●『人のかたち-もうひとつの陶芸美』
楽に行った話の続きとして、18日に信楽で見た展覧会について書こう。副題は「カルチャー・ギャップなやきものたち」で、これは確かにそのとおりだ。珍しい、そして迫力ある作品が目白押しで、わざわざ遠くまで出かけた甲斐があった。



d0053294_0433565.jpg信楽に県立の「陶芸の森」という施設があることは昔から知っていた。もう出来て10年ほどになるだろうか。去年信楽を初めて訪れた時、このすぐ脇の道を車で走り、MIHO MUSEUMの看板も何度も見た。その後まず同館を訪れて、そして今回ようやく陶芸の森に立った。去年は佐川美術館も訪れたから、これで滋賀県下の気になっていた美術館はみな行ったことになる。車があればこそ、そして息子に彼女がいないため、親の行きたいところにどうにか連れて行ってもらえる。いずれ筆者の望みどおりに走ってくれることはなくなるから、せいぜい今のうちだ。信楽は滋賀県にあるものの、山部なので別の県のような気がする。京阪神に住んでいても、信楽の正確な位置を思い描ける人は少ないだろう。だが、ここは歴史がとても古いところで、奈良の大仏は最初は信楽で想定された。聖武天皇は天平時代に信楽に新しく都を設け、大仏を作り始めたが、鋳造がうまく行かず、また自然災害がよく起こるなどしたため、また平城京に戻り、そして東大寺が建った。信楽に都があったのは3、4年間だが、今でも宮の建物の礎石が残り、規模がわかる。聖武天皇はこの地を「紫香楽」と名づけた。なかなか芳しい字面で、それを使えばいいと思うが、今は信楽となっている。「しがらき」は「山に囲まれた地」という意味の朝鮮語に由来するとの説がある。「奈良(なら)」も同様に朝鮮語では「国(くに)」の意味があり、当時は朝鮮半島と往来が激しかったことをよく伝える。信楽はたぬきの置物、すなわち陶器の町として有名だが、その源流を遡れば朝鮮半島からやって来た人々がこの地に焼きものの技術を伝えたことにある。これは渡来人の土師(はじ)氏だ。奈良や河内、和泉などの地方は土師(はじ)氏が古墳の築造を担当し、埴輪の制作にも力を発揮した。
d0053294_0504841.jpg 信楽に行くために地図をネットで調べて何枚も印刷した。そして位置を充分に確認したが、国道1号線の瀬田から南下して山中を抜けるルートのほかに、宇治の万福寺の裏の山道から東に進むルートもあることを知った。一昨日、信楽から京都に戻る時は、瀬田川沿いに北上して石山寺の前に出、そして国道1号線に入った。途中、茶畑があった。宇治に近いのでそれも当然だ。こうしたことは電車やバスを乗り継いで行ったのではわからない。天平時代の人々は天皇も初め、みなこうした川沿いの山道を信楽まで行ったことになるが、紫香楽宮あたりは山に囲まれた平坦な土地で、道路沿いに延々と並ぶたぬきの置物を除けば今でも当時とはほとんど風景は変わっていないだろう。京都にも渡来人に強く関係する有名寺社が多いが、たとえば伏見稲荷大社は秦氏の創建で、今もその界隈で売られる伏見人形も源を辿れば土師氏に行き着く。伏見人形店の老舗である丹嘉の店内には、確か「土師」と染め抜いた暖簾がかかっていたはずだが、それは古墳時代にまで祖先、そして家業が遡るという自負を込めたものだろう。伏見人形は日本全国の土人形の始祖で、そのような確固たる伝統が現在も少なからず芸術家にヒントを与えていることは今回の展覧会でもよくわかった。陶芸の森は山の斜面を利用して3つの建物からなる。頂上に陶芸館、麓には創作研修館、中腹には信楽産業展示館がある。陶芸館の横にも駐車場があることを後で知ったが、麓に車を停めて、陶芸館正面までまっすぐ伸びる階段を上がった。一旦中腹で芝生の広場を歩くが、階段は全部で200段以上はあった。そのため陶芸館の正面に立つと見晴らしがとてもよく、信楽をぐるりと見わたすことが出来る。ここだけを訪れるのに1日費やすべきだが、いつものように時間との競争で、ちょうど1時間しか鑑賞出来なかった。そのため、出口近い場所の展示はじっくりと見ずに終わった。このような充実した展示物がここだけの公開であるのは惜しい。3か月の会期とはいえ、大阪や京都からでは何度も行く気にはなれない。たとえば京都国立近代美術館で開催すれば、10倍の人が見たに違いない。だが、あえてこの館でやったところに意気も意義もある。
