「
綱渡り 蟻なら有りと 思い馳せ 大きく重き 横綱否定」、「蟻でさえ 冴えたるものと 知りし後 蟻のごとくに 覚めて働き」、「一日で 変わるものあり 無きもあり 長寿は気づく 現は夢か」、「仕事ある ありがたきこと 自覚しつ 不満芽生えて 人生の岐路」

桜が満開になる前に河川の工事を終えるのは当然として、満開になる日は年によってまちまちだ。それで余裕を見て今月中旬には重機は渡月橋付近からは見えなくなるだろう。渡月橋から松尾橋にかけての川沿いは散歩する地元住民の姿がある程度で、観光客はほとんど歩かない。ただし自転車道路があるので、そこを走る自転車マニアはちらほらいる。筆者は松尾橋方面にめったに行かなくなったので、渡月橋から同橋の間でどのような河川改修工事が行なわれているのかは知らないが、たまに28番の市バスで松尾橋をわたる間に上流を見ると、ユンボが川中に入って土砂を動かし、また台地のようになっていた中州がほとんど姿を消していることに気づく。桂離宮辺りの桂川も同様の浚渫工事をしていると思うが、最も工事がしにくい場所は渡月橋付近と聞く。建物の工事では防音シートを巡らせ、今は工事の様子を人目に晒さないことは常識になっているのに、広範囲に及ぶ河川工事では剥き出し状態になるしかない。観光客はその工事を見て見ない振りをするが、工事に携わっている人は作業に没頭するあまりどのように見られているかを意識していないと言えば嘘になるだろう。彼らは『今日は天気がよいので人が多いな』くらい意識を働かせ、また休んでいる素振りをなるべく見せないようにする。それで筆者のような地元の高齢者がスーパーに向かうついでに現場の写真を撮ることも案外想定内のはずで、筆者としても毎年同じ時期に繰り返されるこの河川改修工事は嵐山の風物詩として受け止めている。今日の写真は前回の「その10」の撮影の翌日の先月20日のもので、2週間ほど投稿が遅れた。一日で現場の様子の変化はさほどなく、今日の写真は没にしようかとも思ったが、最初の写真の下側は蛇籠の金網を吊っている様子が面白く、重機がなければ出来ない工事であることを示すのによい。昔の蛇籠は竹を編んで作ったが、本当は渡月橋間近ではそんな蛇籠がほしい。しかし渡月橋も昭和半ばとは違って車道と歩道が明確に区別され、車道より少し高い歩道には確か片側30基のLEDの足元を照らす行燈型照明が設置されるなど、少しずつ現代的になって来ている。近年は外国人観光客が激増し、時に平気で彼らは橋の車道に下りて写真を撮るから、車と人を分離している渡月橋はこの先さらに改造がなされる可能性はある。蛇籠を風情のある竹製にしても気づく人は稀であろうから、木と石の文化は今は金属と石、コンクリートに変わって来ているのは仕方がない。
4年前に投稿したように、渡月橋北詰の傘亭も風情ある木造から鉄筋コンクリート製に建て替えられた。