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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『FUNKY NOTHINGNESS』その2
性を 知りつ乗らぬや 石頭 石橋叩き 壊し渡れぬ」、「酩酊で 眠り夢みる 雪景色 灯の下 凍死のわが身」、「アララトの 酒を手に入れ 飲まず酔う 聖なる山の 威容を想い」、「知りたくは なきこと多し 俗の世と 見定めし古稀 屁の音ひねる」
●『FUNKY NOTHINGNESS』その2_b0419387_22205717.jpg
ディスク1の3曲目「愛は心をワイルドにする」は3分弱のヴォーカル曲で70年3月に録音され、72年1月にザッパがリミックスした。ジョー・トラヴァースの解説によれば、本来3枚組CDの予定であった96年の『ロスト・エピソード』にこの曲は収められるべきが、結果的に1枚ものとなったために発表されなかった。「失われたエピソード」にふさわしい内容で、それは特に冒頭の4小節が示す。それを一度聴いてザッパがどの曲にどのようにかつて使ったかがわかる人はかなりのザッパ・マニアだ。ザッパがフロ・アンド・エディを迎えて71年8月にUCLAで行なったコンサートは、アルバム『LAから来たもうひとつのバンド』と題して翌年3月に一部が発表され、その中の「コール・エニィ・ヴェジタブル」の2分ほど経った箇所で同4小節は初めて公表された。これは同じ1小節の繰り返しで、ザッパ曲の構成要素の単位として最小の部類に入るが、それを別の曲に使い回しするところにザッパの「概念継続」の思想がある。「愛は心をワイルドにする」が71年演奏の「コール・エニィ・ヴェジタブル」以前に演奏され、以後にリミックスされたことは、ザッパは4小節の使い回しを意図し、あえてそうすることの意味をファンに知ってもらう意図があった。ところが「愛は…」は未発表となり、ザッパの考えはファンに伝わらなくなった。この4小節がなぜ「コール…」において重要で面白いかと言えば、「コール…」で歌われる男の行動が「愛するがために心がワイルドになった」ことを伝えるためだ。それが今になってようやくファンが知るになった。71年のザッパは「コール…」を最初に発表した67年の『アブソルートリー・フリー』のヴァージョンよりも磨きをかけて編曲し、音によって歌詞の登場人物の愛に駆られた行動を表現しようとした。つまりファンが71年の「コール…」で初めて知った4小節はザッパの総合音楽におけるライト・モチーフのひとつであったのだ。71年の「コール…」を72年3月に発表する2か月前に「愛は…」にリミックスを施したことは、その年度中に発表したかったのだろうが、あまりの多作でその機会を逸した。4曲目は他人のブルース曲「オレは転がる石」のカヴァーで、スロー・テンポでもあってディスク1では最長の12分半だ。シュガーケインのヴァイオリン・リフとザッパのギター・ソロが際立ち、『いたち野郎』にあってよい雰囲気が濃厚だが、ザッパが歌う。解説に驚くのは、リズム・トラックがそのまま74年の「臭い足」に使い回しされたことだ。カヴァー曲からオリジナル曲が生まれたことは作詞の才能あってのことだ。
 それは同じコードを使ったブルース曲は著作権がないことを意味する。ロックンロールのリフに著作権がないとはよく言われるが、あまりに個性的なリフや歌の旋律ならば、作曲者は著作権を主張するだろう。ジョン・レノンが「カム・トゥゲザー」に対して盗作訴訟されたのもそういう理由による。となれば先の「愛は…」の冒頭4小節は、それはジョージ・ハリソンが『アップル・ジャム』で30歳のジョン・レノンの誕生日を祝してクリフ・リチャードの「コングラッチュレイション」を歌詞を変えてそのままワン・コーラス歌った曲を収めたこととは違って盗作には当たらないだろう。さて7曲目は「アニー、オレと仕事しよう」と「アニーが孕んだ」の2曲がメドレーで演奏され、前者がザッパ、後者がシュガーケインが歌う。