●『フンデルトヴァッサー展』
昨日岡崎に行ったのに今日また出かけた。国立近代美術館でフンデルトヴァッサー展を見るためだ。先日、会期が21日までであることに気づいた。明日と明後日は用事があるので今日しか時間がない。



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天気予報では午後から雨が強く降ると言うので、傘を持って11時に家を出た。大雨になるまでに帰ることが出来ればよいが、そのためにはあちこち寄らずに真っ直ぐ帰る必要がある。三条河原町に出て橋をわたる時、ふと写生する気になって川岸に降りた。雑草が繁茂した岸辺の2メートルほど向こうに鴨がいた。人に驚く様子がないので、それを描くことにした。鴨川であるからには鴨と川を描かねばならない。川にも数羽いて、たまに草むらに上がって来て歩き回ってはまた水に戻ったりする。草むらに横並びに座る3羽を描いたが、画面左上に後で近くの郵便局で切手を買って貼り、風景印を押してもらおうと考えて構図を決めた。郵便局は京阪三条駅東にある。昨日もそこを訪れて小さなものを発送した。今日は別の女性がスタンプを押してくれたが、「近くで描いて来たばかりです」と話すと笑顔になった。郵便局前の三条通り北側は今はテントで覆って工事中だ。そこは30年ほど昔はベラミという有名なクラブであったが、それがなくなってからは蕎麦屋などいろんな店に代変わりし、ついにはガレージになっていた。今度は何か大きなものが建つようだ。去年の秋、そのガレージ内の片隅に「祇園バーガー」という小さな店がオープンした。オープン記念の半額セールのチラシを近くで受け取って訪れたが、20歳くらいの可愛い女の子がひとりで切り盛りしていた。半額ではほとんど儲けのない豪華なバーガーで、それを受け取りながら飲物をどうしようか思っていると、女の子は「ちょっと待って」と言いながら、飲物を1本おまけしてくれると言う。そんな親切は申し訳ない。それですぐに「向かいのコンビニで好きなのを買いますから」と言ってその場を去った。本格的なビーフをたっぷり使ったバーガーはいいが、価格が700円と少々高いので、その後店はどうなることかと思っていたが、やはり半年持たなかった。あの女の子の咄嗟の申し出は本当に嬉しかった。わずか100円ほどでも、商売であるからにはそんな特別サービスはしてはならないはずだが、すべての切り盛りを任されていたのだろう。そんな商売っけがない店ほど潰れるのも早い。彼女の顔もすっかり記憶にないが、そのような優しくて愛想のよい女性はきっと男も放ってはおかない。別に学歴が高かったり、とびきり美人である必要はないのだ。
d0053294_0384116.jpg フンデルトヴァッサー展はもう何度も開催されている。以前のチラシを見るとみな「フンデルトワッサー」と表記されている。ドイツ語読みで「ヴァッサー」とするのがやはりよい。そう言えば前にも書いたかもしれないが、舞洲の焼却工場に3月中旬に行った時、館内を案内してくれたおじさんは「ヴァッサーさん」と言っていた。「フンデルト・ヴァッサー」が姓名だと思っていたようだ。だが、これは実際は「フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー」が正しく、「フリーデンスライヒ」は「豊かな平和」、「フンデルトヴァッサー」は「百の水」という意味で、フンデルトヴァッサーは木版画には「豊和」と「百水」と彫った円印をふたつ捺していた。また「百水」や「雨の日」など、気に入った言葉は漢字で書くことが出来た。本名はフリードリヒ・シュトヴァッサーだ。今回展示されていた初期作品にはその名前が使用されていた。芸術家は名前が独特なものに定着すると、その名前にふさわしい個性的な作品を生み出すようになる。シュトヴァッサーがフンデルトヴァッサーを名乗り始めたのは1949年からだが、作風は一気に展開し始めた。1928年12月15日にウィーン生まれ、母はユダヤ系チェコ人、父はアーリア系オーストリア人で、戦時中は母方のユダヤ人69人が強制送還されて殺されかかった。母は独学ながら絵が巧みで、アメリカの素朴画家グランマ・モーゼス風の絵を描いた。祖父は名だたる陶器の絵つけ師で、フンデルトヴァッサーはそれを誇りにしていた。また、美術に詳しい人なら誰しも作品を見てすぐにわかるが、シーレとクレーに大きな影響を受けた。ゾンネンシュターンと一緒に写った写真もあって、それからもおおよその作風はわかるだろう。また、ウィーン人であるにもかかわらず、ウィーン幻想派の連中からは受け入れてもらえなかった。このエピソードは独自の孤高的な位置をよく示す。