「
特製の 電子楽器で 突き刺すと 奏者思いし 火花の舞台」、「出番待ち 胸の鼓動に 気づきつつ 思い起すは 聞かせたし箇所」、「練習を せぬ本番の よしあしを 吾決めるとて 批判を気にす」、「無料でも 来る人なしの 個展しつ まずは作品 ありてのことと」

今日から4回に分けて先月18日に大阪難波のベアーズで見たライヴについて書く。最初のチラシ画像は主催者の金森幹夫さんが制作したもので、当日入手した。今回のライヴに行く気になったのは、レザニモヲのさあやさんがチャップマン・スティック(以下スティック)に関心を持ち、それを購入したことを聞いていたので、その演奏の様子を見たかったからだ。彼女はたぶん今日紹介する札幌のデュオ・バンドのF.H.C.との交友から感化を受けたのだろう。F.H.C.は毎年関西ツアーを行なっていて、全部の会場ではないと思うが、金森さんが宣伝に努めていると思う。金森さんのスティックへの関心が今回のライヴ企画になったと想像するが、その楽器を早々と手がけて自曲を演奏するようになったF.H.C.が、スティック奏者の中でどういう位置を占めるのかが今回のライヴでおおよそわかった点でも、金森さんの着眼の効果は大いにあった。入場料2500円で4バンドの出演で、来場者数を思えば金森さんの持ち出しがかなりあったのではと思うが、ライヴの合間に話したところ、酒の酔いもあって機嫌はとてもよかった。金森さんに連絡せずに筆者が出かけたからでもあろう。開場の午後3時の15分ほど前に着いたところ、地下に通ずる階段の上で「濁天さん」と会った。その直後にレザニモヲのふたりが食事に行くために階段を上がって来て、濁天さんはTシャツをふたりにプレゼントした。それはいいとして、バンド交代の合間、濁天さんは「いいライヴですねえ」と感嘆しながら言った。時間を気にせずに長時間の演奏であったからで、また4バンドの演奏後は客がステージでスティックに触れることが出来たためでもある。濁天さんはエレキ・ギターの達人であるから、なおさらであったろう。F.H.C.のライヴを筆者が最初に見たのは4年前の年末で、「夜想」が現在地に移転する前の最後のライヴであった。その後スティック担当のかさいあつしさんとツイッターのダイレクト・メールでやり取りし、彼らがこれまで作ったCDをまとめて送っていただき、新作が出るたびに留美さん手製のミニ・カレンダーとともに届けられる。20枚ほどを発売順に番号を振り、これまで二度は全部聴き通したが、ふたりの年齢もあって音楽性の大幅な変化は望めないと言ってよく、言い変えれば完成し切っている。あるアルバムに気になった短調の曲について意見したところ、かさいさんは同様の曲を中心としたアルバムを次に制作したが、それは筆者の期待どおりではなく、その意味でなおさらF.H.C.の一種の不器用性を実感した。

