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●『スーラージュと森田子龍』
場の 数より質の 正しさを 認めつさびし 祭りであれば」、「黒着るな 光集めて 蜂も来て 時に刺されて 死んで喪服に」、「光なき 闇の黒さは 絵にならず 黒き絵画は 光ありきや」、「黒き書に 人の動きの 意思あるも 飛沫掠れの 偶然よろし」
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00444760.jpg 昨日、兵庫県立美術館で本展を見た。森田子龍については最近何度か本ブログに書いた。今日の最初の写真は上が本展チケット、下左が1992年に兵庫県立近代美術館で開催された『森田子龍と「墨美」』展のチラシ、下右が本展のチラシだ。いずれも子龍の54年の作品「蒼」の図版が使われ、子龍の代表作はその「蒼」と言ってよいが、同作については以前書いた。本展のチラシは裏表ともにいわばA面で、最初の写真の下右は子龍の「蒼」を使って子龍を中心にしていることに対し、裏面はピエール・スーラージュの49年の「Brou de noix sur papier」の図版が大きく印刷される。この作品は本展チケットに横並びで2点印刷されるうちの右で、スーラージュ美術館蔵だ。「Brou de noix sur papier」は「紙上の胡桃の殻」の意味だが、胡桃の殻は植物染料の材料で、殻の煮詰めた液でスーラージュは描いた。これは黒を基調としながら茶色の滲みが生じ、その味わいをスーラージュは好んだのだろう。一方、書家の子龍はほとんどの作品で墨を用いた。そこに別の顔料や染料を加えればスーラージュの作品のような黒以外の滲みの効果が得られたが、子龍は金泥で書くことはあってもそうした技術的な絵画効果にあまり関心がなかった。本展チケットの子龍とスーラージュの作品の一見したところの近似はふたりの交友を示すとともに、日仏の文化の差も伝え、どこまで両者がわかり合えたのか、あるいは溝があり続けたかをいろいろと考えさせる。結論めいたことを書くと、今回久しぶりに見た子龍の代表作にはほとんど感動させられず、後述するスーラージュのある作品には瞠目させられた。それが何に起因するかを考えながら思いは定まらないままに以下を書くが、本展の第2会場と呼べばいいのか、一旦通路に出て隣りの展示室に入る際、通路の壁面にスーラージュ美術館の小さな紹介パネルが数枚あって、スーラージュの名を冠したその巨大な美術館の存在に驚いた。スーラージュは2年前に102歳で亡くなった。美術館は10年前の2014年に完成し、存命中にその栄誉を受け取ることが出来た。フランスを代表する現代芸術家と目され、とても幸福な画家であったが、そうした知識を抜きに作品に対峙してどのような感動があるのかが絵画鑑賞では大切だ。筆者はチラシなどの情報を読まずに展覧会に出かける。スーラージュについては戦後フランスのアンフォルメルの動きから登場して来たことを知る程度で、作品に接したことはごくわずかでほとんど何も知らない。と言うか、深く考えたことがない。それで本展はとてもいい機会であったが、子龍との交流に焦点を合わせた内容で、スーラージュの全貌はわからない。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00453050.jpg
