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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●書き初め
たさで夜中に目が覚めた。トイレに立ってまた寝床に入ると次は長い夢を見た。そしてまた目覚めると、窓の外に雨音が聞こえた。冷たい雨だ。



そういう題名の歌があったと思うが、正月早々思い浮かんだ言葉が「冷たい雨」とは、何だか1年の予感めいて面白くない。まずは去年の元日にブログに書いた文章を読み返してからこれを書こうと、昨夜は考えていた。だが、パソコンにスイッチをいれて画面を見るのは面倒だ。そうしないでいつものようにワープロに向かってまま書くが、その「書き初め」がどう話が転んで行くのか、自分でも皆目予想がつかない。さて、去年の正月は家族3人で伏見稲荷大社に初詣でに出かけ、籤を引くと、大吉が出た。筆者はあまりいい予想を信じないし、いいことがあってもその後にきっとろくでもないことが待っていると、いわゆるマイナス思考で物事を考えるが、それは今まで何か期待してもさっぱりそれが満たされなかったことによる。先日も家内に話したが、筆者は母親から褒められたことが一度もない。学校でどんなにいい成績であってもそうであったし、たとえば友禅の世界に入って作品公募に応募し、大賞の100万円をもらったとしてもそうで、母親の価値感は今も筆者にはよくわからない。人より秀でたことをしても子を褒めないでいると、子としては何を目的としていいかわからず、かなりいじけた性格になると思うが、それは自分を振り返ってのことだ。世間がもてはやすものは冷やかに見るし、自分で納得しないことには大天才と言われる人の業績にも賛同したくはない。このことは何度も書いたが、たとえばベートーヴェンやレンブラントが世界一偉大な音楽家や画家とよく言われるとして、そのことを中学生の頃に何かの本で読むなりして、ほとんどベートーヴェンやレンブラントの作品に接したことがなくても、彼らを偉大と思い込む場合は少なくない。筆者はそうではなかった。今もそうだ。自分がわからないものをなぜ賛美することが出来るか。その無批判の賛美はやがて権力賛美につながる気がする。だが、当のベートーヴェンやレンブラントはむしろその正反対の人格と人生で、権力などクソ食らえと思っていたはずだ。この事実は勘の鋭い中学生ならば即座に理解するが、たいていの子どもは権力好きでそれに弱いから、すぐさま何か立派な装丁の本に毒され、古典と称されるものの本質を何ら垣間見ることなく、それを全面的に信頼して同調してしまう。そして、古典は世間的に権威として広く認知されているから、その子はさも自分が世間の立派な見方をそのまま受容出来たことに自惚れる。そしてその子はそうした古典から外れた存在を見下し、鼻持ちならない人格になる。だが、世間の価値感と一致しているので、その子はさも王道を歩くかのように人生を行くだろう。一方、褒められなかった子は、偉人の偉大さを理解出来ない人物として、ひとり孤独に裏街道を進むことになる。だが、その裏街道と呼ばれる道こそ、すべての古典となった人々が歩んだものなのだ。そのことをよく知っている子は、したがって本当は少しも孤独ではなく、さも勝ち誇った顔をした権威好きで、何もわかってはいない子を内心軽蔑する。
 去年のいつだったか、ある人から筆者は「狂気だ」と言われた。それは筆者の生活ぶりを見てのことで、揶揄の思いが多少込められていた。筆者はその言葉を全く否定しなかったどころか、全肯定したが、その裏に生き方の覚悟というものを込めたつもりだ。だが、筆者を狂気と言った人にそれはわからないだろう。ザッパは人から狂気と言われた時、逆にその言葉を発した人こそ狂気だと返した。この意味は、ザッパのようにサラリーマンにならず、つまり誰かから給料をもらわず、自分で稼いで生きている、そして創造的活動をしている人物ならば誰でもよく理解出来る。生き方が異なる者はお互いを狂気を思いがちだが、それをよくわかったうえで、自分と生き方が違う人物を見る方がよい。