「
菱の実の 酒飲み想う 蘇鉄酒 与論の島も 今は造らず」、「恐竜に 似合う蘇鉄の 姿には 進化を嗤う 完成美あり」、「水やらず 日陰の蘇鉄 葉は黄色 家の主は 多忙の病気」、「根絶を 目指す愚かの 絶えざりき 絶滅の危惧 常に流行りし」

蘇鉄シリーズ、今日も4枚の写真を載せるが、最初のものは先月17日の撮影で、蘇鉄が写っていない。ここは嵯峨の丸太町通り沿いで、筆者と家内が梅津ではなしに嵯峨のスーパー数店に買い物に行くようになってから気づいた蘇鉄があった場所だ。
「その51」に写真を載せたように、2月に葉が全部切り撮られて坊主蘇鉄になった。ユンボで根こそぎされたのだろう。土を入れた袋がいくつか放置されていて、整地のために土を運び入れたようだ。現在はアスファルトが敷かれ、黒い新車が一台停められている。どこにでもある車を見るより、珍しい大きな蘇鉄を見るほうが楽しいが、狭い京都盆地では今や車のほうが大切で、富の象徴にもなっている。すっかり消えた蘇鉄の樹齢は少なくても半世紀はあったはずだ。蘇鉄の生育速度は環境や肥料によって大きく差があるが、わが家の蘇鉄は30年ほど経っているのに幹と呼べるほどに高くならずに球体の株のままだ。それからすればこの丸太町通り沿いにあった蘇鉄は200年ほどの樹齢でなければ説明がつかない気がするが、わが家のものとは違って地植えされていた。わが家の二鉢は球体の株の大きさからして小さ過ぎる鉢、すなわちわずかな土壌の状態のままで、栄養が確実に足りない。もっと大きな鉢に植え替えるか、地植えしてやれば目に見えて大きくなると思うが、同じように小さな鉢でも幹の背丈が1メートルを超えているものをよく見かけるので、品種の違いと思わないでもない。しかし以前に書いたことがあるが、毎年中心部から輪になって生え出て来る葉を重視し、過去の葉を積極的に切れば幹は球体から円柱形になる気はしている。その辺りのことを蘇鉄を育てている人がネットに書いているかもしれない。数年前の葉は新しい葉の下に隠れて光が当たりにくく、やがて黄色から褐色になって自然に枯れるし、そうなれば見栄えが悪いこともあってそれを切り取るので、幹はやはり上方に成長するはずだが、球体のまま大きくなるだけで、細長い幹にはいっこうになりそうもない。それで蘇鉄の鉢を見ても樹齢がさっぱり見当がつかないが、わが家の蘇鉄は筆者がもう10年生きるとして、その頃に球体から円柱へと変化しているかと言えば、おそらくほとんど変わらないままで、いわば蘇鉄の盆栽だ。小さな家に暮らす人にはそれがよい。玄関脇の小さな庭に地植えすると、勢いを得て10年で見違えるほどに大きくなるだろう。そうなれば玄関の扉を半ば隠すか、葉が歩道に飛び出て近所から睨まれる。広い庭を持つ人が育てるべき植物で、これも何度も書くように都会の大きな蘇鉄は金持ちの象徴だ。

