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●『モーパッサン短編集』の『野あそび』
気出し 小説読んで 意気なくす すぐに忘れて 別の本読み」、「人間は 変わらぬと知り 生に飽き 短編ごとく さっとおさらば」、「悲喜劇と 思えば気楽 人の世は 泣く吾笑う 汝哀しき」、「人生は 花火と知りつ 比べしや 吾は慎まし 線香花火」
●『モーパッサン短編集』の『野あそび』_d0053294_01222861.jpg 1週間ほど前にヤフオクで『モーパッサン短編集』の文庫本を買った。『新潮世界文学』の『モーパッサン』の分厚い巻をおおむね読み終え、また同巻の最後に収録される『短編集』を読み終えていたからだ。そこで思い出したのは10年ほど前に見たジャン・ルノワール監督の映画『ピクニック』の原作の確認を怠っていたことだ。人間は何歳まで生きると思っているのか、筆者の場合、半世紀前に買った本を読まねばと思いつつ放置していることがよくあって、自分の若い頃の行為の落とし前をつけることが人生になっている気がよくする。これは20歳までにその後の人生が決定される、あるいは自分で意識せずに決まることであって、自分の小ささを年々実感するのだが、逆に見れば20歳までに人生の広がりを知り尽くすと言ってよく、その広がりはその後の人生でゆっくり噛みしめるに過ぎない。しかしその噛みしめが人生の醍醐味だ。『ピクニック』の原作はモーパッサンの短編小説の『野あそび』だ。それは英語では「ピクニック」の意味と想像するが、映画はモーパッサンが死んだ1904年から32年後の制作だ。モーパッサンが82歳まで生きれば見得たのに、その半分ほどの43歳で精神病院で死んだ。モーパッサンの日本での評価として、明治のある有名な小説家が否定的なことを書いた。それは後味の悪さを感じてのことだ。読書の趣味は昔も今もある一定数の割合で存在していると思うが、本が貴重であった頃、すなわち平均的生活費に占める割合が高かった頃は、一種貴族的な趣味と思われていたのではないか。一方、雑誌や新聞に連載小説があって、それはほとんど無料で読めることがあって大衆に読書の楽しみを広げたが、外国の小説の翻訳となれば翻訳調の文章の読みにくさもあってことさらの読書好きに限ったはずで、彼らは知的な楽しみを求め、後味のあまりよくない小説でも人生の真実を読み取って満足したろう。それは今も変わらないはずだ。モーパッサンは後味の悪い結末の物語を書いたとしても、自分の人気を下げるとは思わなかったに違いない。したがって前述の日本の有名小説家の思いは杞憂と言いたいところだが、正直な思いの吐露として今も納得する人は多いだろう。現在の日本でモーパッサンの小説がどれほど読まれているかとなれば、そうした統計のデータがあるのかどうか、本の売り上げ高や図書館での貸出回数の推移からわかると言ってよいが、そうした正確な数値の公表はないだろう。個人情報保護の観点から、売り上げはさておき、貸出回数をカウントし、公表することは非難されるのではないか。
 ネット社会になってたとえば「モーパッサン」の言葉の検索数の推移が判明すれば人気度を知る手立てになると思うが、読書してもネットで一言も発言しない人の方が圧倒的に多いであろうし、小説家の人気は閉ざされた個人の心の中で完結すればよい。そうであるから、言い変えれば読者は真実を読み取ることで満足し、それを求めて本を買い、読む時間を割く。筆者の場合はそうだ。世間的な人気は参考にせず、時間がいくらたっぷりとあっても決して読みたくない作家はたくさんいる。それはいいとして、これは前に書いたと思うが、筆者がモーパッサンの名前を知ったのは10代半ばで、本を買ったのは10代後半のことだが、積読状態となった。ある日、高校生になった下の妹が学校の図書館で借りて読んだのか、モーパッサンの短編『首飾り』の内容を驚き顔で話してくれた。それで読んだ気になった。妹の感想は、あまりに残酷で呆れ返るほかなく、よくぞこういう物語を思いついたなといったものであった。それほどに強烈で、一読して死ぬまで忘れない。モーパッサンの小説はどれも結末は取返しのつかない残酷さと言ってよく、「人生を棒に振る」という無力感が色濃い。