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 図録は2000円だった。5時になっていたのでそそくさと館を後にし、結局買わなかった。チラシは所有していたはずだが、さきほどさんざん探しても出て来なかった。展覧会のタイトルにあるように、陶器で作った人体、つまり土人形の展示と言ってよい。たとえばアキオ・タカモリ(1950-)は九州育ちでアメリカ在住だが、近年は土人形に関心を寄せて、素焼きに彩色する像を今回は出品していた。そのような観点から見れば、今回のどの作品も伏見人形のアレンジに見えなくもない。日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど、世界11か国から26作家を紹介し、アメリカの作家が全体の半分近くを占めていた。入ってすぐ、ロバート・アーネソン(Robert Arneson)(1930・92)の「芸術は死んだ」(1988)があった。アーネソンはカリフォルニア大学デイヴィス校陶芸科で教え、そのスタジオTB-9は数々の教え子を育んで名高い。「芸術は死んだ」は2メートルほどの高さの円柱の頂上にジャクソン・ポロック(1912-56)らしき人物の頭部が置かれ、その下にひどくねじれた体らしきものがついて底に至っている。そして底部正面の銘板風にデザインされた枠の中には「POLLOCK」と彫られ、それが×印で消された格好になっている。ポロックの自動車事故死を嘆いて作られたものだ。似た形の作品として「処女の泉」があった。これは頭部はアーネソン自身になっていて、頭から血が流れるようにして水色の「水」が円柱を伝って下部まで届いている。そしてアーネソンは舌を出してその水を舐めている。素焼きにこの水色の釉薬だけが目立つ。「石棺」(84-5)と題された作品は今回の特筆すべき大作で、この1点だけでも訪れた価値が充分にある。アーネソンの作風は風刺漫画的要素が強いが、この作品も同様で、冷戦時代後半の軍人を皮肉る。まるで金属に見えるほどかっちりと作られた迷彩色の大きな横長の棺桶のうえに、3体の動物顔をした軍人のトルソが並ぶ。3人は牙や角を持った獣として表現され、口や手は真っ赤に血塗られている。棺桶正面は大きくくり抜かれて内部が見え、そこにピース・マークのついた杖を胸に抱いて横たわる青白く痩せた死人が収納されている。これはルネサンス絵画にある墓碑の伝統を引用し、それを漫画的立体としたものだが、作品は幅が4メートルほどはあったろうか、とにかく圧倒的な存在感があって、日本の陶芸のイメージからは遠い。巨大かつ緻密、そしてカラフル、題材も社会的で、陶芸を活気ある、そして見て面白い現代芸術の域に高めている。政治風刺の点から見ても、日本ではまず出現しない才能だろう。
 パッティ・ワラシナ(Patti Warashina)(1940-)は60、70年代のポップ・アート、西海岸のファンク・アートの源流に位置する女性作家で、エトルリアのテラコッタや中世イタリアの陶器女性像にヒントを得つつ、フェミニズムの立場で表現する。「女王#1」と「扇を持つ女王」(2001)はともに高さ2メートルを超える全身立像で、中世イタリアの現代版といった感じで、フェリーニの映画に似た感じを与える。ピーター・ヴァンデンバーグ(Peter Vanderberg)(1935-)はアーネソンに学んだ最初の卒業生のひとりで、野菜を人に見立てた作品で知られ、75年あたりから人物表現をするようになった。「ゴッホと黄色い家」(98-9)は、ゴッホの上半身の肖像で、頭上に家がある。ゴッホも家も、ゴッホの油彩のタッチで彩色されている。同じ作風のものとして「ジャコメッティ」(84)があった。ジャコメッティのあの細長い彫刻のようにジャコメッティの顔が表現された上半身像だ。トニー・ナツーラス(Tony Natsoulas)(1959-)もスタジオTB-9で学んだ。作品はチケットに印刷されているが、高さは身長ほどもある。ギターを持つビートルズやオードリー・ヘップバーンを題材に作っていたとのことだが、今回は18世紀イギリスの風刺画家ウィリアム・ホガース(1699-1764)の「マジッリ・ア・ラ・モード」を現代風にアレンジした「天使たちのア・ラ・モード」(2002)など、シリーズものを3体出品していた。頭がソフト・クリーム、衣装はキャンディといったように、いかにもアメリカの現代風俗をコミカルに風刺する。マーク・バーンズ(Mark Burns)(1950-)はやや小さめの作品ながら、緻密で丁寧な仕上げは完成度の点では他の追従を許さない。