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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『アルフォンス・ミュシャ展-しなやかな曲線 美しい曲線-』
年11月から今年1月にかけて大阪のサントリーミージアムで『ミュシャ展』が開催された。またかと思って行かなかった。



●『アルフォンス・ミュシャ展-しなやかな曲線 美しい曲線-』_d0053294_1020109.jpgそのチラシには「ミュシャ財団秘蔵 プラハからパリへ 華麗なるアール・ヌーヴォーの誕生」の副題や、見開き内部に「約100点の日本初公開作品を含む240点の作品を展示します」とあって、今まで日本で開催されて来たものとは少し違う内容であったことがわかる。だが、行かなかった。ところがそれから1、2か月してまたミュシャ展のチラシが出回った。それが今夜取り上げる堺市文化館でのものだ。当初、これはサントリーで開催されたものが巡回すると思ったが、実際はそうではなく、堺市が所蔵する作品の展示だ。以前から堺にミュシャの作品を常設展示する建物があることは知っていた。そこがまたカラー刷りの立派なチラシを京都にも大量に撒くのであるから、従来の所蔵品にサントリーで展示されたものを加えた大回顧展を開催すると早合点しても、それは仕方のないところがある。だが、チラシをよく読むと、「堺市の政令指定都市移行および日本経済新聞社堺支局解説を記念して開催するもので、世界的なドイ・コレクションによってミュシャ芸術の全貌を振り返ります」とあって、いつもの常設展示とほぼ変わらない内容のものであることがわかる。それならば別に出かける必要もなかったが、ゴールデン・ウィークの好天の1日、どこか行ったことのない場所に行くのもいいし、一度はこのミュシャ館を見ておいて損はないと考えた。会期は2か月強で、サントリーでのミュシャ展と大差ないが、もしサントリーより早く開催されていたならばより多く集客出来たのではないだろうか。ミュシャ・ファンにすれば、外国から持って来られたコレクションを見る方がいいから、双方の会期がどうであってもかまわなかったが、筆者のように少々そそっかしい者はふたつを混同し、それが誤解とわかっても、どっちも似た内容と踏んで、ならば珍しい場所の方をと、まるで旅行気分から選択するだろう。それにこっちの入場料はサントリーの半額の500円だ。
 ミュシャ館がどこにあるかを前もって調べると、JRの堺市駅近くだ。堺はかつて叔父が長年住んでいたことのあって、幼少の頃からよく行った。だが、それは南海電車の堺駅を下りてバスで10分ほど行ったところで、JR堺市駅からは遠い。JRを利用して堺市に下り立った記憶はないが、天王寺から南方向に出ている阪和線には何度か乗ったことがある。それでいつもとは違ってJR阪和線で堺に行くことに多少遠足気分が味わえた。天王寺からは思ったほど早く着き、料金も安かった。大和川を越えるとすぐに堺市だ。車窓から大和川が見下ろせた。茶色に濁り、また変な白いアクのような筋や溜まりが見えた。筆者が小学生低学年の頃、この川はまだ泳げた。遠足でも行ったことがあるが、それ以前に近所の人と一緒に夏に泳ぎに出かけた鮮明な記憶がある。5歳頃であったと思う。その時撮ってもらった写真が何枚か残っているが、海水パンツを履かず、下着の白いパンツのまま泳いだ。母たち大人は日傘をさして岸辺にいた。電車に乗って行ったと思うが、南海か国鉄のどちらを利用したのだろう。母ももう忘れていることだろう。泳ぐと言っても筆者はかなづちであるし、危なくない浅瀬で寝転ぶ程度であった。風呂とは違って冷たい水の中に入るのは初めてのことで、その感触をまだ覚えている。目の前にミズスマシがたくさん泳いでいた。母にその名前を教えてもらったが、それは初めて見た。その当時から間もなく日本はぐんぐんと経済成長を始めた。それにつれて大和川が汚れ、泳ぐどころではなくなった。大阪の河川では最も汚れたはずで、今は最悪の時より多少は水質が改善されていると新聞で読んだことがあるが、それでも電車から見える川面はまるで汚水だ。魚が住めるとしても、その魚を食べる気には絶対になれない。「水が汚れているならば浄水器を取りつければよい。ミネラル・ウォーターもふんだんに売られている。川で野蛮に泳がず、きれいなホテルのプールを利用すればよい」。きれいな川の水と引換えに金持ち日本になり、何でもお金で解決する道を選択して来た。金持ちになることはモノが溢れることとほとんど同義になった。大きなビルが堺にもたくさん建ち、そしてその中に外国からミュシャの絵を常設展示する部屋が設けられた。大和川でのんびり水浴びした遠い記憶がミュシャ館を訪れた思い出と重なる。その間半世紀の年月が流れた。ミュシャの絵を収集した土居君雄氏はそのような日本や堺の変貌振りをどう思っていたことだろう。
