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●『手塚雄二-花鳥草星展-』
「現代日本画の探求者」「心を澄ませば、宇宙が見える」とチラシにはある。10日に京都高島屋で見た。いつもとは違って入場者はごく少なく、また照明をかなり落とした展示で静かな環境で見られた。



●『手塚雄二-花鳥草星展-』_d0053294_2312628.jpg会期は6日間で、これはまだ若手でもあって妥当な長さであろう。生まれは神奈川、平山郁夫に師事し、39歳で院展同人になった。大学卒業制作から最新作まで50点の出品で、作風を知るには充分な量だ。6曲1双や8曲1双など、大作が多かったが、会場後半はもっと小さい額絵や掛軸もあった。制作中の氏のモノクロ写真もあって、いかにも絵によく似合った風貌で納得した。1953年生まれは筆者より2歳若いが、東京芸大在学中から院展に出品していたから、それ以降30年ほどの画業としてこれだけの量と質の作品が描けるのは当然であろう。芸大を出た後に誰しも画家として生きて行きたくても、大抵はどう食って行くかが問題となって学校の先生になるなどして、その合間に制作するという二重生活をよぎなくされる。手塚氏がその点はどうであったのか、割合早い時期から作品が売れ、ある程度の生活の安定もあったのではないだろうか。これは筆者もよくわかるが、たとえば大きな屏風作品を3か月かかって作ったとして、その材料費やその間の生活費を工面する必要があるから、完成した作品の換金の見込みがあるか、あるいは誰から経済的援助がなければ永続的な創作活動はなかなか保てない。援助がないとすれば、筆や絵具を調達するために最低限は働かねばならず、そのために制作時間が削られるとしても、本当に制作したいのであればそうせざるを得ない。たとえば晩年の田中一村はそのようにして自分の好きな絵を思う存分描いて死んだ。そういう経済的苦労をせずに済む日本画家は少ないだろう。画家としてのスタートの早い段階で画商が目をつけて売れそうな絵と見込めば、それなりに援助をして一定量の絵を描かせる。そうし生活を飼われているようでいやだと言っていた芸大生があったが、画商から言わせれば、そんな目にかなう若手がいる方が珍しく、ほとんどは先物買い的に育てる価値がないような才能である場合が多いだろう。口で言う割に売れる絵は簡単に描けないものなのだ。会場で気になったが、スーツを着た若い男性がふたりほどうろうろして鑑賞者を見張っていた。高島屋の美術部の人間かもしれないが、手塚氏の絵を扱う画商に見えた。これは想像だが、学生時代に院展に出品し、しかも30代で院展同人になったほどであるうえ、師が平山郁夫となると、日本画家の王道まっしぐらで、画商が群がって当然、生活には何の心配もなく、好きなだけ絵に専念出来る身分であることは確実であろう。
 そういう作品が売れるかどうか心配しなくてよい恵まれた日本画家が常に最低でも100人程度はあってよい。家に飾れる程度の大きさの絵であれば、政治家とのつながりで自民党関係者にいくらでも捌けるだろうし、また6曲1双の大作となればちょっとした美術館が購入する。チラシ裏面を見ると、今回出品されていた8曲1双(実際は4曲1双が2点)屏風の「雷神雷雲」と「風雲風神」は今井美術館の所蔵となっている。また50号ほどだったと思うが、「陽黄」は成川美術館蔵だ。どちらも知らない美術館だが、それなりにもう美術館が買っていることがわかる。こうなれば一般人も安心して小品を買うようになるから、ますます人気が高まり、経済不安はなくなる。絵とは売れてなんぼのもので、それは売る行為を通じて中間に存在する人々が潤い、人の和の輪が出来るからだ。つまり、作品を作ってもそれが売れなければ誰かを儲けさせることにはならず、喜ぶ他人がおらずに寄って来る人もない。それは誰にも知られない真空でこつこつと作ってそこで腐らせて行くだけのことと同義だ。絵は他人に見せるもので、また他人を魅せるものなのだ。そのため、画商を儲けさせ、有名人とつながっていたいという人を喜ばせるためにどんどん売れる必要がある。明兆のように貧しい僧侶の身分で寺の使用のためにひたすら描くという生活は今はもうないのだ。自分が好きで描くのは同じでも、それだけでは駄目で、その絵で積極的に誰かを儲けさせなければ誰も有名にはしてくれない。