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●『FUNKY NOTHINGNESS』その3
にて 大いに日見る 立ち姿 朝と夕には イメージすべし」、「無視と無知 誰にもありて 世は闇と 書物手に取る 明かりの下で 」、「この時間 好きに使えと 神は言い 日長寝ころび 蝶の夢見る」、「なんもねえ おもんねえなと 店巡り 値下げシールの 品は少なし」●『FUNKY NOTHINGNESS』その3_b0419387_19491600.jpg 日本盤の『チュンガの復讐』のLPを購入して半世紀以上経って本作を聴き、こうして感想を書くことは長生きしたお陰だが、筆者の世代で筆者と同じように『チュンガ』(後のCD時代に『チャンガ』)を聴いた人が、本作を発売と同時に買う人が日本でどれほどいるだろう。それは全く想像出来ないが、こうして長文で感想を綴る人はたぶん筆者だけではないかと思う。それを責任重大とは思わない。本作は半世紀以上前の録音であり、今の若者からすればあまりに古く、それゆえ関心がなくて当然で、ザッパの没後以降、音楽の流行は変化し続けて来た。それらの音楽はそれなりに意味も意義もあって生まれて来たもので、それ相応のファンがいる。彼らは縁のなかったザッパの音楽に関心を抱く機会がないであろうし、それがもったいないとは言い切れない。青春時代に聴き馴染んだ音楽は誰にとっても生涯忘れ得ないもので、人生は流行と無縁ではいられない。ザッパの音楽も流行の文脈で語られるし、半世紀も経てば若者がそれを古臭いと思っても当然だ。そうした古臭い作品が末永く価値が認められるとすれば、そこにはその価値を言葉で伝える人の存在は無視出来ないだろう。もちろんそれはこうして書く文章に価値や意義があると己惚れるからではない。筆者はたまにライヴを見てその感想をブログに書くが、ふと考えることがある。そうした文章は褒めたものであっても、当人には迷惑ではないか。音楽をやらない者に何がわかるかと思われるだろうし、音楽は文章ではないという意見も理解出来るからだ。それで好きな対象に絞って書く考えに至るが、ザッパについて書くことが気軽かと言えばそうでもない。有名な話だがザッパは音楽評論家を嘲笑した。まともに文章が読めない相手にどうでもいいことを書くからで、そのことは今も通用するはずだ。これも最近よく思うことだが、「知を愛する」すなわち「哲学」にそれなりに関心を抱く一方、ザッパの音楽を考察することは哲学的になり得るのではないかと。その知る行為を深く進める際にまず必要なことは、音楽の瞬間から新鮮に感じるかすかなことを手掛かりとすることだ。半世紀も聴き馴れた音楽に今さら新たな発見があるかとなれば疑問だが、本作のようにザッパが録音しながら『チャンガ』に収録しなかった曲や部分を知ると、新たな発見や気づきはある。それはザッパを以前よりも深く哲学出来る契機にほかならない。こう書くとますます今の若い世代にザッパは理解しにくい存在になりそうだが、筆者にとってそれはどうでもよいことだ。いつの時代でも知る人は知り、愛する人は愛する。
 ザッパの黄金時代は30代前半までと目することは正しいはずで、特に本作が録音された70年は『チュンガ』のアルバム・ジャケットに書かれたように、『200モーテルズ』の公演とアルバム、映画が目前に迫っていて、『チャンガ』の背後にどれほどの重要で大型の企画が同時進行していたかを知れば、ザッパの途方もない仕事量に驚くほかない。文字どおり休む暇なく音楽に没入し、ギターの練習をしない場合は楽譜に音符を記していた。本作からはギターの仕事はわかるが、管弦楽用の仕事は見えない。本作のザッパのギターを完全コピー出来る才能は日本にはないと思うが、出来たとしても『200モーテルズ』の管弦楽曲は無視するだろう。欧米にはザッパの管弦楽曲を演奏する団体ないし個人がいてYouTubeでそれらは視聴出来るが、彼らはザッパのようには楽器を操って即興のソロを繰り広げることは無理なはずで、かくてザッパは音楽家からも部分的にしか関心が抱かれない。それはさておき、管弦楽曲を書くことは音楽理論を知らねばならない。ザッパの場合、それがギターの演奏に及んでいることは間違いがない。76年の京都公演であったか、ザッパは2時間以上に及ぶステージでギターを2か所間違えたと語った。それは何千回も爪弾く中で音階や旋法から外れた音を自覚したからで、聴き手にはあまりの速弾きに無茶苦茶に弾いていてもわからないように見え、ザッパは一音ずつがしかるべき規則にしたがって演奏していた。規則からはみ出す場合はその効果を認めたからで、それは間違いではない。規則に厳格であるべきとの態度は、雇ったメンバーが勝手に薬物をやれば即クビにすることにも表われている。ザッパにとって客を楽しませることが第一義であったかどうかはわかりにくい。それよりもステージを自己とメンバーとの間の技術を競う場と考えていたふしが大きい。