「
誰も知る 花咲き実なる 繰り返し 己が子なくも 辻褄は合い」、「人生の 流れに乗って 見る景色 暮れる日差しに こんなものかと」、「知らぬ街 歩き目につく ことのなき さびしき人の 影うすし冬」、「肩並べ 歩く人なき 若者の 世に歯向かいつ 理解を求め」

昨日まで3日連続投稿した阪急石橋阪大駅からJR北伊丹駅までの西国街道歩きを始める直前、
「その47」の地図で言えばA地点から北数軒の西側で、今日の最初の写真の大きな柘榴の木に気づいた。その前に前回駅を下車した時にも線路沿いに見かけたアフリカのプリント生地を売る店の前に立ってまたしげしげと店内を覗いたが、店員はおらず、話すことは出来なかった。おそらく二度と訪れない駅前商店街であるから、少々残念であった。話を戻す。柘榴は珍しくない。わが家の近くでも高さ2、3メートルの木が2本あって毎年多くの赤い花、そして実をつける。小川の上に枝が張り出し、岸辺から背伸びして少し枝を折ろうかと毎年思うが、長い棘があり、枝は折れにくい。柘榴は昔何度か写生したことものの、作品は作っていない。それで柘榴の花や実を見かけるといつも写生したいと思ってしまう。さて、天ぷら定食で食当たりした家内は難儀してA地点にたどり着き、筆者が柘榴の木を見上げている間は苦しそうにしつつも一休みの気分でいられた。この木は道路から少し下がった土地に根元がある。幹の太さから樹齢百年はあると思うが、道路際に神社の名前を記す幟旗が一本立っていた。それはどう見てもこの柘榴の木がその神社の御神木であることを示すためのものだが、神社らしき建物はない。また幹に御幣が巻かれていたのではないが、その類の断片のようなものがあった気はする。しかし何となくこの木の周囲は荒れた印象があり、梢を中心に撮影した。改めて最初の写真を見ると、どこにでもあるような柘榴の木で、幹が太いことはわからない。帰宅してグーグルのストリートヴューを見ると、今日の2枚目の写真が示すように、4年前のこの場所の画像にその幟旗が写り込む。そこに「亀之森住吉神社」とあって、確かその文字であったと筆者の記憶も蘇る。「その47」に書いたように、同神社はこの柘榴の木から600メートルほど南西だ。となればA地点付近は同神社の参道の最西端であったのかもしれない。そうであれば明治以前、Aから同神社までは民家がほとんどなく、亀が住む池のある境内に聳える大きな樹木の森が見通せたのではないか。そしてこの柘榴を抱える土地の住民は同神社と関係が深いのだろう。柘榴の木が御神木とは考えにくいが、西洋では多産を象徴する聖樹であり、日本でもそのように思われている地域があって不思議ではない。柘榴の比較的若い木しか見たことのない筆者には、この巨大な柘榴の木のみで六曲一双屏風の画題に充分なり得ることを教えてくれる。そういう予期しないことに出会えるので、見知らぬ街を歩くことは楽しい。

