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●『大絵巻展』
期終了間際になってようやく出かけた。2日の金曜日だ。京都国立博物館は金曜のみ夜8時まで開館している。



●『大絵巻展』_d0053294_2395644.jpgゆっくりと人のいないところで鑑賞出来ると思ったが予想は見事に外れて、今までに最も混雑した会場を目の当たりにした。若冲展以上で、8時近くになってもほとんど館内は超満員で身動きが取れないほどであった。あの人々はその後すぐに建物から出たのであろうか。8時までならたっぷりと見られると踏んで、5時頃に着けばよいと考え、天気もよいので四条河原町から鴨川沿いを歩いて行った。四条大橋のたもとの近くに70近い老人が飴細工を売っていた。薔薇とかペンギン、ピカチュウといった形は昔とはかなり様子が違う。少し話をしたところ、昔よくあった干支を扱ったものはもう売れないそうで、自分の子どもの干支が何か知らない母親が急増しているらしい。それにしてもせいぜい数種類ではレパートリーが少な過ぎる。競争相手もいなくなって技術も落ちてしまったのだろう。その後、川沿いを五条大橋まで歩き、信号をわたって東に向かった。200メートルほど先に郵便局が見えたからだ。そこで風景印を捺してもらい、すぐ手前の道を南に歩き始めたところ、右手に京料理店があった。ちょうど明かりも灯ったばかりで、たずまいがなかなかよく、早速風景印を捺してもらったページに写生した。描いていると近所のおばさんが通りがかりに話しかけて来た。それも済んでまた先に歩むと、急に耳塚が目の前に見えた。『ああ、そうだったのか』。観光客はめったに踏み入れないような、いつもとは違う裏通りは歩いてみるものだ。ちょっとした旅行気分が味わえ、何でもない風景に心が動く。博物館の敷地に入ると、長蛇の列が見えて驚いた。20分待ちとの整理用員の声が響いた。予想は外れた。これは後日わかったことだが、その列に家内の実家に毎月やって来る奈良葛城の寺の住職親子が並んでいたらしい。筆者の姿をすぐに見つけたが、館内に入ればまた出会うと思っていたところ、あまりの混雑ぶりに姿がわからなくなったそうだ。サングラスをかけていたのに、筆者はよほど目立つ漫画的な風貌をしているらしい。知らぬ間に本当によくいろんな人から見られていて、随分後になっていついつ見かけたと言われる。
●『大絵巻展』_d0053294_2381077.jpg さて、チラシには『国宝「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」など一堂公開』との謳い文句がある。最初この展覧会の開催を知った時、またかという気持ちになった。京博では1987年4月に『絵巻』と題する特別展覧会が開催されている。その図録が手元にあるが、モノクロ図版が大半のためもあって、古書店では100円程度でよく販売されているのを見る。今回はおよそ20年ぶりであり、同じような内容の展覧会であっても久々ということで人は足を運ぶだろう。それに「大」がついて、87年展より大規模であることを主張している。図録は2800円だったか、若冲展や蕭白展同様に分厚いもので、出品作はみなカラーで収録されているので、ちょっとしたコンパクトな絵巻入門書として役立つものであったが、買わなかった。とにかく超満員の人ではじっくり鑑賞する気分からはほど遠かったが、それでも閉館間際まで見たので通常の展覧会の倍近い時間を費やした。にもかかわらず全部をじっくり見た気分にはなれなかった。館内にいても、数珠つなぎの人の列が停滞したままで、鑑賞するより待ち時間の方が長かったからだ。館内の奥に進むほど人はまばらになるものだが、今回はそうではなく、どの部屋も同じほどびっしりと人が詰まっていて、他の日はわからないにしても大成功ではなかったろうか。観光客もたくさん混じっていたと思うが、京都見物がてら、めったに見られない本物に接しようと考えてのことだろう。京都にやって来る人々のひとつの大きな目当てとしてこの博物館の特別展示があるに違いなく、筆者もまたかと思うのではなく、昔見たものでもまた新たな気持ちで接するべきかもしれない。