「
絵にならぬ 惨き眺めを あえて採り 人驚かせ 人気を狙い」、「観光の 人の少なき 冬選び こっそり壊す 無用の鵜屋を」、「誰ひとり 注意払わず 吾は見る 鵜屋解体の 寒き現場を」、「人動き 誰か支払い 誰か得る 時に催促 されたりしたり」

今日の写真は昨日撮った。一年で今時分が最も嵐山の観光客が少なく、それを狙って行政執行の日取りを決めたのだろう。それにしても放置の月日が長かった。本ブログでは
2019年12月から鵜屋の建設工事の様子を断続的に投稿し、
翌年8月に「その18」で終えた。月一回の投稿としてちょうど18回になるが、その鵜屋の完成からほぼ3年経った
去年5月に鵜屋の壁面に抗議文が誰かによって貼られ、それから7か月後の解体工事となった。抗議文が現われた頃には鵜屋を解体する話は京都市と嵐山通船との間で協議が進んでいたのだろう。解体することが前提として、その費用を誰が持つかで揉めたと想像するが、社長が交代した嵐山通船にすれば前社長に支払いを負わせる考えとして、京都市はそこには立ち入らず、会社として支払えということだ。その話合いの埒が明かず、観光客が急増する桜の季節までに京都は解体することにし、その代金を通船に求めるようだが、こういう話は後日談がほとんど語られないのではないか。つまり鵜屋はきれに跡形なく消えたが、その解体工事をひとまず京都市が肩代わりをするとして、通船側に請求してただちに全額返却されるかどうかで、そこまで新聞社などは追跡する必要があろう。しかしそのことは鵜屋に抗議文を貼った、たぶん右京区在住の人がやるのではないか。京都市と言うと何かとても大きな存在に思うが、鵜屋の建設決定や解体の命令など、突き詰めれば責任者の市長となるが、その前に普通は表面には出て来ない役所の代表者がいる。つまりその人物の考えひとつで割合どうにでもなる問題は多いはずで、市長はいわばめくら判を押すだけで内実はほとんど知らないだろう。仮に嵐山通船が何らかの理由をつけて解体工事費を払わない場合、滞ったその費用を役所の工事課の代表者が肩代わりするかと言えば、まずそれはあり得ない。では役所が建て替えた費用は税金からいずれ支払われるとなれば、被害者は市民となるが、ほとんどすべての市民はそういうことに関心がなく、あってもどうすることも出来ない。訴訟することはあるが、今回の場合は誰に対してどう訴えるのかがよくわからない。そうこうしている間に役所の担当者が変わると、未払いの工事費請求は有耶無耶になることも大いにあり得る。そういうことをよく知っている者が役所に取り入って事業をしようとするのだろう。役所とはいえ、前述のように担当部署の長ひとりをどうにかすればよく、個人対個人だ。それは言葉の勝負であり、また人柄がものを言う。役所がAIになればそういう情実めいたことは入り得ないが、それはそれでまた問題があるだろう。

役所で思い出したことを書いておく。10数年前、梅津の従姉の旦那さんがある人に大金を貸し、それが返してもらえなくなったところ、わずかな土地を京都外大の裏手に持っていて、その権利書を代わりにもらった。筆者は登記したのかと訊くと、権利書のまま保管しているだけで、登記はせず、したがって固定資産税は一度支払っていないとのことだ。それではまずいはずで、早速どうにかしたほうがいいと助言した。そこでまず右京区役所の土地登記の部署の窓口に行くとふたりで行き、権利書にある住所を調べてもらうと、未登記のままと言われた。つまり第三者によって勝手に登記はされていなかった。役所に掛け合った時、分厚い台帳を数冊抱えた長らしき人物のほか2名が現われ、ていねいに説明を受けた。その対応があまりに素早く、筆者は面食らったが、中心になって説明した人物は筆者の身なり、言葉使い、態度から、『これはていねいかつすぐに応対せねばならない』と思ったことは明らかであるように思えた。通常ならば何をどう知りたいかの事項を書類に書いて申請すべきであろう。その手続きが全くなく、即座に3人が現われて椅子を勧められ、満足の行く答えが得られた。その足で土地を見に行くと、5坪ほどで、建物は建てられない。ガレージにしたところで借りる人はいないだろう。つまり大金を利用価値のない土地の権利書と交換したのだ。その土地は隣りの民家に買ってもらうしかないものだが、その交渉までは筆者はやるつもりはない。もうひとつ役所のことを書く。昔大阪市内に住んでいた時、それは叔父が購入した建物であった。土地は別人の所有であったそうだが、その人はとっくに故人となり、誰の土地かは曖昧になっていた。叔父はやがてその家を売ったので筆者らの家族は八尾に転居したが、かなり後年になって昔父が家を借りていた家主が現われた。叔父が購入して筆者ら家族が住んでいた家の土地は、実はその家主が自分のものだと主張した。それははったりで、叔父に落ち度はないのだが、家主は筆者が乳幼児の頃からよく知っていて、会えない叔父に代わって筆者に土地に関するいちゃもんを言いに来たのだ。そこである日、筆者は思い切って京都から大阪の区役所に出かけ、住んでいた家の土地などを含めたことを訊ねた。その時も2,3人が即座に応対してくれた。そして普通では、また予約なしでは見せないはずの書類をいろいろ目の当たりにさせてくれた。そこで思ったこともやはり役所といえども相手は個人であって、訪ねて来た個人の人柄や物の言いから判断して応対するという現実だ。筆者が輩のような顔つきと態度であれば彼らは門前払いをしたであろう。そうしても全くかまわない案件であるからだ。役所であっても杓子定規に物事を運ぶとは限らない。真面目で真剣、しかも温和で紳士的、それが何事も波乱なく運ぶうえで最も大切な態度だ。