次の話は書かないでおこうかと思ったが、話の流れで思い出したので書くことにする。二、三年前、筆者が何度か昔会ったことのある妹の友人の男性が自殺した。子どもがふたりいて、どちらも小学生か中学生だったはずだ。その男は一流企業のサラリーマンであった。高校時代はクラスで成績は一番で、絵も抜群に上手、みんなから将来を嘱望されるほど優秀であった。本人も絵の道に進みたく思い、とある有名な芸大を目指したが、浪人しても合格出来ず、結局芸術の道を断念した。その直後だったと思うが、筆者はその男とある席で久しぶりに出会い、そのことを耳にした。男が言うには、両親の面倒を今後見なくてはならないので、芸大に進むことはせずに、普通のサラリーマンになるとのことであった。それは他人を説得するに充分な言葉に響くと男は思ったのだろう。だが、筆者は即座に「嘘をつくな」と一喝した。確かに長男であるので将来は両親の面倒を見る必要はあるだろう。だが、当時はまだ両親は40代半ばのはずで、そんな若い両親の将来を心配するより、まず自分の将来をしっかり考えろと筆者は言った。そして、両親の面倒を見る必要があるので好きな芸術の道を断念するといった言葉を発するのは、芸術への道を進むことへの不安から出るものであり、そもそもそういう言い逃れを他人に向かって言う人物は、どうせ芸術の道に進んでもたいした人物になれるはずはないとまで言った。これはかなり辛辣かもしれないが、筆者は4、5歳年長で、しかも当時筆者は曲がりなりとも自由業で生きていたので、男を勇気づけるためにもそういう言葉を発した。すると、予想外にも男は黙って下を向いて涙を流した。それきりその話は終わったが、その後聞いたところによると無事サラリーマンになったとのことで、それはそれでよかったと思っていた。ところが、結婚し、子どもまで作りながら、自分で首を吊った。サラリーマンの狂気を選ぶより、筆者のように貧乏のどん底であってもそれを笑っていられるような「狂気」の人生を選んでいた方が、その男にはきっとよかったのだ。人間は何が我慢出来て、何を我慢出来ないかを考える必要がある。それを見誤ると、後で大きな後悔をする。いい服を着て、いい物を食べ、美しい若い女社員たちに囲まれた会社生活がいいのか、その反対に自分の好きなことだけやろうとする精神の自由がいいのか。当然前者を選べば家庭円満で子どももひとまず不自由なくすくすく育つが、後者はたいてい結婚はままならず、周囲から非難の目を絶えず浴び、しかも来月の税金をどうして支払おうかということにもなり兼ねない。まして有名になるなど遠い夢で、すぐにそんなことは忘れる。他人から見れば変人か狂人、社会のろくでもない人物の見本だ。先の男にはそういう人生を選ぶ覚悟がなかったのだ。芸大を出なくても芸術はやれるし、一流企業のサラリーマンにならずとも、それなりに自信を持って楽しくやって行くことは出来るというに。そしてその男が筆者のように生きていたなら、今頃きっと酒を交わしながら笑って過ごしただろうに。
 今年は去年からの不景気を引きずって、さらに楽しくやって行くことが難しくなる予測がある。今思い出すのは、最近TVで見た一般人が投稿した映像だ。鳩の群れが大映しされたもので、鳩はみな首をすくめて地面でじっと動かない。粉雪が舞っているのだ。鳩にすればそうすることで少しでも寒さをしのごうというわけだ。その動物の本能はなかなか教えられるものがある。鳩は寒さの中でじっとしていても少しも楽しくないに違いないが、無闇に羽ばたいてエネルギーを消耗するよりその方がよい。そんな極寒の時もたまにはあるのが世の中だと鳩は知っているはずで、人間もそれを見習って、不景気の時はじっとしていればいい。だが、鳩にしても空腹を長く続けることは出来ず、どうにか食べ物を探す必要がある。人間もそうで、じっとしていよと言われても、空腹の我慢は出来ない。それは当然だが、最低限食べることはどうにかするとして、後のことはみなどうでもいいというぐらいに物事を考えればいい。楽しみのレベルをうんと引き下げることだ。