 日本初のミュシャ展は1978年6月であったはずだ。その時に買った図録が手元にある。今はない梅田近代美術館で開催された。図録は洋書にはよくあるやや縦長サイズで、表紙は白く、『ALPHONSE MUCHA』の文字がエンボス加工で浮き彫りになり、その下に女性半像の絵がカラー印刷されている。この図録には、下半身裸ゴーギャンがオルガンを演奏している写真が掲載されていて、同じ1985年に撮影したゴーギャンとミュシャが写るものものあるが、年譜によればミュシャは30歳の時にしばらくの間ゴーギャンと共同生活をした。カメラを買ったのは1893年のことで、それはミュシャの作画に重要な道具になる。ゴーギャンはゴッホとの共同生活でよく語られるが、ミュシャとも仲がよかったことは、日本でミュシャ人気が高まったことを納得させるエピソードに思える。1978年のミュシャ展はあまり話題にはならなかったと思う。83年は5月(京都高島屋)と9月(難波高島屋)に開催されているが、これはチラシも大きく豪華で、日本各地を巡回したはずだ。この83年展も見たが、企画・協力として「ドイ・グループ」の名前が出ている。これはドイ・カメラの創業社長である土居氏(1926-1990)が全面的に協力したことを示すが、氏のコレクションが展示されたわけだ。氏の収集は30年あまりだったそうで、78年点以前にもオークションで買っていた可能性が強いことになるが、まとめて購入したのは78年展のミュシャ展以降ではないだろうか。78年展はミュシャの子息イジー・ムハ(1915-1991)(ミュシャはフランス語読みで、チェコではムハ)が協力していて、いわば日本にミュシャの作品を買ってもらうために企画したものだと思う。それは梅田近代美術館という、一画廊が運営する美術館で開催されたことからも想像出来る。図録を見れば、78年展で展示された全部を土居氏が買ったのではないことがわかるが、ポスター類など、複数存在するものを中心にかなりをまとめて買ったのだろう。83年展の次は90年に開催されている。これはミュシャ没後50年展で、この時にチェコスロヴァキアから文化大臣が来日し、同国の文化交流最高勲章を日本人初として土居氏に授与した。それは土居氏がイジーと協力連携してミュシャの初期から晩年に至作品を系統的に収集したことに対する感謝を示すものだ。土居氏は500点を収集し、日本の60会場で展示したそうだ。
 「カメラのドイ」は以前はよく耳にした。近年はそうでもない。筆者がほとんどカメラやそれを売る店に関心がないので知らないだけなのかもしれないが、カメラのナニワが一時期大いに宣伝していたし、その後ビック・カメラやあるいは東京から進出したヨドバシ・カメラが大阪でも有名になって、「カメラのドイ」はほとんど聞かなくなった。まさか土居氏が亡くなった90年に店をたたんだわけではないと思うが、ちょうどその頃を境にしてあまり聞かなくなったから、縮小はあり得る。それでもミュシャの絵の収集で名前が残るのであればいいではないか。土居氏がなぜミュシャの作品を収集する気になったのかは知らない。だが、堺は与謝野晶子(1878-1942)を生んでいるし、『明星』はアール・ヌーヴォーのミュシャ・スタイルが日本に伝わるのとほぼ同時期に採用していることに少なからず関係するだろう。晶子が活躍した『明星』は、与謝野鉄幹主宰の西洋美術を積極的に取り上げ、『白樺』にも大きな影響を与えた美術文芸誌だが、堺人であった土居氏はそんな古くからのミュシャと与謝野晶子とのつながりを思って、ミュシャ作品の収集を始めたのかもしれない。それに、ミュシャがカメラを活用して作画した点を思うこともあったろう。日本のカメラが世界的に売れてカメラ屋が儲かった時期であったことも幸いしたと言えるが、そうした歴史の巡り合わせによって、よくぞ堺市が優れたミュシャ・コレクションを持ったと思う。2000年4月に土居満、里恵、いづみの3氏によって堺市に寄贈、委託が行なわれた。83年から20年ほどの間に日本におけるミュシャ人気は広く浸透したが、78年展を見ている筆者はそんな歴史をずっと眺めて来たことになる。