 昨日はスーラージュの2点の大作を見て度肝を抜かれたが、それは素晴らしいものを見たというわかりやすい感動ではない。いや、感動とはそういうもので、率直に素晴らしいと感動するのはスポーツが得意とすることだ。美術における感動はよくわからない一種の虞のようなもので、その一瞬で感得する思いは長年を経ても減じない。その感動を言葉によって他者に伝えられるかとなれば、経験したことのないことは理解出来ないとの考えに立てば、不可能だろう。それに芸術作品に感ずる感動はその作品のみが持っている特殊なことで、他の作品からは得られない。そうであるから多くの芸術家と彼らの作品行為がある。さて、抽象画を知らなかった時代、人々はどういう絵画に感動したかと言えば、ひとつ明白であることは写真のような写実だ。ところが写真が登場すると、写真では表現出来ない抽象絵画の時代が到来した。そうした絵画は今でも「子どもでも描ける」とよく言われ、猿や象に絵筆を持たせて描かせることも行なわれた。抽象画に対するそうした偏見は根強く、今なお写実絵画こそが絵画と思っている人の割合が多いだろう。それは抽象絵画がどれも似ていて、しかも描くのに一瞬かごく短時間で済むという安易さ、手軽さを思っての偏見で、言い変えれば鑑賞者は画家からうまく騙されていると感じるからだ。抽象絵画が全盛となると、本当はそうした絵画のよさがわからなくても周囲から時代遅れの人間と思われたくないことも手伝って、表向きは理解を示しておく。筆者が最初に出会って感心した抽象画はモンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」で、中学2年生時の美術の教科書の副読本だ。その後モンドリアンがゴッホのような写実から出発したことを知ってなお驚き、また抽象画が写実から自然発生したものと思うようになった。しかしそうではない抽象画はあって、スーラージュは本展で展示されたように最初の頃から黒を基本とし、刷毛で描いた「書」のような作品を専門としていたようで、モンドリアンのように自然を模倣した形体から純化して行ったのではないのだろう。それはモンドリアンのように回り道を必要とせず、いきなり抽象に進んで物語性を最初から排除している。ということは、鑑賞者はスーラージュの作品を前にして何を感じても自由で、それが心地よい人と、意味不明であることに戸惑って味わうことを拒否する人とに分かれるだろう。写実絵画ではそのようなことは起こらないかとなれば、やはり同じことで、好意的になるか拒否するかのどちらの立場もある。いかに写真のように精密に写実的に描かれていても少しも面白くない絵はあるし、写実と抽象を混在させたような絵に感動する場合もあって、感動を最大の意図とする絵画では写実か抽象の区別はない。しかしそのことに抽象絵画がなかった時代の画家や評論家は賛同するだろうか。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00455533.jpg スーラージュは素人が想像するように簡単に描いたであろうか。言い換えれば猿や象が適当に瞬時に描くように描いたかどうかだ。子龍の墨象作品は書き始めると中断なしに一気に終えたもので、屏風のような大画面でも1分は要さなかったろう。しかしどう書くかの思案は試行錯誤の時間を含めて何日もかかるはずで、要はどれだけ完成作について予め思いを馳せるかだ。だが、計画したとおりに書も絵画も仕上がるとは限らず、絵画では描きながら計画を変更する場合はあるだろう。スーラージュがそのように描いたかどうかはわからない。それはさておき、本展はスーラージュと子龍の作品をコーナーないし部屋で区切って展示し、子龍の作品は写真撮影が許されていなかったが、どれも『森田子龍と「墨美」』展に出品されたもので、同展図録を所有するので撮影の必要はなかった。一方のスーラージュの作品は、全部ではないが比較的小さな画面の作は撮影が可能であった。筆者が大いに感心した前述の作品は題名が「絵画」であったように思う。これは「無題」と同じことだ。高さは人の背丈の倍以上で、縦長の絵画が二点横並びに展示されていた。作品にわずかに照明が当てられ、天井の照明はなく、部屋は全体に暗かった。そのためになおさら作品の静謐性が高められていた。油彩画で描かれたと思うが、2点とも真っ黒でありつつ、絵具の盛り上げによって階段か歩道の敷石のようなものが画面左端に斜めに表現されている。画面右側は平面的で、同じ黒い絵具を使いながら、絵具の置き方で画面に凹凸と遠近のようなものが表現されている。