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●『いけばなの根源 池坊展』
丸六角にある池坊と京都高島屋の2か所が展示会場で、1枚のチケットで両方鑑賞出来たが、最終日の昨日高島屋の展示のみ見た。



●『いけばなの根源 池坊展』_d0053294_19314254.jpgチケットは家内がどこかでもらったものだが、それを持って出かけるのを忘れたところ、待ち合わせたのでもないのに、偶然にも出勤する家内と百貨店地下の食品売場の出入口でばたりと出会って、チケットを手わたされた。狭い京都であるのでこういう出会いは珍しくはない。筆者はよほど目立つのかさまざまな人からよく目撃される。たまたまそういう時に若い女性と一緒に歩いていると、後で家内の耳に誰かが伝えた時には慌てふためくことになるが、昨日も実は若い女性と待ち合わせしていて、そこに向かう時に手土産をと考えて百貨店に入ったのだった。最初は大丸で買おうと思っていたが、バスが渋滞し、次の停留所にある高島屋の方がいいと判断し、それで家内と遭遇したのだが、ほんの一歩早いか遅いかで展覧会のチケットをもらうことはなく、今日は別の話題で長文を書いていたことになる。それはそうと、待ち合わせの時間には結局15分遅れた。最寄りの停留所を通るバスを信号その他で3台も目前で見送ったことにもよる。紅葉のシーズンの京都市内は車と人が溢れ、そうでなくても狭いところがなおのこと混雑して大変な騒ぎとなる。昨夜のTVでは、人口12000人ほどの夕張市が観光都市を目指して諸施設をどんどん建てた挙げ句に破産したことを取り上げるバラエティ番組があったが、京都はその点観光にすべきものがあり過ぎて、日の当たらない良質の文化がさまざまにある。それを今回はちょっとした枕の話題にしよう。池坊展には、先の女性と会った後、染料を買いに行き、その後でまた高島屋に向かい直して見たのだが、染料店ではしばし主人と友禅染談義を交わした。手描き友禅はじり貧の状態にあり、このままでは後継者不足で技術は低下し、そのうちもっと携わる人がいなくなって染料店も廃業ということになるだろうという暗い話であったが、主人が言うのは、現在はもう手作り品が高価であるという感覚がなくなって、手描き友禅の価値を知る人がいないということであった。同じようなことは平安画廊で2、3年前、ある版画家が言っていた。版画ならば手作りながら同じものが複数生産出来るが、手描き友禅は完全に1点ずつ手作りするから、なおのこと手作り感が強く、その分よけいに人からは顧みられないものになっているかもしれない。
 筆者は振袖1点を作るのに3か月かかるが、それで得る収入はコンビニで働く学生アルバイト並みだ。それでも年間通じて仕事があればまだましな方だ。つまり本職で働き詰めであっても最低賃金並みの生活をよぎなくされる。で、仕事のない時は、売れない作品をせっせと作るのだが、そうした作品が市の何かの展覧会に出して最高賞をもらったとしてもそれだけの話で、待っていても売れるはずがない。たとえば3か月の労力と20万円の出費で作品を1点作ったとする。これが100万で売れても儲けと言えるものはほとんど出ない。だが、誰も手描き友禅の見所などわかるはずはなく、TVに出ない無名作家の作品に100万を支払う者はいない。だが、その3か月の制作の間、どう生活を支えるか、また20万の経費はどう捻出するか。作家活動とは経済問題との戦いだ。たいていの京都の染色家は美大の先生をやっているから、とりあえずの生活費はどうにかなるが、筆者のように美大とは無縁の作家は自分でどうにか食べる方法を見出す必要がある。筆者の作る振袖が1点100万と言えば、みんな目を丸くしてその高額ぶりに驚くかもしれないが、1年で4点作っても400万の収入だ。そこから材料費や外注費など経費を引けば、どれほどの月収になるかは推して知るべしだ。しかも1年に4点の注文はない。注文はないのに、また作品を作るから、ほとんど霞を食べる仙人のような暮らしを強いられるが、ははは、制作のために家にこもり切って運動不足になるため、本当は太る一方で、そのうち病気でパタリだ。そんな作家生活に何の魅力も感じないというのが正常な感覚で、かくして友禅はますます衰退に向かうが、100年後になっても残っているのは、人間国宝の何代目といったいわゆる家元制度を確立した家柄だけだ。京都はそうして稼業を続ける家が3軒ほどあるが、先頃友禅で人間国宝指定を新たに受けた人物も二代目で、以前から指定は予想されていた。友禅は歌舞伎と同じような世界になりつつある。決して貧困と戦ったゴッホのような存在は友禅から生まれないし、またそもそも求められもしない。