そういう話をわざわざ読書で知ることもないと、読書に無縁の人は思うであろうし、その考えはそれなりに正しい。前述のように、読書好きはそうした苦い後味の本で時間を費やしたことを後悔はあまりしない。損したとは思いたくないからで、『こういう人生もあり得る』とばかりに好意的に考え、また小説で描かれる人々を愚かと断定して自分は違うと高みの見物をする。実際『首飾り』の登場する夫婦は平均かそれ以下の慎ましい生活ぶりで、彼らは身の丈に合わないことを考えて実行したためにいわば罰を受けるという結末だ。ここには純文学小説を読まないような人種に対する皮肉が盛られている。いつの時代もそういう人は大多数を占める。その意味で、この世は愚かな人が動かしている。モーパッサンは早々とその現実を知った。ではモーパッサンの小説を愛好する人々はフランスでもごく少数であったかと言えば、そうではないだろう。収入が平均以下であっても物事をよくわかっている人はいるし、反対に大金持ちであっても無学同然で読書嫌いは大勢いる。これはいつの時代も世界共通の事実だ。モーパッサンは読書好きのために書いたのであって、文学の伝統や威力を信じていた。これは読みごたえのある小説を書くことが自分の人生の第一義で、それ以外のことは自分のことも含めていわばどうなってもかまわないという覚悟だ。その思いが達せられてモーパッサンはフランスの切手に文学者として登場し、今も読者は絶えない。主に短編に才能を発揮したこともよかった。トーマス・マンの『魔の山』のようにじっくり読めば1か月を費やすというのでは読書好きでも躊躇しがちだ。
 『新潮世界文学』の『モーパッサン』は巻末に短編が8編収められ、その中に『首飾り』は『頸かざり』の題名で入っている。どの短編も何年の発表かは書かれておらず、たぶん8編は書かれた順の収録と思う。『ピクニック』の原作を読むために新潮文庫を確認すると、第2集に含まれることがわかった。訳者は青柳瑞穂で、彼は『新潮世界文学』の『モーパッサン』でも大半を訳している。『新潮世界文学』でモーパッサンは1冊のみ割り当てられ、他の巨匠とは違ってやや評価の低さがうかがえる。短編に実力を発揮したからには短編ばかりを収めたもう1冊が出版されてよかったが、それは新潮文庫でどうぞとの出版社の思惑であったのかもしれない。あるいは先の8編でモーパッサンの短編の世界は充分にわかるとの考えであったか。それはともかく、第2集は11編で160頁ほどで、すぐに読み終えられる。第6集まで出ていて、やはりモーパッサンの発表順に収録されているのだろうか。全部読みたいと思っているが、ひとまず『野あそび』の内容確認が先だ。その話の前に筆者のブログでもうひとつ気になり続けていることがある。それはアクセル・ムンテの『サン・ミケーレ物語』に著者の医師ムンテがパリでモーパッサンと知り合ったことが書かれる下りだ。同書の感想を書いたのは14年前のことだ。その落とし前がいまだに終わっていないことに愕然とする。モーパッサンの執筆活動がわずか10年ほどであったからでもある。いかにモーパッサンが集中して若い頃に書きまくったかがわかる。それは若さゆえと言う理由だけでは説明がつかないのではないか。それはともかく、ムンテの同著におけるモーパッサンのことを読み返すと、筆者が読んでいないモーパッサンの作品名がいくつか出て来て、やはり短編集の新潮文庫6冊を読まねばならないことを思うが、ややこしいことにその後の新潮文庫のモーパッサンの短編集は全3冊にまとめられたようで、たとえば以前の6冊の第1,2集が第1集にまとめられたのかどうかがわからない。それはともかく、新潮文庫がモーパッサン短編集を組み直したことは人気の持続を示す。一方の『サン・ミケーレ物語』は知る人は少ないはずで、その本に書かれるモーパッサン像をここで少しは紹介しておくことはよいと考える。生前のモーパッサンと交友し、冷静に観察したムンテの文章はほとんどモーパッサンの優れた短編と同じ域に達している。筆者の部分引用ではその味わいを伝えることは無理と承知しながら書く気になるのは、数か月前に明らかにされてマスコミを賑わせているお笑い芸人の女遊びを一方で思うからだ。彼は有名人になって金に全く不自由はなく、どんな女でも自分のことを知っているので性行為を拒否しないはずと自惚れて来たのだろう。