今回は本当は前と同じような展示かと思って出かける気もさほどなかったのだが、雨天にもかかわらず人は多く、若者が目立った。最後のコーナーで50分のビデオ『雨の日』が上映されていて、全部見たが、これだけでも出かけてよかった。よく出来た映像で、作品の部分を随所に重ね合わせてアニメーション的効果を出してもいた。いつ撮影されたものかメモして来なかったが、72年のはずだ。中古の木造船「雨の日号」に乗って航海する様子などを中心に芸術観を語り、人柄と生活がよくわかった。それは決して華々しいものではない。むしろ仙人的孤独と言ってよい。「芸術家は思索のためにひとりになる空間と時間が必要」と語っていたが、これは同感だ。また、雨の日がとても好きらしく、それは風景が固有の色で見えるからと言う。ピカソのような南方の芸術家は形と光と影で表現するが、北方のムンクやターナー、クレーは色で表現するとも語っていた。太陽が照り始めると、色が失せるという考えは間違っていると思いがちだが、それは影が強くなってあらゆる物の表面の色が平等に見えないことを指して言っているのだろう。
 雨が好きというのは煎じ詰めれば水に関心があるということだ。フンデルトヴァッサーという名前がそもそも多様な水のあり方を表現しているから、生命にとって不可欠な水のあらゆる形態に大いに関心があったのも納得が行く。50分の映像の最初は、雪溶けの川面に寝転がって耳を澄まししているところから始まった。生命の、地球の鼓動に聞き惚れているという姿だ。また、きれいな洗面器一杯の水を酌みに30分ほども不便なところを歩いて行き、その水で簡単なスープを作ってすすっている場面もあったが、描きかけの水彩画のうえに皿を置いてそこに注いでいた。たぶんスープが多少絵にかかっているはずだが、そんなことには頓着しない。ちょっと味見をして目の前の小さな棚からパプリカの小瓶をつかみ、それをスープに注いでもいた。絵具と間違えないかと思ったが、間違えてもかまわなかったのだろう。船の生活であるから、料理してくれる女性はいない。58年に最初の結婚をして60年に離婚、62年に池和田侑子と結婚するもこれも66年に離婚している。その後は船を操る男性と暮らしていたようだ。映像では美しい女性が好きと微笑ましく言っていたが、いつも破局を迎えるとも言っていた。理由はわからない。気難しかったのか、あるいはあまりに仙人的な生活ぶりに女性が根を上げたのかもしれない。また、体があまり丈夫でないとも語っていたが、それを裏づけるように、まだ40半ばの年齢であるのに猫背で弱々しい印象があった。裸になることを厭わないようで、その点はヒッピーの先駆と言える。また、色箔をよく使用する版画はサイケデリック時代に呼応してもいた。とても毛深い体質で、胸毛だけではなく、背中や肩にも濃い毛が生えていた。船では黒猫と黒犬がいて、これに黒いワタリカラスがいればよいのにとも言っていたが、それは黒が最高の色と思っていることによる。作品は大抵は黒に塗られた木製の箱型の額に収まっていて、過去の展覧会や書籍もみな黒の表紙だ。これはそう指示していたからであろう。実際その華麗な色彩の作品は周囲を黒で締めることによっていっそう引き立つ。色彩にこだわった画家らしく、色は市販の絵具も使うが、世界中を旅行して特別な色を出せる岩の固まりを入手し、それを砕いてテンペラ技法で描いてもいた。そのアース・カラーへのこだわりは環境保全に強い関心があることをそのまま示す。通常の油彩画はほとんどなく、みなテンペラや水彩などの混合技法による。また適当にそこらにある紙を使用して描いていたようだ。
 今回チケットやチラシに使用された曲がったスケールを持つ肖像写真は有名なもので、直線を嫌悪する意味がよく表現されている。直線ばかりで成り立つ高層建築に異を唱え、自らが設計する建物はすべて曲線を用いた。58年には「建築における合理主義に反対するカビ宣言」を唱えて、人間が住めそうにないような合理的なビルにも小さな生命が住むことを喜ぶべしと言い、人と自然がどのように共生可能かを探るその後の活動のきっかけとなった。だが、最初の10年は作品はただでもほしい人がいなかったらしい。また先の宣言から10年以上も経って世界は環境保護の問題を言い始めたが、その時にはもう次の新たな仕事に取りかかっていた。このように芸術家は時代を先走りし、そしてなかなかすぐには理解で得られない。売れるようになってからは絵の制作が間に合わず、版画に手を染めることになった。最初は100部であったのがついには1万部を刷るほどになった。木版画は最初に日本に来た61年に瀬木慎一に工房を紹介されたことによる。彫り師や摺り師の落款も入れるもので、その独自の抑え気味の色合いは雨を好む彼にはふさわしい仕上がりではないだろうか。