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●「宗悦の 書を味わいつ 背を伸ばす 短き言葉 常に新たに」
が晴れ 墓苑にひとつ 五色花 死者は想われ 死者は覚えぬ」、「縁ありて 吾の手元に 来る書画は どれも死者との 対話の糧に」、「鳳の 羽ばたき悲し 生きるため 食べて育てて 鋭く立ちて」、「草の葉は 剣のごときの 鋭さで 人の心に 血を滲ませり」
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柳宗悦は若い頃にアメリカの詩人ホイットマンに心酔し、またイギリスのウィリアム・ブレイクについての本も書いた。筆者は宗悦のそうした若い頃の書物を読んでいないが、ホイットマンに関しては最近『草の葉』の原書と岩波文庫を入手し、また『民主主義展望』を読み始めている。後者は冒頭から訳文が奇妙だが、原書を繙くと忠実な訳であることを知った。訳者はホイットマンの文章がきわめて訳しにくいと解説に書いている。『草の葉』は生涯に何度も改訂されたが、随筆に関してはそうではなかったのであろう。『民主主義展望』の翻訳書は今手元にないので、原書からその冒頭部分をおおよそ訳すと、「宇宙を通じて自然の最も偉大な教えはおそらく自由の多様性の教えであるとして、同様のことはニュー・ワールドの政治と発展においても最も偉大な教えとして提示されている。」とあって、「lessons(教え)」が三度も出て来る。「あの学生はよい学生だ」という文章は後ろの「学生」が余分で、「あの学生はよい」で済む。しかしTVなどでは「あの学生はよい学生だ」という言い回しはよく使われている。話し言葉と書き言葉は違うのでそれでもいいのだが、本ブログは一段落当たり1150字以上1200字までとしているので、なるべく余計と思える言葉は省く。それを徹底すれば漢字熟語が増えて硬い文章になり、気軽に読んでもらうにはまずい。昔書いたことがあるが、学生時代の先輩が自作の小説を読ませてくれた。その中に「誤謬」という言葉が使われ、筆者はそれをなぜ「間違い」と書かないのかと批判した。先輩にすればそういう言葉を使える才能を誇示したかったのだろうが、ならば小説全体にわたって普通の人はほとんど使わないそういう言葉をもっと用いるべきだが、全くそうではなかった。言葉は記号で、記号もさまざまだ。色合いが異なる言葉を唐突に混ぜると、文章に落ち着きのなさが生じ、読者はつまずきやすい。見慣れない言葉を多用して難解なように装う態度を筆者は好まない。同じことを絵画でも考える。それは絵画における記号論になるが、先のホイットマンの言葉からすれば、文筆家や画家が自然からどういう記号的要素を作り上げ、それを積み重ねて作品を構築するかとなれば、無限の方法があるようでいて、他者に理解してもらうには出鱈目に思われてはならないから、絵画はさておき、意味を伝える文章は一定の規則を守る必要はある。その規則のひとつは前述した無駄のなさかと言えば、「あの学生はよい学生だ」という言い回しをおかしいと思わない人がいるので、何が無駄のなさか、無駄がないことはいいのかという別の話に進む。
 ホイットマンの『草の葉』は『LEAVES OF GRASS』の直訳だが、草の葉とは奇妙な言い回しだ。草は葉であるからだが、茎はあるし、また花も咲くであろうから、草の葉というのは、誰しもその細くて尖ったいわゆる草全体を想うだろう。ホイットマンがなぜそのような奇妙な題名を詩集につけたのか知らないが、ホイットマンの奇妙な人物像はその題名に現われている気はする。そう考えると先の「lessons」を三度も使う文章を書いた理由が何となくわかる。『民主主義展望』の訳者は「lessons」を「教え」とは訳していなかったが、最もわかりやすい言葉は「教え」のはずで、漢字を二字並べた言葉を多用する必要はない。こういう屁理屈めいたことを書くのは鶴見俊輔の『限界芸術論』を読んでいるからだが、去年たまたま隣家に鶴見の対談集を見つけて読み、とても面白かったので他の本を次々に購入して読んでいる。とはいえ、熱心なファンにはなれない気はしている。以前書いたように鶴見が伊丹市立美術館の展覧会に際して講演した際、筆者は講演後に面会を申し込み、15分ほどソファに座って対話した。その時、京都の図書館から借りた分厚い全集か選集の1冊を持参したが、なぜその本を当時読みたくなったのかは記憶にない。