「
待つ間 本を読むのは 暇つぶし 人生暇なし されど読書を」、「小魚を 食らう大きな 魚食う 大きな店の 主デカ口」、「大資本 小さな店を 飲み込んで いずれ襲うか 巨大資本は」、「競争に 負けじと工夫 品揃え ファンをつかめば 喚呼の鳥が」

去年10月下旬に嵯峨の三条通沿いにあったスーパーが閉店した。同じ屋号のスーパーは梅津に住んでいた頃にすぐ近くにあったが、嵐山に転居する前後に閉店した。他にも京都市内に1,2軒あったのがみな閉店し、最後の店舗がついになくなった。閉店前に最後の1か月ほどは安売りが始まり、最終日近くは薄暗くされた店内は空っぽになってさびしい眺めであった。店内の鮮魚店のみが気を吐き、値段の割に豪華な弁当や総菜を売っていて、それを作る眼鏡をかけた中年男性を何度か見た。閉店が決まったとは思えない元気さで、それが不思議であったが、次の就職先が決まっていたのかもしれない。嵯峨のFさんによればそのスーパーの経営者は隣りのスーパー銭湯と同じとのことだが、店舗を減らして行った原因は、スーパー銭湯が大評判で儲かっているほどには人気がなかったからとして、それは経営者のやる気のなさが原因かと言えば、結果的にはそうなのだろうが、頑張っても時代について行けなくなったと見るのが正しい。嵯峨や太秦のスーパーはどこも品揃えに工夫しているように見え、閉店したスーパーもそこだけでしか売っていない品があったので筆者はたまに行くことを好んだ。閉店後、別のスーパーが入ることを予想しながら、その気配がないままに1年経った頃、ある日Fさんが「もうすぐ別のスーパーが入るで」と言ってくれた。それがイオンの資本による店であることを知ってなるほどと思ったのは、店はかなり大きく、地元の他の系列スーパーでは資本的に無理があると想像するからだ。たとえばフレスコは最適な気はするが、さして遠くないところに2軒もある。今月12日であったか、外観はほとんど以前のまま、内部は数倍は明るくなって再オープンし、筆者と家内は今日ようやく訪れた。会員カードを作ればよいと勧誘され、その言葉にしたがったが、同店は筆者らが訪れる嵯峨のいくつかのスーパーでは遠方の部類に入る。また品揃えは地元密着型とはあまり言えないはずで、どのイオンでも同じ価格で売られる商品が中心になっているだろう。その点で魅力は少ない。アンケートを求められたので、そのことを書いておいた。小さなスーパーは生き残りをかけて品揃えは工夫している。つまり店によって客層はある程度異なるはずで、オープン当初は大いに賑わうだろうが、数年先はどうなっているかわからない。スーパーの栄枯盛衰は地元嵐山で慣れた。3軒あった店は全滅し、それで筆者らは渡月橋を北にわたって嵯峨に買い物に出かける。今は徒歩か自転車だが、数年先は市バスを利用するだろう。スーパーのすぐ近くに住むのは便利だが、いつ閉店するかわからない。
