「
伏し目がち ガチに見惚れる ヒヤシンス その紫の 深き毒色」、「二年目に 二株の花 分かれ咲く 青紫の ヒヤシンス見よ」、「ヒヤシンス 母が育てし 白き花 小さき家に ただひとつ咲き」、「神棚に 球根植えし ガラス鉢 四月になれば ヒヤシンス咲き」

去年書いたことだが、筆者が小学生の頃、小さな平屋に暮らしていて、南側に台所があった。二部屋だけの家で、台所と呼べる独立空間ではなかったが、窓辺に向かって左手に大人の背丈ほどの高さのところに神棚代わりに横板が一枚あった。その棚に今でも同じ形で売られているはずだが、ヒヤシンスの球根の水栽培用のガラス鉢があった。庭はなかったので、家に生きた花と言えばそれだけであった。毎朝歯を磨きながらその鉢を見上げると、焦げ茶色の球根が水中に白い髭根を何本も伸ばしていた。母はたまにその鉢の水を替えていたのだろうか。やがて白い花が咲き、なるほどこれがヒヤシンスかと思ったものだが、そういうことが2,3年続いた。白ではなく、薄紫色の花が咲く年もあって、母は花が終わるとさっさと球根を捨て、ガラス鉢もどこかに仕舞ったが、晩秋になるとまた市場かどこかでヒヤシンスの球根をひとつだけ買って来て同じ神棚の中央辺りに置いた。その鉢の透明な水が窓から差す光によって輝いていたことを思い出す。水栽培は当時流行っていたのだろう。植木鉢に植えてもいいのに、その鉢を置く場所が家の前にはなかった。貧しい暮らしの中で母はヒヤシンスの球根をひとつ買うことで数か月はその成長を楽しみにしていたのだろう。子どもの頃はそのガラス鉢を何とも思わなかったのに、嵐山に住んで庭を持つと、植物に興味を抱き、好きな植物を育てたくなった。腹が満たされない花よりも野菜を植えるべきと言う人と何人も出会ったが、筆者は花派だ。ヒヤシンスは水栽培が本式と思っていたところ、2年前の秋に岡崎の丸太町通りの歩道の中央でヒヤシンスの球根を1個拾った。水栽培用のガラス鉢、今はプラスティック製もあるが、それを買う手間を惜しみ、あまっていた素焼きの鉢に早速埋めた。紫色が咲けばいいと思っていたところ、そのとおりになった。開花後は葉が枯れるまでそのままにして球根を成長させ、夏に掘り起こした球根は去年のものとほぼ同じ大きさで、オクラなどの販売用の網に入れて裏庭の日陰で干しておいた。そして去年の秋、同じ鉢に同じように植えると、今朝撮った写真を載せるが、去年より花が多く咲いた。二株と言うほどでもないが、明らかに成長した。土に養分を与えれば球根は増えるだろう。掘り起こさずに植えたままでもよいとネット情報にあるが、それで球根は年々小さくなって行くに違いない。放ったらかしでは駄目だ。それなりに手間をかけねば何事も大きく育たない。それはよくわかっているが、筆者は花を育てるのが下手で、裏庭のどの花もほとんど放置状態だ。それでも花が咲けば嬉しい。