ザッパが望むメンバーはザッパの思いどおりになるのはもちろん、演奏能力が抜群に高く、また創造性のあるミュージシャンを欲した。正確に演奏出来る、つまり完全コピー出来る才能は珍しくないが、そこに創造性となると、それはソロを任された時、ザッパが醸す空気をどう読んでそれを矢継ぎ早にどう表出するかの才能であって、本作が『チャンガ』以上に示すのはそういうことだ。少し踏み込んで書くと、たとえば本作では『チャンガ』に収録された「チャンガの復讐」、「トランシルヴァニア・ブギ」という二大ギター曲の未編集ヴァージョンが収められ、他のザッパの10分ほどの長い曲と同じように、最初と最後の主題間の曲の大半を占める部分でメンバーが順にソロを担当する。その場で他のメンバー全員がソロ担当者の演奏を聴きながら伴奏するが、どういう音を奏でるかが腕の見せどころで、たいていは主題の一部を引用して繰り返すか、主題から新たなメロディを編み出すか、あるいは和音でリズムを刻む。
 ●『FUNKY NOTHINGNESS』その3_b0419387_19494534.jpg和音でジャカジャカやるのは最も簡単だが、ザッパの曲では主題とは別の印象深いリフがしばしば演奏される。それらをザッパが奏でる場合は、ザッパはソロを担当していない時でも常に新たな創造を見つけようとして瞬時に短い個性的な旋律を生んでいるのであって、そういう態度はあたりまえのことながら他のメンバーに伝わり、彼らも自分の楽器でそうしたリフないし特徴的な旋律を創造する。この音楽による対話と似たようなことは一般人でも可能だろうか。4,5人の女性が他愛ない話で盛り上がることはよくあるが、それらは「チャンガ」や「トランシルヴァニア」のようには劇的ではたぶんあり得ない。では各自が哲学者の場合、話は劇的に面白く展開するか。たぶんそうはならず、自分の考えとは違う意見に内心憤る場合がままあるだろう。各自が平等に才能を披露しながら、その場がひとつの見事な形として昇華することは、音楽や演劇、舞踊でしか無理だろう。本作の長いソロを含む曲を聴く楽しみは、そうしたメンバーが自分の能力を最大限に発揮しながら作品にアラがないことだ。アラとは場違いな音で、それがないのは当然のことだが、アラがないという消極的な言い回しではなしに、伴奏者全員が他者では代用が利かない、それでいて創造的な演奏を心がけていることが「チャンガ」や「トランシルヴァニア」からわかる。創造は個性から生まれるが、自分で定めた構造、方式を基礎に誰よりも多く練習する態度なくしては、また無数の凡作や駄作を築かねば創造の神は微笑まない。もちろん他愛ない会合の話にも価値があるように凡作にも効用はあるし、どのようなミュージシャンでも自己の創作を平凡とは思っていないが、ザッパの音楽を深く知るほどに才能と努力の量に思いを馳せ、30歳でどのような仕事をしていなければならないかを自覚するだろう。となれば40を過ぎてさして芽が出ないミュージシャンは演奏活動を諦めるべきかと言えば、誰しも何歳になって夢見る自由がある。また背負っていないものがさほどなければ高齢になっても、そして地味であっても楽しみを追求することはよい。少なくても自分だけは救えるからだ。しかし30歳のザッパは家庭を持ち、子どもがいた。寸暇を惜しんで真剣に努力するのは当然だ。また才能が抜群に優れた者にはそれにふさわしい人が集まる。ザッパの場合、本作の解説にあるように、録音技師もそれに含まれる。いくら世紀を代表する演奏の名手でも、それを録音して他者に伝える才能がなければ伝説にしかなり得ない。ザッパの場合、『チャンガ』があり、半世紀後の本作と聴き比べることで、ザッパがどういう演奏の中から何も最も重視したかがわかる。それがわかって何が楽しいかと言う人はザッパを聴かないし、聴く必要もない。それでとにかく筆者は自問しながらこうした文章をまとめることを練習と考え、それを楽しみと捉える。
 ディスク2と3は1とは違って『HOT RATS ’70』と題され、「SESSION MASTERS & BONUS NOTHINGNESS」の副題がある。この副題の後者は「ボーナスなしよ」で、聴き比べのために『ロスト・エピソード』に収められた短縮ヴァージョンの「シャリーナ」といった曲を重複で収めないことと考えればよい。とうことは聴き比べには『チャンガ』以外に同アルバムも手にする必要がある。『ホット・ラッツ ‘70』は前年の『ホット・ラッツ』の続編の意味合いからだが、イアンとシュガーケイン以外が変わった。最重視されたメンバーはドラムスのエインズリー・ダンバーだ。ディスク3の「トミー/ヴィンセント・デュオ」は22分もあって、ザッパは最初5分ほどベースを奏で、1分ほどのドラム・ソロの後にギターに持ち替えて演奏速度を増し。当時「ラーガ・ロック」という言葉があったのかどうか記憶にないが、次第にふたりは熱気を帯びて凄まじい演奏を繰り広げる。Aメジャーで中間部に主題の萌芽が数か所あるが、たとえば「チャンガ」のような中間部にソロが必要な曲への準備を兼ねた練習で、『ホット・ラッツ』とは違うドラマーとの共演であればまた心境も違ったことの作例だ。