「
跡追いの 理由を問うな 人は人 愛の形の 究極目指せ」、「年末の 大掃除せず 十余年 溜まる埃と ゴミ温かし」、「ゴミ溜めて 金が出て行く 貧しさに 気づけば今は 路上に暮らし」、「捨てること 出来ずに溜まる 不用品 金も貯まれば 体に悪し」

今日の写真は家内が昨日から入った個室の窓からの眺めで、救急車が到着する真上の集中治療室のある棟の北側に位置する建物だ。家内の部屋の窓は南に面していて、写真の右端辺りの輝きから太陽がちょうど山の向こうに隠れ始めているのがわかると思うが、午後3時頃に撮った。この山は筆者がこれを書く窓から見える嵐山とつながっている西山で、そう思うと筆者と入院中の家内は山でつながっている。もっとも、丘と呼ぶほどの低い山だ。写真に写し込んでいないが、左端の先は西日が差してとてもあかるい京都市中で、西山がいかに早く日が暮れるかを今さらに感じる。今日も筆者は2時に着き、初めて訪れる家内の個室部屋の窓辺の椅子に1時間ほど座って家内と雑談した。家内は3キロ痩せ、また一段と背が低くなっていた。見送らなくてもいいのに、エレベーターまで廊下を一緒に歩いた。部屋の暖かさに比べると廊下は冷える。それでパジャマ姿の家内は肩に白いバスタオルをかけた。自宅のどこそこにピンク色のガウンがあるので明日持って来てほしいと言われたが、それを家内が着た記憶は筆者にはない。次姉からもらったもので、形見というほどのものではないが、背丈が同じほどなので次姉が亡くなった後、家内が譲り受けた。次姉は入院中に逝った。筆者と家内が高槻の大きな病院に見舞いに行った時、次姉は筆者を見送ると言ってエレべーターまで一緒に廊下を歩いた。それが見納めになった。エレベーターの扉が閉まる時、次姉はいつもの笑顔であった。今日家内とエレベーターの前まで歩いた時、家内はそのことを思い出したであろうか。化粧をせず、顔にしみやほくろが増えた家内は年齢どおりの老婆だが、今日は不満、毒舌、愚痴が多く、まあそれだけ元どおりになった証拠だろう。頭痛と二重に見えることは相変わらずで、夕方にまたCTを撮ると聞いた。出血したらしき箇所の肥大化があるかどうかを月末までに何度か調べるのだろう。普通食を摂っているのでもう帰宅して以前の生活に戻れそうな気がするが、それはあまりに楽観的過ぎると担当医に怒られる。それに寒いわが家では筆者のように強靭を自負する者しか暮らせない。ストーヴはいくつもあるが、物が溢れて置き場所に困る。寒いも暑いもせいぜい2か月と高をくくっている筆者は冷暖房に無関心だ。もっと快適に暮らすべきだが、リフォームのしようがない。筆者は去年12月にやぐら炬燵を出すと言ったが、家内はあまりに埃が舞うとの理由で渋った。12年前に同じ病院で片肺の一部を切り取った家内はその後毎月薬をもらいに病院通をしていて、担当医が言うには部屋の埃が最も家内にはよくないとのことだ。
家内は掃除や整理が苦手だ。ここ10日ほど筆者が台所に立ち続けているので改めて気づいたが、あまりにもこまごまとした雑品が多く、それらが癌細胞のようにあちこちに転移して増殖している。たとえばビニール袋、そして買い物した際に商品を入れてもらえる紙袋もだ。それらをいつか使い回しするつもりが、そういう機会はほとんどないので、10年ほどため込むと大きな段ボール箱いっぱい分になる。それら全部を家内の入院中に処分するつもりで今日も必死の形相で整理した。家内は銀行に毎年手帳をなどの粗品を要求して来たのに、不景気になって手帳がもらえなくなったとこぼしていた。手帳はさておき、銀行がくれる粗品はたいてい10年以上は見えない場所に仕舞い込まれる。狭い台所にそういう半ばゴミがあちこち山積みとなっている。それが家内の頭の神経を少しずつ蝕んで来たのではないか。絶対そうだ。筆者が先に死ねば家内は跡を追うと今日も言った。それは自分のゴミでも処分出来ないところに筆者の家一軒を占める資料、すなわち家内にすればゴミをどう扱えばいいかわからないからだ。似た者夫婦で、筆者と家内は揃ってゴミを大量に収集する癖がある。筆者は日々の脳内のゴミをこのように文章として吐き出し、家内はそれが出来ないので心の中に鬱屈したものが蓄積され続ける。思い切ってゴミに出せば済むことなのに、粗品をせびる癖は治らず、それが貧乏に元凶になっていることを自覚しない。たとえばスーパーの寿司コーナーで、ワサビや醤油の小袋を、寿司を買わずにさっと鷲掴みする女性がいるが、筆者はその姿を見るのが大嫌いで、10年ほど前は、たくさん人がいるのに家内を大声で叱ったことがある。そういう小袋の期限切れがまたわが家の冷蔵庫にたくさんあって、先日それらを処分した。筆者が怒るから家内は寿司を買う時に醤油やワサビの小袋を取り忘れたといつもこぼすが、家にあるものを使えばいい話で、さもしい行為をしてほしくない。そのさもしさが筆者が遊び人で稼ぎがないからと言われると返す言葉がないが、それでもやはりいくら貧しくてもさもしい行為は醜い。母からそう教えられた。先月筆者は隣家から暖房絨毯を持ち出してTVのある部屋に敷いたが、暖と言えばそれのみだ。台所に立ってわかったが、底の熱いスリッパを履かねば足の裏があまりにも冷たい。スリッパくらい買えばいいのに、今日の家内は千円はすると言った。家内は常態化した冷え切った体で「風風の湯」の熱い湯舟に浸かった。それで脳内に出血したのだろう。普段の暮らしのつけが回って来たのだ。毎週2,3回は「風風の湯」に行って温まるのがありがたいと家内は言っていたのに、日常の寒さに縮み上がる暮らしと温泉の湯の熱さの差があまりに大きい。今日の家内の部屋は暖房が利き過ぎて筆者はあまり心地よくなかった。家内にはいいが、筆者は極寒酷暑がいい。
