●『こんどは現代美術!』
月は9つしか展覧会を見なかった。これはそのうちのひとつだ。11日に大阪市立近代美術館(仮称)で見た。



d0053294_1531338.jpgこの美術館の本当の建物は、中之島の国立国際美術館の隣に建設予定が決まっている。近くには京阪電車が現在の終点である淀屋橋から延伸して新駅が出来る予定で、それがいつになるやらだが、ともかく大阪も少しずつ変化している。中之島に美術館が完成すれば、心斎橋にある現在のこの仮の展示室はどうなるだろう。ここは繁華街にあって、訪れるにも便利な点は京都文化博物館に似ているが、美術行政に積極的でない大阪のことであるから、展覧会場所として引き続き借りる見込みはないだろう。ビルの13階にあるこの美術館は大小ふたつの部屋が廊下でつながっている。廊下の片側にはソファを置いた部屋があって、休憩が出来る。その部屋からは大都市大阪の東方面を眼下に見わたせる。遠くに霞む生駒山を除けば、窓から見える全体が、現代芸術さながらの大小さまざまな直方体のビルの果てしない集合で、どこに目の焦点を合わていいやら戸惑うほどだ。どのビルも窓があり、そこから人が見えていいはずだが、どの窓にも人影は見えず、真昼であるのにまるで死の世界だ。確かに窓の右端に見えるわずかな長堀通りに車が走っているのが見えるが、動くものが見えるのはそこだけで、窓の景色のほぼ全体を占めるビル群には動くものは見えない。と思っていると、100メートルほど先のビルの屋上に、ひとりの老人男性がじょうろでプランターに植えた植物に水を注いでいた。やや見下ろす位置であるから、たぶん11階ほどだろう。そのビルのオーナーかもしれない。ビルの大半の部屋を人に貸し、自らはペントハウスのように最上階に住んでいるのだろう。それでも広々とした窓から見える大阪市の東全面に、ぽつりとひとりの老人男性が草花に水をやっている光景は侘しかった。土が皆無同然の都会の孤独で、大阪のど真ん中も上空から見ればここまでになっているかと今さに驚いた。老人の姿をを写生してもよかったが、時間がなかった。それにビルの窓ばかりが主になり、老人が点景では何を描いたかよくわからない。デジカメでもあればこのブログでその面白い光景を紹介出来るのに残念だ。
 それにしても、現代美術とはこのようにいくらでも素材となるものは転がっている気がする。後は何を使ってどう表現するかで、要は最初にどう心を動かす何かがあるかだ。となると、誰でも美術家になれるはずで、なるかならないかは、手間暇惜しまず、面倒臭がらず、他人に形として示すことの出来る「モノ」を作り上げるかどうかだ。当然それを作るにはお金も時間もかかるし、作ったものが美術品として人に面白いと思われ、さらに美術館の買上げになるかどうかの約束はない。むしろ自分で満足してそれでおしまいとなるのが常識で、それでもかまわないという根性を持つことも美術家になれる最初の条件のひとつだ。そう思えばなかなか大変なことで、大抵の人はそんなアホらしいことをしたいと思わず、せいぜい無料のブログで日記をつけ、仲間うちで情報を伝え合って喜ぶ程度で一応の自己表現の気持ちを満たすだろう。逆に考えれば、美術作品を作ることはただそれだけのことで、無名の人のブログと大差ない行為とも言える。美術を美術として人が感じるかどうかは人の勝手であり、ある人にとっては現代美術のわけのわからない作品よりも、ブログの面白いものを見ている方が価値があるからだ。評価がまだ確定的になったとは言い難い現代美術は、そんな危うい価値観に常に晒されている。そのため、今回のような展覧会はなかなか人が集まりにくい。ところで、大阪のモノレールの駅舎はどこも広々とした空間を所有していて、何年か前からそこを利用して大阪が所有する現代彫刻がいろいろと展示されている。特に多いのは万博公園駅だ。たまに展示替えや移動があるが、どれもかなり大きい作品で、この心斎橋展示室に運び込むのは困難に思える。所蔵庫に保管したままでは美術品本来の目的を果たさないこともあって、あちこちに展示するのはいい試みだが、雨晒しではないにしろ、雨風が吹き込む美術館ではない場所にずっと展示するのは、何となく作品が哀れだ。それに、そうした大型の現代彫刻はほとんどの人は関心がないように見えるが、それも美術館という場所に設置されていないからだろう。現代美術は美術館に置かれて初めて美術品としての輝きを持つ。あるいは美術と命名されて美術になると言ってよい。現代美術は美術館が世に登場して以降の産物であり、作り手にも美術館、あるいはそれに準じた一種の栄光を意識した思いが制作の動機としてある。その意味で、現代美術には意外に脆弱なものが多いように思う。それはモノとして脆いというのではなく、何か表情としての脆さが露になっているという意味だ。つまり、展示場所として美術館を想定することは、最初から美術品目指して美術を作る意識が見え見えで、そこがどこか脆さにつながるものを内蔵する理由になる気がする。