つまり芸術ではないのだ。それに友禅は美大では通常教える人がいないから、同じ染色の中でも糊型染やロウケツ染に比べてはるかに芸術性が低いと見られている。であるからなおさら手描き友禅に未来はないのだが、今は人間国宝も価値が下がったと思わせられる出来事が先頃あった。人間国宝の作ったキモノが2点、ある公開オークションに出品されたが、最低価格の50万円でも買手がなかった。もちろん本仕立てして一度誰かが着たものだが、かつては数百万円から1000万で売れたものだ。人間国宝のキモノが50万で売れないとしたら、筆者の作るキモノが売れる道理がない。何百時間も費やしてキモノを1点作るということはもはや常識外れとなったのに、一方ではこれも先頃のTVで見たが、とある若いプリント生地デザイナーの作品が今かなり売れていて、手描きではなく、印刷したものでもいいから、とにかく名前がTVで出ない限りは作品が売れないという現実を見せつけられた。そう言えば、先日ある染色の先生の個展を見に行ったが、その先生曰く、学生はTVに出る先生がいるかどうかで美大を選ぶという。
 人間国宝の友禅作家が代々人間国宝を継いで行くというのは、技術保持の観点からは悪いこととは断言出来ないだろう。また、そうしてでも頂点となる作家が継がれて行かなければ、交渉のある呉服問屋も困る。だが、高価なキモノがいつまで日本の生活環境の中で必要とされるかで、誰も着る人がいなくなれば商品は不要となって、作家も消えねばならない。つまり生活の中で必要とされるかどうかだ。そして手仕事というものが、今は急速に魅力のないものとなりつつある。工場で規格品として量産されたものの方が、製品にむらがなく信頼度が高い。ブランドもののバッグや時計を思えばよい。下着1枚10万円、バッグひとつで50万円するのはざらにあるが、そういうものが芸術品として美術館に保存されることがあるだろうか。そう考えれば、1点制作の友禅キモノを作家に注文して誂えておく方がどれだけいいことかと思うが、ブランドもののバッグなら人に見せびらかすにはもって来いだが、友禅キモノは誰も本物を見分ける眼力がない。つまり他人に対する自慢度としてはバッグの方が数段上なのだ。さて、「池坊展」だった。会場に入る前に傘をどこに置けばよいか、チケットもぎり役の友禅キモノ姿の美人に訊ねると、不思議そうな顔をされた。展示されているいけばな作品はガラス越しではないためもあってか、傘を持って入ってもよいのであった。それに驚いたことにデジカメやケータイでたくさんの人が写真を撮っていた。そのため、筆者もおそるおそる何枚か写真を撮って来た。「池坊展」は毎年ではないが、何度かは見ている。池坊会館の会場にも足を運んだこともかつてはあった。いけばなの代表的存在の池坊であるので、昨日も会場では、「札幌からお越しの○○さん、千葉からお越しの…」といった人探しの放送が聞こえたが、門下生が日本中からこの祭典にやって来ているのがわかった。9割以上がおばさんで、いけばながそれだけ生活に根ざしていることが改めて実感出来たが、現在の家元の専永が45世というから、友禅の人間国宝がようやく2代目を継いだというのとは歴史も格も桁違いだ。だが、友禅が45世も継がれたとして、同じような盛況の展示会は開催出来ることはないに違いない。毎日の生活の中で用いられるいけばなは、友禅と同じ造形とはいえ、誰しも簡単に参画出来て、しかもすぐに作品が出来て楽しめる。それに45世も続いている長い伝統の末端にそのまま連なることが出来るというありがたみも大きい。家元制度はなかなかよくしたもので、どこか天皇の存在にも似たそれ自体が価値ある伝統だが、その家元の作品と一緒の会場に自作が飾られる栄誉の誘惑は、今後も団体の力を強固にこそすれ、廃れさせることはあるまい。ピラミッド型に形成された家元の下に続く人々は、せっせと上の人にお金を納める方式にしたがい続け、ピラミッドの上層部にいる人は経済の心配をせずに作品の発表が出来るが、そのため、家元制度の内部からはゴッホ的存在は生まれない。友禅の人間国宝が世襲性になるのも同じことだ。
