喉を痛めた。話せば長いことになるか。だが、簡単に書いておこう。
10日ほど前のこと、昼間、玄関でピンポンが鳴った。表に出ると、黒の汚れたダウンジャケットを着て、汚れた真っ黒なマスクをしたおばあさんが立っていた。「わたしホームレスをしています。食べ物がなくて困っています。何か食べ物かお金でも恵んでください。」 即座にそのおばあさんのことがわかった。10日ほど前、毎晩散歩がてらに行く遠方のスーパーへの道のりで、そのおばあさんは大きく膨らんだビニール袋をたくさん積み込んだ乳母車をバス道の端、といっても半分車道にはみ出た形で堂々と停めていた。連続4日間ほど、同じ場所でだ。おばあさんの白髪頭はボサボサ、歩く速度は筆者の10分の1で、足が悪い。そのおばあさんが、昼間に何と2キロ近くも歩いて筆者の家までやって来たのだ。当日は天気がよかったが、順に1軒ずつ訪問しているようであった。言葉使いからして、かつてはなかなかしっかりと生きていたような感じがある。おばあさんの言葉に面食らった筆者はそのまま台所に行って、目についた残りみかんを3個手に取った。すぐに戻ってそれを手わたすと、素直に喜びを表わし、「どうもありがとうございます」と言った。すぐにまた台所に取って返し、今度は干し柿とスルメの焼いたものを手に取ってまた外に出た。するとおばあさんは2軒隣りの改修中の家を訪れ、筆者に言ったことと同じ内容を繰り返している。だが、当然のことながら追い払われた。すごすごをおばあさんは去り、その家を振り返りながら、「冷たい人は……」といったことをひとりごとしている。筆者は手にした干し柿とスルメを持ちながら、おばあさんを追わなかった。その後1000円でもあげればよかったかなと悔いた。こういう話を誰かにすると、まずこう言う。『そのおばあさんが味をしめて毎日やって来たらどうする?』 確かにそうだが、そこまで冷静に考えることは出来なかった。またこうも言われるかもしれない。『そのおばあさんが味をしめてやって来ると、近所の人たちが困る』確かにそうだろう。だが、見るからに病弱なおばあさんホームレスが目の前にいて、何か恵んでくれと言うと、冷たく無視出来るだろうか。筆者はきっと普通の人からは馬鹿だと思われる。今の日本ではそういうホームレスを無視する者が賢い常識人であることは間違いがない。そして、筆者のような人間は偽善者と言われるに決まっている。
さて、そのおばあさんがやって来た夜から筆者は咳がひどくなった。本当にひどい咳で、生まれて初めてと言ってよいほどだ、咳のたびに体が天井まで届くほど肺全体や体が揺れる。これが1分に1回ずつ、寝ている時もであった。そのため、すっかり睡眠不足になり、また体力も消耗した。だが、筆者は厳然として病院には行かないし、薬も飲まない。そのまま3日過ぎた。熱はない。痰も出ない。ただ咳だけが恐ろしく際限なく出る。ついに3日目の夜、いつもの散歩道の途中、つまりおばあさんにの乳母車のあった近くの病院に行った。診察券を見て受付けは驚いたようだ。筆者の診察券は紙製で、それはもう5年ほど前に使われなくなっている。そのため初診者扱いだ。それはいいとして、診察してもらうと、平熱であり、心配ないとのこと。薬を4種3日分もらって帰った。その薬を言われたように飲み続け、ちょうどなくなった頃、つまり三日前の夜、咳はほとんど出なくなった。その代わり、痰が少し出る。喉は相変わらずイガらっぽいが、とにかくひどい咳は治まった。今は1年で最も寒い頃であり、まだ油断は出来ないが、部屋の乾燥し過ぎを防ぐなり、どうにか防御態勢はわかったつもりでいる。ところで、先日の咳がどこからやって来たのかと思うと、おそらくホームレスのおばあさんに対面して話をした時ではないか。おばあさんから移ったというのではないが、あの用をなしていない真っ黒に汚れたマスクを見た時、ホームレスの過酷さを実感し、それがショックで咳が出始めた。筆者はまだ温かい布団の中で咳込んでいたが、おばあさんは冷たい雨降る真夜中、どこかの軒下で震えながら眠っている。一昨日、数日ぶりでおばあさんの乳母車が停められていた界隈を歩いたが、姿はなかった。きっと別の場所に流れて行ったのだ。どこでどう行き倒れても、誰も何も注意を払わないだろう。そんなおばあさんでも、生まれ立ての赤ちゃんの時もあったし、恋する季節もあったろう。人間はどこにどう流れて行くかわからない。予想もつかない、夢にも思わなかった姿形、あるいは生活ぶりに気づくというのが人間だ。筆者はぼんやり考えている。あのおばあさんを温泉にでも入れて、全身すっかり清潔にしてやることは出来ないものかと。だが、そんな姿になってまた寒空の下に放り出されると、その方がもっと惨めか。
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2008年02月16日●第 120 話
今日、マニマンは電車に乗ってまた調べ物に出かけました。土曜日なので、ビジネス街は休みで、大通りはがらんとしていました。柔らかい陽射しが気持ちよく、ちょっとした旅行気分になりました。大きな寺の横を通りががる時、境内からゆったりとした音楽が流れていました。シンセサイザーの音だと思いますが、決して耳障りではなく、心に静かに染み入る感じがして、一瞬天国の音楽のような気がしたほどです。信号をわたる時、交差する通りの遠くに目をやると、その突き当たりの大きなビルの屋上に巨大な黒い玉が乗ってました。そこまで500メートルはありますから、先を急ぐマニマンは写真を1枚だけ撮りましたが、いったい何の目的であのような黒玉があるのかとても気がかりです。アマゴッタの黒玉の大親分といった感じで、もしも屋上から落下して転がると、あちこちのビルがボーリングのピンのようにガシャガシャと倒れてしまうのではないでしょうか。また、黒のマニマンに親しみを感じて、こっちに向かって来るかもしれず、そうなればマニマンはスルメみたいにペチャンコになって2次元の存在になってしまいます。