「
桜にも 品種さまざま どれもよし 古木の幹に 苔色然り」、「野放図に 伸びて天向く 枝の先 やがて手毬の 桜の花が」、「後何度 時計の針の 回転を 待ちつ備える 満開桜」、「後何度 桜の下を 歩く吾 先に枯れるな 今年も笑みを」

今日の写真は一昨日撮った。嵐山の中ノ島公園に写真のような大きな時計がある。そのすぐ際の八重桜の真下を嵯峨にあるスーパーを往復する時、自転車でも徒歩でも必ず通る。数年前に同じ木を見上げて撮った写真をブログに載せたことがある。その頃に比べると毎年枝ぶりが下がり、自転車に乗って通る時、筆者の帽子のてっぺんに枝が触れるので頭を低くする。写真が示すように小枝の先端はみな好き勝手に別方向に伸びている。その動物のようにもだえている様子が面白い。しかし実際は好き勝手ではなく、隣り合う枝との距離を測りながら、どの枝も共生を旨としている。数百羽の鳥が一斉に飛び立つ様子の映像をTVで見ると、ぶつかり合う鳥はいない。人間も同じで、酒に酔っ払っているか、あえて他人に絡むアホ以外はみな整然と歩き、あるいは走り、ぶつかることがない。小学生2、3年の時、「蟻さんと蟻さんがごっつんこー」という歌詞のある唱歌を学んだ。それは不注意からぶつかっているのではなく、仲間に情報を伝えるために歩みを止めているのだろう。ともかく、同じ太い幹から伸びる多くの細い枝が、互いの開花を邪魔するはずがない。写真の時計はスーパーへの往復、必ずちらりと確認する。家内は時計のない店舗が増えたと言うが、たいていのスーパーにはあるものの、見えにくい場所に見えにくい文字盤である場合があって、客のためをあまり考えていない。しかし筆者は時間をさほど気にしない。ただし500円コンテナを販売する7Sはちょうど午後5時に閉店するので、他のスーパーに長居するとはらはらし始める。間に合わない場合があって、そういう時は家内と喧嘩になる。筆者の買い物は猛烈に早いが、家内は全くその逆で1軒に30分以上はざらだ。人生、そんなに悩んでいると何の得にもならない。5分でさっさと済ませるべきで、余った時間を別に有効的に使うべきだ。たとえばこのブログだが、冒頭の短歌を含めて毎回猛速度の即興で書き連ねる。それこそが有効とは正反対の無駄にほかならないと家内は思っているが、そのことを否定しないものの、スーパー店内を何度も回って思案するよりは楽しい。写真の時計は4時20分を指している。そのような遅い時刻からスーパーに向かう場合があるのは、丸太町通り沿いの大型スーパーでは4時半頃から食パンが4割引きシールが貼られることを知っているからだ。人気のない4枚切りが売れ残っていて、それをたいてい3斤買い、冷凍保存して毎朝食べる。4割引き専門の筆者であるので、こうして書いていることも4割あるいはそれ以上を差し引くべき戯言であることを自覚している。