マチエールの効果を狙った作品で、その意味で西洋絵画の伝統上にある。筆者がマチエールの言葉を最初に知ったのは10代半ばだ。20代になって美術出版社刊の美術選書の一冊で、西洋人が書いた西洋絵画の見方を紹介した本を読んだ。そこにマチエールの言葉が頻繁に登場し、マチエールが画家の個性をいかに表わすかを強調していた。マチエールが英語のマテリアルであることは直感でわかるが、絵画はそれを構成する素材あってのものだ。麻のキャンバスに油絵具で描けば西洋画になると言ってよいが、その麻の表面にどのように絵具を塗りつけるかによって鑑賞者の視線に及ぼす影響には差が生ずる。このことは写真複製印刷によって名画を見慣れている人にはよくわからない。筆者が中学生の時に毎月購読していた中学生用の月刊誌の付録に、ドガが描く女性の顔の複製画があった。灰色を基調とした逞しい印象の女性をモデルにした絵で、ドガの画集を調べると題名がわかると思うが、その複製画で面白かったのは、原画のマチエールを表現するために表面に凹凸加工をしてあったことだ。60年代は印刷でどこまで本物らしさの表現か可能かを大いに試していたのだろうが、本物の油彩画のマチエールは印刷では再現不可能で、画家が工夫して独自に築き上げるものだ。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00463227.jpg マチエールは絵具の盛り上げとは限らず、テレピン油で絵具を大いに薄めて描くことで滲みを出す場合も含む。そういう画面は書に近くなり、本展出品のスーラージュの胡桃の染液で描いた作品はそれに近い。染液の濃度の高い箇所は真っ黒だが、そうでない箇所は褐色を呈し、子龍の墨象にはない濃淡の面白さが表現されている。だが前述の「絵画」と題する巨大な画面では、全面を黒で覆いながら絵具の盛り上げによって階段のようなものを表現している。この黒い絵具には他の何かを混ぜていないと思うが、光度と光の指す角度の差によってこの絵は凹凸の陰影が違って見える。本展ではあえて広くて暗い部屋にこの一対の絵画のみが展示されたので、鑑賞者の意識は作品により集中させられた。その効果もあってなおさら印象深くなったと想像するが、あえてたとえれば美術館を聖なる空間と見定めての祭壇画の趣で、光があることによってこの作品の味わいが違って見えることの面白さを想像した。光が差さない空間では何も見えない。絵画を鑑賞するには必ず光を要する。その事実は絵画が光と反応して色が識別出来る事実だ。スーラージュのこの「絵画」にもっと強い光を当て、もっと明るい部屋で見れば、その絵は別の印象をもたらすはずだ。それはどの絵画でも同じと言えそうだが、黒一色で描かれているのであれば、また一部に絵具の盛り上げ技法が使われているのであれば、その作品は光を吸収しながら凹凸部分は光の反射が生じて全体は真っ黒とはならず、階段上の何かが描かれていることがよくわかる。つまりスーラージュは光を意識してこの絵を描いたことを鑑賞者は意識する。光のスペクトルのあらゆる色を飲み込んだブラック・ホール的な絵画でありながら、あらゆる光を放出しているようにも感じられる点で、スーラージュがステンドグラスの制作に携わったことも理解出来る気がする。先に「聖なる空間」と書いた。ステンドグラスは元は教会の内部を彩るものだ。となればスーラージュの芸術は西洋の歴史に連ねて読み説く必要があろう。またそうなると森田子龍の墨象作品とはますます関係がないように思えて来る。モノクロ画面である点で似ているだけで、本質は全然別物だ。両者の交友で双方が何をどう感じたかの問題が浮上するが、言葉の違いの差があって歴史や伝統に遡っての文明比較論にまでは及ばなかったであろう。ところで、パネルで見たスーラージュ美術館が気になって早速調べた。スーラージュの生まれ故郷であるフランス中部のロデズという街の丘陵にある。気になったのはその大きさと形だ。スーラージュの名を冠する美術館としては巨大過ぎる気がしたのだが、グーグルのストリート・ヴューで調べると、数個に分けられた立方体の錆びた鉄の表面をした建物には窓がない。