堺市が土居コレクションを初めて展示したのは、手元にチラシによれば94年4月の「関西空港開港記念 美しき出会い-与謝野晶子とアール・ヌーヴォー」と副題のあるもので、場所は市博物館であった。この半年後に南海本線堺駅西口のポルタス・センタービル16階に、晶子とミュシャの常設ギャラリーがそれぞれ設けられた。これがともに市立文化館に移転したのは2000年の寄贈以降と推察するが、ようやく安住の場所を見出したようだ。堺の地理は何となく全体的なイメージがつかみにくい。初めてJR堺市駅に降り立って感じたことは、連休中であったからかもしれないが、あまり人が歩いておらず、どことなくさびれていたことだ。文化館は駅から通路伝いにすぐのところだが、窓からの光が入らないビルの中での展示は、78年展とほとんど同じ感触で、欲を言えば緑が周囲にふんだんにある、たとえば明治村にあるような古い洋館建ての場所で見たい気がした。建物もまた魅力がなければ、せっかく遠方から訪れる人のよい思い出になりにくい。隣接される晶子文芸館はミュシャ館よりも人が多かったが、これも同じで、もっと風格のある場所と建物にすべきだ。せっかくの堺が誇る文化遺産もこれではかなり貧弱な提示と言ってよい。
 ミュシャ展のチラシはいつも美しい女性を描くポスター作品から選ばれて大きく印刷される。リトグラフによって制作されたそれらのポスターがミュシャ芸術の代表的なものになっていて、油彩画やデッサンなどはあまり顧みられない。これはポスターの平面的な処理が一見してそれとわかるミュシャ様式を作り上げたためだが、それら西洋の美人画と言ってよい作品は、ポーズを取らせたモデルを撮影した写真をかなり元にしている。78年展でもその様子はよくわかったが、写真の女性はミュシャの理想化とは違って生々しい姿をしている。あまり美人でなかったり、また腹の肉が垂れていたりするからだが、その代わり、明らかに誰かと特定出来る個性がある。この写真を元に理想化を進めると、モデルの個性はすっかり消失して、誰が見ても美しいという、典型的ではあるが内面が見えないマネキンのような女性像が出来る。ミュシャが作り上げたのはほとんどそうしたイラスト、あるいは漫画的な女性像だ。同じことはたとえばエルテの作品についても言える。また、ゴーギャンやゴッホ、ピカソも同じように様式を完成させたが、写真の人物の輪郭をかなり忠実になぞって描くミュシャとは全然違う方向であったし、理想化もしなかった。その点でミュシャ芸術の装飾製とは大きく違い、同時代人であっても芸術史においては主流としての別の流れに置いて評価される。このことはミュシャ自身も知っていたと思うし、ミュシャも最初からそのような装飾的な絵を描き始めたのではない。20代の終わりにウィーンの劇場で舞台背景を描き始め、その後肖像画や伯爵の居城のフレスコ壁画などを経て、生活上から挿絵に手を染め、34歳(1894)からはサラ・ベルナールのポスターをきっかけに同傾向の装飾的な作品を6年も手がけることになる。土居コレクションで知られるリトグラフ作品群はほとんどその時期のものだ。だが、ミュシャが本当にやりたかった仕事はもっと大きな絵で、しかも1点制作の油彩画であった。それは『スラブ叙事詩』の大作として有名で、それらの20点の巨大な絵から2点のみがかつて日本に来たことがある。大きいものでは6×8メートル、小さいものでも5×4メートルほどの大きさがあり、ミュシャの途轍もないエネルギッシュ振りを示す。会場では『スラブ叙事詩』を写真で示すコーナーがあったが、小さな写真からでもミュシャの集大成として空前絶後さがよく伝わる。だが、それらはスラブ民族の歴史を謳い上げている点で、大多数の日本人には馴染みが持てない。また、ミュシャにはほかにも油彩画やデッサンがいろいろとあって、土居コレクションにも入っているが、どうしても完成度が高く見えるリトグラフの美人像に関心が向く。チェコスロヴァキアというヨーロッパの辺境が生んだ天才が日本人にことのほか愛好されるのは、日本もまたヨーロッパに対して辺境の地であることと、その平面的な装飾絵画が浮世絵に近い表現にも見えるからだろう。
by uuuzen | 2006-05-23 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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