ただし、鶴見がメキシコに旅をした時、コンロン・ナンカロウに会いに行き、自動ピアノを用いて作曲している現場を目の当たりにしたことがわずかに書かれていて、筆者はそのことを詳しく知りたかった。『限界芸術論』には流行歌論があって、話し言葉と音楽との関係についても詳述されて面白いが、鶴見は音楽通ではない。そのため、ナンカロウに会ったのも彼の音楽に関心を持ったためでなかった。そのため、筆者は鶴見からナンカロウの音楽性については何ら興味深いことは知ることが出来なかったが、日本人でナンカロウに会った人はきわめて珍しいであろうから、それで面会を求めた。それはさておき、鶴見と筆者の出会いはそれだけに留まるが、実は20代半ばで鶴見の隣りに住む家族と親しくなり、その家に何度か訪れた。その話の詳述はややこしくなるのでここではしないが、初めて訪れた時、その家の主は自慢気にまずこう言った。「隣りには大学の有名な〇〇さんが住んでいます」筆者は興味がなかったので聞き流したが、つい最近鶴見が岩倉の長谷町に住んでいたことを知り、長年それに気づかなかったことを後悔した。しかし若かった頃に鶴見の著作に関心がなかったからには仕方がない。ならばコンロン・ナンカロウと面会したことを綴った文章を収録した本をなぜ図書館で借りたのか記憶にないが、当時鶴見の著作にもっと関心を持っていればよかった。講演は柳宗悦に関してで、柳の蔵書のアメリカやイギリスで出版された本における柳の書き込みについても触れられ、なかなかの語学力と讃えていた。
 『限界芸術論』の「黒岩涙香」は黒岩の英語力に着目した内容と言ってよく、鶴見は明治大正以降の知識人の必須の才能は英語を読解することと思っていた節がある。その点で柳は合格だが、ブレイクやホイットマンの詩から決定的な何かを影響されてその後の仕事を成したというのはない。それは鶴見も同じで、10代半ばで代表的な西洋の哲学者の本は読んだが、鶴見のその後の生き方を決めたのは日本的な文化だ。柳もそれは同じで、若い頃に欧米の学問を学びはするが、それは日本をいかに見て将来を見定めて行くかということの肥しになった。話は変わる。昨日隣家の蔵書を調べていると、岸田劉生が大正15年に岩波から上梓した『初期肉筆浮世絵』を見つけた。買ったのは10年もっと前で、箱は全部ばらばらになって、底の厚紙は一部がなくなっている。最近「無事カエル」の4個を発送するために専用の化粧箱を作る必要上、ボール紙や和紙は手元にあり、それらを使えば解体し切っている『初期肉筆浮世絵』の箱を修理出来ると思い、昨日は2時間ほど費やしてそれをほとんど元どおりに仕上げた。そうなるとようやく本も読みたくなるもので、早速坪内逍遥の序文や劉生のそれを読んだが、劉生の文章があまりに現代的で驚いた。それはさておき、ドイツのデューラー張りのリアリズムに匹敵するような油彩画を描きながら、晩年に肉筆浮世絵に関心を抱いた劉生も、涙香や宗悦、鶴見と同じであったと見てよく、日本の知識人は本質とは何かについての研究で生涯を締めくくる場合が多いように思う。小林秀雄がモーツァルトやゴッホに心酔しながら晩年に本居宣長論を書いたことも同じだが、知識人が晩年にみな国粋主義的になるとは限らないのはもちろんで、そう言えば鶴見は小林秀雄のことをどう思っていたのだろう。さて、気の向くまま、気儘に書いているが、去年秋に鶴見の『柳宗悦』を読んだ。鶴見の講演を聞いて四半世紀以上経ってのことで、いかに筆者が呑気であるかを示している。柳の著作は12巻の春秋社刊を20代半ばで筆者は読んだが、柳については言い尽くされたように見えてまだ研究し尽くされていない気がする。特別の大物という点は揺るぎないとして、韓国での評価は最大限に認めながらも手放しの褒め方一辺倒ではなく、批判もある。それは簡単に言えば日本の貴族階級出身の柳に朝鮮の芸術がわかってたまるかという一種の恨みが籠ったものだが、そのことを差し引きながらも柳が朝鮮の美術に注いだ眼差しは日韓併合時代の風潮を思えばあり得なかったほどの慈愛に満ち、韓国の知識人で柳に心酔する人は少なくないだろう。鶴見の『柳宗悦』は柳の祖父のことから書き起こし、血筋は争えない現実を突きつけている面があって、家柄などなきに等しい者はそのことで読むのをやめるかもしれない。
