「
B級の バーベキュー焼き べきを言う バキューム女 みな平らげて」、「創作は そーっと咲くや 昨夜には 気持ちよきこと 思いつすれば」、「乳飲み子を あやす母親 歌うのは アコーディオンの 音色を真似て」、「おけいはん 稽古行くのに 電車乗る 今日はわくわく 逢坂で会う」
一昨日、寝屋川市民会館の小ホールで開催された本コンサートに出かけた。スマホも時計も持たず、正確にはわからないが、家を出て2時間要した思う。午後1時の開場から間もない頃に着き、10数名がすでに着席していた。去年と同様、ホールに入ってすぐに右手の机で署名し、プログラムがもらえた。去年と同じくプログラムの表紙には「第〇回」の表示がない。それで今日の投稿の題名は去年と同じで紛らわしいが、本投稿最下段の投稿日から判別出来る。紛らわしいのは、同じような写真に同じようなことを書きそうなことにも言える。ステージ背後の「京阪アコーディオン…」の横断幕は何年か使い回しているようで、右端がわずかに破れていた。来年は裏から補修されていると思うが、プログラム表紙の「第〇回」はたぶんないままだろう。その回数がわからないほどに長年続いているのかもしれない。同好会の発表会であるから、名演の期待が無理であることは誰でも想像するが、名演がわからない客のほうが多いかもしれない。多様な音楽のジャンルのどれを好むかは人さまざまであることは言うを俟たないが、アコーディオン奏者はカラオケの普及以前は歌の伴奏に使われることが日本では多かったと思う。それゆえカラオケが普及した今でも歌謡曲などの有名な曲の伴奏に使われるイメージがあり、本コンサートでもそこを慮って観客を懐かしがらせて一緒に歌わせる場面が用意されていた。観客参加型として機能するアコーディオンは他の楽器に比べての強みだ。つまりレトロの雰囲気が濃厚で、それは悪く言えば時代遅れであって、今回前半部の後半から司会を務めた奏者でもある米谷麻美さんは、アコーディオンは重くて演奏のハードルが高いことに言及しつつ、総花的、オムニバス的な本コンサートが少しでも多くの人に知ってもらい、観客が増えることを希望していることを語った。本投稿は閲覧者が数十人数で、彼女の思いの一助にはなるはずはないが、欠点はなるべく書かずに簡単な感想を書き留めておく。今日の写真は演奏順ではない。去年も登場した高齢の男性司会者の林敏夫氏を除き、奏者はすべて写っていて、全部で8名、うち男性が2名だ。筆者がこのコンサートを訪れるのは今年で3回目で、丸尾知子さんの出演もそうだ。となると丸尾さんが出演する限り、毎年見に行くことになりそうだが、筆者の年齢からしてそれは明言出来ない。さて、今年は今年で新たな気分で書きたいので、去年の投稿を読み返さないが、プログラムを見てまず気づいたことは去年と違ってオカリナの合奏がないことだ。
「アコーディオンクラブ」と銘打つので、それは正しいことかもしれないが、オカリナの素朴な合奏はそれなりに印象深くて面白かった。また去年との違いはタンゴ演奏の名手の杉村壽治先生の出演がなく、亡くなられたことだ。先生を偲ぶ意味合いで休憩後の後半部の最初は『杉村壽治先生の夢』と題して5曲が演奏された。氏の楽譜は音符のみでは表現し切れないことを思い、音符をどのように弾くかの注意書きがびっしりとしたためられていたとのことで、遺された楽譜を今回丸尾さんがアコーディオンの合奏用に編曲した。楽譜の注意書きの解読を伴なうこともあって大変な作業であったと思うが、丸尾さんしか出来ないことであったのだろう。つまり丸尾さんは氏の楽譜を確認出来る立場にあり、跡を継ぐ意識があるひとりではないか。となれば杉村氏が亡くなった年齢の90代まで半世紀はあるので、関西のアコーディオン界の未来は明るい。米谷さんの司会によれば、杉村氏は大阪の九条でアコーディオンの小さなサロンを開く考えがあってそれが実現しかかったそうだが、亡くなればサロン続行は無理だろう。その場所に出席して同好の士を集めることは別人がやらねばならず、経済的な問題もある。若手の実力者が遺志を継ぐべきだが、丸尾さんは別のハードな仕事を持ちながらの音楽活動で、また杉村氏が活躍したころと違って多彩な電子楽器が普及し、10キロ以上の重さのあるアコーディオンを女性が胸に抱えての演奏となると、よほどその音色に魅せられなければ、また挑戦意欲が強くなければ後継者の出現は難しい。