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●嵐山中ノ島公園の桜の開花状況、満開
の外へ 出て別の輪の アウトロー どの輪好むか 好きに選べと」、「年輪を どこに宿すや 人の身は 老いて鮮やか 幼なき記憶」、「来年も 桜見ること 疑わず いくら老いても 自分は死なぬ」、「満開の 桜を前に 風が吹き ああはかなきや 墓はありても」
●嵐山中ノ島公園の桜の開花状況、満開_d0053294_18474997.jpg 今日の写真は昨日撮った。嵐山の中ノ島公園にある樹齢4,50年は経っていそうな一本の桜の木で、今回はわずかに撮影角度を変えて地面も写し込んだ。この木の幹は柵に囲まれた植え込みの際にあって、藤の木のようにかなり捻じれて、中央に空洞がある。自然に捻じれて育ったのかどうか、なかなか絵になる幹で、その脇を通りがかるたびに目が行く。この定点撮影は葉桜になってからも撮るかどうか迷っているが、花が終われば面白くない。それで撮っても投稿しないかもしれない。桜の満開が持続するのは天気、風次第だが、開花し始めて10日ほどは楽しめるし、またわずかに時期を変えて他の桜が満開になるから、多品種の桜が植えられる場所では割合長く花が楽しめる。それで遅咲きの八重桜が満開になっている様子を見るとうんざりするとまでは言わないが、『まだ咲いているのか』と思うことはままあって、すぐに散ってしまう桜とはいえ、1年52週間の20分の1くらいは花が咲いていて、そう考えると珍しいという気もさほどしない。ではなぜみな花見をするのかと言えば、満開になった尻から風で花弁が散って行くからで、その様子が桜にしかないからだ。つまり散って行くその惜しさが見どころだ。これを無理に人間にたとえると、青春は一瞬であることになりそうだが、青春だけに価値があると言えば大勢のそうではない世代の人は反論するだろう。高齢者はだいたい30から40代が一番楽しかったと言うが、それは青春以降で、桜で言えば花が散った後だ。筆者は古稀を過ぎたからでもあるが、TVで20代前半の体格のよい女性が数人並んでいる様子を見るとその動物的迫力に圧倒されつつ、何となく嫌な気分になる。彼女たちが頭空っぽに見えるからだが、もちろん彼女らは古稀過ぎの男性は眼中になく、世界は自分たちのものと自信に溢れている。そういう彼女らもすぐに3,40代、あるいはもっと高齢になった時、20代前半の逞しい女性たちの破顔を見ればどう思うだろう。『若いのはいいな。わたしもあの頃に戻りたいな』と思う女性はもちろんいるが、さてその割合となればどうか。年齢相応に経験を積むのが人間で、異性への眼差しも変わって行くと筆者は思っているが、中には自分の子や孫のような若い女性を好む男がいる。マルグリット・ユルスナールの長編小説『ハドリアヌス帝の回想』にはそういう男がハドリアヌスの友人として登場する。もちろん軍人だが、彼は毎年新はが好きでも女に興味がない。
●嵐山中ノ島公園の桜の開花状況、満開_d0053294_18482593.jpg
 ユルスナールは同性愛者であったので、その立場でハドリアヌスの人生と治世を肯定しているのだが、その小説で彼女は普通の男が常に若い女を求める現実を否定したのではない。男の本能としてそれは仕方のないものだが、それにしても普通の男の趣味ないし生き方だ。ユルスナールはそういう普通の男に興味がなかったのだろう。筆者は男色を全く理解せず、一方でいつも若い女を狙っている男というものをとても汚らわしいものに感じる。特に児童ポルノ愛好家は別世界の人種で、幼ない性のどこに魅力があるのか想像すら出来ない。家内によく言われるように筆者は女好きだが、それでも成熟した女性に限り、20代の女性には関心が湧かない。それは自分に不相応という理由からではない。ほとんど知識もなく、簡単に言えばアホに見えるからだ。ハドリアヌス帝もそう思っていたのではないかと思う。筆者は20代になっていわゆる賢い男というものに興味を抱き始めて今に至っている。これは偏見と思われても全くかまわないが、男の価値は顔に表われると思っている。それで今の日本のTVに出るタレントその他の有名人の顔で筆者が惚れ惚れする人物は皆無で、昔に死んだ有名な人物の肖像写真を眺めてつくづく感心し、またその顔が宿す精神性にわずかでも近づきたいと思っている。そういう憧れと言ってよい男性は何人もいるが、ごく稀に女性にそういう憧れが湧く場合がある。たいてい50代、あるいは60代も混じるが、彼女たちの顔はいわゆる筆者が思う前述の「格好いい」男性とは全く違う意味で格好よい。またこれは以前に何度も書いたが、筆者はそういういわば憧れの女性とは全く不釣り合いである事実をよく知っていて、遠巻きにただ見つめることに何の不満もない。そういうことは誰にでもあることではないか。ハドリアヌス帝はローマ帝国を統治するのに忙しく、若い女好きの友人はいたが、ユルスナールは孤独な人物として描いた。彼が愛したのは無数の人民であったのだろう。世界の歴史で最も人類が幸福であったのはハドリアヌス帝の治世下と言われる。それはハドリアヌス自身が幸福であったからだろう。それは多くの何かを諦めたゆえのことであったと思う。さて今日の投稿の題名にはそぐわないが、同じく昨日撮った2,3枚目の写真を載せる。この2枚は阪急嵐山駅前の広場で、桜の木が4,5本点在する。12年ほど前にこの広場は改装され、その際に植樹されたもので、樹齢は20年ほどではないか。人間と同じで、本当の味わいが出るのはもう30年ほど経ってからだ。若さに価値があることを若い女性は熟知しているが、その若さはすぐに消えてしまう。そうなった後、本当の人間的魅力を獲得するのはどうすべきか。女ならいい男に巡り合うことと思うが、若い頃に男のそれを見抜く力のある女性は少数派なのかどうか、筆者にはわからない。
●嵐山中ノ島公園の桜の開花状況、満開_d0053294_18484574.jpg


by uuuzen | 2024-04-09 23:59 | ●新・嵐山だより
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