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●アルバム『ONE SHOT DEAL』解説、その4
化し続けた「INCA ROADS」のギター・ソロは、ザッパの他の曲と合わせて、ザッパ曲の編年性の指標になるが、年を経ても基本的に変わらないものが当然ある。



でなければ「INCA …」やその他の曲のギター・ソロとして同定出来ないからだ。だが、「INCA …」のソロが「TOAD-O LINE」として発表された時、本来の演奏速度がテープ回転を早めたために調性が変わり、「INCA …」のソロとは言えないものになった。それでもなお、同曲とわかるのは、ソロが終わって同曲の主題が奏でられるからだが、それだけが理由とばかりも言えない。それはソロにおけるどこか耳慣れたフレーズがあることだ。だが、それはザッパの手癖に属するもので、他の曲のギター・ソロでも出現する。そういう部分も確かにザッパには多いが、最初「INCA …」用のソロとして演奏したものは、その後も同曲の主題から導かれる、つまり同曲の変奏という側面が、仮に現実的にはほとんど聴き取ることが出来ない場合でも、ザッパの意識内には当然あるはずで、それがテープ回転数を変えたところで、音の連なりの中から浮かび上がる。ザッパのギター・ソロに耳慣れると、明らかに基本とする音を持った調性音楽であることを認識する一方、それが通常の長短の調整音楽ではなく、しばしば教会旋法に沿ったものであることに気づき、たとえば電車の中で適当に「INCA …」のソロを思い出して響かせると、それはザッパの演奏とは違うメロディであっても、同質のものとなっていることに気づく。つまり、正確にザッパのソロの一部始終を記憶しなくても、そのソロが使用する基本的な旋法、音階を記憶すると、後はそれにしたがって自分のソロを想像、あるいは創造することが出来る。筆者は電車の中で、あるいは外出時にウォークマンの類を使用したことがないが、それは、音楽がなくても頭の中で自在に即興音楽を響きわたらせることが出来、またその方が楽しいからだ。もし、筆者の脳裏にその時鳴りわたっている音楽を、他人が聴き取ることが出来るように抽出することが出来れば、それはザッパのギター・ソロにそのまま対位法的に重ねて矛盾を生じないものであるに違いない。これは、ピアノなりギターを、脳裏にメロディが浮かんだ瞬間に演奏することが出来る才能があれば、ザッパのバンドのメンバーになれることを意味するが、楽器をそのように自在に操れるようになるには、練習、練習、練習であって、筆者にはその時間も才能もないので、脳裏に音を漂わせるだけで満足するしかない。
●アルバム『ONE SHOT DEAL』解説、その4_d0053294_0114673.jpg

 さて、ここで重要なのは、筆者がザッパのソロと同じ旋法に沿った頭の中で思い浮かべるメロディなるものは、それを煮詰めた際、おそらく筆者独自のものはほんのわずかしかないであろう。そして、それにどのような価値があるかを考えると、そこに音楽の本質の大きな問題が浮かび上がる。それは、ザッパのソロはギターという楽器によって、しかも独自の練習の積み重ねの中から見出したものであって、それを聴くことで学んだ筆者の頭の中における創作は、結局のところ指を介したものではなく、あくまでも空想の産物であるという現実だ。その空想をそっくりそのままの形で他人に聴かせるものにするには多大の練習が必要であるし、仮にそれをこなして自分の思いどおりの音が出せるようになったとしても、それは指を使って練習をしたため、当初思っていたものとは異なっているであろうし、ザッパのソロの亜流に終わっているかもしれない。なぜ、こんなことを書くかと言えば、このイメージの中にあるギター・ソロとは『ジョーのガレージ』における大きな主題であるからだ。同アルバムにおいて、ザッパはジョーという架空のギタリストを設定し、その人物がどういう末路をたどるかを三幕のオペラ風にまとめ上げたが、そこで示されているザッパの真の狙いが何かとなれば、そのひとつに筆者の上記の考えもおそらく含まれる。ザッパの曲を聴いて、自分もそれ風のメロディを脳裏に漂わせていつでもひとり楽しむことは出来るが、それとザッパのソロとの距離は、ほとんどゼロに等しいほど近いようでいて、宇宙的な距離ほど遠い。簡単に言い替えれば、誰でも想うことは簡単だが、それを形あるものし、しかも他人を感心させるのは大変で、それには練習、練習、練習があるのみということだ。才能があり、それを多大な時間を費やして磨き上げ、しかも毎日練習を欠かさない。そういう人物にしか、人の脳裏に作品の空気を頭の中に伝染させ、楽しませることは出来ない。誰でもエレキ・ギターを買ってザッパのソロと似た音を発することは出来るし、その音に自己陶酔出来るが、他人に感動を与えるとなると話は全く別問題で、恥晒しをしていることすら思わない鈍感な連中は多いだろう。ザッパ風なメロディが多少演奏出来たとしても、それにどういう意味があるかとなれば、ザッパに及ぶはずがない。教会旋法を基本にしたギター・ソロをなぜザッパがしばしば奏でたか。それはジャズから学んだものである一方、幼い頃に聴いたカトリック教会のオルガンや歌声の記憶があってこそだ。そういう土壌から生まれて来たザッパの音楽を、いくらこの極東で模倣しても、それは猿まねに過ぎないものになる。先日テリー・ライリーの歌声が、ザッパのギター・ソロを聴いている気分にさせると書いたが、それは教会旋法や宗教音楽という要素との関連があるからで、同じ意味において、筆者はイスラームのコーランを聴いていると、いつもザッパのギター・ソロを連想する。ザッパの音楽はありとあらゆる方向に開かれており、そこからはさまざまな文化論が繰り広げられる。