 女漁りが芸の肥やしになっていると自負したのかどうかは知らないが、所属会社やマスメディアが天才と褒めるから本人もその気になって、自分のやることは何でも否定されないと勘違いをして来た。たぶん彼はモーパッサンの何十、何百倍もの金を得て、また顔も全国的に知られたので、自惚れるのは致し方のないところはある。その芸なるものは師匠を持たず、古典に連なるようなものでは全然ない。何が言いたいかと言えば、その芸はモーパッサンの小説のようには古典となって残らないことだ。筆者は彼のすこぶる醜い顔をTVで見ると瞬時に目を背けてチャンネルを変えるが、下品さが大金に結びつく現在の日本だ。戦前はどうであったのか知らないが、筆者の知る限りでは1980年代以降は世の常識がわからない下衆が大手を振ってTVを賑わすようになった。それでも表現、作品が立派であればよいという人は大勢いるだろう。しかし下品の極みの顔をしていて名作を生む才能はあり得ない。そこでモーパッサンだが、『新潮世界文学』の『モーパッサン』に挟まれる月報の表紙にたぶん5,6歳のモーパッサンの肖像写真があって、その美男子ぶりに驚く。もっと驚くのは表紙カヴァーに印刷されるたぶん30代後半の肖像写真だ。子どもの頃ととても同じ人物とは思えない。人間の顔がこんなにも激しく変化するものか。余談になるが、筆者がツイッターに掲げている自分のプロフィールの顔写真は小学1年生のもので、近くの商店街にあった写真館で母に連れられて撮った。その時のことを今も鮮やかに記憶するが、記念写真であるからには気を引き締めねばと緊張した。それはさておき、そのツイッターの写真を息子に見せながら6歳のものと言うと、「えっ! 信じられない!」と驚く。大人びて見えるからだ。つまり筆者は6歳で大人の顔をしていたことになる。モーパッサンも同じようなところがあるが、それにしても高名になっての顔は死の間際に何度も遭遇して来た軍人のような表情で、苦味走って怖い。人間の愚かさを知り尽くしたと言えばいいか、生の真の喜びを感じず、人間嫌いから脱し得ない性質が覗き見える気がする。いかにも彼の苦い後味の小説を彷彿とさせ、小説を読まなくてもその顔写真を見ただけで表現世界がわかると言ってよい。その意味でモーパッサンは正直で真剣であったと言えるかもしれない。断っておくと、モーパッサンの顔写真は先のお笑い芸人の顔とは全く違って鑑賞によく堪える。その差はなぜ生まれたか。モーパッサンは小説の名作を生むことに執念を燃やし続けた。自分が悲惨な生き方や死に方をしても作品は残ることを信じたのだ。逆に言えば名作と自覚出来る作品は精神をぎりぎり追い詰めるところでしか生まれないと考えた。それが正しかったのかどうかは読者の判断に委ねられる。
 『サン・ミケーレ物語』の『パリに帰る 女について』の章にこんな下りがある。「愛そのものは、花のようにはかないものだ。男の恋心は、結婚とともに自然に消えてしまう。…男が生まれつき一夫多妻的な生物だということは、女にはわからないのだ。勿論社会的道徳の近代的規約によって、そういう本能をおさえるように慣らされているのだ。しかしそのおさえがたい本能はただ眠っているにすぎないのだ。…女は男にくらべて、理性的でないということはない。一般的にはむしろ男より理性的だ。しかしその理性の種類がちがうのだ。」その抑えるように慣らされている本能は主に金の自由を得るとタガが外れる場合が多いことは先のお笑い芸人やモーパッサンの例からわかるが、モーパッサンは独身であったから女を次々に変えても「社会的道徳の近代的規約」を破っているとはひとまず言えない。さて、『サン・ミケーレ』の『ラ・サルペートリエール』の章の冒頭に、モーパッサンのことが書かれる。モーパッサンは「ベラミ」と称するヨットを所有し、30半ばでかなりの財産を築いていた。ヨットの旅から彼が自然を愛好していたことがわかるが、一方で自殺願望があったことが書かれ、その原因がどこにあったかまではムンテは書かない。そのヨットにモーパッサンはイヴォンヌという18歳の愛人であるダンサーを同乗させ、そこにモーパッサンより7歳下のムンテも乗ってコルシカまで旅したのだが、ムンテはこう書く。