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●「GO-KART TWIST」
暑の今日、外に一歩も出なかった。仕事に熱中症であったわけでもないが、思っていた以上にはかどったので、今日の長文は9時半になった今頃から書き始めることが出来る。



●「GO-KART TWIST」_d0053294_23495699.jpg夜になっても部屋の壁は熱いが、このまままた早朝から太陽に照らされて冷たくならずにまた熱くなる。そんな状況は人間で言えば青春ということなのだろうか。前にこのカテゴリーでカトリーヌ・スパークの曲を取り上げたことがあるが、その時から夏にはと決めていた曲を今日は書く。邦題は「サンライト・ツイスト」で、『太陽の下の18才』というイタリア映画のサントラEPのB面に入っている。日本では1962年に大ヒットした。筆者は11歳で、小学6年生であった計算だが、そう言えばそんな頃だった。ビートルズが紹介される前のことで、筆者がビートルズを受容する前にはこうした洋楽をそれなりに聞き覚えていた素地がある。この映画以降60年代半ば過ぎまではサン・レモの音楽祭で紹介されるカンツォーネが続々と日本でも紹介され、ポップスの歴史に残る名曲が多い。今ではビートルズだけが60年代の象徴のように思われている節があるが、当時の日本では事情はかなり違って、もっとさまざまな音楽がラジオから毎日流れていた。それゆえ、筆者の頭の中にはビートルズだけでは覆い尽くせない音楽に絡まる記憶がいろいろとある。「サンライト・ツイスト」は日本語に置き換えた曲もラジオで流れていた。レコードの解説の中には伊藤アイコが歌っているとあるが、この歌手は覚えていない。木の実ナナも歌っていたはずで、当時は何人かの歌手が欧米から流れ込むヒット曲をすぐに日本語に置き換えて歌っていたものだ。今ではほとんどそういうことがなくなったのは、英語を訳す必要がないほど英語が日本に浸透したからか、あるいは日本のポップスが英語混じりが普通になってしまったからか。このレコードA面の「太陽の下の18才」はとても印象深くていいタイトルだが、原題は「TWIST NO.9」で、ベートーヴェンをぶっ飛ばせということか。ビートルズがカヴァーした曲にそういうタイトルのものがあったし、ジョン・レノンが歌ってヒットさせた「ツイスト・アンド・シャウト」も他人の曲だった。ということは、ビートルズもツイストがあって登場して来たグループということになる。だが、ジョンの歌う「ツイスト・アンド・シャウト」は、かなり重苦しいリズムで、軽快に体をツイストするという気分にはなれない。その点、この「サンライト・ツイスト」はツイストがどういうものかをはっきりと伝えてくれる。
 同じツイストでも「太陽の下の18才」はジミー・フォンタナという歌手が歌っていて、ヴァースごとにキーが上がって行くもののやや単調な曲だ。そのため、ヒットは望めなかったことがわかる。B面の「GO-KART TWIST」を「サンライト・ツイスト」と訳したのもなかなか秀逸で、これをもし「太陽のツイスト」とやると、A面と言葉がだぶって様にならなかった。こっちは若手のジャンニ・モランディが歌っていて、この頃から日本でもその名前がよく知られるようになった。中学2年の時、ビートルズが大好きであった筆者がそこそこ仲よくしていた同級生のある女子はジャンニ・モランディのファンと言っていた。その時の言葉をまるで昨日のように鮮明に覚えているが、彼女がどこからそんな知識を仕入れたかと言えば、おそらく数歳年長の姉さんがファンだったのだろう。ラジオにかじりついて洋楽を聴くというタイプでは決してなかったからだ。当時はまだそういう小学生、中学生は大阪市内でも少なくて、何度もこのカテゴリーで書くように、1クラス45人中、2、3人というほどであった。兄や姉のいない筆者はその点ませていたのかもしれないが、もっと幼い頃に母が内職しながらラジオを聴いていたことが原体験になっていて、生まれた頃からラジオ放送に親しんでいた。そのため、60年代のポップスよりもっと前のそうした流行音楽が記憶の底の底に沈澱している。当時ジャンニ・モランディは他の曲でもそこそこ知られていたが、今は思い出せない。今ネットで調べるとアルバム数は78枚というから、イタリアを代表する歌手になっているのだろう。1944年生まれであるので、「サンライト・ツイスト」を歌ったのはまさに18歳、A面の「太陽の下の18才」そのものであったことになる。今でも彼はこの曲を歌うことがあるだろうか。太陽の下の63才、何だか冴えない感じだが、誰でもそうなるので仕方がない。筆者も今月は56になるが、今はまだゴーゴーの55歳でもあり、この「GO-KART TWIST」を取り上げるのは絶妙のタイミングだ。ところで、「ゴー・カート・ツイスト」とはどういう意味だろう。これはゴー・カートに乗ったような動きで体を揺するツイストかと思うが、ツイストは今見れば奇怪な体の動かし方をして、何だか滑稽にも思えるが、当時はそうではなく、若者が踊れば何でもそれなりに様になった。今もそれは同じことだろう。この「ゴー・カート」で思い出すのは、ザッパの「間抜け侯爵」という曲の歌詞にも「ゴー・カート」が登場することだ。それは寝ころんだ男の上に女が跨がって体を揺する光景をたとえたものだが、ザッパは「ゴー・カート・ツイスト」にヒントを得てそうした歌詞を書いたかもしれない。
