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●レプリカづくりの現場を訪ねて-京都・便利堂のコロタイプ印刷
月末にINAXギャラリーから『真似るは学ぶ レプリカ展』の案内はがきが届いた時、便利堂で7月12日に見学会があると印刷されていた。



定員20名で、先着順、会期初日の6月2日から申し込みの受けつけをするとあった。その日を待って10時過ぎに電話した。きっと一番乗りだったはずだ。25日にINAXギャラリーを訪れた際、見学会に必要な書類が用意されているならばもらって帰りたいと女性係員に言うと、まだ用意出来ていないとのこと。今月4日にそれは封書で届いたが、キャンセル待ちの人があるのでつごうのつかない人は連絡してほしいとも書いてあった。すぐに申し込んだのは正解だった。数名の欠席者がいて、それならキャンセルを伝えてあげればいいのにもったいない話だ。便利堂はわが家からは50分ほどだ。何度か前を通ったことはあるが、まさか見学の機会が来るとは思ってもみなかった。便利堂の名前はコロタイプと合わせて20歳頃に知った。美術に関心があれば、便利堂とコロタイプを知らないはずはない。コロタイプに関しては、20代に版刷りに関して多少の経験や知識を得たこともあって、おおよそどんなものかは知っていた。だが、間近に見学すればまた理解は深まる。それに筆者は4年前にネット・オークションで○○万円で落札した古い掛軸が、数か月経ってコロタイプ印刷であるとわかった経験があり、そのような悪質な詐欺に騙されないためにも、コロタイプの実態をよく知っておきたいと思っていた。ちなみにその掛軸を出品した業者は金沢在住で、相変わらず掛軸専門で、真筆でない作を真筆保証と偽って出品している。IDはsから始まってnで終わるが、筆者が「非常に悪い」の評価をつけたこともあって、今では以前のIDの最後に2を加えて新たな顔で出品し続けている。いつか何らかの形で仕返しをしてやりたいと思っているが、○○万円は骨董知識を得るための勉強代でもあったと考えると、腹立ちも収まる。それに入手した掛軸は、墨色のみがコロタイプで、他の色は専門の職人が筆で手彩色したもので、今ではコロタイプ印刷を専門にする大きな店では唯一と言ってよい便利堂でもやらない珍しいものだ。今仮に同じものを作って販売しても○○万円は確実にするから、案外損をしたとも言えない。印刷ものと聞けばみんな途端に安物扱いするが、印刷もさまざまある。コロタイプは手仕事に負う部分が非常に大きく、せいぜい数百部程度しか作れないこともあって、手作りの版画に近い。それに筆者が入手したような、コロタイプと手描きを併用したものは、よほどの専門家でない限り本物と区別がつかない。
●レプリカづくりの現場を訪ねて-京都・便利堂のコロタイプ印刷_d0053294_1817586.jpg
 通常はグラビアやオフセットで印刷したものは、拡大すれば網点が見える。パソコンを使用したインクジェット印刷も細かいドットの集合だが、オフセット印刷とは違って、まだ実物により近く見える。コロタイプ印刷はさらにインクジェットよりも実物に近い刷り上がりを特徴とする。つまり、顕微鏡で拡大して見ても本物と大差ない。誰もそのように拡大して見ることはないから、複製はグラビアやオフセット、あるいはインクジェットで充分という考えもあるが、微小な部分の差の集積は全体の印象を何となく違ったものにする。だが、今後さらにインクジェットのドットがきめ細かなものになれば、コロタイプの存在は危うくなるかもしれない。さまざまな印刷は一長一短があるし、何かを複製印刷するとして、どの印刷方式を選ぶかは経済的な問題が大きく関係する。多くの部数が捌けそうにない美術品の複製のようなものは、大量印刷に適するグラビア印刷よりも手仕事の部分が多いコロタイプの方がはるかに経済的で質がいいものが出来る。だが、印刷で使用するインクに違いがあるから、コロタイプのみでは間に合わないこともある。前述したような、墨色のコロタイプに手彩色を加えたものは、より本物らしく見せるための方法で、実際はコロタイプの多色刷りで本物そっくりに刷り上げることは可能であるし、便利堂はその方法を採用している。ただし、それでは日本画特有の顔料のざらつき感は再現出来ない。日本画の膠で顔料を定着させたものは、ぱっと見がいくら色がそっくりであってもコロタイプで使用する油性インクとは質感がそうとうに違う。また、コロタイプでは金箔や金泥の光沢は印刷出来ず、金地の障壁画のようなものを複製する時はコロタイプ印刷した後で金箔や金泥加工を施す必要がある。インクジェット印刷ではそのあたりのことはどうなっているのか知らないが、全紙サイズの紙幅でロール印刷が可能になっている点はコロタイプより優れているかもしれない。コロタイプは撮影フィルムの大きさに規定され、最大のサイズが51×61センチだ。それ以上の大きなものは紙を継ぐが、江戸時代の絵師は大画面は紙を継いで描いていたし、部分的に印刷したものの紙継ぎが完璧に出来るコロタイプでは、画面サイズの限界はほとんど問題にならない。