「文化財は、保護の観点から年間の展示期間が制限されていることが多く、これほどまとまって絵巻を鑑賞できるのは貴重な機会です」とチラシにあるが、今回の出品作はすべて6週間ほどの会期のうち半分ほどの展示で、全部見ようと思えば最低でも2回訪れる必要があった。その意味でも全作品の全部分の図版を載せる図録は価値があるだろう。今回は1「巻物に描かれた物語」、2「絵巻の古典」、3「絵巻を描いた画家たち」という3つの章に展示が分けられ、各章とも壁面のガラス・ケース上部は異なる色のフィルムがびっしりと貼り詰められて、絵巻の画面に視線が集中出来るような配慮がなされていた。87年展は当時では空前の規模で、全83点の出品で今回の52よりかなり多い。これは巻物ばかりではなく、冊子や屏風の展示もあったからだ。また出品目録を比較してみたところ、87年展に出品された半分は今回は出品されず、今回の10点は87年展には出品されなかった。つまり、今回の42点は87年展にも出品されたことになり、「大絵巻展」の「大」は眉唾ものということになる。しかし、さらに子細に見ると、同じ絵巻でも双方の会では差があって、今回はほとんどだぶりのない巻が展示された。それに全く同じ会場での展示で52点というのは、巻物だけに絞られ、しかも87年展より長く広げられたと考えてよい。国宝や重文が中心となっているのはどちらも同じで、この展覧会がめったに開催されないものをよく示している。たとえば今はない大阪の出光美術館が開館5周年記念として1994年に開催した『伴大納言絵巻展』は、国宝の絵巻ひとつだけの展示であったが、それほど国宝の絵巻の展示は特筆すべきことで、今回のように国宝18点、重文26点といった内容は、通常のちょっとした展覧会を束にしてもかなわない濃密なものと言える。
 また、今回はたとえば「一遍聖絵」のように、この20年の間に新たに表具された巻物の展示も含まれ、新しい成果の披露の意味もあるだろう。それにチラシにも「現代の映画や漫画、アニメーションのルーツともいわれます」と書いてあるように、アニメ世代、つまり若者に見てもらいたい思惑も見える。実際会場には20年前の展覧会を知らない20代が目立った。世代によってこうした日本の古い美術の見所は変わるはずだが、名作として圧倒的に人気のある作品よりも、むしろあまり知られないようなものに好みを見出せればわざわざ訪れた意義も大きい。筆者は20代半ばに白描絵巻に強い関心を抱き、今も特別な思いがあるが、今回も出品された「尹大納言絵巻」はそんな作品のひとつで、特に興味深く見た。これは高さ20センチに満たない小幅な巻物で、線描もきわめて細い筆で引かれ、いかにも秋草や月夜が似合う内容になっているが、そこに描写される烏帽子や女房の長い黒髪のベタ塗りが適当なアクセントになりつつ、画中人物の会話の文字の連なりも相まって、絵画的にも白描絵巻にしか見られない芳しさをかもしている。また、唇だけは赤で描かれているが、あまりに小さいためによく見ないとわからない。そうしたミニアチュールを楽しむような細部の味わいがこの絵巻の持ち味で、作品の存在感は絵の大きさではないことをよく示す。絵巻は華麗な色彩と躍動感に特徴があると思っている向きにはこうした白描絵巻は新鮮に映るのではないだろうか。墨の骨描きのみであれば下絵と同じような未完成を思いがちだが、ここにはそうしたところはなく、余分なものを削ぎ落とし、余白に無限の意味を込めた完成度がひしひしと伝わる。たとえば白描絵巻の代表と言えば、今回も目玉になった「鳥獣戯画」があまりに有名だが、そこに登場する空想の存在も含めたあらゆる動物から一旦視点を植物に移すと、秋草の描写のあまりの巧みさに改めて感心する。現在のアニメーターはあるいは習練しだいでは「鳥獣戯画」における擬人化された動物を同じように描き切ることは出来るかもしれないが、さて、そうした動き回る動物の間に配された秋草をとなると、まず情緒豊かに描くことは難しいだろう。それは秋草を身近に見て味わうことが出来なくなってしまっている現代人の置かれている事情が大きく関係している。