 今回もまた「いけばなのゴッホ」は期待せずに見たが、それなりに面白かった。いけばなは花器を利用し、また時には自然の花や葉以外のオブジェも利用して立体造形を作り出すことで、それを彫刻やインスタレーションと思えば、それなりに現代芸術に劣らない楽しみ方が出来る。むしろどのようにして集めて来たのかと思わせられる豪華で奇怪な形の花や葉、根などを見ていると、材料費の点ではしょぼい現代芸術作品をはるかに凌駕していて気持ちがよい。豪華主義もここまで徹底するとすがすがしく、消費し尽くすことの潔さを感じる。つまり吝嗇さがない。それが家元制度のよさのひとつかもしれない。筆者のようにちまちまと膨大な時間を費やして、しかも売れない作品を作っているというのと全く違って、そこにはお金の苦労の問題など微塵も感じさせない豪放さがあって、そこに女性たちは魅せられてせっせといけばなを学ぶのであろうと納得させられる。女性の前に、大金を湯水のように使う男と、食うや食わずに家にこもって作品作りする男がいるとすると、100人のうち99.5人は前者に惚れるはずだ。筆者が女でもそうだ。そういう感覚に近いものが家元制度のいけばなにはある。その豪華さは、花は日々枯れて行くものであるというライヴ感と、会期が数日というごく短期間であることも関係している。つまりたった数日のためにだけ存在し、そこに超豪華を演出する。それは人々に忘れ得ない記憶となって残る。手描き友禅キモノがいつまでも箪笥の中にあるというのとは違って、それはもっと生命を感じさせ、その一瞬の輝き閃きに女性たちは眩惑される。写真が残る程度で、形としての作品は何も残らないが、それゆえに一期一会の出会いを感じるのだ。現代芸術ではインスタレーションというジャンルがあって、これは空間を利用したその場限りの舞台装飾のような作品をいうが、昨日の「池坊展」で面白かったのは、まさにインスタレーションとしか言いようのない家元や教授たちの作品であった。会場の一番奥突き当たりの暗い空間には家元の、そしてそこに至る通路両側に5点ずつ教授10名の同様の作品が各コーナーに展示されたが、照明をうんと落としてまるでお化け屋敷を楽しむ感覚に近かったが、よく見慣れている百貨店でそのような演出が出来ることに驚いた。そうした展示は今年は3回目で、テーマは「竹」であったが、その金と労力のかけようは見事であった。展示するための素材集めもさることながら、それを会場に運び、目的の形に構成するまでの時間を思うと、弟子、助手といったたくさんの人々の力を思ってしまうが、それを可能にするほどの家元制度の見事さがなおのこと見る者に迫って来る。それは独立の作家ひとりでは到底太刀打ち出来ない迫力で、そういうものを見ることの楽しみのために、全国の女性は家元制度にますます参画して授業料を支払うことを厭わないはずだ。ゴッホの孤独な精神性はないが、ゴッホに匹敵する過激さはあって、金と人手がふんだんにあればどういうものが出来るかという見本がそこにはある。
 撮影した来た写真をこのブログで載せるのは問題があるのかどうか、ひとまず掲げることにするが、残念ながら家元である専永の作品はあまりに暗く、撮影時にストロボが光ったにもかかわらず、どういう作品かわからないほどであるので掲げない。間口3間ほどだろうか、舞台のように区切られたコーナーの奥に20本ばかりの根のついた太い孟宗竹を自然そのままの状態で移動させ、そこに煙か霧といったものを常時吹き出させ、しかもししおどしの水と竹の音を響かせていたが、暗い原始の森に迷い込んだ雰囲気と、そこに人が住んでいることも感じさせるものであった。竹がコーナー内部に全部収まっているだけであるならば、それこそ本当の演劇の舞台そのままに見えるが、度胆を抜かれたのはコーナー上部には、コーナー奥から太い竹が大砲のように数本が曲がって飛び出て、しかも天を向いていたことで、その立体感はいい意味でも悪い意味でも10人の教授陣の作品には見られない破綻すれすれの過激な造形感覚を伝えていた。また、根のついたそうした竹をいったいどうして入手して運んだのか、その労力と行動力は、クリスト並みの計画性と交渉力が必要なはずで、誰にでも出来ることではない。同じことは教授陣の作品にも見られたが、ひとりだけ掲げると、特命教授の肩書のある上津原将仁の作品だ。画像を掲げておくが、これは孟宗竹の根を輪切りにして、それを画面のように区切った金網上に配置し、それを絵のように見せたもので、竹の根の輪切りの形の面白さが際立っていた。そうした作品が池坊のいけばなの伝統とどううまくつながっているのかそうでないのかは筆者にはわからないが、モダンという時代も経た現在、そうした造形がいけばなに出てくるのは当然の気がするし、それでいいのだと思う。一種の実験、冒険といった見せ方をしない限り、業界全体が低迷に陥る。正統なものはそれはそれで遵守しながら、一方で可能性を追求して過激なものを目指し続ける必要がある。そうしたものも含めていけばな全体があるだろう。友禅もその点は同じだが、先にも書いたように、キモノというものに付属している限り、予想外の限界が訪れないとも限らない。