「…かれが自分の行為にどれだけ責任を持つかは別問題だった。昼も夜もかれの落ちつかない歌の中にとりついてはなれない恐怖があることは、かれの眼を見るとわかった。かれが凶運にとりつかれた男であることはわたしにはわかっていた。かれの作品“脂肪の塊”のはげしい毒が、既に、彼の偉大な頭脳の中で破壊行為をはじめていることをわたしは知っていた。かれ自身にはわかっていただろうか。わたしはかれにはわかっているにちがいないといく度か思ったことがある。…かれは非常ないきおいで次から次と傑作を書きつづけていた。そのためには、脳を刺戟するシャンパンや、エーテルや、薬がたえず必要だったのだ。かぎりなく女をかえていくことが、破滅を早めた。女は、フォーブール・サン・ジェルマンから、ブールヴァールまで、あらゆる街からひろってこられた。女優、バレエ・ダンサー、お針子、おしゃれな女工、売春婦など、種々雑多だった。かれの友だちは、かれのことを、“悲しき牡牛”と呼んでいた。かれは自分の成功を非常に自慢に思っていた。…これがかれの誇大妄想狂の最初の兆候であった。…」モーパッサンの狂気はこの後に描写されるが、ムンテはモーパッサンがムンテと知り合った時から精神異常に関することはなんでも知りたがり、「のちに書き上げた恐ろしい作品“ル・オルラ”の取材をしていたのではないかと思われる」と書く。
 筆者は『ル・オルラ』を読んでおらず、その内容を知らないが、晩年のモーパッサンがこれまでの傾向と異なるいわば前人未踏の作品を書くことを望み、それで精神病について知ろうとして、ムンテも通った高名な医師が講義するラ・サルペートリエールの火曜日の講座の聴講に出かけたとも考えられる。またムンテは『脂肪の塊』にその後のモーパッサンを蝕む毒が盛られていることを読み説くが、それがどういう点を指すのか今のところ筆者は考えていない。モーパッサンが新たな創作のための刺激がほしくて酒や薬物、女に手当たり次第に手を出したとすれば、それは自殺願望ゆえとみなすことも出来る。これは命を削って作品を生んだことだが、ムンテによれば次第に崩壊して行く自分の精神に気づきながらモーパッサンは新たな境地を拓いた。ムンテはモーパッサンが「偉大な頭脳」を持ち、「傑作」を書き続けたことを認めつつ、そこには身を亡ぼすことが条件となった現実を書く。精神病院でのモーパッサンの行動をムンテは鮮やかに書き記す。それは薬物で身を滅ぼしてモーパッサン好みの「脂肪の塊」のような太った女ではもはやなくなって骸骨のように痩せ細ったイヴォンヌが施療院で死んだ二か月後のことだ。ムンテはモーパッサンに死が間近いことを紙に書いて伝えたが、モーパッサンはイヴォンヌの死を知ったのか知らなかったのかはわからない。モーパッサンはイヴォンヌが肺を病んで痩せ始めるとさっさと別の女を作った。ムンテはそういうモーパッサンをひどいと思いつつ、精神病であったためと考えたであろう。それが天才的な仕事にはつきものかどうかは一概には言えない。さて、前述のように筆者はモーパッサンの短編を20も読んでおらず、また続け様に読めば大半は記憶にあまり残らないが、『新潮世界文学』の『モーパッサン』では『ピエロ』が最も印象に残った。これは今の日本のペット・ブームを先取りしたような内容で、小説に書かれる同じ残酷さはニュースにはならないほどによく行なわれているだろう。簡単に言えばペットを捨てることだ。またこの小説では遺棄される場所があまりに絶望的で、モーパッサンの精神の崩壊の兆しを見る気がする。しかしモーパッサンが実際に見聞したことを主題にする物語だろう。それにモーパッサンにとってのペットは若い太った女であって、小説のペットを見捨てる女性はモーパッサン自身の投影とも読み取れる。富士正晴に言わせれば人間は戦争でひどい目に遭い、動物が殺されるくらいは悲劇ではないということになるが、富士と同様、兵士となったモーパッサンは、普仏戦争に従軍した20代で精神崩壊の予兆を抱え込んだかもしれない。年譜によればモーパッサンが39歳の時に弟が精神病院で死んでいて、モーパッサンの精神病は遺伝的なものであった可能性もありそうだ。