 ジャンニ・モランディについて記憶するのは、74年に『家庭教師』という映画に出演したことだ。当時30歳の計算だが、そう言えばそのくらいの年齢に見えていたか。この映画は15年ほど前にTVで見て、とても気に入って、その後再放送があった時に録画したテープがどこにあるはずだ。この映画は貧しい男が金持ちの女学生に出会い、列車を使用してヴェネツィアまで会いに行き、家庭教師をすることになるが、親の反対で呆気なく別れるという内容だった。女性がややはすっぱな印象があったが、あちこちとても陽気なエロティックな場面があって、洒落た映像と音楽を伴ってイタリア映画の貫祿を見せていた。ああいうセンスは日本映画では逆立ちしても醸し出せないのはどういうことかと思うが、イタリアの国民性と独自の伝統ゆえであって、模倣しようと思って出来るものではないのだろう。韓国はよくアジアのイタリアと言われるが、こと娯楽映像作品に言えばそれはかなり当たっているところがあるかもしれない。ただし、儒教ゆえの性描写に関する自己規制はあって、『家庭教師』のシナリオをそのまま使ってリメイクしてもかなり違ったものになるだろう。ただし、『家庭教師』の筋運びは韓国ドラマ特有のものにほぼ同じと言ってよく、これは韓国が意識してそうした海外の映画を研究した結果かとも思うが、先に書いたように国民性にある程度共通したものがあるからかもしれない。『家庭教師』は登場人物の服装からいかにも70年代半ばの映画であることをよく伝えるが、それより12年前の『太陽の下の18才』はいったいどうなのだろう。実はDVDを数か月前に入手したが、まだ見ていない。そのため、EP盤解説にある多くの同映画の写真から推察するのだが、そこからは『家庭教師』とほとんど変わらない、いやそれ以上の開放感が見られることに驚く。これは映画に登場する場所が違うことが大きな理由だが、そのほかにイタリアの経済的問題もあるだろう。だが、1962年でこの洒落具合と明るさを思えば、イタリアは戦後急速に人心は回復し、喜びに満ちていたように思える。だが、それは日本とて同じことだろう。この映画の2年後に東京オリンピックがあったが、そこにあった明るさと共通したものが、この映画のEP盤に印刷される色刷りの写真や白黒写真からも感じられる。そして、それらは筆者がまだ太陽によく照らされる青春に入ろうとしていた時のものだけに、とても重要な記憶のよりどころに思える。ここでこの曲を取り上げるのも、そのかすかな名状し難い懐かしさの混じった明るさを認識しておきたいためだ。人生では成長期と安定期、衰退期があるが、この曲はまさに筆者の成長期がイタリアの成長期に重なって反応して記憶された一期一会的なものであるだけに、これを読む別の世代の人には頭で理解出来ても、筆者の肌が感じた記憶までは追体験出来ない。そこには残念ながら、世代間の埋めようのない落差がある。だが、EP盤は今でも当時と同じ音で響くとしても聴き手がみな変化してしまい、筆者にしても当時の筆者の心を想像するだけで、昔の筆者そのままではないだろう。にもかかわらず、筆者にはこの曲が重要なものに思える。成長期があってこそ今の自分が存在するし、その成長期に出会ったものを再確認することで、今これからの自分の道を見通したいのかもしれない。もしそうだとすれば、筆者にとって重要な体験は10歳前後にすべて集約しているのかもしれない。
 「サンライト・ツイスト」は印象的なイントロをしている。オーボエだろうか、チャルメラの音に似た楽器がアラビアっぽいメロディを素早く奏で、ベース・ラインは全体にいかにもゴツゴツとした動きをしてツイストのダンスを思わせる。EP盤にはイタリア語のためか、歌詞は印刷されていないのが残念だが、モランディの歌声はシャウト気味で、バラードっぽい部分を巧みに織り混ぜながら、一度聴けば忘れならない音楽となっている。サックスが入るのはこの当時のポップスの常だが、今でも誰かがカヴァーすれば、充分時代に即応した曲となって耳に馴染むと思える。作曲はA面とともにエンニオ・モニコーネで、さすが天才の閃きをよく伝えている。ジョン・ゾーンはモニコーネ・ファンで、アルバム1枚を彼の曲のカヴァー演奏で捧げているものもあるが、日本ではマニア好みのところがあって、全貌が知られているとは言い難い。そういう筆者も2枚組みのCDひとつしか所有していないが、そこには「サンライト・ツイスト」は収録されておらず、この作曲家がいかに途方もない才能を持っているかがわかる気がする。もしモニコーネがアメリカ人で、アメリカで活動していたのであれば、評価はもっと違ったものになったのではないだろうか。ところで、ツイストと言えばアメリカのチャビー・チェッカーが即座に思い出され、筆者は彼のそうしたCDを所有するが、新しいダンスのリズムが生み出されてヨーロッパで取り込まれた時、それがどのようにアメリカ黒人の演奏するものとは違った洗練さや明るさ、面白さを持つかは、この「サンライト・ツイスト」がよく体現している。同じ傾向はレゲエを取り入れて登場したイギリスのポリスにも見受けられたが、日本もやがてそうした国のひとつとして世界のポップス史にヒット曲を刻印する時代がやって来るのだろうか。坂本九の「スキヤキ」はわずかにそうした例であったが、それも60年代の日本の成長期のことであった。となると、近年のジャンニ・モランディがどういう声でどういう曲を歌っているのかにわかに気になり出したが、また機会があればCDを入手したいものだ。自分の知らない音楽を耳にした時の新鮮な気持ちに勝る人生の楽しみはあまりない。もうそんなものをあまり受けつけなくなった人生の安定期、そして衰退期と言えるが、古きをたずねてそのつながりの新しきを知るであって、筆者にとっては60年代の記憶は汲み尽くせない源泉であるかのような気がする。特に今夜のような蒸し暑い日には。
by uuuzen | 2007-08-15 23:50 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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