●「RAIN」
国的に梅雨入りした。それで前から予定していたこの曲を取り上げる。このカテゴリーで取り上げたい曲はたくさんあるが、なかなか季節が合わなかったりして滞りがちとなっている。



d0053294_2472793.jpg春先にぜひとも紹介したい曲が2、3あったが、時期を逸してしまった。また来年だ。季節に合わせることを考えずにどんどん書くのもいいが、なぜか気分に乗れない。また書くべき内容がネタ切れした時にはどんどん取り上げることもあるかもしれない。「RAIN」というタイトルだけを見て、どんな曲を思い出すかは人それぞれだろう。同じ曲名はビートルズにもあった。それに、同じく60年代にジリオラ・チンクエッティが歌った曲にも「雨」があった。これはイタリア語で「ラ・ピョージャ」だが、それでは何の意味かわからないから直訳したようだ。ここで取り上げるのはホセ・フェリシアーノの曲だ。ホセはビートルズが2年前に同名曲を発表していたことをよく知っていたのに、なぜ紛らわしくも全く別の曲に同じタイトルをつけたのだろう。それはいいとして、日本ではこの曲にどういう邦題をつけるか迷いがあったはずだ。前述のように「レイン」も「雨」もすでに使用されているから、「雨」に何か別の言葉をつけ足す必要がある。そこで「雨のささやき」となったが、これらラジオ番組で募集され、ファン投票で10月下旬に決まった。アメリカでは1969年7月に6枚目のシングルとして出たが、日本発売はそれからということになり、12月の発売だったろう。年が明けて70年1、2月に大ヒットした。雨すなわち梅雨という発想からすれば、季節はかなりずれているが、曲がいいためにそのことは関係しなかった。「雨のささやき」の邦題は、当時「風のささやき」という映画音楽の主題曲としても使用されたシングルが大ヒットしたことをまねしている。60年代まではこのように洋楽の邦題は使用する言葉に流行があった。そのため「ささやき」がつく曲はほかにもあるかもしれない。だが、今となってはこのタイトルは決して悪くはない。ホセの日本で最大のヒットは、この曲かあるいはドアーズのカヴァー曲「ライト・マイ・ファイア(ハートに灯をつけて)」のどちらかだが、シンガー・ソング・ライターの技術を発揮したものとなると本曲に軍配が上がる。カヴァー曲がいくらヒットしても、それはオリジナルより格が落ちると見られる。
 自分で作詞作曲して歌う才能はビートルズが登場してから一般的になった。プレスリーがいくら偉大でもその点は残念ながらであって、陰に隠れて見えない作詞家や作曲家、あるいは演奏家に、ある意味では踊らされているように見えるところがある。そう言えばプレスリー・ファンに叱られるが、ピートルズのように全部自分たちで創造したミュージシャンが一方に厳然と存在すれば、どうしてもそれと比較して見られてしまう。作詞や作曲だけでも世に残る曲を書くのが大変であるのに、ビートルズはおまけに自分たちで演奏して歌い、そうした出来た音楽は他の誰のカヴァー演奏より優れている。これはカヴァーする側から見れば、完成度が高くて手が出ないということと同時にしゃくにも触ることだろう。にもかかわらずビートルズ曲をカヴァー録音するミュージシャンは60年代から跡を絶たず、ジャズやボサノバを初め、あらゆるジャンルの音楽に見られた。それはビートルズ人気に単に便乗するということではなく、実際に曲がよかったからであろう。ビートルズ以降の70年代のロックではそうしたことがどんどんなくなった。おそらく他のミュージシャンがどれだけカヴァーしたかで名曲度が決まるであろうし、そうした名曲を多く持つロック・グループとなるとビートルズは圧倒的であった。今後も追い抜く存在は出ないのではないか。そうした便乗主義に乗ろうとしたのかどうか、ホセもビートルズの曲をよく演奏した。この「雨のささやき」のB面は「シーズ・ア・ウーマン」で、ポール・マッカートニーよりも高い声で伸びやかに歌う様子は、一度耳にするだけで忘れ得ない。ホセはビートルズ好きで、もっとほかにもカヴァー曲が見られる。たとえば「アンド・アイ・ラヴ・ハー」「アイ・フィール・ファイン」「ヘルプ」「デイ・トリッパー」「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」「レディ・マドンナ」「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」といった具合で、ジョンやポールの曲をどちらも取り上げているが、もっとほかにもあるかもしれない。