丸尾さんがなぜアコーディンに魅せられたかの理由を訊いていないが、縁があって性に合ったというのが真相だろう。あるいは女性があまり演奏していないかもしれないが、そのことが実際はどうかは知らない。杉村氏のように関西の拠点に固執するならば、また本コンサートの銘打ちからすれば、丸尾さんがまた関西に住むことが求められるが、その点も彼女がどう考えているのかはわからない。より多くの聴き手を思えば人口の多い川崎市は関西よりはいいだろう。それはともかく、今回は「夢」がテーマで、『杉村壽治先生の夢』と題してそのオマージュを米谷、小野寺彩香、丸尾の3人の若手女性と丸尾さんに同行したベースの矢田伊織の4人が捧げ、途中で小野寺さんのソロ演奏の2曲を挟んで、西城秀樹がカヴァーして歌った「YMCA(YOUNG MAN)」、タンゴの名曲の「カミニート」と「小さな喫茶店」の3曲が演奏された。最初の曲「YMCA」は西城秀樹のYMCAの文字を示す身振りで有名になった感があり、司会の米谷麻美さんはそのメロディになった時に客がその振りをするようにと要請し、多くの客はそれに応じた。打って変わって「カミニート」は杉村氏が愛した曲なのだろう、転調が印象深く、哀愁を帯びてアコーディオンの音色と重なって胸に染み入るものがあった。
今回は休憩直前の前半部最後にパパガイオスこと丸尾さんとベースの矢田伊織さんがピアソラの『天使の組曲』から「天使の死」を演奏し、その直後に昭和前半の歌謡曲メドレーを4,5曲奏で、大勢の客がそれに応じて歌った。どれも筆者の母親世代がよく知る曲で、丸尾さんは会場に来ている高齢者をもっぱら歌わせて楽しませるサービスが目的にもなっているはずだが、自身も楽しんでの演奏だ。丸尾さんは自身のXに投稿しているように、ピアソラの『天使の組曲』から「天使の復活」も編曲して演奏している。そのことを杉村氏がどう思っていたのか興味深い。というのはピアソラは生前から必ずしもアルゼンチン・タンゴ界で受け入れられてはいなかったからだ。前にも書いたことがあるが、中村とうようも批判的で、彼はクラシック音楽界からピアソラの評判がよいことを快く思っていなかった節がある。伝統的な、つまり踊れるタンゴではないのが批判の大きな理由だが、ピアソラはタンゴが場末のカフェからコンサート会場で演奏されてこそよしと考えていたので、その夢は果たせたし、『天使の組曲』はもはや古典になった。一方、丸尾さんが歌謡曲メドレーを手がけるのはアコーディオン向きという理由よりもメロディが覚えやすくて、客との一体感を惹起出来ることが面白いからだろう。日本の伝統の本質を探る意味でも歌謡曲は無視出来ず、ヒット曲からは欧米からの影響が見えもするし、日本の好みも浮かび上がる。そう思うと丸尾さんの目配りはやはり意欲的で、その一端は今回も演奏されたブラジルの民族音楽のフォホーからも言える。米谷さんはフォホーを繰り返しの多い曲と紹介して演奏に加わっていたが、ダンス音楽であれば繰り返しの多用は自然だ。たとえばブギはその典型で、繰り返しの中に微妙な綾を奏でるのが本場ミュージシャンの持ち味のはずだ。どういう音楽でもそういうごくわずかな、一瞬に閃く味わいを聴き手が感知出来れば熱烈なファンになる。その独特の味わいは複雑な楽譜を演奏出来る技術の高さが必須というものではない。音楽を愛し、生活の中でその占める割合が大きい場合に自然と音楽から滲み出て来る。その意味でフォホーはどっぷりと嵌ってみなければ味わいがよくわからないものだろう。今日の最初の写真は前半部の『吉田親家先生と二重奏』でのものだ。吉田先生は傘寿と聞いたが、写真上の女性は筒江舞子さん、写真下は長野邦子さんで、ふたりは後半部にも演奏した。メンバーの組み合わせ交代が頻繁に行なわれ、目まぐるしい内容であったのは去年と同様で、それほどに関心の方向性が異なるメンバーからクラブが構成されている。打楽器も奏でた小野田幸嗣さんはフォホーなどのブラジル音楽を好むようだが、米谷さんの好むジャンルは不明だ。丸尾さんや小野寺さんのようにソロ演奏しないからで、それが物足りない。正体不明な彼女だが、筆者もそう思われているはずだ。