これは大阪中之島美術館とほとんど同じで、また兵庫県立美術館も思わせる。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00470864.jpg 筆者は両館ともに批判的でスーラージュ美術館の外観にも感心しないが、丘陵の北側と、エントランスがある南側とでは、眺めは大いに異なる。北側は崖になっていて、北側に向かって建物の矩形を大きく露出した形になったが、南から見ると建物はかなり平べったい横筋状で、自然の景観を壊していない。エントランスは30メートルはあると思われる片持ち梁で、そこから入った内部の展示空間は中之島美術館や兵庫県立美術館と大差ないだろう。つまり日本の新しい美術館は世界の新しい美術館に似て、矩形でその外観は黒や灰色のモノトーンが主流になっているのだろう。その傾向は一般住宅に及び、近年の一戸建て住宅は中之島美術館と外観はそっくりで、真っ黒な場合がよくある。日本の住宅がスーラージュ化して来ていることになるが、設計者が現代絵画を研究しているのではなく、建築の素材、部材を工場で製造するのに最も安上がりで無難なことを意図しているからだろう。それはさておき、スーラージュ美術館は北側から見ればコンテナが並ぶようで場違い感、威圧感があるが、現場に足を運ばなければ実際のところはわからない。錆びた鉄色は緑の自然の緑に映え、中之島美術館のような異物感は減じている。スーラージュ美術館の総面積はわからないが、ネット情報によれば2500平米がスーラージュの展示室となっている。これは50メートル四方に相当し、壁面の長さは多くて200メートルだ。おそらくスーラージュ美術館はスーラージュ作品の常設展示以外に他の現代芸術家の作品を展示しているのだろう。そうであればどういう現代芸術の紹介がなされているのか気になるが、抽象画もさまざまで、画家独自の世界観が込められ、たとえばスーラージュ作品の横に別の抽象画家の作品を並べると鑑賞者はそれぞれの作品に即座に感情移入しづらいと思う。その意味で85年に国立国際美術館で開催された『絵画の嵐・1950年代 アンフォルメル/具体美術/コブラ』は、多くの画家の総花的展示で図録もにぎやかでよいが、ほとんど1点ずつしか作品が紹介されないでは個々の画家の個性をじっくり見出す気にはなりにくい。それでスーラージュのみの展覧会が期待されるが、それは84年に東京であったようで、その図録を古本市などで何度か目にしながら購入していない。先に書いたようにスーラージュはマチエールを重視したように思うが、ならば写真図版では作品の魅力はわかりにくい。先の「絵画」にしても展示空間の広さと照明によって味わいはかなり異なるはずで、図版から作品がわかった気になることは危うい。今回「絵画」を間近に見て感じたが、作品との幸福な出会いは一期一会で、しかもその感動は人生が終わるまで持続する。そういう僥倖は図録の図版からは得られない。今日の投稿で最も言いたいことはそれで、スーラージュは予想以上に素晴らしい画家であることを認識した。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00474931.jpg 森田子龍が渡仏してスーラージュに会い、ふたり並んだ写真が本展で紹介された。長身で温和な印象のスーラージュの顔とその黒を基調とした作品がどう結びつくのかまだ筆者にはよくわからないが、102歳まで生きて個人美術館まで建てられた芸術家であることは、周囲の人々に与える印象は優れたものであったことが想像される。子龍もそう思ったのでふたりはそれなりに馬が合い、本展のチケット図版のように一時は似た作品となった。子龍は書家であるのでマチエールを気にする必要はなかったが、屏風という大作では現代絵画を意識し、それなりのマチエールを試みた。紙への表現は変わらないが、作品全体に漆を塗るなど、強固性は意識した。