この曲も3枚組CDの『ロスト・エピソード』に収録される予定であった。3分弱の軽快なロックンロールのこのメドレーは「アニー」が共通するのでメドレー化すれば新たなドラマが生まれるとの考えたによるが、ザッパはこの手法を気に入っていたと見え、83年の『ユートピアから来た男』では同名タイトル曲が「メリー・ルウ」という別の曲と接続された。それはまた7曲目のアイデアが未発表のままとなったので、13年後に別の曲で思いを果たしたことであって、ザッパの考えは70年代におおむね出尽くしていたと考えていいかもしれない。8曲目「トミー/ヴィンセント・デュオ」は7分近い白熱の演奏で、ドラムスとギターの応酬は凄まじい。Aメジャーのソロで、10曲目「KHAKI SACK」(カーキ色の袋)も同じ調整だが、主題はワン・コードではない。9曲目「シャリーナ」は『チャンガの復讐』で最初に発表されたヴァージョンよりも黒人っぽい。結果的にザッパはフロ・アンド・エディに歌わせて「ファンキーさゼロ」のヴァージョンを採用したが、ジョーの解説によればこの9曲目を『チャンガ』に収録する予定であった。ファンキーさを消したヴァージョンを『チャンガ』に収めたことは、同アルバムの個性や後のザッパの方向性を考えるうえで重要な視座を提供している。それはフロ・アンド・エディという白人の歌手ふたりを雇うことで歌中心のポップスを志向したことだが、72年末で終わった。それはともかく、『チャンガ』はフロ・アンド・エディを迎えながら本作の重要曲を収録し、中途半端と言ってよい反面、それが他のザッパにはない個性的なアルバムともしている。ザッパは69年のマザーズ解散後にファンキーさを一気に求め、それにかなうメンバーを集めたが、『チャンガ』のフロ・アンド・エディが歌う曲はR&Bであっても本作でシュガーケインが歌う曲のファンキーさはない。本作の「シャリーナ」は『チャンガ』では白っぽくなったが、新たな表情をまとった名曲となっている。そこにカヴァー演奏する際のザッパ曲の自由な解釈の余地があるだろう。
●『FUNKY NOTHINGNESS』その2_b0419387_22211424.jpg 11曲目「TWINKLE TITS」(キラメめきおっぱい)はライヴで演奏され、海賊盤で馴染みであったが、正式に発売されたのは今回が初めてだ。筆者はこの曲は歌詞はないものの、主題はビートルズの「ノルウェーの森」の影響があると見る。11分半の演奏で、主題はシタールを模したようなギターで奏でられ、次にヴァイオリンとのユニゾンで繰り返される。主題が終わった3分辺り以降は終始Bのドリアでザッパのギター、そしてシュガーケインのヴァイオリン・ソロが続き、最後はまた主題を奏でるが、この主題は最初の主題のAとBのうち、Bとその展開で、「チャンガ」とは対照的に複雑な構成となっている。当然楽譜があるはずで、他の曲に一部が使われたかもしれない。ディスク2の話をする前に余談を。8年前の12月、ザッパのアルバム100点を紹介する本が出版された時、ヤマハから渋谷のクワトロという会場での記念講演を依頼された。筆者ひとりでは場が持たないと思い、聴き手をヤマハに依頼し、開演前に楽屋で初対面のその音楽評論家を少し話した。もっぱら筆者が話題を出して話を進めたが、客を前にしての本番ではそれらのことは一切話さなかった。その評論家に話した内容でよく覚えているのはホヴァネスのことだ。ホヴァネスはザッパより29歳年長でザッパより7歳長生きし、アメリカに最も早くインド音楽を紹介した人物のひとりだ。ラヴィ・シャンカールの兄と交友し、インド舞踊の知識を得たが、舞踊に音楽はつきもので、ホヴァネスがインド楽器やラーガに関心を持ったことも言うまでもないだろう。それらは戦前のことで、日本も明治からインド文化には深い関係があり、インド模様のある陶器やマッチなどをインドに輸出していた。しかし筆者世代はビートルズのジョージ・ハリソンがらみでシタールやラヴィ・シャンカールの音楽に馴染んだ。ビートルズ時代のジョージは「ノルウェーの森」でシタールを奏で、その後のビートルズないしジョージのインドへの傾倒ぶりは誰しも知る。