 ここで言う現代芸術は普通の家では展示出来ないほど大きいものを念頭に置いているが、本来そのように大きな作品は宗教の礼拝の対象として作られたものであって、現代美術で同様の巨大さを求めるというのは、作品を神の位置に近づけたい思いがあるからであろう。そんな神々の鎮座する場所が現代美術の美術館だ。だが、それらはみなどこか新興宗教のいかがわしさのうようなものが漂う。森村泰昌はかつて現代美術をいろいろと見ながら、どうしてこれが芸術なのかと思う一方、自分の方法を見出せなかった。これは正直な思いで、森村のような美術家でなくても、現代美術を見てどこが神々しいのかさっぱりわからないと言う人は多い。そこに現代美術は単なるちょっとした思いつきを大きく引き伸ばしただけの造形に過ぎず、面白さの底は浅いと見る向きもある。そうした現代美術が100年後に滋味を増すかと言えば保証はない。現代美術もどんどん消費され、その時その時で流行作家を生むだろう。ファッションも芸術になり得るとすれば、芸術も単なるファッションになり下がるものであり、現代美術がその一翼を担い続けないはずはない。それにとにかく美術館は増える一方であり、その壁面を埋める、あるいは広大な床を埋める作品は所望される。そんな現代美術でもやはり世界的巨匠とみなされる人と、日本だけで評価される人があり、現代美術家にも勝ち組と負け組とに自ずと分かれ、勝ち組は自分が思ったとおりに、神殿である美術館に信仰礼拝の対象と同じように設置され、人々の眼差しを浴び続ける。だが、信仰の対象は神殿にだけあるものではない。現代美術として掬い上げられる作品が、すでに誰かが評価してそこそこの市場価値が備わったものだけに集中するのであれば、それは非常に危うい行為だ。だが、現実は美術作品は税金で購入されるから、ある一定の評価を得たものしか所蔵の対象にはならない。そこにも現代美術のいかがわしさが入り込む余地がある。ブログが面白いのは、個人が個人に向けての呟きであるからで、どこかの公認ブログがあるとすればおそらく味もそっけもないどころか、嫌らしさすら感じるだろう。美術も実は同じことで、本当は作者個人との対話から始まってそれに終わるべきものだ。だが、美術館が介在することで、権威が見え隠れし、美術品にはその真の姿以外の詰まらぬオーラが幾重にも覆われたりする。特に現代美術はそうだ。そのためにも人は喜んで鑑賞しようと思わないのではないか。
 さて、今回は「鑑賞の手引き 出品作家・作品について」と題する6ページのパンフレットが用意された。これはなかなか親切な試みだ。会期中に展示替えがあったが、全部で50点ほどが、「アートの新しい主役、物質と行為」と「アート? それとも現実?~ゆらぐ境界」というふたつの章に分けて展示された。大半が日本の作家だ。チケットやチラシに印刷されたのは福岡道雄(1936-)の「ピンクバルーン」(66-8)でFRP成形によるうすピンク色の風船型をしたオブジェの集まりだ。子どもが見て面白いと思うだろうが、何だかとても古臭く見えた。ここで表現されている面白味はその後のコマーシャルな世界で繰り返し使用されたからかもしれない。村上三郎(1925-96)の「作品」(57)は絵具があえて剥落しやすいように描いた絵で、表面にアクリルの箱が被さり、その内部の下には剥落した絵具の細片が落ちて溜まっているのが見えていた。出来上がった絵よりも経年変化に意味があるとする作品だ。絵具が剥落してもなお美しい絵や彫刻、あるいは漆を使用した道具があるが、この作品がそうしたものと同じほど何百年も所有されて人に鑑賞されるかどうか保証はない。続いての難波田龍起、白髪一雄、田中敦子、三木富雄といった著名な作家の作品は日本の現代美術の定番で、どの館にもあるようなものだ。文句も出ない代わりに特別の面白味もないと言える。金山明(1924-)の「MARCH 5」(57)は、ペンを取りつけたラジコン・カーを操って描いたもので、やはり発想に作品の見所のすべてがある。