個人的に田舎に住んでいて秋草をよく知っていても無理だ。社会全体がもう本当の秋草の味わいを楽しめなくなっているからには、仮に巧みに描いてもそれは評価はされないからだ。「尹大納言絵巻」にも独特の秋草が配されているが、それらは一見して文様的で、「鳥獣戯画」のような流麗な巧みさはない。それでもまた違った愛すべき表情を濃厚に漂わせている。それは和歌に詠まれるシンボルとしての秋草の視覚表現としては実に理にかなったものであり、和歌がもはや平安時代のように機能しなくなっている現在では、この秋草の表現もまた遠い過去の残像に見え、それが限りなく美しく感じさせる。
 同じような意味合いで、絵巻に描かれるあらゆる表現が今はもう別世界の出来事で、絵巻によってしか感得出来ないはかなさとして目に染みる。だが、時代が変わっても変化しない人間の思いはあるし、そんな観点に立てばどの絵巻も現代的で、それでこそ国宝や重文としての価値もある。たとえば国宝「華厳宗祖師絵伝」はあまりに有名な鎌倉時代の絵巻だが、そこに描かれる奇跡は、愛する人に対する献身を示し、その人間としてあり得べき普遍的な行ないが信仰を超えて現代人の胸を打つ。唐から日本に帰国する義湘の後を追うために海に身を投げ入れる善妙の顔は忘れ難い表情をしており、それだけでもこの絵巻を描いた画人の栄光は永遠に輝くと思うが、こうした絵巻を続々と生み得たのは何の力であったかと思う。同じような意味で「信貴山縁起」もそうで、これが無名の人物の手になるものであることは、なおのこと現代でもそのような絵を描ける才能がないことを納得させる。さて、不思議なもので、時代が遡るほどにいい絵巻が存在していたと言ってよい。87年展では奈良時代の「絵因果経」が最初の作品として出品されたが、それを見た時の感動は今でもよく記憶している。今回はこの出品はなく、代わりに江戸時代のものが2点展示された。だが、名品は文句なしに平安、鎌倉にあって、室町後期や江戸時代の絵巻はありがたみが減少する。だが重文がないわけではなく、よく知られる絵巻もある。今回も出品された「福富草紙」はそんな作品だ。だが、そこに描かれる世界はそこはかとない幻想さを伝えない点で、あまりにも現代にそのまま通ずる訓話となっていて、面白味もまた平安時代の絵巻とは別のところにある。この絵巻は、屁を自在に放つ芸によって金回りのよい男をうらやましげに見る家族が、男から芸の秘訣を教わって自分たちも同じように収入を得ようと考えるが、教えてもらったのは下痢になる方法で、それをそうとは知らずに信じ込んでしまった夫はのこのこと貴族の屋敷に出かけて芸を披露したところ、脱糞してしまい、こっぴどくぶたれた後、血みどろになってボロ布のようにすごすごと妻や子どもの待つ家に帰るという話だ。愚かな家族たちの風貌がいかにも卑しい感じで快活に描かれ、まるで現代のドラマを見る気がするほどだ。屁や糞といった内容は、平安時代の「地獄草紙」にも連なるものとはいえ、ここでは笑いとつながっている点で、より漫画に近いと言ってよいが、そうした平民の生活が表情豊かに描写されるのもまた絵巻の可能性と思えば、いかに絵巻があらゆる感情を扱って来たかが改めてわかる。絵巻と言えば反射的に中央公論社の『日本の絵巻』を思い出す。第1、2期を合わせて40巻ほどあったろうか。その全巻を一度じっくりと目を通す必要があると思いつつ、長らく機会を得ないままでいる。それは本に仕立てた巻物では味わいがかなり異なるという思いが強いからでもあるが、今回つくづく思ったのも、本物の顔料の色合いや紙の質感が圧倒的に美しいことだ。物見遊山でやって来た大勢の人も同じ感慨を抱いたのではないだろうか。本物を見た後で本で改めて勉強するか、あるいは本で知識を得てから本物を見るか、そのどちらも大いに実践して絵巻の世界の奥深さにさらに進むべきだろう。だが、誰しも人生絵巻は短い。20年先の絵巻展まで生きているかどうか。
by uuuzen | 2006-06-27 02:41 | ●展覧会SOON評SO ON
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