●アルバム『Joe’s Xmasage』解説、その6
初の結婚生活が2年ほどで破綻した後、ザッパは小さなレコーディング・スタジオを買い取って、今度は自分でそれを「スタジオZ」と命名して営業し、そこで自らの演奏を録音することにも精を出した。



23歳頃に結婚と離婚を経験し、ひとり住まいで自活していたのであるから、かなり大人びていた。筆者の息子は今ちょうど同じ年頃だが、大学の授業料を始め、食事や洗濯などすべて親がかりで、アルバイトで稼ぐお金も全部自分の好きなことに費やしているから、「Yo’ Mama」の歌詞を理解させてやりたいが、23にもなればもう何を言っても遅い。あるいは、ザッパは52で死んだから、それを今の平均寿命に伸ばせば、23は30くらいになるかもしれず、今の若者も30が成人とみなした方がいいかもしれない。また「40年前は今とは違う」と今の若者は反論するだろうが、それを言えば、ザッパが語っていたように、昔の方がもっと大人が支配する世間は恐ろしいものであった。そのためもあって、1940年生まれのザッパは20歳を迎えた時にはすでにしっかりせねばならないと考えたであろうし、好きな道で生きて頭角を現わすにはどうすればいいか、日夜考え、習練を重ねた。スタジオをかまえてもそれだけの収入で食っては行けず、週末の夜には100キロほど離れたホテルまで走ってバンドのギタリストとして演奏したが、そんな賃仕事がその後の活動の栄養になったから、アルバイトするにも本当は自分がやりたいことを見定めたうえで何か得ることが大の仕事を選ぶべきだ。つまり、ザッパは生活費を稼がねばならなかった状況にあった時でも、それは無駄ではなく、むしろその時の経験がその後にプラスになるように、一種の学校の授業のように機能した。それは学ぼうとする意欲があってこそは言うまでもないが、同じアルバイトをするにも自分が一番うまく出来ること、やれること、そして目指しているものに近いことに携わろうという、将来をしっかりと見定めた思いがあるからだ。その意味で、ザッパはスタジオにいて演奏や録音をしている以外の時でさえも、効率よく音楽に全精力を注ぐことが出来た。これは芸術家としては見習うべきことだ。簡単に人を見下し、自分ならもっとたいしたことが出来ると自惚れる若者が増えていると最近の新聞で読んだが、そんな若者が将来なりたい存在に向けて励んでいるならばいいが、自活をせず、しかも意に沿わないようなアルバイトで茶を濁しているのであれば、まずザッパのような有名人にはなれないし、その音楽を心底理解することも不可能だ。若い時は時間はゆっくり過ぎるが、それでもどんなわずかな時間でも自分のやりたいことに利用するくらいの心がけがなければ将来の大成はない。どうやって食べて行くかの心配と、どんな作品を作り上げて行くかの絶えざる不安を併せ持った格闘を始めるのは、本当はザッパのように成人してすぐに親元からひとり立ちしてからがよい。無理も利くし、たとえ失敗しても何度でもやり直しも出来る。それに失敗もまた考え方次第でどんな栄養にもなるからだ。
d0053294_241261.jpg ザッパの1966年のレコード・デビュー後の活動は、ビートルズがそうであるように、発売されたアルバムを順に聴き込むことで誰でも把握することが出来る。それは植物にたとえれば地上に出ている部分であって、あらゆる観察が行き届く点で神秘性の度合いからは限界がある。植物の全体は地上に出た部分だけではないことはみんな知っている。だが、地下の根に関心を抱く人はあまりない。このことは生け花においても根はまず扱わないことからもわかる。地下から養分を吸収したり、あるいは物理的に地上に出ている茎や葉、花を支えている点で、根は植物には欠かせない。通常は見えなくなっているそんな重要な部分に対し、時に想像力を飛翔させるのもよい。地中にある根は決して美しくはないが、欠かせないもの、そして根本という意味において、地上に現われているものの理解を深める助けになりこそすれ、その逆は決してない。レコード・デビューに至るまでの基礎、つまりのザッパの根に相当する年月は離婚後から4年ほどと考えてよい。その間に録音された一端が『Joe’s Xmasage』に詰め込まれている。そしてまた、このアルバムはデビュー以降のザッパのあらゆる活動を子葉として持つ種子とたとえてもよい。1個の種子はすでに遺伝子的にそれが将来どのように成長して行くかのプログラムを内蔵するが、ちょうどそれと同じことで、このアルバムはあらゆる想像を惹き起こしてくれる点で、プロト・デビュー・アルバムと言えるだろう。ザッパ自身がこの根、あるいは種子に相当する初期の活動をどう思っていたかは今となってはわかりにくい面も多いが、録音魔であったことだけは確実にわかる。そこには録音テープさえあればそれがレコードという商品になり得るという、商売への嗅覚が敏感に働いていたことがまず見える。結果的にそれは実に正しい判断で、それがあったからこそ、この『Xmasage』も今頃になってCDとして発売される。ザッパがもし録音を残さなければ、永遠に誰も実体はわからず、それこそ想像の飛翔にも限度がある。
 先日来、すでに何回か書いたが、今夜はギター・ソロのことを書く。ジャケットの裏面は帽子を被ってギターを演奏するザッパを背後から写した写真が使用されている。それはジャケットの表写真に写るザッパの頭上にも貼られている。それをトリミグして拡大使用したものでないことは、ギターのネックの先あたりがぼけていないことからもわかる。つまり、このなかなか格好いい写真はネガは存在にしても、少なくとも1枚の独立した写真はザッパの家族が保管していることになる。こうした写真が使用されていることも、このアルバムの特筆すべき価値をよく伝える。これがもし、MSIから出た『Cucamonga Years』におけるザッパとは関係のない写真や、あるいは『Mistery Disc』のような文字だけのデザインであれば、ありがたみは半減した。その意味で、このアルバムはジャケットだけでもザッパ・ファンに対するクリスマス・プレゼントを保証している。さて、ジャケット裏面のギターを演奏するザッパの写真に相応しい演奏が8曲目に収録されている。全11分21秒の最初の2分近くは演奏前のザッパによる指示で、正味は9分未満だ。だが、この曲の最後にそのまま接続されるはずの部分が、『Mistery Disc』に「ボサ・ノヴァ歪奏曲」としてすでに発表されていて、それが2分15秒あるので、本来この曲の正味の演奏部分は11分半ほどと長いものであった。演奏は65年3月25日と報告されている。すでに100キロも離れたホテルで演奏していた時期からは遠いが、実際演奏はザッパ独特の個性が随所にある。ドラムとベースをしたがえ、ザッパがアコースティック・ギターを演奏するトリオ演奏である点は、76年のパトリック・オハーン、テリー・ボジオと一緒に録音した「The Ocean Is The Ultimate Solution」(大海、すべてを溶かす)と共通するが、そうしたことのほかに、途中で転調しない伴奏のリフに載せて延々とソロを自在に展開する様子がすでにこの時点に完成していたことが興味深い。同じようなトリオの演奏はクリームがブルースを基調にしてもう少し後年に売り物にして大人気を得るが、それとは違った形態のギター・ソロを主にしたトリオ演奏がすでにここにあることを、ザッパ・ファンは自慢すべきだ。ザッパは後年ギター・ソロ曲ばかりを収録したアルバムを発表するが、背後に分厚い伴奏をしたがえたギター・ソロ曲の原点、つまり種子がここに明確に存在していたことをこのアルバムはようやく伝えてくれた。『Mistery Disc』のわずか2分少々ではそれはとてもわからなかった。また、イントロでベーシストのボビー・サルダーナにリフ・ラインをいろいろと指示するザッパは、まるで映画『ベイビー・スネイクス』のイントロと同じで、これまたザッパがどのようにしてみんなに曲のイメージを指示し、自分の音楽をたちまちの間に構築して行くかの実例を示す。この曲には、週末にホテルのラウンジでギター演奏をしていた経験や、それより以前のギターの練習など、全部がひっくるめて流れ込んでいる。この曲を「The Ocean Is The Ultimate Solution」のさらなる「The Ultimate Solution(究極の解答)」とみなしてよいところに、このアルバム『Xmasage』がクリスマスのまたとないメッセージとしての贈り物となっているように思える。