遊びの要素を濃厚に秘めたこうした作品も現代美術の大きな特徴で、早く思いついた者勝ちだ。赤瀬川原平(1937-)の「大日本零円札」(67)は、本物のお札のように印刷した0円札で、これは作者が500円と交換に実際に販売していたものだ。筆者も20年ほど前に作者に送金して入手したが、友人に貸した切り戻って来ない。やなぎわみき(1967-)の「案内嬢の部屋B2」(97)は大きなカラー写真だ。この人物の写真は何年か前にまとめて見たことがあるが、異才ぶりを遺憾なく示すその作品は、美術館の展示を前提にしつつ、その風格を充分に持つ。写真はいくつかの場面を合成してひとつの現実にはあり得ない光景を作り出すもので、ポール・デルボーの絵画に似たその夢のような味わいは、写真ならではの視姦性を濃厚に宿して新世代による写真の可能性を大きく広げている。同じく写真作品では森村泰昌(1951-)の「肖像(ファン・ゴッホ)」(85)があった。大阪生まれのこの作家の作品を大阪が所蔵しない手はない。同じく大阪生まれの三上誠(1919-72)は廊下の壁に4点の紙に描いた5、60年代の作品があった。どれもピカソ風であまり感心しなかった。泉茂(1922-95)も同様に大阪が生んだ画家で、本格的な評価はこれからだが、今回は銅版画やリトグラフが4点並んだ。トランプや自転車が擬人化されて描かれ、浜田知明をもっとあっけらかんとした調子がある。湿っぽさのないのが大阪人の特徴と言えるかもしれない。郷土に因む作家の作品を押さえるのは当然のことだが、その点大阪市はしかるべき視野のもと、収蔵に努めているようだ。
 外国作家としてはケネス・ノーランド(1924-)、ルイーズ・ネヴェルソン(1899-1988)、ゲルハルト・リヒター(1932-)、ピーノ・パスカーリ(1935-68)、ルイ・カーヌ(1943-)、ジャン・デュビュッフェ(1901-85)の6名で、ヴァラエティに富んだ選択だ。最も大きな作品はネヴェルソンの「6000000へのオマージュ1」(64)で、廊下の奥の部屋の床半分を占めていた。4段に積み重ねられた合計60個の同じサイズの箱の中に家具の断片が詰まっている。全部真っ黒に塗られているのはこの作家の作品の特徴だが、とても女性とは思えない作品の密度がある。タイトルにある600万の数字は第2次大戦で虐殺されたユダヤ人の数を示すそうで、このユダヤ人作家のアイデンティティを証明してもいる。作品は巨大だが、60個の箱には番号が振られており、それにしたがって積み重ねればよい。そのため保存や移動にはさほど困らない。こうしたアイデアもどこか女性ならではの秀逸なところだ。1個ずつはさほどではなくても、それが集合になれば大きな1個となるアイデアは、パスカーリの作品
「海」(66)にも見られる。この作品は「6000000へのオマージュ1」の真向かいの床に展示され、第2室の床のもう半分を占めていた。パスカーリはイタリア生まれで、33歳で死去した。「海」はいかにもイタリアの地中海を思わせるすがすがしさを伝える真っ白な作品だ。底が正方形の木枠に白地のキャンヴァスを張って4隅にカーヴを形づくった同形のオブジェを24個縦横に整然と並べ、全体として海原を想起させるが、中央に稲妻状の黒く塗られたギザギザの形をした細長い板が1本差し込まれてアクセントを形づくっている。第2室の壁面には絵画が3点で、リヒターの「ドゥインガーの肖像」(65)、カーヌの「切り抜かれたカンヴァス」(71)、ノーランドの「メッシュ」(59)で、いずれも多彩な作品を大阪市が所蔵することを示す。だが、総花的に収集するのも限界があるし、どうせ買うなら、他の館があまり所蔵しない作品を念頭に置いてほしい。3000点の収蔵品の全貌は知らないが、それほどの数が集まっているのであれば、まともな美術館を建てることが先決だろう。そうなれば歴史の重みがまだない現代美術作品もより神々しく見えるかもしれない。
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by uuuzen | 2006-07-02 01:54 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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