物事は考えようで、筆者はよく現代ではなく、江戸時代やもっと以前の人間の生活と比べては、今は貧乏だといっても、何と便利で贅沢なことかと思うことにしている。とはいえ、なかなかいつもそうとばかりは思っていられないのが人間の悲しいところで、実は今朝見た夢は筆者の深層心理をよく示し、目覚めた時に何とも後味が悪かった。次に簡単にどういう夢だったかを書く。筆者はガランとして薄暗い大広間にいる。そこは筆者がかつて勤務していた会社の親会社の内部だ。誰もいないと思っていると、遠くからちらほら男女が出て来る。みんないかにも優秀な会社員で、親会社に勤務しているのだが、筆者は親会社がそのような優秀な人材を抱えていることを初めて知る。彼らは筆者を見て、どこの誰かと質問する。筆者は子会社の人間だと言うと、同じ仲間と言わんばかりに歓迎される。そして筆者は、社長がアメリカに移住し、今は親会社も小会社も社員がどうしていいのかわからず困っていることを察知する。ところが、会社は社長がいなくても無事に経営が出来ているようであるので、社員の誰が会社を健全に引っ張っているのかとある人に質問すると、数十人の人の中から、二、三人が半ば恥ずかしそうに自分だと言わんばかりの表情でそれに応える。その人々を見て筆者はなるほど、いかにもやり手の雰囲気があって、これなら社長がいなくてもうまく行くなと思う。次の瞬間、筆者の眼前に、かなり高価そうな、変わったデザインのジャケットを着た40歳ほどの男がやって来てソファに座る。筆者は急にその人物の給料が気になる。親会社と小会社とでどれだけ差があるか確認したかったのだ。すると、何と年齢は10数歳も違うのに、その男の給料は筆者の倍であった。その男は気の毒そうに筆者を見るが、筆者は自分はどうせ小会社の人間であるし、会社にとって経済的にほとんど貢献もしていないのでそれは当然と思って自分を慰める。以上がだいたい粗筋だが、露骨にも給料の夢を見たのは生まれて初めてのことだ。筆者はよほど金欠に陥っていることを内心不安に思っているのかもしれない。だが、夢にあるとおり、それは自分の働きや存在からして当然で、誰のせいでもない。
 数日前に母に会った。母は妹夫婦と一緒に海外旅行で正月を過ごしているが、筆者は同行を勧められたにもかかわらず、パスポートも金もないので話には乗らなかった。それにまずやるべき仕事も詰まっている。それはいいとして、母とはめったに話さないことをその時話した。母は筆者が経済的にかなり困窮していることを知っているが、それは昔からのことなので別に気もとめない。そうそう、最近親類から言われたが、筆者はどこから見ても金欠には見えず、いつも朗らかで楽しく人生を送って堂々としているように見えるらしいが、母もそれはよく知っており、筆者が以前にも増して今は経済的に苦しい状態にあることを知っても、同情の片鱗も示さず、「雨をしのげる自分の家があって、物乞いをしなくて済むのであればそれで充分」と言う。まさにそのとおりだ。その言葉に筆者は勇気づけられる。これがもし「もっとしっかり働いてどうにかしろ」とはっぱをかけられれば、筆者は失望するだろう。筆者は母に心配をかけるつもりはないから、経済的に苦境にあってもお金を借りるなど夢にも思わないし、その経済的苦境のことを笑いながらちょっとした話題のひとつとしてさりげなく言うだけだが、親子であるのでそのあたりのことはお互い深く立ち入らずともよくわかるのだ。筆者の友だちに仕事がうまく行かなくなった者が何人かあるが、その途端に音信不通になるか、あるいは冷たい言葉を送って来たりした。だが、それは間違いではないか。長い人生、誰でも経済的によくない時もあればよい時もあるものだ。よい時に機嫌がよく、よくない時に不機嫌では、情けない話だ。確かにそれまでうまく回っていたことが一気にそうでなくなるのであるから、心配になるのは理解出来るが、それをそのまま抱え込んでしまっては体が持たないだろう。お金があろうとなかろうと、同じ気持ちで淡々と生きるのが男というもので、ちょっとばかし生活が貧しくなるとしても、それがどうしたというのか。子どもの教育もろくに出来ないかもしれないが、別に大学を出さなくてもいいし、子どもは子どもでしっかり生きて行くものだ。子どもにとって一番辛いのは、父親が経済的苦境に立って、人が変わったように不安におののく姿のはずだ。そうは言っても、日本では親子心中は増加の一途をたどり、その理由の一番は経済的悪化だ。風が厳しい時は、鳩のようにじっと耐えているのがいいのに、その耐えることにもお金が必要という人間の不自由さが前に立ちはだかる。
