「
投銭の 金より団子 猿嬉し 回す主人は 渋柿顔に」、「日向避け 帽子被るや 日陰者 西日眩しき 老いの身も照り」、「これ以上 増えはせぬよと 赤まんま そうか抜かずに そのままにさせ」、「またひとつ 消えた昭和の 喫茶店 儲からぬ店 もう狩らねばと」

まず今日の写真は昨日撮ったが、わが家の玄関前にひっそりと咲く赤まんまの花だ。裏庭にもいつの間にか同じようにひっそりと咲いている。雑草の部類に入るが、筆者は放置している。遠い思い出もあるからだ。それには嵯峨に長年「あった」と過去形で書く喫茶店の「赤まんま」も関係している。今月6日、花園大学に白隠展を見に行った際、93番の市バスに乗った。渡月橋北詰めを北進し、丸太町通りに入る手前でJR山陰線の線路を越えるが、線路の50メートルほど南の東側にある喫茶店「赤まんま」がなく、牛かつ屋に変わっていることに驚いた。京都は2月、8月は観光客がほとんどないことが常識であったのに、10年ほど前からか、外国人観光客が増え始めた。コロナで一旦中断し、その終息後は以前に増して増え、TVで放送されるように、有名な竹林は刃物で名前などが刻まれ、そうした竹を仕方なしに根元から切ることになった。かわいそうなので削られた箇所を絵具で埋めれば遠目に目立たないと思うが、竹と同じ色の樹脂顔料で埋めるとして、観光客がいない間の夜間作業となり、そうなれば光源が必要だ。また誰がそれをするかとなればボランティアでは無理で、人件費の問題が出て来る。ならばいっそのこと切ると決めたのだろうが、悪戯をする観光客は竹林の奧に踏み入って同じ落書きをする。そうなればいずれ竹林全部を伐採することになる。TVでは天龍寺前の商店街の会長で竹工芸店のIさんが、今回の伐採は数十本と言っていた。彫り傷のある部分はせいぜい高さ2メートルまでで、残り10数メートルは竹材として使えることを思っての今回の伐採であろうか。それはともかく、今日は午後2時過ぎに喫茶店「赤まんま」が牛かつ屋にどう変わったのかを確認するために、同商店街をJRの線路まで歩いた。先日「風風の湯」の常連のHさんに「赤まんま」がなくなったことを話すと驚かれた。半世紀以上前からある、嵐山では有名な店であったのに、ついに外国人観光客相手により儲かると見込んだ店に買われたかという返事だ。洒落た外観のその喫茶店を知る者はみな同じ思いだろう。そう言いながら、おそらく地元の人もほとんど利用しなかったのではないか。外国人観光客目当ての店に様変わりするのは錦市場も同じで、先日家内と歩いてあまりに人の多さに歩くのに苦労した。金儲けは出来る間に懸命になるべきというのが常識だろう。筆者にはその機会は一度もなかった。あっても赤まんまの花のように遠慮がちであった。今日の2枚目の写真は上がグーグルのストリート・ヴュー、下は今日撮った。建物は改修したことがわかる。