●2003年3月10日(月)深夜 その2
●アルバム『ONE SHOT DEAL』解説、その4_d0053294_0121977.jpgところで、こうして書いていて『本当の物語』の時とはちょっと気分が違うことを感じている。『嵐山だより』として去年4月から9月までの日記が工作舎のホームページに順次公開予定ということが今のところ決まっていて、それを思うと改めて緊張感が増すためだ。インターネットを自宅で始めて気づいたことは、誰でもホームページが持てて、そこに文章や絵、写真など何でも載せられるという事実だ。それは私的ではあっても、形式的には公にすることだ。工作舎といった会社のホームページから個人のホームページへと画面を切り換えていると、インターネットの画面はみな同じ比重があるように思える。それはもちろん錯覚で、読んでいても時間の無駄と思えるつまらないホームページは多い。いや、むしろほとんどの個人のホームページがそれに近く、微細で肝心な情報はほとんどないが、自己のホームページを持つすなわち情報を公にしているという事実が、ホームページの所有者の意識に妙に作用して、あたかも自分がそこそこの有名人か何かのように思えて来はしないかと、これまた妙なことを考えてしまう。それを煽るのがホームページに何人がやって来たかを教えるカウンターだ。カウンターの数がたとえば10万を越えると、100の人よりかは有名人だと自惚れることにはなろうが、10万になったからといって当人が本当の有名人かどうかは保証がない。しかしホームページはそれを好んで所有している人に一抹の夢を与え続けるので、それはやはりいいことだ。それにひょっとすれば人との面白い出会いもないとも限らない。話を戻すと、こうして書いている日記が自分のホームページではなく、工作舎のそれに載るという事実は、自分勝手に何でもやってよいのとは少し違って、責任のようなものが覆い被さる点で、書く態度に以前とは違う緊張感がある。とはいえ「前と全く同じで、のんべんだらりとした文章ではないか」と批判もあるだろう。また、緊張感めいたものがあるとはいえ、書く内容に自粛が生ずることはないと断っておく。それに筆者がもし自分のホームページを持つと、おそらくこんな日記など書いて載せることはしない。この日記はかなりの面で、義務感からやっている。サービス精神と言い換えてもよい。自分のホームページに自分でサービスなどするつもりはない。そんなサービスは他の作品づくりで充分に繰り広げられるからだ。だが、ホームページで公表するものが即作品という場合にはサービスのし甲斐もあるし、それは否定しない。ま、自分にもインターネット・ライフが始まって、それがあれこれにどんな影響を及ぼすのか、こうした文章行為もその面白い検証になるだろうといった思いがあり、それがまたこの日記再開のちょっとした原動力になってもいる。今、時計を見ると2時だ。まだ書いてもいいが、明日は朝からかなりあちこち歩く予定で、しかも夜にはまたドイツ文化センターでブレヒトの映画を観ようと思う。それでもう寝ることにする。そうそう、昨日は神戸の王子公園に行ってまず県立美術館で、そして三宮に出て今度は博物館で展覧会をはしごし、夕食をせわしなく平らげて京都に戻り、7時からブレヒトの映画を観た。ハード過ぎるスケジュールだったが、深夜になってさらに日記を書いた。で、今日は残念なことにブレヒトの映画にはどうしても出かけることはできなかった。それは1日中かかって税金の青色申告書類を整え、しかも振袖の下に着る襦袢制作の仕上げなどに精を出したからだ。毎年のことながら、税金の申告用紙を前にすると腹が立ち、次に投げ出したくなる。大量の領収書のチェックやその数字の計算などなど、世の中にこれ以上苦手で嫌いなものはない。明日はまずその書類を税務署に持って行く。
by uuuzen | 2008-08-20 00:23 | 〇嵐山だより+ザッパ新譜
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