2000年だったか、エリック・クラプトンの声かけで催された『コンサート・フォー・ジョージ』はジョージの曲を友人たちがカヴァーする第2部の前に、ラヴィ・シャンカールの娘によるシタール演奏があった。そのDVDを買った人はそれをほとんど見ないだろうし、見てもラーガはどれも同じように聞こえるだろう。筆者はジョージから以外にメニューヒンとラヴィ・シャンカールの共演を昔TVで見てインド音楽に関心を抱き、ウッドストックでラヴィが演奏したラーガを収めたLPを買った。それは70年であったと思う。ザッパの音楽を知る以前にラヴィのラーガに耳馴染んだことは、その後ザッパの長大なギター・ソロを楽しむ土台を得た気がする。ザッパがインドその他の世界の音楽に関心を寄せたことはインタヴューからわかる。
 その理由は建国200年のアメリカの10倍、20倍の歴史を持つ音楽があることに対する畏怖と尊敬だ。200年ではそういう伝統音楽に太刀打ち出来ない。その代表格がインドのラーガだ。これは書物なしに師から弟子へと口伝えされる音楽で、厳格な形式があり、それを終始守りながら即興で演奏する。ザッパはラーガを師匠に就いて詳しく学ばず、音楽性の本質的なことをギター・ソロで模倣した。筆者がクワトロの楽屋で言ったのはおおよそそういうことだ。昨日はザッパの長いギター・ソロは起承転結を念頭に置いたものと書いた。その代表は『シーク・ヤブーティ』の「ヨー・ママ」の中間部としてよい。筆者にはそれがラーガを意識した演奏の代表に思える。それはさておき、『チャンガの復讐』のチャンガはフラメンコのダンサーの名前で、舞踊とその付随音楽を意識していたことが伝わる。しかしインドの伝統舞踊と違ってアメリカで次々に生み出される流行のダンスは、単純で激しい痙攣と言ってよい若者のものだ。やがてそれは70年代にディスコに統合され、それに伴なう音楽も画一的なリズムを持ち、また「ディスコ」の名前からしてレコードをかけることで事足りることになり、ライヴ演奏でいわば客との間で真剣勝負を挑むようなザッパの即興演奏の場は時代遅れになって行ったと言える。そして70年代半ばになるとザッパはますます歌詞に皮肉を込め、またリズムが複雑でまともに踊れない曲を書くようになるが、若者の流行音楽やダンスの文化が世界共通であって、インドも例外ではないにしても、インドでは厳然たるラーガが引き継がれている。そのびくともしない宗教に根を持つ音楽文化は西洋にもある。ラーガほどの複雑さはないが、教会旋法はラーガと同じように旋律を延々と紡いで行くことが出来るし、またその過程で神への絶えざる祈りから陶酔感に浸れる。そのような音楽はおそらく世界のどの文化にもあって、ディスコは神を差し引き、踊りによって無我の境地に入る効力を持ったものだが、ザッパのギター・ソロは、心が踊ることで神を感じる陶酔感を目指したものと言っていいのではないか。それはラーガが目指すものと同じだ。筆者はラヴィ・シャンカールのアルバムを20数ほど所有するも、それらをほとんど聴かない。そしてザッパの音楽をよく聴くのは、端的に言えば日本がアメリカ化したことを物語る。そこで思うことは、ラーガが今後も確実に残るとして、ザッパの音楽はどうかという疑問だ。それは作品が将来どういう意味を持つかに関係することだが、まだ作品の全容が明らかになっていないホヴァネスが将来音楽史でしかるべき評価が定まった時、「ホヴァネス―ザッパ」のつながりで論じられることがある気がする。それはうるさい電気楽器の使用というロックの前提条件をひとまず外しての音楽構造への視野においてで、そこには世界各地の独特な音楽との比較は欠かせない。
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by uuuzen | 2023-07-04 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
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