そのことが必ずしも効果を挙げているとは思わないが、これまでにない書の作品を考えた場合、紙に墨ということにこだわることは限界があると思ったのであろう。一方、スーラージュは最初からそういう制約を感じていない。胡桃の殻の染液は絵具の盛り上げの意味でのマチエールはほとんど築けないが、濃度差による色の差によって、子龍や他の墨象作家にはない色彩の多様性を意識せずに獲得出来た。「絵画」に使用されたのが油絵具か樹脂絵具かはわからないが、黒を意識し続けて来たので、画材にはこだわったであろう。油絵具と樹脂絵具の見え方の差は、大画面全体に一色の絵具を使った場合、媒体が油と樹脂とでは差が出るだろう。絵具を盛り上げた際、その光の当たりによる照りは、油と樹脂とでは目に訴えるものが違って当然ではないか。油絵具も19世紀後半くらいからは市販品が幅を利かせ、画家が独自で調合することは稀となり、マチエールも重視されなくなった気がするが、抽象絵画は逆にマチエールを重視し始めたとも言える。それは日本の「具体美術」の画家の作品を見ればわかる。元永定正が砂や小石を混ぜ、白髪一雄が足で描いて絵具の盛り上げを強調したように、絵画は物として認識され、写真図版からは作品の味わいが以前以上にわからなくなった。スーラージュの先の「絵画」は脚立に乗って描いたのか、床にキャンバスを置いて描いたのか、制作方法が気になるほどに画面の隅々まで同じ気力で絵具が塗り込められていた。その作業は左官業に近いはずで、体全体を駆使している点で墨象作家に通じているが、余白の多い子龍の作品に対してスーラージュの絵画は余白が少なく、「絵画」ではそれは全くないか、あるとすれば各画面の右半分のマチエールのより少ない平板な画面が相当し、あくまでも黒に主眼があることがわかる。黒に収斂することはすべての色を集めることで、スーラージュにとって黒はあらゆる色であり光であったのだろう。日本でも黒は染めるのが最も難しいとされ、藍や褐色の上に黒の染料を重ねることがよく行なわれるが、何に染めるか、耐久性をどう考えるかで変わって来る。
●『スーラージュと森田子龍』_d0053294_00482943.jpg
 日本の古来の黒を染める話をスーラージュは面白がったのではないか。染色ではマチエールは染められた材質によって変わり、シルクのサテンであれば光沢を帯びた黒になるが、木綿では艶は生じない。スーラージュはそのことを知り、絵画における黒を追求した。その手仕事は静謐で含蓄の深さを生み出し、完璧を期する職人的仕事と言ってよい圧倒的な技術力を呈することとなった。先の「絵画」は日本の経験豊かな左官屋に任せれば同じように仕上げるのではないかとの意見があるかもしれない。逆に言えばスーラージュは画家として経験を長年積み、左官屋的技術力を獲得しながらそこに左官屋では表現し得ない唯一無二の絵画的表現力に極限まで煮詰めた精神を込めることに成功した。そういう精神力ないし意図は、ある表現者が左官屋に命じて作らせてもたぶん作品に宿すことは出来ない。しかしこの考えに立てば建築は芸術ではないことになる。設計者と「物」としての建物を構築する人たちは別の存在であるからだ。大型の金属彫刻を小さな模型を作るだけで、後は工場に制作を委ねた清水九兵衛のような作家の作品も、そうしたいわば作家個人の手技の反映のない、「味気ない」ものと言えそうだが、スーラージュの作品を見た後ではそのようにますます思えて来る。しかしスーラージュが九兵衛のような工場製品の彫刻をどう思っていたかはわからない。筆者は日本でのスーラージュ展を見ておらず、彼が他者の手を使ってそうした作品を作ったのかそうでなかったのかについても情報がない。となれば前述の「絵画」はスーラージュが個人で描いたのではなく、左官屋あるいは器械を用いたこともあり得るから、作家個人の手になる作品こそが美的感動の絶対条件であるとの認識は避けるべきかもしれない。そのことはひとまず置いて、「絵画」の展示空間が特別に重厚で一種幻想的と言ってよい静けさに満ちていたことは、写実絵画でなくても敬虔と言える宗教画のような雰囲気を表現出来ることを証明し、抽象絵画の面白さを伝える。