どれも魅力的で、ビートルズ・カヴァー曲だけでアルバムが作られてもよかった。それで思うのだが、ホセはビートルズの曲をカヴァーすることを通じて自作を生み出す能力を高めて行ったのではないだろうか。ビートルズがいなければホセもいなかったと言えばあんまりかもしれないが、ホセを思い出す時、その陰にビートルズの存在がちらつく。ヒット曲ないし自分が好む曲をもっぱらカヴァー演奏するミュージシャンはいくらでもいるが、ホセが世界的に有名になったのは、その独特の歌声とアコースティック・ギター1本を超人的に操る能力、そして作詞作曲も出来たからだろう。盲目の歌手という点も人々の注目を引いた。ホセ以前にスティーヴィ・ワンダー、あるいはレイ・チャールズがいたが、プエルトリコ出身のホセはまた毛並みが違ってポップス路線を歩み、アメリカの黒人ミュージシャンのエリアを侵すことはあまりなかった。それは言い換えれば孤立していたことでもあり、その分ホセの音楽はひとつのジャンルを形づくっていたとも思えるほどだ。以前に似た存在がなく、後にもないというわけだ。
 日本で同じく盲目のシンガー・ソング・ライターである長谷川きよしの曲が大ヒットしたのは70年代に入ってからだったか、ホセの日本版という気が当時した。それほどにホセの人気は日本で高かった。今はどうしているのか知らないが、考えてみればこの曲が大ヒットした頃にはもうビートルズは解散していたも同然で、ビートルズの新曲がラジオから聞こえなくなったと同時にホセ人気も失せた気がしないでもない。参考とすべき先輩格のシンガー・ソング・ライターがいなくなったのはホセにとっては大きなショックではなかったろうか。もちろんビートルズは解散後も個々のメンバーは積極的に曲を発表し続けたが、それらはもはやビートルズ時代の味を持ったものではなかったから、カヴァー演奏する気が湧かなかったに違いない。それに70年代の流行音楽はさらにビートルズやホセからも遠い存在に進んだ。ホセの音楽は時代遅れと見られ、恐らくアメリカでも地方のキャバレーやリゾート地のホテルなどで演奏するしかなかったろう。それはかなり残酷な感じがするが、60年代の大ヒットを飛ばしたミュージシャンはみな同じような生活をしており、そうして活動出来るだけまだましと言える。売れている時はまさか懐メロを売りにするミュージシャンになり下がるとは思っていなくても、急速に時代の好みは自分の思いとはかけ離れて進み、同じように頑張っているつもりでも必ず時代遅れの存在になってしまう。そして一旦落ち目に見られると忘れ去られるのは早く、一部にはいるかつての心温かいファンを相手にしてしか生きる道はない。そうであっても、筆者も老いて懐かメロの味が昔よりよくわかるようになったのか、ごくたまにたとえばこの36年も前の曲を聴くと、文句なしによいと感じるし、ホセは今も元気で歌っているのかなとも思う。
 歌詞の最初は「Listen to the pouring rain,listen to it pour.」となっていて、「雨を見る」のではなく、「雨を聴く」ホセの姿が目に浮かぶ。「Listen to the falling rain,listen to it fall.」とあるのも「聴く」だが、「落ちる」というところに今度は「触覚」が伝わる。これまたいかにも盲人の感覚だ。「Let it rain all night long,let my love for you grow strong.As long as we’re together,who cares about the weather?」とあるところは、雨が愛を育てるで、これは日本の梅雨時の緑の育ちを連想もさせるが、「慈雨」の意味をホセは伝えたいのだろう。「ふたりが一緒なら天気のことなんか気にならないだろう?」の下りは押韻は月並みだが、殺し文句としても平凡かもしれない。だが、このヴァースでわかるのは、夜の雨であることだ。そのために見ることは出来ず、「聴く」なのだ。だが、盲人にすれば昼でも「夜」だ。「And with every drop of rain,I can hear you call.」は、雨のひとしずくずつに君の呼び声が聞こえるというのであるから、単純な歌詞である割りには深みがあって、切ない思いが伝わる。