 新潮文庫の短編集2で最も印象深いのは『勲章』だ。19世紀後半のパリでは国家から勲章をもらった人は普段それを胸につけて歩いていたことがこの小説からわかる。『サン・ミケーレ』にもそのことは書かれる。ムンテは30代でレジオン・ドヌール勲章をもらったがそれを身につけず、事件に巻き込まれた時にその勲章をもらったと言っても警官に信じてもらえなかった。叙勲されれば勲章を胸につけて人々に誇示するのが当然と思われていたからだ。しかしムンテは勲章を自慢する小物ではなかった。モーパッサンの『勲章』は子どもの頃から勲章に憧れた人物の話で、妻が叙勲する資格のある男と浮気することによって夫のためにようやく「五等名誉勲章」を得るという結末だ。凡人の滑稽な名誉欲を描き、モーパッサンはこうした俗物を徹底的に嫌悪したことがよくわかる。しかしこういうどうしようもない俗物はどこにでもいて、本人は叙勲されて大いに有頂天になるが、周囲から大いに嫌われ、死ねば誰も思い出さず、思い出しても嘲笑するのみだ。勲章は俗物の自尊心を満たすために存在していて、才能のある者は作品で自己を誇る。それに多作であったモーパッサンは43歳で死に、その後も世界中で読み継がれていることは出版界を儲けさせていることであって、他者のために役立ち続けている。叙勲される凡人は本人が満足するだけのことで、他の誰も恩恵を蒙らない。さて、長くなった。『野あそび』だ。モーパッサンの小説にはさまざまな男女が登場するが、案外性行為に触れた作品は少ないと思う。『野あそび』は忘れ得ぬ性行為を主題にした短編で、キリスト教の教義からすれば許されない内容だが、筋骨の逞しい男と若い美貌の女性が出合えばその日のうちに奔放な性行為に至るとの考えは自然でもあって、動物である人間が「社会的道徳の近代的規約」とは無関係に衝動的に行動することは非難されるばかりとは限らない。『野あそび』に登場する二組の男女は衝動的で熱い性行為の記憶を反芻しながらも収まるべき場所に収まって常識ある普通の人としての生活をまっとうして行くであろうし、それを示唆する結末であることは、モーパッサンが常識を熟知していた証拠と言える。映画『ピクニック』の場面はほとんど忘れたが、小説と映画は全く別物と考えるべきで、どちらもそれなりに面白い。監督が原作をどう解釈するか、つまりモーパッサンが最も言いたかった結末はそのまま守るとして、原作に詳しく書かれないことをどう映像化するかとなれば、当時は今よりもモーパッサン時代に近く、原作の雰囲気は割合骨折らずに表現出来たであろう。当然最も苦心するのは配役だが、30代半ばの妻を連れた太った亭主、夫の老いた母親、18歳ほどの娘とその許嫁の男というパリに住む家族は誰しも想像しやすい。
 ところが、彼らが馬車で出かけるセーヌ河畔の田舎の宿で出会うふたりのボート漕ぎの男性は、普段体力を使っているので逞しい肉体であることはわかるとして、その知的レベルや顔つきが想像しにくい。このふたりの若い男とピクニックに出かけた妻とその娘がそれぞれ川べりの樹木で覆われた場所で性行為をする。そのことだけに注目するといかにも蓮っ葉な親子ということになるし、実際そうなのだが、モーパッサンはそのようには描き尽くさない。映画でどう表現されていたのか記憶にないが、たぶん原作で重視された自然描写はほとんどなかったように思う。モーパッサンは母の性行為は描かないが、娘の気分よさは充分に表現する。それはたとえば横たわったふたりを包む形で鶯がしきりに鳴くことだ。その自然のロマンティックな舞台作りによって娘は酒の酔いも手伝って恍惚感を味わう。この場面の鶯は西洋で馴染みのナイチンゲールで、文学によく登場する幸福の象徴だ。そういうことを知っている娘であるので、なおさら出会ったばかりの見知らぬ男に抱かれることを拒否しない。この野における性行為はパリの貧相なホテルの一室ではいかがわしいものと化すが、モーパッサンはパリ人には憧れの田舎における物語とする。そこにはモーパッサンの豊かな自然への希求があるだろう。そういうモーパッサンが精神を病んで行くのはパリに居住したからではないかと考えるが、田舎に憧れながらも刺激の多い大都会も好んだところにモーパッサンの創作を読み説くヒントがあるだろう。優れた才能を持つ人物は都会に多いはずだ。また都会は貧富の差が激しく、さまざまな人種が住む。