この曲は76年の同じくジャム・セッションの「大洋は究極の解決」に通じ、新たなメンバーを迎えた際、こうした即興演奏を試みていたことが想像される。興に乗って来た時に思いと指の動きが合致して爪弾かれる手応えある旋律が強く意識され、記憶されるとやがてそれは主題になる。その主題を即興で展開するとまた新たなメロディが得られる。そう考えると、本作の長いソロは主題になり得る短いリフやメロディを聴き取ることにも楽しみがあり、それは伴奏でも同様だ。ディスク3には5曲目「後光と光線」、6曲目「MOLDRED」のどちらも3分ほどのギター曲がある。これらは本作を収録した3月以前の録音で、ザッパが消すには惜しいと考えてたまたまテープに残されたが、新メンバーによる最初期の練習でもザッパにすれば味のある即興演奏が得られたことを示す。マーク・トウェインは次々に湧く想念を書き留めておかねば二度とそれは思い浮かばないと書いた。それと同じ理由でザッパは録音に努め、気に入った箇所のあるものは消さずに保管した。ただしそれらが後の創作に直接役立ったかどうかは別の話で、断片的小品のままとなったものは少なくないだろう。今回はたまたま先の2曲がテープから見つかり、おそらくその箱に題名が記されていたのでそれを適用したのだろうが、題名のない演奏もあるだろう。題名がらみで言えば、「チャンガの復讐」は72年2月までザッパは「ボレロ」と言い、「THE CLAP」と題されていたという。そして『チャンガ』では「THE CLAP」は1分半ほどの別の曲に使われた。それがディスク3には2曲で計16分収録される。
 ザッパは打楽器を好み、演奏もした。本作の長大な「ザ・クラップ」はブックレットの写真にあるように多くの種類の打楽器をザッパがひとりで叩いた曲で、そこにエインズリーの参加はない。ゴングを含む多種類の打楽器となればヴァレーズの『イオニザシオン』を思い出すが、そのつもりもあってザッパは「ザ・クラップ」を録音したのだろう。それが1分半のみ『チャンガ』で使用したのは、他の聴かせどころの多い曲が少なくないことから妥当な判断と言える。ドラム・ソロと違って多彩な音色は面白く、解説にあるようにこの曲に囲まれることを想像すると他のザッパの曲にはない味わいに気づく。またこの多彩な打楽器への好みが後にルース・アンダーウッドをマザーズに招くことになったと言ってよい。ディスク2,3には「チャンガ」のテイク5と8がそれぞれ収録されるが、『チャンガ』では8を中心にザッパのギター・ソロは5から編集された。イアンはサックス、シュガーケインはキーボードのソロを担当し、後者の伴奏での出番は特に印象的でそれがザッパが書いたメロディか、それともシュガーケインが独自に奏でたものかはわからないが、この曲をミステリアスに仕立てるのに大いに貢献している。ザッパのギターはテイク8のほうが圧倒的に激しいが、それを『チャンガ』で採用しなかった理由は充分聴き比べねばわからない。本作の最大の聴きものは「トランシルヴァニア・ブギ」で、長年予想していたとおり、『チャンガ』ヴァージョンは本作の最後の5分ほどのザッパのギター・ソロを使い、なおかつ冗漫な繰り返しを省いたことが明らかになった。しかし『チャンガ』ヴァージョンの冒頭は今回のフル・ヴァージョンを最初から聴き進んだ際、意外性に富む。今回のヴァージョンの冒頭の主題はオリジナルのマザーズ時代にロンドンで演奏したものと同じで、ファンはなるほどスタジオで同じように演奏したことを認識するが、『チャンガ』では冒頭主題を省き、そのギターによる変奏のみを収録した。変奏であるので元の主題の香りはファンにはわかるが、『チャンガ』ヴァージョンはいきなり濃密なソロから始まり、聴き手はふいを突かれた気がする。今回はその濃密に至るまでの経緯がわかるが、濃密なザッパのソロの濃密具合は激しくギターをかき鳴らすという理由だけではなく、その冒頭のメロディが主題から導きながら、異なるリズムによって別の曲に転用可能な特色を呈している。それはザッパが他者のソロを聴きながら伴奏をする際に見出したものと言ってよい。つまりザッパはソロの出番でない場合も主題から別の主題に昇格可能な旋律を模索し、その発露が『チャンガ』ヴァージョンの冒頭のぎくしゃくしたメロディになった。先に冗漫な繰り返しと書いた。その短い旋律も主題の変奏でありつつ他曲に使えるライト・モチーフとなっていて、ザッパの曲はそうした細部の工夫の光り具合に特色がある。
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by uuuzen | 2023-07-05 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
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