筆者が蘇鉄の二鉢を所有するのは、たまたま幼ない息子が学校からもらって帰ったものを育てて来たからで、しかも放置同然で大きくなったのでよく目につくというだけのことだ。放置で成長するのは植物のあたりまえとして、それはそれで面白い。知らぬ間に成長していることは頼もしい。人間もそうありたい。一方、子どもが生まれてからずっと面倒らしきことをしていないのに、大人になってから急にわが子であると自慢するような無責任な父親の姿をそこに思わないでもない。子どもが大人に成長することは本人の努力ではなしに、自然にそうなるように仕組まれているのであって、蘇鉄もたぶんそうだろう。しかし小さな鉢の直径を上回るほどの球体の幹に育つのは、与えられた条件で目いっぱい大きくなろうとしていることであって、それを自然と見るか、努力と見るかは意見が分かれる。生物が勝手に成長することが事実として、人間がある能力を他者より抜きんでて示すことは自然か努力かとなれば、だいたい後者であると思いたい人が多い。しかし他者より抜きんでる才能も自然に、つまり遺伝子に組み込まれた自然であるとみなすことは出来るから、結局努力は無駄でしんどいだけと言う意見も正しいところがある。無駄という言葉を避けたいのであれば、努力も自然のうちと言えばよい。しかしその自然も、つまり遺伝子は出現した時から変化しないのであって、やはり努力によって変化して来たものではないか。ロジェ・カイヨワは地道にさまざまなことに関心を持って研究に勤しんだが、そのことを農民の血ゆえと書いたことがある。農民は来年はこうすれば収穫が多くなるだろうという予測を毎年修正しながら何世代も重ねて行く。その過程で地道に努力する遺伝子は発達するだろう。つまり努力が遺伝子を変化させる。となれば何事も自然で、最初から決まり切ったことで努力は虚しいと考えることは間違っている。こうありたいという思いがあって変化して行くのは人間に限らない。とはいえ、農民の子が親と同じようにこつこつ我慢と努力を重ねるかと言えば、全くそうではない。突然変異と言葉を使うまでもなく、農民から山師は出て来るし、その逆もあるだろう。そこが面白い。それを言えば、今日の最初の蘇鉄が消えた写真は悲しむべきではあるが、それも含んでの生命で、長い命がある日突然強引に、つまり暴力的に断たれる。牛や豚、鶏はその最も顕著な例で、そのことを彼らはおそらく知りながら、生きている間は元気に餌を食べる。人間がそういう暴力に遭わないかと言えば、殺人は毎日起こっているし、人種差別で大量虐殺があって、その点は他の生物以下だ。つまり、人は大した存在ではない。では努力は無駄かという話にまた戻る。そこで蘇鉄に戻ると、恐竜時代から生きて来ているとのことで、あらゆる自然状態に適用しようという努力があるからではないか。

今日の2,3枚目の写真は先月19日、相国寺の承天閣美術館での『頂相展』を見にに行く途中で撮った。その日、家内は初めて市バス地下鉄1日乗車券を買った。市バスの1日乗車券がなくなったからだが、同じようにバスの中で運転手から買える。最近の市バスは高齢者が車内で倒れる事故が目立つのか、走行中に移動する様子を見ると必ずマイクで注意するので、あたりまえのことだが、バスが信号待ちをしている間に買う。70歳から申請出来た敬老乗車証が2年前からか、毎年1年ずつ取得年齢が遅れ、家内は来年9月に購入出来る。それはともかく地下鉄も利用出来るので当日は積極的にそれを利用することにした。市バスを乗り継いで堂本印象美術館にまず行き、その近くで昼を食べた後、北大路バス・ターミナルまでまたバスに乗り、そこから地下鉄に乗り換えて一駅南の鞍馬口で下車、そして承天閣美術館まで歩いた。地下鉄で同館に行くにはさらに南の烏丸丸太町で降りたほうが断然早いことを知りながら、なぜか鞍馬口駅で降りたのは、前回相国寺に行った時も北門から入ったことを体が記憶していたためか。暑い中を家内は文句の聞き流しながら歩いたが、そのことで北門に至るまでの間に蘇鉄を2か所で見かけた。遠回りで得ることもある。そう考えることで嫌なことも楽しくなるし、それが心の健康の元だ。コスパ、タイパを強く意識する人ほど傍目には無駄なことばかりの人生に見える。とはいえ、当日は地下鉄も乗り放題なので極力それを使おうという気になった。それで承天閣美術館を出た後、烏丸丸太町駅から市役所前まで地下鉄に乗り、そこからバスで四条河原町に行って高島屋で中元の手配をした。そしてバスで一旦帰宅し、めったに行かない常盤のスーパーにまたバスで出かけた。充分元を取ったが、敬老パスが使えるようになれば、ほとんど訪れたことのない山科に地下鉄を利用することになるだろう。つまり行動範囲が広がるが、年齢からは頻繁に市内周辺を訪れる気が起こりにくい。その意味で敬老パスの利用開始年齢を年々引き上げているのだろう。4枚目の蘇鉄の写真は今月12日に嵯峨のFさん宅の近くで見かけた。その道はこれまで何度も歩きながら、灯台下暗しで気づかなかった。脇見をすれば気づくが、同じ場所になかった可能性もある。鉢植えで容易に移動出来るからだ。わが家の二鉢はもっと葉の広がる直径が大きいが、この蘇鉄のように幹が円柱形ではない。また蘇鉄の周囲は空間が充分にあって、邪魔者扱いされていない感じがよい。古い木造住宅で、やや陰気な雰囲気ではあるが、高齢者が半ば放置、半ば気にかけている様子が伝わる。生かさず殺さずといったところで、細く長くこれからもほとんど変わらぬままの姿であることを想像させる。2枚目の写真は寺の門の脇で、鉢が鎖でつながれているように見えるのが盗難防止のためか。4枚目の蘇鉄は持ち去るにはよい形をしている。