それゆえ筆者はキモノ以外のものを全く同じ友禅の技術で染めもしているが、絵として見られるには油絵や日本画ほどの認識度はとてもなく、日常の用に供する商品としては趣味の範囲を出ないものと思われ、また作品数が微々たるものに過ぎない。ここはいけばなを大いに見習って、生き残りのための術を何か学ぶべきであると痛感するが、家元制度は多くの人に教えるということで成立しており、友禅もそれをすることに尽きる。ところが、先の染料店の主人曰く、京都で何らかの形で一般人に友禅を教えた人は全員、間もなくそれをやめるに至っているという。京都では無理なのだ。地方に行くと需要はあるが、そこでは地元のちょっとした力のある主婦が、いっぱしの地元の名士となって、たいした技術なくして堂々たる作家として収入もがっぽりということになったりする。つまり友禅に対する一般的認識がないため、何が正統で、何が優れた技術かはわからないのだ。そこで、京都では伝統を踏まえたうえでほとんど前人未踏の技術と表現力を持っていても、生活苦に喘ぐ作家がゴロゴロといるという状態になるが、観光都市京都としては、さして宣伝しなくても、いくらでも地方から観光客がやって来てくれるので、そうした作家を積極的に紹介することもない。
●『いけばなの根源 池坊展』_d0053294_19323472.jpg

 もう少し書いておこう。会場は家元と教授陣たちの作品だけが見物ではなく、師範クラスの人のものが100以上はあった。また、最初に「伝承コーナー」とその説明パネルがあった。せっかくなので、それを写しておく。『初期のいけばなは「立て花」といい、供花や座敷飾として、本木(もとき)と下草(したくさ)で構成された。15世紀中期の池坊専慶や、室町将軍家の座敷飾を司った同朋衆の文阿弥の名が、その頃の名手として記録に残る。16世紀前半に専応が単に美しい花を鑑賞するのではなく、草木の風情を重視することを説き、いけばなの原典「専応口伝」をあらわす。この頃から立て花は構成も複雑になり、「立花(りっか)」と呼ばれるに至る。17世紀初めに不世出の名手といわれた専好が活躍し、宮中や公卿邸で立てた作品図が多数残された。17世紀後半は和平が続き、商人の経済力が増し、いけばなは大衆にひろがって全国に普及した。一方この頃から、草庵や小座敷にふさわしいわずかな草木でいける抛入花(なげいればな)が盛んになる。これは立花とともに古くからいけられたが、きまった技術のない簡単なものであった。18世紀に入るとしだいに枝々が呼応するいきいきとしたものになり、やがて3つの主な枝で構成され、簡素ながらも格のある「生花(しょうか)」へと発展した』。そして、このパネルに続いて、立花や生花を模倣していけた作品がいくつかずつあった。図が残っているのでそこそこ再現は可能なのだ。現在いけばなの流派は数百はあるだろうが、それぞれがどのように差があるのかは門外漢字の筆者には皆目わからない。ただし、そのように多くの流派が出来るほどに歴史があるということと、それだけ流派があってもそれなりにみな自立して存続していることに感心する。手描き友禅では東京や名古屋には作家は数名ずつしか存在しないと言ってよく、それと比べると、いかに経営感覚がしっかりとした世界であるかがわかる。池坊には短期大学があるが、そこの学生たちだろうか、小品的な作品展示もあった。会場内に洋風部屋のコーナーを区切り、現在の生活に見合っていけばなを模索したもので、中には栗の実を2、3並べ、その実に小さな花や秋の実を刺しただけの掌サイズのものもあった。そうした作はちょっとした造形感覚のある素人なら、誰でもやってみたくなるもので、どこに池坊の特色があるのか知らないが、普段の生活の中に自然を取り入れて楽しむという積極的な行動は評価すべきで、いけばなはとにかく参画しやすいものであるということを示すうえで効果があり、家元や教授の大きなインスタレーション的作品とは別の好感が持てる。色づいた広葉樹の落ち葉を2、30枚ほど集めて来て、それを密集させて垂直に立て、そこに黄色のグロリオーサの花をひとつふたつ配置した前田栄京という人の作品があったが、地面に平らに落ちる落ち葉を立てている点が造形的に面白かった。会場を出ると、2000円程度でさまざまな花器が売られていて、その中に朝鮮の民族靴を反らしたような黄色の三日月型のものがあった。よほど買おうと思ったが、何をどういけてよいのかわからない。ああ、だが買っておけばよかった。昨日は最終日でもう出かけても売られてはいない。
by uuuzen | 2007-11-13 19:37 | ●展覧会SOON評SO ON
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