そこに不純さが混じるとの思いを抱く画家は少なくないかもしれないが、売るという行為は案外神聖なところがあって、人はお金を出した分に応じてその対象を大事に思う。無料でもらえるものはたとえ国宝級のものであっても、あまりありがたみは感じないのだ。また、画商が売り絵ばかりを大切に扱ってけしからんと思う画学生がいるかもしれないが、画商の目を甘く見てはいけない。それに絵を買う人もだ。実際売れている絵のすべてが本当にいいものであるとは言わないが、売れるという事実は現代では厳粛なアウラを持つ。しかし売れないから嘆く必要もない。画家は売れようが売れまいが、自分の納得行く仕事をすることが肝心で、貧しくて制作費や制作時間がなければ、それなりに仕事を縮小すればよい。人生が思いどおりにならないことは仕方のないことであるし、諦めも必要だ。
 さて、手塚氏はそういう意味では実に幸福、幸運な画家だ。先にも書いたがそういう存在が常にいて当然であるし、またいなければならない。そういう人が日本画をそれなりに引っ張って行く。だが、それですべて勝負が最初からついたことにはならないから、今歯を食いしばって無名で頑張っている人はそれなりに頑張り続ければよいだろう。閉鎖的、保守的な日本画の世界でそういう人に光が当たる可能性はまずほとんど皆無だが、それでも自分を信じて制作を続ければ、死後数十年や100年くらい経って少しは理解者が現われないとも限らない。作品がその時まで残っていればの話だが。ほとんどはゴミになって処分されるのが落ちでも、自分が納得した人生を歩めたというのであれば、無駄ばかりの人生を歩む人が多い中で無駄ではなかったことになる。会場には画学生とおぼしき若いふたりの男がしきりに画面を間近に見ながらああだこうだと偉そうな感じで言っていたが、どう見ても平凡な絵しか描けない顔をしていた。それでも手塚氏の絵からなにがしかの思いを得たのであれば、それだけでも氏が描いた意味があるだろう。同じように筆者がここで書くこともだ。チラシには「本展の副題『花月草星』とは、雅と寂、虚と実、瞬間と永遠など、相反する面を併せ持つあらゆる物事を包含する、宇宙全体を捉えたものです」とあるが、何となくこじつけが過ぎる気もするが、ロマンティックなものに対する特別の思いがあるのは感じられる。昨夜書いた西村功の絵は1960年代の雰囲気が濃厚と書いたが、手塚氏は筆者と同世代であるため、筆者には感覚的によくわかることが多い。もちろん筆者は氏ではないので全面的に理解は出来ないし、また作品を大好きだとも言うつもりもないが、氏が考える絵のあり方がそれなりに世代を代表したものであることは充分にわかる。それはいくつかの言葉で表現すれば、「シュルレアリスムからロマンテシズムに寄せる思い」「写真的視覚」「平山郁夫や東山魁夷画風の引き受け」「日本画の装飾性と伝統的形態」「象徴的日本の風景」「さび色の重視」といったことになるが、簡単に言えば今までの日本画のすべてを引き受けつつ、それに西洋の好きな画家たちへの思いを加味し、現代的なひとつの大きな作画方法として写真的視覚を用いるということだ。
 以上の要素がひとつの画面に大なり小なり全部入り込んでいる。ただし、ある要素が強調されることで、作品毎の振幅の揺れが生じ、写実風にもなれば全く装飾風にも傾く。たとえば6曲1双の「海音」を取り上げよう。これはほとんど写実に近い海面を描くが、海面は水平ではなくて右隻に向かってかなりくぼんでいる。そして最もくぼんだところの空は明るくオレンジ色っぽく染まって太陽の存在を示している。また左隻中央には岩がふたつあって波に洗われているが、全体的に写真を見るような奥行き感があって、まるでフリードリヒの描く風景画を連想させる。顔料を膠で定着させる技法である点では紛れない日本画だが、氏はどの作品でも厚塗りをしているために江戸時代の絵とは一線を画した現代日本画そのもの以外ではない。その一方、屏風という形式であるために洋画にはない装飾性が宿り、実際写真のように見えるとは言え、画面からは江戸時代からの伝統的装飾性への親和力が感じられる。こうした意味できわめて現代日本的な作品に仕上がっているが、これは手塚氏が思う現代の解釈であって、違う画家ならまた全然違ったこうあるべきという方法で現代日本を表現するだろう。説得力は唯一ではないのだ。どんな古い題材、新しい技法であっても、いつでもそれらは現代的なものとして浮かび上がる。それゆえ、手塚氏の絵も氏がこうあるべき現代性と思っているだけであって、違う個性が見ればそれは否定されるべきものだ。