「女神をおこらせて」(89)は、左側にTV、右は黄色のソファに座ってそれを見つめる青い衣装の男を表現する。どちらもパステル・カラーで彩りつつ、形はきわめて装飾的でやはり漫画世代をよく伝える。TVのうえには羽のある女神がいて、TV画面には大きな目がひとつ描かれる。男の衣装にはクロード・ヴィアラが売りとするある連続模様が引用され、アーネソンの後世代を納得させる。ヴィオラ・フレイ(Viola Frey)(1933-2004)は女性で、今回の展示の中では最大サイズの作品が並んでいた。「ワールド・マン」「ワールド・ウーマン」(91)は、スーツを着て立つ男女2体の全身像で、男の方は高さは3メートル以上はあったと思うが、分解して焼き、後でまた組み合わせている。60年代のベイ・エリア・フィギュラティヴやファンク・アートの洗礼を受け、アーネソンのトロフィやトイレをテーマにした作品から身近なものを題材にするようになった。
 他にも紹介したいアメリカの作家があるが、次にヨーロッパの作家。アルド・ロンティーニ(Aldo Rontini)(1948-)はフィレンツェに基盤を置き、型成形のテラコッタを作る。シンプルかつ大胆に人体の一部をデフォルメし、ごく一部に金彩を施す。地中海の雰囲気を強く伝え、赤茶色の素焼きの肌が美しい。「エロスの魚」(1990)は、トルソの首部分が大きく開いて魚の口になっている。人体と魚の融合だ。ポール・デイ(Paul Day)(1967-)は、アメリカのアーネソンと並んで今回最も衝撃を与えたイギリスの作家だ。テラコッタで表現し、釉薬は使用しない。3点あって、どれも幅150、高さ90、奥行き30センチほどの同サイズの直方体をしている。その内部に騙し絵のように浮き彫りで建物内部や風景を立体表現し、そして小さな人体を配置する。浮き彫りとはいえ、彫りは深く、そのため3次元の極端な遠近表現を可能としている。エッシャーやSF映画の影響を受けているのは明白で、その一方で西洋の教会建築の内部構造やファサードを積極的に引用して幻覚表現をよりリアルなものにしている。細緻な造形はまるで象牙細工のようで、圧倒的な緊張感と充実感は陶芸の分野では珍しい才能と思える。このような作品が出現するに至っているほど、陶芸の造形表現が多様に開花していることに驚いた。他にドイツのサビーネ・ヘラー(Sabine Heller)(1956-)のレンガを削って人物を表現し、それを分解して焼いた後またセメントで元の形につぎ合わせる作品、イギリスのサラー・スキャンプトン(Sarah Scampton)(1961-)の古代彫刻と壺を合体させたような作品、ハンガリーのシェラメル・イレム(Schrammel Imre)(1933-)の小品ながら、いかにも内部が空洞である陶器の感覚を伝える渋い色合いの作品、そして韓国の李基柱(イ・キジュ)(1940-)のブロンズに見えるような写実的な女性像など、どれも印象に強いものばかりで、現代陶芸の豊穰さを目の当たりにした気分であった。日本の作家としては、最初にまとまって藤平伸(1922-)の詩情溢れる作品があったが、よい意味にも悪い意味にもいかに日本的で、今回の中では違和感が強かった。最後にあった日野田祟(1968-)は目を引いた。赤塚不二夫の漫画のキャラクターをそのまま立体化したようなコミック世代特有の造形で、漫画の吹き出しをそのまま立体化した壁掛け用の作品もあった。素焼きに黒の輪郭線、あるいはパステル・カラーを多少その間に埋めるなど、緊張感を孕んで正確に引かれた線描はこの作家の並みならない工芸的実力をはっきりと伝える。しかし、同じように漫画に影響を受けつつも、アーネソンのような力強い存在感や痛烈な社会風刺は見られず、実際作品の肌の厚みはとてもうすくて脆そうであった。それはアメリカと日本の差でもあるし、技術と精神の拮抗の難しさも思う。会場後半の半分ほどはまともに見れなかったが、それとは別に今回だけでは語り尽くせないものを感じた。次はゆっくりと訪れてみたい。
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by uuuzen | 2006-06-20 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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