あるいはこれはベッドの中での彼女の睦まじい言葉のささやきを指すと考える方がよいか。次の「Call my name right out loud,I can hear above the crowds.」は、劇的に情景が変化して、群衆がいてもわかるように自分の名前を大きく呼んでほしいと歌う。ここにはジョンとヨーコによるお互いの名前の叫び合いの反響があるが、ジョンとヨーコがその録音を発表したのはこの曲と同じ69年10月で、実際の影響関係はあり得ない。それはいいとして、この「loud」という言葉はホセの歌声によくあるシャウトを表現しているようで面白い。盲人は耳が敏感になり、音楽に秀でる人が多いが、あたかもそうしたことをこの曲は全面的に示しているかのようだ。曲は2分24秒で中間の短いサビ部分は1回だけ歌われる。訳だけ書くと、「雨が降っている。老人はいびきをかいている。寝て頭を横たえている。朝に起きられない」で、かなりコミカルだが、この曲が恋する若者に向けてのものであることを示す。
 今この文章を書きながら、昔カセットに録音したホセのライヴをラジカセで聴いている。ロンドンのパラディアムでの演奏で、たぶん70年代前半のコンサートで当時LPから録音したものと思う。拍手の数からして1000人以上は確実に入っている大ホールだ。日本のフォーク歌手のように盛んなお喋りで観客を大いに笑わせ、そしてボブ・ディランを初め、次々といろんな有名ミュージシャンの物真似をして触りだけを歌う。このことからわかるのは、一流のエンタテイナーであることと、声帯模写がとても上手なことだ。それにとても陽気で、湿っぽいところがない。この曲はF♯マイナーで、冒頭から物悲しい雰囲気だが、それでも聴いて驚くのは、サビの部分がよく書けていて、一転して力強くなることだ。筆者がこの曲を聴きたくなるのはまさにこのサビがいいからだ。それはごく単純で、冒頭主題のメロディに比べて覚えにくく、また同じキーでありながら、冒頭主題では使用しない音を使うため、主題とはあまり釣り合っていない感じもあるが、違和感がどこかありつつ全体で調和が取れているのが芸術の秘密のひとつの鍵でもあり、この曲も見事にそれを体現している。同じような曲調の転換はビートルズよりはるか昔の流行歌、おそらく19世紀末にはすでにあったはずで、今ではどんなポップスでも同じように作られているので珍しくも何ともないが、久しぶりにこの曲を聴いてまたサビ部分に注目させられた。このサビ部分にはホセの音楽の特徴がきわめてよく出ていて、簡単に言えばロックのリズムがとても好きで、パワフルな乗りということに音楽の生き甲斐を見出しているミュージシャンの姿だ。ギター1本で歌うとなると、同時代のサイモンとガーファンクルがいるが、彼らよりもっとロックに近い資質をホセは持っている。ならばなぜエレキ・ギターを持ってバンドを組まなかったということになるが、そこは「ささやき」を時に重視した歌い方を守っていたことや、アコースティック・ギターの優しい響きに乗る自分の甲高い声が似合うと思っていたからであろう。実際そのとおりであるし、いつも椅子に座って歌うホセが格好よいことを売りにするエレキ・ギター使用のロック・バンド・スタイルを組む姿は想像出来ない。それにアコースティック・ギター1本でも演奏は充分ロックしていて、エレキ・バンドの必要はなかった。この曲はライヴよりもシングル盤が圧倒的によい。ステレオの広がりが60年代半ばではなく、確実に69年を思わせる。特徴あるフルートの揺らぎ音の挿入、そしてホセの声とは対位法的に鳴りわたる弦楽器のメロディなど、厚みがあまりないが、かと言ってスカスカし過ぎていないオーケストレーションは、ムード音楽の伝統をうまく使って当時を色濃く反映している。たとえばジョン・レノンはアルバム『イマジン』で同じように弦楽器を使用したが、それは見事に外れたものと言ってよいほどの味気ない響きになっている。やはり70年代に入ると何かががらりと変化したのだ。
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by uuuzen | 2006-06-09 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪ | Comments(0)


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