。リズムがあるので、この映像作品はどの国の人が見ても楽しめるだろう。また会社員を犬に見立てた音楽つきでドラマ仕立ての映像もあったが、風刺を遊び心とともに描く手法は若さをよく伝える。ヤン・ジェンジョン(楊振中)も映像作家で、一部屋の長い両壁全部を使用したマルチ・スクリーンによって、世界各国の人々に「わたしは死にます」という言葉を現地語で喋らせていた。よくある手法でさほど感心はしないが、戦慄を覚えるとすれば、そこで映し出される人々は年を重ねるごとにこの世からいなくなるという事実と、仮にこの世からそれらの人々がいなくなったとしても、別の人が同じようにその映像になり代わるという人間の無名性と連続性だ。ヤン・フードン(楊福東)も映像作家で、同じようにマルチ・スクリーンを使用して同時に異なる映像を映し出していた。こちらはモノクロで、中国の奥地であろうか、見慣れない景色と衣装の人々が出演していたが、時間がなくてあまり見ていない。シュー・ジェン(徐震)は、大きなフィットネス器具を組み合わせた巨大なロボットのようなオブジェを展示していた。これは1時間に一度だったか、時間が来なければ動かないもので、残念ながら筆者が前に立った時はじっとしたままであった。以上紹介していない作家もあるが、この20年間で多様な展開をして来た中国の当代の美術の紹介としてはとても意義があった。この3、40年ほどは、中国美術と言えば紫禁城内の美術の紹介か、古代の発掘品がほとんどであった。そうした長い伝統と今回の展示は全くつながりがないようにも見えるが、「当代」がさらに数十年、数百年続くと、また全く新しい美術の歴史が形成されているはずで、底の深い中国美術が今後どのような展開を見せるかは日本も注目すべきであろう。そこには現状打破のヒントが隠されていると思える。