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●「動脈の 瘤に似たるや 烏瓜 お前は何の 役に立つのか」
み浮かべ 死に瀕するや 戦士には 逝くあの世こそ 安らぎは満ち」、「笑み交わす 夫婦麗し 空は晴れ 金婚式は ともに白髪で」、「平均の 寿命を知りつ なお望む されど長寿は 夫婦揃いて」、「ほしいのは あなただけとは 永久の美と 老いても信ず 妙幸の人」
●「動脈の 瘤に似たるや 烏瓜 お前は何の 役に立つのか」_d0053294_01165761.jpg 昨夜の最後に書いたWさんのことをたまに思い出す。小柄で温和、女性にはあまり縁のなさそうな雰囲気で、独身のままで70を少し過ぎて自宅で死んだことは、傍目にはよくありそうなことで、自治会内でほとんど話題にならなかった。それほど他者と交流がなかったのだが、高槻市本町に実家があるとのことで筆者は何となく親しみを覚えた。死んだことを情報通のFさんから教えられた時、筆者は自殺ではないかと一瞬思ったが、いつも笑顔で深刻な思いを抱えているようには見えなかったので死因について全く理解が及ばなかった。ところがWさんと距離にして100メートルは離れないところに住んでいる91Mさんの奧さんから、家の風呂で誰にも知られずに死ぬ人が多いと聞いて、Wさんの死因が入浴中のヒート・ショックではないかと思い至った。つまり事故で、誰にでも起こり得る。Wさんは経済的に豊かで、毎日「風風の湯」に通うことは出来たはずで、そうしていれば筆者ともっと親しくなれたし、他の常連とも楽しい話が出来たのに、これからもっと話をしようと思っていた矢先にあの世に行った。人生はそういうものだ。そうであるから会って話をしている時が人生の醍醐味で、その回数が2,3回であっても、得難い経験としてよく嚙みしめるべきだ。そう考えると、いがみ合うことの馬鹿らしさに改めて気づく。Wさんとは合計して1時間ほどしか会ったことがないので思い出はわずかだが、一昨日の夜は中学生の同級生のNが夢に出て来た。還暦過ぎの姿で、いわば亡くなる頃と言っていい。Nは筆者によくしてくれたにもかかわらず、筆者はNに何ひとつしてやることがなかった。そのことを後悔しても始まらないが、NはWさんに似てあまりに温和で女性に強引に接近するタイプではなく、それゆえ女性にもてずに独身のまま死んだ。筆者は家内と駆け落ちしたので、繊細に見える一方、かなり激越なところがあるのだろう。それは自分ではドイツ・ロマン派の芸術家の特質と思っているが、喜寿を過ぎて少しは温和になったかと言えば、そう簡単に性質は変わらず、むしろ若い頃の特徴が高齢になるにしたがって先鋭化する。それで嫌われ者になって人は遠ざかるが、それは自分の高齢を一種恥じて引っ込みがちになるからとも言える。そういう筆者に家内はよくぞこれまでついて来たと思う。家内の母は70代半ばで肝臓癌で死んだ。最期は病院のベッドで管まみれの状態になり、いつ家に帰れるのかと不満を募らせ、自分で管を全部引き抜き、周囲や医者に騙されたと思って死んだ。その場に立ち合わせた家内はよくその話をする。
●「動脈の 瘤に似たるや 烏瓜 お前は何の 役に立つのか」_d0053294_01173590.jpg 死ぬ直前に夫を恋しがったそうだ。その話を家内から聞くたびに筆者は夫婦の愛の本質を思って心の中で涙する。すぐに家に戻れると言われて入院し、そのまま亡くなったのであるから、どれほど夫との元の暮らしの場に戻りたかったか。その思いを想像するといつも熱いものが胸にこみ上げる。今日も家内を見舞った。家内は初めて目を開き、筆者や息子の存在がわかった。そして本人は何度も声を発しているつもりが、数日間、喉に呼吸器を挿入していたので喉が腫れ上がり、声帯が機能せず、唇を動かしても声が出ない。そして全身に装着されている管を外す素振りを見せ、起き上がろうとする。おそらく母のことを思い出し、ベッドにつながれている状態のまま死ぬことを想像し、『今すぐ家に帰ろう』と何度も言い続けていたのだろう。家内のそうした動きを見ていると、筆者の言葉は涙混じりになる。それが家内にとってはよくないことを自覚するが、俳優のように演技することは出来ない。話題を変える。今日の最初の写真は昨日言及した近所の烏瓜だ。同じ家にある柿と柘榴もついでに撮った。26日の昼過ぎ、家内が倒れた前兆を筆写が感じたかを考えるに、自治連合会の会計宅に領収書を持参したことしか思い浮かばない。栴檀の巨木に気づいたこと以外に何に気が取られたかと言えば、まず堤下のさびしい公園に横倒しになったまま生きている桜の木と、領収書を郵便受けに入れた後、栴檀の木に気づき、写真を撮る間に注目した烏瓜だ。前者の桜は、こじつけかもしれないがベッドに横たわる家内で、後者は動脈瘤の暗示に思える。烏瓜の蔓を人間の血管になぞらえれば、烏瓜はその色からしても瘤だ。しかし家内のクモ膜下出血には動脈瘤は見当たらない。出血した箇所が必ずあるはずで、それを見出してしかるべき治療をしなければいつまた同じ病状を発するかわからない。脳内の出血が収まって以前の生活に戻れるとして、爆弾を抱えているのと同じで、その不安を抱え続けねばならない。そのことを今からあれこれ考えることは出来ないが、一方で命とは何か、生きていることにおいて最大の望みは何かといったことを考える。それは死者を想うことは外せず、結局はどう生きるべきかという問いに収斂する。筆者と家内が90代まで生きてもいずれどちらかが先に死ぬ。そのことを想像すると、先日90代の夫と80代の妻が自宅で焼死したニュースを思い出す。その夫婦は充分人生を楽しんだので火事を起こして死んでも思い残すことがなかったかと言えば、それは当人しかわからない。平均寿命以上に生きれば充分ではないかと若者は思うだろうが、ほとんどの人は平均寿命を過ぎても生きたいはずだ。夫婦仲がよければなおさらであろう。ジョンとヨーコが並んで歩く後ろ姿の写真をジャケット裏面に使ったヨーコのアルバムがあるが、その写真の美しさは比類がない。
●「動脈の 瘤に似たるや 烏瓜 お前は何の 役に立つのか」_d0053294_01180510.jpg


by uuuzen | 2025-12-30 23:59 | ●新・嵐山だより
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