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 家柄を言えば鶴見もそうで、その著作の背後に一般市民ではあり得ない血筋が覗いている。出自はどうしようもない。それだけにたとえば貧しい名もない家柄の者は他者から後ろ指を指されないように清廉潔白を心がけて生きるべきと筆者は思うが、柳が注目した因幡の源左のように、無学であっても人柄と生き方で他者が本に書く場合はあって、その柳の態度を愛する人はいつの時代もいる。さて、ここから本論に入る。先日ネット・オークションで本を買うと、その包み紙に新聞紙が使われていた。そのしわくちゃになった数枚の新聞紙を整えていると、書評が目につき、切り取った。新聞は『スポーツ報知』で2月7日のものだ。大半は競馬欄で、真面目な書評があることが意外であった。本の題名は『柳宗悦を考える』で、著者は李鳳來という1947年生まれの古美術商だ。東京青山で「梨洞」という骨董店を営む著者の名づけ親は大韓帝国最後の皇太子とあって、評者の金沢百枝が「相当の家柄だろう」と書くのはもっともなことだ。書評の最後にこうある。『朝鮮の「民芸」は支配層である観念論者たちの生活道具で、「民」の使うものではない。では、なぜそれが美しいのか。李朝の壺も井戸茶碗も、金銭目的で作られていないから、と著者は断言する。』そうした朝鮮のかつての民芸品が今は金持ちしか買えない骨董になっていて、皮肉を言えば、そういう骨董を著者の李鳳來さんは扱っている。しかし、金銭目的で作られていないから歴史の風雪に耐えて美を保持し、称えられるかと言えば、筆者は半ば同意するが、もう半分はそうとは限らないと思う。井戸茶碗を作ったのは名のない貧しい陶工とされるが、彼らは膨大に作ることによって手慣れ、また作為が作品に入り込まなくなったと言ってよいが、陶工も食べて行かねばならず、あからさまな金銭目的ではなかったにせよ、賃金は欲した。あるいは宮廷お抱えの陶工で食べるのに苦労はなかったとして、そのことが金銭目的ではなかったとすれば、優雅な暮らしをする職人の手からしか名品は生まれないことになって、それは民芸の理念にそぐわない。それはともかく、柳宗悦は今なお、いや今後も多くの人の関心を引き続けるだろうが、筆者はかねがね柳の書がほしいと思い続け、今は3,4点所有している。柳の楷書は真宗の門徒が日常的に読む『浄土和讃』などを学んだもので、模倣しやすく見えて贋作はすぐにわかる。家内が入院して2週間ほど経った1月15日、ネット・オークションで柳が「大悲」の二字を大書した色紙を見かけた。誰も入札せず、筆者が3日後に落札したが、この書は柳らしく、また堂々として信念が籠っている。特に「悲」の「心」は最後の一画の点が布がたなびくようで余韻がある。色気と言い変えてもよい。「因幡の源左」など、真宗に馴染んだ宗悦らしい作品で、同じ言葉を書いた作をほかに見たことがない。
●「宗悦の 書を味わいつ 背を伸ばす 短き言葉 常に新たに」_d0053294_02455437.jpg この色紙を額に入れると1階のTVのある狭い部屋はさらに身の置き場所がない。そのままどこかに貼りつけるのがいいが、そうすればすぐに劣化するので、一昨日カラー・コピーを取り、それを鬼門となる位置に貼りつけた。10年前に家内が肺の手術をした時は般若心経の大きな朱印と楊柳観音を描いた版画を上下に組み合わせた掛軸を買い、それをずっと掛けたままにしている。今日の3枚目の写真がそれだ。今回の家内の入院で自作の「無事カエル」と柳の「大悲」が同じ部屋に加わった。それほどに願かけをしても厄難は訪れる。そのことを昔から誰もが知っているので、なおさら護符のような厄除けで身を守ろうとする。「大悲」は仏の心で、人間は持ちにくい。それどころか、憎らしい奴はさっさとくたばれと思ったりもする。それは人間が出来ていない証拠であることは誰しも自覚しているが、TVなどで自然災害に遭って多くの人が死んだり、財産をすべて失ったりする様子を知ると、明日は我が身かもしれないと思って一瞬でも同情するし、時には涙も流す。家内は入院中にジョージ・ハリソンの音楽に癒されたと言った。筆者は彼の「ISN’T IT A PITY」をよく思い出す。その歌詞は憎しみ合うことや貧しい人から目を逸らすことを哀れみ、恥ずかしいことと謳っている。仏陀にも関心のあった彼は「大悲」の心を30歳前に持っていた。家内曰く、その優しさは歌声にそのまま滲み出ている。自作の歌詞をていねいに歌う様子に家内は癒された。