しかし、そのあえて普通ではないこと、あるいは以前とは違うことを目指す姿勢がF.H.C.でもある。こう書くとアルバムごとに音楽性が全く違うように受け取られかねないが、同じ人物が作曲して演奏するのであるから、個性は変わらず、ゆえに作品から受ける思いも共通する。つまりアルバムごとの差はわずかで、前述のようにもうそれは安定しつつ完成の域にあり、たとえ何らかの刺激によって新たな冒険をすることがあっても、作品の性格は変わらない。これをマンネリと捉えるか、安定した実力と捉えるかは聴き手の判断によるが、先に書いたように、筆者が好んだある曲の傾向は、ひとつの可能性を秘めた萌芽のままとなって過去のものとなっていると言ってよい。先に不器用と書いたが、それはこのデュオのこだわりの姿勢と言え、時流に囚われない独自の芸術志向と言える。4年前の「夜想」では他のバンドの演奏中に留美さんが筆者の隣りに座り、演奏される音楽の音量のために彼女と筆者はほぼ密着状態で声を交わすしかなかったが、その様子を離れたところで見ていたかさいさんは何となくやきもきしている様子で、筆者はそれに気づきながら面白かった。彼は平たく言えば嫉妬に似た気分を抱いていたのかもしれないが、筆者は留美さんからいろいろと演奏のことを質問して情報を集めていただけで、女性を意識しなかった。面白いと思ったのは、かさいさんと留美さんが別姓を使いながら、結局は他のメンバーが脱退して行った後、ふたりだけ残ってF.H.C.として活動していることだ。その実質夫婦であるふたりがどのようにステージで演奏するかの、そのふたりの間に漂う空気を客は感じないわけには行かない。ただし留美さんが20代であれば、男性客はかさいさんをあまり快く思わないことはあろうし、かさいさんが同じ20代であれば女性客は留美さんを無視しがちだろう。筆者は妻が全く筆者の仕事を手伝うことが出来ず、私生活でも完全に筆者が妻を操っているようなところがあるが、夫婦とも芸大や美大を出て同じ仕事をしている例をいくつか知っている。互いに仕事の内容や出来映えがよくわかるだけに、夫婦と完全に平等と思っている場合が多く、それゆえ別姓を名乗ってもいる。そういう夫婦に漂う距離感は普通の夫婦とはどこか違う。これはF.H.C.にも言えるだろう。しかもふたりはデュオとして毎年ツアーをしているから、その一心同体ぶりは、べたべたした、あるいはどちらかが相方を圧倒している状態を客の前に晒すと、正直な話、客は白ける。そういう難しい雰囲気作りをどのように本人たちが悟りながら演奏しているかという微妙なところまで客は大いに感じるもので、カップルのデュオがそうした他者の目を意識して、実質夫婦の慣れ合いのようなものを晒さないようにしなければ、客が増えることは難しいだろう。

かさいさんも留美さんも含羞の人で、特に背後に控えてスティックを演奏するかさいさんはまだしも、曲目の紹介や説明をする役割の留美さんは、どのステージでもその声はややこわばって慣れがない。もっと自信を持てばと思うが、その自信はピアニカやそれを吹かない時に奏でる効果音のための種々の楽器の扱いによく表現される。かさいさんのスティックは両手指によるベースの伴奏と言ってよく、その上に載せるメロディを留美さんが自分の息ひとつで、つまり肺で奏でる様子は、ふたりが密接につながっていることを伝え、また一定の距離感が保ちも観客は感じる。これはふたりの世界のみで充実していることであって、どちらかが欠ければ作品は存在しないことを思わせる。そこにべたべた感があると見るか言えば、ふたりはもうそのような年齢ではない。ふたりが何を目指して音楽活動をしているのか、その直球の質問をしていないが、ふたりの世界の調和をより見事にするためではないか。かさいさんはパソコンを使って作曲すると聞いたが、ふたりが奏でるメロディは、スティックはさておき、ピアニカはいわば特異かつ単純な音色で、伴奏的な和音を奏でないので、ふたりが紡ぐメロディは対位法的になるが、どの曲もミニマル的なごく短いアルペジオを繰り返しながら転移し、曲はたいてい2,3分でしかも唐突に終わる場合が多い。ピアニカをたとえばチェロに置き換えると味わいがころりと変化すると思わせる曲もあるが、F.H.C.の音楽は日本独自の味わいを持ち、しかも筆者には昭和のイメージを強く喚起させる。F.H.C.のCDを流していると、家内はどの曲も同じに聞こえると言うが、それは言い変えれば個性が完成し切っていることであって、それを好むかそうでないかは、誰の作品にも言えることだ。ただし、筆者のように人生の残り時間が少なくなって来ていることを日々思う年齢であれば、まだ知らない膨大な、また昔から気になっている音楽を聴こうという気になりがちで、時にそうした曲の中に意外な発見がある。最近様々なバロック音楽のCDを聴いていると、ふと耳をそば立てる曲があった。CDジャケットを見るとイギリスの「アノニマス」の曲で、作曲者名が伝わっていない。その音楽は単純なメロディの繰り返し、あるいは音階を即興でブロックフレーテで奏でるもので、17世紀の雰囲気が濃厚に漂っている。数百年後、どういう音楽が日本を代表して歴史的価値を持つかは誰にもわからないが、F.H.C.はその名前からして大いに謎めき、また誰の模倣でもない唯一の音楽として多くの視点から分析すべき「アノニマス」の代表曲となっているかもしれない。映像に添えると効果を挙げる音楽に思えるが、映像を喚起させる音楽と言い変えてよく、その映像はふたりが見つめる自宅や北海道、そして頻繁に訪れる関西が混じったものだ。