 話が少し先走りした。コロタイプとは何かとなると、これは石版画(リトグラフ)が進展したものだ。ただし、石ではなく、ガラス板上でコロイド状になった膠面(ゼラチン面)を版として利用する。これは石のように強固ではなく、磨耗しやすいから、とてもグラビアやオフセットのような大量印刷には向かないが、撮影したフィルムさえあれば、何度でもガラス板上の膠面に感光させることは出来るので、大量部数も原理的には可能だ。とはいえグラビアやオフセットのような機械印刷ではなく、インクを手で練ってローラーで版上に置き、紙も手差しする必要があるため、効率の悪さは到底グラビアやオフセットの比ではない。グラビアやオフセットは機械の設備投資が大きく、あくまでも大量印刷に適する印刷方法で、一方コロタイプは銅版画に使用するプレス機に近いような素朴な機械を使うため、その分人間の感覚が要求され、手仕事の占める部分が大きい。コロタイプで刷られた掛軸が「工芸画」や「巧芸画」と呼ばれるのは、そうした手作り感覚を重視してのことだ。コロタイプは150年前にフランスで生まれた。今でも世界中に業者はあるが、国によって微妙に差があって、日本は独自の位置を占めている。1974年にアンドレ・マルローが便利堂にやって来たそうだ。そのことからもコロタイプが美術印刷にきわめて向く印刷方法であることがわかる。今は便利堂のみが有名だが、昭和30年代まではたくさんの業者があった。卒業アルバムがコロタイプ印刷で作られていたからだ。卒業アルバムのせいぜい数百部というのは、ちょうどコロタイプ印刷には向いていた。卒業アルバムという日本ならではの特殊なものがあったおかげで、コロタイプ技術は長らく保存されて来たのだ。便利堂は1887年に貸し本業として出発し、翌年に出版部門を設立、1900年頃は絵はがきブームの先駆的役割を果たした。コロタイプ部門が出来たのは1905年で、以後多くの美術画集や、2500件の文化財の複製を手がけている。有名なものは、1935年に法隆寺金堂壁画全12面を原寸大で分割撮影したことだ。それはコロタイプ印刷され、23セットの原寸大の複製が作られて各国に納入された。その印刷は同壁画焼失後の日本画家たちによる復元模写の際に下絵となった。もし便利堂が撮影していなければ復元は不可能であった。そうした実績があるため、今も便利堂は数々の国宝をコロタイプ印刷している。それらはかつての画家による模写と同じように、昭和や平成版の複製としての地位を築くことだろう。
 次にまた技法的な特徴を見よう。石版画は平版に分類され、刷り面はほとんど平らになっている。なぜ平らな面によって印刷が出来るのか。木版画のような凸版あるいは銅版画のような凹版しか知らない人にとってそのことはかなり理解し難い。凸版ではインクは出っ張ったところだけに載り、そこに紙が当てられて刷られ、凹版では一応は版全体にインクが載り、その後出っ張った部分のインクを全部きれいに拭い取って、凹んだ部分にのみインクが詰まっている状態の版のうえに紙を置いて、プレス機に通して圧力をかけることで凹んだ部分のインクを紙に転写する。これが銅版画の原理だが、版面のインクの拭き取りごとに数十分を要するため、凸版のようには素早く刷ることは出来ない。また銅板上に凹みを作り上げる方法にはいくつもある。酸を利用した腐食法がエッチング、直接ガリガリと刻み描くのがドライポイント、刃刀で銅の表面を線状にすくい取るのがビュラン、そしてアクアチントは松脂の粉末を利用して微細な点描効果を作り出す。さらに、最初に銅板全面を真っ黒に刷り上がる版に加工し、その後部分的に白く刷り上がる箇所を作り出す方式のメゾチントもある。リトグラフのような平版は、グラビアやオフセット印刷の原理でもあるが、これは油と水の反発を利用して平面状に版面を作り上げる。平らな面にインクのローラーが転がれば、凹版のように全面にインクが付着してしまうが、水気を持っている面は油性インクを弾いてインクは載らない。リトグラフとコロタイプは親類で、前者は平らな石の表面に版を作り上げるため、刷り上がりは石の砂粒状のドットに支配されるのに対し、後者はゼラチン質が感光させるネガ・フィルムの階調にしたがって滑らかな凹凸面として仕上がり、それはそのまま刷り上がりの調子となる。つまり、1版で濃淡さまざまな色合いが得られる。これがコロタイプの最大の特質で、今のところこれを越えるものはない。
