「
茶の粉の 溜まりのとろみ 味気なし 雑草混ぜた 青汁かもと」、「寿司食べて 口が渇くは 酢のせいと 知りつついつも 茶店を探し」、「売茶翁 今なら何を 道で売る 路上販売 寅さんも駄目」、「ロボットと AI使い 暇増えて 戦争ばかり するのは道理」

今日は家内と食事に出かけた後、東山方面をたくさん歩いた。家内の体調が戻っていないので歩き過ぎはまずいが、歩かないのはさらによくない。そう言えば去年のクリスマスの翌日に家内が倒れる前は京都市内の施設をあちこち訪れた。初めてのところもいくつかあって、いずれブログに書く気もあるが、簡単に書いておくと、とある施設でスタンプラリーの用紙を家内の分と2枚もらった。そのスタンプラリーは10数年前から毎年実施しているようで、3月中旬頃の締め切りまでに各施設を訪れ、置いてあるスタンプを押して回る。全館の必要はなく、3段階ほどの押印数によって抽選でささやかな商品がもらえる。家内も筆者も敬老パスがあるので、時間さえあれば全館を制覇出来るが、施設によってはスタンプの設置時期はごく短い。現在半分の10館くらいしかスタンプを押していないが、京都市立芸術大学と改名した京都芸術大学を混同し、前者のスタンプを後者の欄に押してしまった。後者は以前の京都造形大学のままでよかったのに、偏差値の高い、そして京都では一番歴史のある京都市立芸術大学に負けじと、紛らわしい名称に変えた。そんなことをしても学生の質が変わるはずがないが、少子化の中、ビジネスゆえに必死だ。それはさておき、そのスタンプラリーについては締め切り後か、どこかの施設の応募箱に用紙を入れた後にブログで説明する。今日は先月23日に妹夫婦に誘われて訪れた寿司屋に家内とまた訪れ、偶然同じ19番の席に座った。19は家内の誕生日で、運がよい兆しと思っておこう。食事の後、東山方面への市バスを待っていると、真向かいに松尾大社の御旅所があることに気づいた。松尾大社の氏子の範囲は昔の葛野郡と聞いたことがあるが、千本七条辺りを含みつつそれがどこからどこまでかは知らない。松尾大社はわが自治連合会の最も南に位置し、地元では熱心に崇敬している氏子がいるし、筆者がよく知る古物商で西京極に住むIさんも地元の氏子代表で、八坂神社に対する対抗意識が強い。筆者は半世紀京都に住んでいるとはいえ、しょせんよそ者であり、松尾大社に思い入れがない。それで市民の神社とされている平安神宮の平安講社に属しているが、去年松尾大社の氏子と少々揉め、各神社の崇敬者同士の仲の悪さのようなものに辟易した。松尾大社の氏子からすれば130年の歴史しかない平安神宮は一種紛いものに見えるのだろう。だが、全国に20いくつしかない神宮のほうが格上でないだろうか。今日の写真の御旅所は普段は月極駐車場で、祭りの時に神輿が一時休憩するだけに使うのはもったいないとの気持ちはわかるが、見栄えはよくない。