●書き初め_d0053294_14301731.jpg

 正月早々暗い話ばかりになっている。これも天気のせいにしておこう。伏見稲荷大社で引いた籤が大吉で、去年1年が自分にとって本当にそうであったかと自問すると、いいことは何もなかったが、無事過ごせたことはやはり大吉であったし、また長年かかっている仕事も順調にはかどり、その点でもそうであったと言うしかない。大吉がジャンボ宝くじにでも当たることかと思うほど筆者は夢見がちな人間ではない。むしろ、先に書いたように物事は何でも悪い方に考えている。そうすれば,思いもかけないよいことに多く遭遇出来るものだ。よいこととは、ちょっとした出会いで充分であって、そうした日常の些細なことを『おにおにっ記』にしたためているつもりでいる。幸福などしょせん身の周りの、他人にとってはどうでもいいような事柄の中に潜んでいる。芸術というものもそうだ。どこか遠くへ旅して初めてそのきっかけが見つかるというものでもない。何でもないような日常の断片に無数に散らばっているものだ。そのことに気づくにはそれなりの年月がかかるし、またわからない人には生涯わからない。筆者は何をしている時が一番楽しいのかと、たまに家内に訊ねられることがある。よくぼんやりと虚空を見つめているからことが多いからだ。そして、我に返った筆者はその質問をよく考えてみるが、答えはよくわからない。いつも楽しいと言えばそうであるし、人生など詰まらないことの連続と言えばそうとも思えるからだ。だが、しいて言えば、気の合う人と話をしている時だが、そんな機会はなかなかない。たいていの話相手は筆者にとって実に物足りないか、癪に触ることが多い。また、芸術をやっている人であれば誰でもよいというわけではなく、むしろ芸術家を気取っている連中と話をするくらいならば、そこらのおばさん相手に喋っている方が100倍楽しい。筆者がそのように芸術がらみの話をして楽しかったのは平安画廊だ。中島さん相手に、あるいは中島さんから紹介される初対面の版画家相手に、とにかくアドリブで次から次へと話に花が咲く。そうした時間は筆者にはとても充実感があった。その平安画廊は去年末で完全に店じまいをしてしまった。平安画廊を使っていた版画家たちはまた別の画廊を使用することになるが、そこが平安画廊と同じようなくつろいだサロンのような空間になる可能性はないし、たとえそうなっても筆者はそこへは出かけないだろう。中島さんが亡くなってから画廊には3、4度行った。そこで中島さんが40年座り続けたソファの位置に初めて座らせてもらって、中島さんが見続けた寺町通りの光景の写真を記念に1枚撮った。その写真は筆者の20年来の平安画廊での思い出を封印するにふさわしい。サロンを形成して自分の周りに多くの人を寄せつけることは、何よりその人の魅力に負うところが多く、またある種パトロンとなるだけの経済力と時間が必要だが、残念ながら筆者はそのどれもが欠けていることをよく知っている。そこで筆者が出来ることと言えば、こうした雑文を連ねて誰が読むかわからないブログに載せる程度だ。だが、それでもいいではないか。こうして元気でいることの証としてはこれ以上に勝る手段はない。とはいえ、これも飽きが来れば即座にやめる。それが明日か10年先かはわからないが、今思う存分やっていられるだけでよい。
●書き初め_d0053294_14305254.jpg

by uuuzen | 2009-01-01 14:31 | ●新・嵐山だより
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