版画は多様で、木版画以外にシルクスクリーン、リトグラフ、リノカット、エッチング、孔版がある。これらの版画によって名声が世界的なものになった感がある。それほどに独自の世界が展開されている。シルクスクリーンは最初はあるイタリア人が熱意から勝手に作ったもので、それを見たフンデルトヴァッサーが仕方なく許可し、補正を施しながら、以後は共同制作の形になった。エッチングも最初は自分で版を作って刷っていたが、そのうち工房との共同作業になった。他の技法も含めてこれらは当然であろう。あらゆる版画を自分ひとりでやるには人生がとても足りないし、その人間と自然の共存の思想からして共同作業の点に信頼を置いていたに違いない。蛍光色や箔など特殊な効果をふんだんに使用したその版画は、マージン(絵以外の縁部分)に版の色をそのまま一緒に刷る方法を採用するなど、どこか日本の浮世絵の装飾効果からの影響を思わせる。また版は同じでも刷り色を変化させることで全く違う色合いのものを作り出すことをしばしば行なっているが、そうした色指定には厳密であったようで、合計で1万枚刷った「グッド・モーニング・シティ」(1970-71)は2年費やしていくつかの色ヴァージョンを作った。
 先の映像では800点ほど作ったと語ったいた。生涯に何点作ったのかわからないが、89年展の図録によれば1984年の時点で860を作っている。映像は72年であるので、12年で60点ほどであるので晩年はさらに寡作になったようだ。これらの作品数には版画も含まれるが、その原画が水彩などのタブローと同じオリジナル扱いされて通し番号がつけられた。原画を元に機械的に刷る場合は原画の通し番号の後にAをつけて区別したが、結果的には同じことで、多作であったとは到底言えない。螺旋や波状の曲線の連なりが全体をびっしりと埋める作風で、どれも似た感じがあるので、比較的簡単に描けてしまうと思いがちだが、映像を見ていてわかったことは、1点を仕上げるのにあちこち移動しながら、少しずつ手を加えて行く姿だ。それは気儘に仕事をしたというのではない。下描きもせずにぶっつけに描いて行くが、途中でいろいろと考えて筆を止めるというわけだ。頭の中にはさまざまな新しい想念が渦巻いているといった感じがよくわかったし、それは今回展示されていた作品群からも明らかだ。ある絵に表現されたことがずっと後年に建築のアイデアになったりする。またごく初期の頃からすでに船を描いていたり、裸婦とモザイク状の格子模様をだぶらせたり、水彩画で古い建物の窓を中心に描くなど、後年に頻繁に登場するモチーフが登場している。芸術家とはこのようなものだ。生涯やることは一貫している。今回は「序」「自然と人」「自然と都市」「ポスターとフンデルトヴァッサー」という4つのコーナーに分かれていたが、「序」は今までにない珍しい初期作品があった。また大きな会場ならではの、大きな建築模型やタペストリーも数点ずつあった。それに「蝉凧」という小さな凧が5点ほどあって、木版画の部分を切り取って蝉の形に使用しているのか、とても色彩がよくて作品として所蔵したいものだ。大型のタブローもたくさんあった。その中の「髭は禿頭の男の芝草」(1961)は、池和田侑子蔵の100号近い自画像で、出会った当初にプレゼントされたものだろうか。その頃からフンデルトヴァッサーは頭が禿げ始めていたことがわかる。髭を緑で描いていて、これは前述したように体毛の多い彼のことであるので、自分自身の体を自然の大地と同じような存在と思っていたことを想像させる。建物デザインにしばしば緑が植わる空中庭園を設計したのもそんなことと関係があるだろう。人間の皮膚、衣服、人間関係(社会環境)、地球環境という4つの連続した皮膚について思いを巡らせ、そこに芸術が必要と考えていたことは、時代を大きく先取りしてスケールの大きい自由人を示し、誰からも愛される芸術をものにしたと言える。今後ますます評価は高まるだろう。それにしてもまだまだ健在で活躍してくれると思っていたのに、実際は72になっていたし、世を去っておかしくない年齢であった。そう思うと、本当にうかうかしていられない。今日はフンデルトヴァッサーが好きな雨が降ってよかった。しみじみとこの20年の過ぎた年月が思い出された。さて、頭の禿はないが、体毛がとてもうすい筆者はどうすべきかな。
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by uuuzen | 2006-05-19 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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