小説家にとってそういう多種多彩の人物を観察するには都会は最適であった。話を戻して、『野あそび』に描かれる川べりの人の姿を隠すのに最適な場所は、たとえば筆者の住む嵐山では渡月橋と松尾橋の間にいくらでもある。秋にそうした場所に踏み込むと空気が一変し、雑草の間に座り込み、時に寝転びたい気になる。近くには野鳥が多く住み、『野あそび』での二組の男女が性行為で気持ちよくなることは充分に理解出来る。それが初対面でその日限りの関係とお互いわかっていればなおさらで、自分たちが口外しない限り、夫も許嫁の男性も知る由はない。そうした背徳性は男女ともにあるとして、モーパッサンは夫婦生活に飽きた30代半ばの母親だけではなく、その娘までがそうであると描いたのは、女性への不信感があったからかと言えば、そうとも言える部分はあろうが、貞淑な女性の存在も疑わなかったであろうことは他の小説からわかる。モーパッサン自身は女漁りに余念がなかったが、言いなりにはならない種類の女性がいることはよく知っていたはずだ。女の若い肉体だけなら毎晩取り替えることは出来ても、高貴な精神を持つ女性となれば簡単にはものに出来ない。
 前述のイヴォンヌは、ムンテによれば『グランド・オペラの楽屋で、ある老人の邪悪な愛撫によって育てられた女』で、『今かの女は、ベラミ船上で、おそろしい愛人(モーパッサン)のひざを枕に、ほどこすすべもなく、くずれ去ろうとしている。わたしには、どんな救命具もかの女を救うことができないことがわかっていた。それにおそらくかの女は救命具をうけつけないだろうと思った。かの女は、かの女の体以外のものを求めようとしないこの残酷な男に、体も、心もゆだねきっていた。』であって、ムンテとは住む世界が違った。日本に限らず、芸能の世界では娘は年配の男性の餌食になることは川端康成の『伊豆の踊り子』でも主人公が想像することで、今もそれは同じであることは誰でもうすうす知っている。晩年の川端も若い女性の肉体を貪ったことは小説に書かれるとおりであったはずで、自分の老醜に目を背けて自殺したのが真相であろう。『野あそび』では2か月後に娘と関係を持った男がパリの一家経営の店を訪ね、娘が許嫁と結婚したことを母から知る。翌年の夏、その男はひとりで娘と性交渉をした場所に行くと、そこに結婚した娘夫婦がいた。そして娘は言う。『わたしも、ここのことは毎晩考えますの』。その後娘が退屈な夫と離婚するかどうかまでは描かれないが、結婚が味気ないものとの信念をモーパッサンが抱いていたことはこの短編から確実視出来る。そして、娘がボート漕ぎの男と再婚しても同じことで、毎晩思い出していた肉体の快楽はすぐに消え去る。そのことは前述のムンテの言葉にもある。モーパッサンはさまざまな女性を知ることが小説を書く源泉となっていた。そして肉欲を満たし続けるだけではなく、女性の本能を知り尽くそうとしながら、それが徒労で、そして幻滅に至ったのではないか。富士正晴も女性についてはよく書いたが最晩年には女性が怖いという心境を吐露した。おそらく女を一種の猛獣のように感じるからで、女性は無自覚のうちに顔や全身から性の力を発散させている。女が男を性にしか興味のない動物と感じる時期や瞬間もよくあるだろうが、若い頃は性行為に積極的になることは自然だ。そうでなければ心身に欠陥がある。富士の女性恐怖は体力減退のためとして、男が若い女性を怖いと感じることは高齢になった男性にだけわかる真実ではないか。昔から絵の画題になって来た「聖アントワーヌの誘惑」のその聖人を誘惑する魑魅魍魎が若い女性の性的誘惑であることを、男は老人になれば理解する。筆者は若い頃以上に女性がわからない。男とは全然違う生き物で、そう思うゆえに怖い。モーパッサンは30代でその境地に達したと思う。それは女の本性を心底見抜いてしまったと思うと同時に、結局女のことはわかりようがないという一種の絶望だ。それでいて若さの本能から新しい女性はほしいのだが、どれほど多くの女性と性交渉をもっても究極の満足は得られない。

by uuuzen | 2024-06-11 23:59 | ●本当の当たり本
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