●2001年9月23日(日・祝)夕
夕方。夢に見た肌色の本の由来がわかった。昨日伏見稲荷の土産店で若冲がよく描いた布袋像と同じ格好のものがあったのに、上半身の露出した肌の部分も含めてほとんど全身が暗い黄土色に塗ってあった。店のおばあさんも肌色のものがあったはずと言いながら、今はないとの返事。それで肌色が夢に出て来た。筆者の買った布袋の下半身は濃い紅色で、これが数年で色が飛んで淡い赤茶に変化してしまう。しかしそれもいい味だ。伏見稲荷の朱塗りの鳥居や社も光が当たる部分はみな色が褪せてしまっている。また伏見人形は置いた時に見える前面だけが彩色してある。背面の造形もしてあるのに色を塗らないのはかなりの手抜きのようだが、実際は昔々からの伝統を守っているらしい。布袋像は上半身がほぼ裸であるが、先日から稲垣足穂が晩年は伏見に住んでいたことを思い出している。伏見のどこかはまだ調べていないが、畳の部屋で上半身裸、まるで布袋さんのような格好で机に向かって原稿を書いている写真を見たたとがある。工作舎が今年創立30周年を迎えて、執念からか、1975年に出した足穂の『人間人形時代』を復刊した。店頭でちらりと見たところ、赤と黄色だったか、派手な色の新しい帯が余分についていたと思う。当時の価格は1975円で、筆者の本には買った時のレシートが貼りつけてあって、75年4月22日の日づけがある。それに同時期に観た「モンパルナスの慕情 キスリング展」の半券も挟んである。それはどうでもいいが、本の中央に穴が開いて向こうが見える『人間人形時代』には3編が収録されていて、その2編目が「人間人形時代」だ。だがこれは伏見人形とは関係がない。足穂の文章にはレイモン・ルーセルに近い魔訶不思議さが漂う。挿入図版の趣味ザッパ-シェンケル好みだ。今回の復刻は2001円ではなく、もう少し高くなっていたのは止むを得ない。『大論2』は予定では5500円だが、買う方はたまらないけれど、いっそのこと行け行けゴーゴーの5555円だと面白いと思ってみる。
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by uuuzen | 2006-06-23 23:59 | ○『大論2の本当の物語』 | Comments(0)


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