 版作りは、まず厚さ1センチのたわみのない擦りガラス面に、膠と感光液を混ぜた液を垂らして均質に延ばし、乾燥させる。そのガラス板にネガ・フィルムを密着させて感光させ、重クロム液に浸すと、膠面にネガの濃淡に応じてわずかな凹みの階調が出来る。敏感な指で触れると凹み具合はわかる。そのため、凹版にかなり近いものとも言える。凹み部分にインクが入るが、グラビアやオフセットのようにインクを別のローラーに転写させず、そのまま版面上に紙が載る。平らなものであればどのようなものでも刷れるが、絹などの布地に印刷する場合は裏打ちしてしっかりした形にする必要がある。また表面の凹凸が激しい縮緬のような布地に刷ると、版の磨耗が激しく、うまく刷れない。コロタイプの特長である凹み具合に応じたハーフ・トーンの刷り上がりは木版画では不可能だが、オフセットのような透明度の高いインクを使用しないコロタイプは木版画の色重ねと同じ考えに立って多色刷りを開発して来た。便利堂は褪色性の高さを求めて特別誂えのインクを使用し、2、30色ほどを職人が混ぜ合わせて特別の色を作るため、オフセットのような3原色分割という単純な方法で印刷されるものはない。またコロタイプのカラー印刷は、色数だけのネガ・フィルムを用意する。撮影段階で青、緑、赤、黄の4色のフィルターを用い、それらの色毎の補色関係にある色合いだけを写し込んだネガを得たうえで、それらをさらに複数枚増やして、1枚ずつ手描きで刷り色毎に用意する。つまり、たとえば緑フィルターを装着して撮影すると、緑以外の色がネガに写る。そこからさらにある色だけを抽出すべく、絵を見ながらネガを筆や鉛筆でリタッチする。この作業が版作りにそのまま影響するから、リタッチ作業は色の感覚や陰影をつける感覚がなければ出来ない。また、こうして用意されたネガは理論的には半永久的に保てるとはいえ、実際は大気中のガスによる感光面の劣化や扱いによる傷つき、寿命がある。そのたびにまた撮影すればいいようなものだが、相手が国宝となると何度も許可は出ない。また国宝も年々劣化はしているから、たとえば便利堂が戦前に印刷したものは、現状とは厳密には差がある。そのためにも便利堂が作っているコロタイプは撮影時代の美術品の姿として価値がある。
 ネガある限り、何度でも版は作れる点がコロタイプのよさで、ネガ作りと刷りの具合で仕上がりが左右するところは木版画に近いものと言える。ただし原画を写真撮影するので、限りなく本物に近いものを作り得る。それはデジタル時代に逆行するような手作業で、便利堂の職人は30年以上の経験を持つ人が多い。後継者不足は今のところ心配はないらしい。社員70人の会社だが、長期のプロジェクトも抱えていて、どうにか今後もコロタイプは生き残って行くことだろう。近年はデジタル・プリントによって京都の寺社の屏風などが復元新調されている。コロタイプでも襖絵の復元は可能で、今はインクジェット印刷との勝負の時代が来ている。コロタイプにデジタルの導入は当然可能であって、すでに行なわれている。デシタル撮影のデータを大型のネガ・フィルムに焼きつければいいわけだ。とにかくフィルムが版作りに欠かせない素材で、問題は物理的なそのフィルムがいつまで製造されるかだ。だが、これもフィルム素材さえあれば、感光液を自分で塗布出来るから問題はないだろう。急速に時代が変革する中でフィルム・カメラは駆逐されつつあるが、いずれ揺り戻しがあって、またフィルムの見直しがされるはずだ。なぜなら、オフセットやグラビア印刷が登場してもコロタイプはなくならなかった。少部数の生産は人間の手技に頼った方が安価であるし、また仕上がりもよい。このことはおそらく永遠に続く。便利堂の職人さんたちはみな気さくで話しやすく、面白かった。専門的な質問がばんばん出たが、それだけ熱心な人がいる限り、コロタイプは安泰だろう。そうそう、便利堂は若冲の動植綵絵のコロタイプ複製の受注を受けて制作に入るとのことであった。印刷場にはすでにモノクロで刷られた動植綵絵の一部がぶら下げてあった。
●レプリカづくりの現場を訪ねて-京都・便利堂のコロタイプ印刷_d0053294_1910597.jpg

by uuuzen | 2006-07-19 00:56 | ●骨董世界漂流記
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