話が前後するが、鶴見の『柳宗悦』はほとんど最後で柳の書を2点紹介し、その1点『今見ヨ イツ見ルモ』の図版を今日は紹介する。柳の書は今の若者にはその言い回しが理解出来ない場合が多いだろう。筆者もその口だが、「イツ見ルモ」は「いつも見ているとしても」の意味でありながら、「いつ本当に見るのか」と言いたいもので、これは筆者がつい最近もブログでよく書いていることだ。意識して見ないのであれば、意識に入って来ない。見るということはぼんやり見て感じることとは別に、意識してこそ自分独自のものになるという面がある。柳の書は日本の書道の大家やその系譜からはみ出たもので、好事家しかほしがらないだろうが、書は絵画以上に作者の心を正直に映し出し、そのことを民芸を通じて柳はよく知って知り合いの求めに応じて色紙や短冊に書いた。それは売り物ではなかった。筆者は「無事カエル」をほしい人に1個1000円程度で売ろうかと思わないでもないが、1000円では割に合わず、買い手からすれば500円でも高いだろう。それに家内が奇蹟的に手術をせずに帰宅出来たことを祝う縁起のいいものを、売り物とするのは気が引ける。しかし本当にほしい人がいればどうするか。無料で差し上げてもいいと思いながら、作る手間暇を思えば無料はないというさもしい気持ちが去らない。
●「宗悦の 書を味わいつ 背を伸ばす 短き言葉 常に新たに」_d0053294_02464015.jpg これは李朝の陶工も同じではなかったか。金銭目的ではないということを突き詰めるとややこしい問題がある。貧しくて必死に働かねばならない者は労力や才能を金銭に変えなければならないからだ。「大悲」に戻る。「悲」の「非」は大きな羽根が開いて反対方向に向いている様子の象形文字だ。昨日は「無事カエル」を手にする家内と、レオナルドの名作「受胎告知」のマリア像のしかもコラージュ作家が改変した顔を嵌めた家内像を、左右対称に配置した写真を載せた。その「受胎告知」の左半分に天使ガブリエルがマリアに向かって処女懐胎したことを告げる様子が描かれる。ウフィツ美術館でこの作品を目の当たりに、同館で買った分厚い図録から「受胎告知」のガブリエルの姿のみを先ほど写真に撮った。天使の羽根は左右に開き、マリアからやがて生まれるキリストの生涯を予告しているのか、ガブリエルの横顔は悲しみの表情と言えなくもない。さて、一昨日隣家で『LIFE』誌からの切り抜きを探していると、筆者の古いアルバムに家内のおそらく生誕100日の白黒写真が貼ってあることに気づいた。この写真を年に一度は思い出しながら、どこに行ったのかと長年探していた。それがひょんなことで出て来た。大阪の天下茶屋で生まれた家内は家族が大名のような暮らしをしていた満州から帰国し、一時は貧困にあえいだ。家内は男3人、女4人のきょうだいで、幼い頃の写真はほとんどない。生誕100日かどうかわからないが、その当時の名刺サイズの、しかも3分の1ほどはなくなった1枚の写真のみがあって、家の外で椅子に座らされ、背後に母親が背中を向けて張りついている。この写真の家内の顔は一度見れば忘れられない。脳裏に焼き付いているので写真が出て来なくても容易に思い出せるが、ブログに載せておけばひとまず失うことはない。それで家内の姿のみトリミングして今日の最初の写真として使うが、元の写真は周囲の風景が昭和20年代の大阪の下町で、筆者も同じようなところで生まれて育ったので親近感がある。家内は幼かった頃、ほとんど母親に甘えることが出来なかったそうで、今も女性らしい甘えた様子を一切見せない。というよりそういう仕草の表現を知らない。写真では左手の人差し指を挙げているが、その一瞬の仕草がよい。この家内の写真の左に「受胎告知」の天使ガブリエルをトリミングして配することを思いついた。昨日の投稿の最初の写真とひとまず対になる。天使は乳児の家内に何を告知するのか。この家内の写真から72年経ち、今は筆者と知り合って半世紀ほど経つ。「強靭」な筆者は家内の頼りにされているが、経済力は並み以下で、金銭目的で生きて来なかった。それは本来貴族がすることだ。それで自称「下町の貴族」と半ば冗談半ば本心で思っているが、それは「狂人」でもあるということだろう。あるいは今日の文章のように「糸の切れた凧」で意図はそもそもない。

by uuuzen | 2026-02-19 23:59 | ●新・嵐山だより
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