それは子龍の「蒼」のように意味を持たない分、より音楽的と言える。スーラージュが102歳まで生きたことは、20世紀の絵画の歴史を見つめ通したことであって、多くのものを吸収し、特定の流派に属すような流行の画風といったものはない。「アンフォルメル」の画家とみなされているのかどうか、スーラージュの画風はその運動から距離を置いたように見える。戦後の抽象表現主義者のひとりとして、日本の墨象に馴染み、アメリカのマーク・ロスコやミニマル主義の画家とも踵を接している。ミニマル・アートもそうだが、スーラージュのような画風の後にどのような絵画が可能かとなれば、伝統を遡って探訪し、自らの内面に響き合う何かを注視して作品の純化に邁進するしかない。それは抽象画になるとは限らない。
 蛇足的にもう一段落書いておく。横尾忠則の絵に暗闇の中で鑑賞する絵画がある。それを数年前に横尾忠則現代美術館で見た。画題はモランディのような瓶などの器で、その意味で静物画だが、灰色と黒のみで輪郭をぼやけさせて描いたものだ。それがなぜわかったと言えば、仕切りの幕の外にも同趣向の絵が展示されていたからだ。横尾は映画の看板絵の描き手を尊敬しているのかどうか、戦後日本の大衆文化に隣接した絵を描き、暗闇の中で見る絵画もお化け屋敷などの遊戯施設から着想を得たのだろう。それはいいとして、真っ暗闇であれば絵は見えず、絵の鑑賞には必ず光源を要する。またその光度によって絵画の色合いは違って見えるから、ほとんど光を遮った空間の中で絵画を鑑賞させるのに、無彩色でしかも輪郭がぼやけた絵を描く必要はない。それよりも光が溢れる中で見ても何が描かれるのかわからない具象画を目指すべきだろう。そう思ったので、以前それらの横尾の絵を見た時に失笑したことを書いた。絵画が見世物で、鑑賞者を面白がらせるためのものとして画家が捉えるのであれば、それは漫画や映画の看板絵と同じで意識が低い。目指すところがどこまでも高い人がいる。その高みには限りがない。その高みを計測するのに人気度があり、作家もそれにしばしば囚われて身動き出来なくなって作品が硬直化、ないし下劣化するが、今やその人気度は液晶画面を通しての顔も名前も住む場所も知らない、深い縁の結びようもない人たちの多さに応じているとすれば、スーラージュのような絵画はもう役割を果たさない。スマホ、パソコンの電子画面はすべすべのマチエールによって世界中の人に均質の情報を伝えるが、そこから失われるものは少なくない。マチエールはその最たるものだ。目による触感と呼んでよいマチエールは目だけが識別するものではない。わが家の寝室は聚楽壁だが、今はそれは左官の技術を要さない樹脂製のクロスで覆うことに変化している。そうすれば聚楽壁のように擦れて砂が落ちる心配はない。しかし手荒に扱えば剥げるというその質感がよい。自然と剥げた聚楽壁は趣がある。それを劣化しない樹脂製クロスで覆うことは、日本が均質化すなわち貧困化したことを示す。聚楽壁を塗り直すには職人芸が必要だが、クロスなら素人でも簡単に張ることが出来る。手軽なものは陳腐でチープだ。チープな人には何もかも陳腐さが似合う。いつの間にか町中の映画館は消え去り、写真を元に拡大した手描きの看板はなくなった。そうして横尾の看板主義絵画が彼の個人美術館に飾られるようになったが、没後はそこを「昭和館」と名称を変え、昭和グッズも並べればどうか。そのことを面白がるほどに横尾は昭和時代の雑多性を愛していると思う。そしてスーラージュのような独創性、孤高性、純粋性はなく、独自の美しいマチエールを目指すこともない。その薄っぺらさはネット時代に応じたものか。

by uuuzen | 2024-05-06 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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