「海音」を描くためにおそらく写真を活用していると思うが、当然それに忠実にしたがわず、太陽の存在を暗示するなど、神秘的象徴性とでも言えるものを6曲1双の横長の構図のしかるべき位置に描き込むために改造を施している。写真を使用するとしても、氏の場合は細部の確認ではない。むしろムードを忘れないためであろう。「月光浴」という写真が以前ブームになったが、手塚氏の絵はそれに近い朧な雰囲気が強く、悪く言えば細部を丹念に描かず、むしろざくざくと塗りつぶしてごま化しているようなところがある。それは夕闇や朝焼けのまだうす暗い風景を描くためには当然の処置と言えるから、別に悪いことでも何でもないが、洋画的感覚を日本画にどこまで持ち込んでなお日本画であり得るかの実験をしているように見えて、それはそれで意義ある仕事だ。日本の社会がここまで洋風化している現在、日本画が洋画を強く意識するのはもう避けられないことであろう。それに背を向けて、江戸時代に盛んであった方向に逆戻りしようとの考えを抱く画家があってもよいが、それが主流になるためには今の日本画壇はあまりにも打ち壊すべきものが多過ぎる。
 だが、氏が掛軸作品をも手がけているのは、どうにか昔の日本画のよき部分を復活させたいと思っていることの現われと見てよい。今回は4点が展示されていたが、いずれも今年描かれたもので、今回の展覧会のための新作かもしれない。新たな出発の意味もあってそうした掛軸作品を描いたのかどうか、他の日本画家にはあまりない行為なのでそれなりに面白い試みだ。題材もまた描き方も他の屏風や額絵と大差ないもので、やはり絵具は盛り上がっていたから、それでは掛軸にはあまりふさわしくないとも思えたが、さてどうなのだろう。その意味では屏風もある程度は同様かもしれない。屏風や掛軸という日本古来の絵の形式を用いてはいても、描く技法が厚塗りであるので、それでは昔の日本画とは別物だ。また最後の方に展示してあった「風宴」(2004)は、蓮の枯れた葉を描いた小品だが、色は手塚調の茶を主としてものでありつつ、金箔で表現したトンボが10匹ほど飛んでいて、その点で先に述べた「風雲風神」に使用されている方形の金箔使用と共通しているが、何だか取ってつけたような金箔に安易な装飾性を感じた。これは「花尋」(2002)における蝶の金箔表現も同じで、箔シール印刷が日常的に見られる現代に見合った絵と考えればよいが、もっと長い年月が経てば見えて来る印象も違うかもしれない。それを言えば「雷神雷雲」と「風雲風神」も同様だ。日本画家なら誰しもこの宗達が描いた題材に挑戦したいのはわかるが、その本来の装飾性を写真のような奥行きの朧ムードの表現を得意とする手塚氏が料理し切るのは無理があるように思えた。つまり、面白くなかった。雷も風もそこからは感じられず、また宗達のような大きな陽気さもない。8曲1双の大画面で表現する積極的な意味が見られない。氏の卒業制作は人物画で、それはどこかレオノール・フィニを思わせる超現実感があったが、それから今の風景画に転向したのはどういう理由からだろう。学生時代の人物画はそれなりに面白い絵で、そのまま進めばまた今とは違った画家になっていたはずだが、そうした人物画は日本では売れない。売るためには今までの日本画家がさんざん挑戦して来た題材を描く必要がある。それは花鳥画であり、たとえば風景ならば神の国日本を感じさせるものだ。そうした題材が悪いとは言わないが、名所の絵はがき写真を見せられているような気になりやすい。写真を見ているような感覚に囚われる絵ならば、最初から写真でいい。手塚氏の絵の特徴としてもうひとつ挙げれば「過去の大家への連想」がある。奥村土牛が描く富士山を思わせる「富士」(2004)や、どことなく春草を想起させる4曲1双屏風「山星」(1998、2005に加筆)、晩年の中村岳陵が到達した晩秋の夕焼けの中の枯れ木を彷彿とさせる「湖」(2004)や「夕霧」(2004)など、とにかく情報化社会の日本画がどうあり得るかの見本を見ている気になった。日本画において引き受けつつ壊すことの難しさはまだまだ続く。
by uuuzen | 2006-05-12 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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