「
局地にて 最期迎える 命かな どこで死のうと ああこれだけか」、「ぽっくりと 逝くを望むも 日頃から 後の始末を 滞りなく」、「やることの 終えたあの人 急に老け さまよい歩く 姿も消えて」、「ウォーキング する人馬鹿と 思う吾 ほかに楽しみ 知らぬは哀れ」

今日はX(ツイッター)の投稿が五千回目だ。この区切りに1か月ほど前から何について書こうかとぼんやり思っていた。まさか家内が入院するとは予想外であったが、そのことが五千回目の投稿ネタを導き出した。家内が入院している病院は京都盆地の西山の山田という地区にある。これは名称からして江戸時代以前、山裾に田が広がっていたことを意味するだろう。わずかな農家が点在していたのは筆者が住む嵐山地区も同じだが、高度成長期に大半の田畑は民家に変わった。そうなると病院は必要で、それが空気のよい山田の中腹にまず肺結核の患者を収容する施設として出来たのが、家内が入院する病院の前身だ。ここには書かないが、江戸時代から療養にはいい地域と考えられていたので、やがて結核病院が出来たと筆者は考えている。病院の次に高齢化を迎えた団塊の世代の終の棲家としての介護付き老人ホームが必要となった。そういうことに先んじて目をつける商売人はいる。今日筆者は2,3年前の書類を調べていると、京都市バスの敬老乗車証の申し込み封筒の裏面に「ライフ・イン京都」の文字とその建物の写真が印刷されていることに気づいた。今日はその施設について昨夜は書こうかと考えていたのでその符合のよさに驚いた。この建物は四半世紀ほど前に出来た介護つき老人ホームで、ピラミッド風の未来都市、あるいは蜂の巣のような異様な威容の全景は、阪急電車の車窓から最もよく見える。今日の最初の写真は筆者が毎日病院へと通う道の病院の玄関から100メートルほど南の三叉路から見える眺めだ。道沿いに家が建て込んでいて、その三叉路からでしかこの施設は見えない。灯台下暗しの状態にあって、やはり阪急電車の車窓から遠くに見つめるのがよい。2枚目の写真はグーグルのストリート・ヴューからで、施設に最も近い撮影点だ。施設の間近の道は私有地で、グーグルの車に撮影させないのだろう。この施設の名称を知ったのは数日前だが、「ライフ・イン京都」とは京都に憧れる高齢の裕福な人に入居してもらいたい思いが反映している。筆者の知っている人でひとりだけここに入っていた人がいる。「いた」と過去形で書くのは、筆者より20歳ほど年長で、認知症の入口にいたか、体力がかなり落ちていて、90代まで生きたとは思いにくいからだ。その女性について10数年前に書いたことがある。ここでは詳しく書けないが、筆者はその女性の美貌と貫禄、上品さを今でもよく覚えている。往年の大女優といった感じで、自治会長をしていた筆者を何度か尋ねて来られ、筆者は聞き役の話し相手になった。
その時に聞いたことは小説のネタに持って来いと言えばいいか、地元住民では筆者しか聞かされていないことがいくつかあった。「息子夫婦にあんなところに追いやられましてね」とかなり不満な様子であったが、入居費は現在ざっと二千五百万円で、夫婦で入れば五千万だが彼女の夫は数年前に亡くなっていた。入居費とは別に毎月25万円ほど支払うし、認知症になれば追い出される。自分のことは自分で出来る間の老人に限られるから、平均すれば入居者は10年いるかいないかではないか。また前述のように市役所が配送する封書の裏面に広告を載せるほどに常に満室ではないことがわかる。夫婦で五千万円持つひとは百人に数人はいると思うが、そうした人は山手のホテル住まいのような暮らしを望んでこの施設に入居しようと考えるケースは多いだろう。元気な間は下山して京都市内を散策出来るし、部屋からの眺望は遠くに東山を臨んで素晴らしいだろう。しかし夫婦はいつか片方が先に死ぬから、残された者のさびしさはこういう施設に入っていても同じだろう。今日は先ほどネット記事で70代半ばの夫婦が経済的に貧しく、夫婦の会話もほとんどない例を取り上げていた。ちょうど筆者ら夫婦と同世代で、年金は彼らのほうが多い。それにもかかわらず、さびしい晩年を過ごしていることは気構えと努力の足りなさによる。貧乏を楽しむくらいの余裕がなければ老いは辛いだけだ。筆者は「強靭」なのでそういう考えを持っているが、それは家内がいてのことで、ひとり残されると生きる希望を失うかもしれない。とはいえ、家内がいる限り、家内相手に冗談はよく言うし、貧乏暮らしを貧乏とも思っていない。とはいえ、その自信もまだ体力があると思っているからで、病気になると落ち込むか。それでも健康のために土手を毎日歩くという趣味はなく、読書している方が楽しい。これも以前書いたと思うが、「風風の湯」の常連を名前を知らない80代の細身で長身の男性がいた。知性も豊かだが、若い頃はスポーツをやっていたようで、胃腸を悪くしてどんどん細って来たと言っていた。その人とほとんど最後の会話となったのはサウナ室でふたりきりでいる時のことで、こう訊ねられた。「河原町御池のあのホテルに1年契約で何年も住み続けている知人がいます。1年暮らしていくらと思いますか?」「一千万円くらいですか」「いいえ、その半分にもなりません。彼は毎日ロビーに座ってホテルに出入りする人たちを眺めて暮らしていますよ。ホテルの食事に飽きれば近くにいくらでも食べる場所はありますからね」その知人は成功者で、金にゆとりがあってホテル暮らしをしているが、筆者はその人の孤独な顔が目に浮かぶような気がした。誰でも老人になると暇を持て余し、また金がないとなればより孤独を噛みしめることになるが、その人生最後の日々をどのように充実させるかは若い頃からの生き方にかかっている。

