「
うどんより 焼肉好きは 金持ちと 言う人貧し 好みさまざま」、「去った人 思い出す吾 いつか去り 思い出される こと想う夜」、「死神も ゆるキャラにして 恐怖なし 子ども泣かすな いずれ苦を知る」、「月照らす 空き家の窓に ヤモリ這い 蛾飛び来たりて 一瞬に消え」

先月下旬からわが家の近くの古家の取り壊しが始まり、一昨日にすっかり更地になった。案外手間がかかるものと思ったが、それだけていねいに作業が進められた。本カテゴリーの毎月の満月の写真はその家の屋根を構図に入れることがたまにあった。玄関脇に枝垂れ桜が植わっていたので、それを背景にしたこともあった。今年の開花がすっかり終わった後に伐採されたのは桜にとってもよかった。今年のその枝垂れ桜の花は例年になく灰色がかって見え、さびしかった。2月に住人が突如転居したからでもある。別の土地で元気で生きて行くはずであるので心配は無用だが、半ば飼われていた3,4匹の猫は人の気配のなくなった家を不思議に思っているだろう。今は隠れて餌をやる男女が2,3人いて、猫の命はまあ大丈夫だ。全く突飛な連想を書くが、
今年1月に亡くなった同じ自治会の住民であったWさんは、定年後の退職金で自治会内の新しいマンションの最上階に住んだ。Wさんの実家は高槻城址を擁する町内にあって、大きな家ばかりと聞いた。3年前、その町内で殺人事件があった。殺された女性の名字が家内の旧姓と同じで、グーグルのストリートヴューで調べるとすぐにその家がわかった。女性が資産家とされていたのはその家の価値を思ってのことだろう。ネットを通じてどう知り合ったのか、関東在住の20代の男性にひとり暮らしの婚期を逃した中年女性が騙されて入籍し、直後に殺された。犯行が発覚して男は自殺したが、犯人の親などが女性の財産を相続したかもしれない。古い木造の一軒家では土地だけの価格で、殺人があれば事故物件となる。そこでWさんの死を思い出す。自殺ではないとは思うが、筆者と同じ年齢で結婚経験がないでは経済的に心配がなくても毎日は楽しくなかった可能性は大きい。マンション住まいで、同じ自治会の住民のほとんど誰とも親しくしていなかったので、死因どころか、死んだことさえ知らない、あるいはWさんがいたことすら知らない人がほとんどだ。住んでいたマンションは兄弟が売却したはずだが、呆気ないものだ。Wさんが住む部屋から渡月橋や愛宕山を含むパノラマ風景を一度見たかったが、互いの趣味を知らず、またWさんは酒好きではなく、そこまで懇意になる機会がなかった。高齢になってからの知り合いとはそのようなものだろう。自転車で嵯峨のスーパーに行くWさんと会えば必ず笑顔が見られ、一度も深刻な表情を見たことがない。その点はよい思い出になっているの。筆者も他者に対してそうありたいものだが、家内曰く「よく恐い顔つきをしている」とのことだ。男はそれくらいがいい。