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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●「NO BED FOR BEATLE JOHN」
闊にも 本能暴れ 煩悩の 恋あっぱれや 光芒戴し」、「婚活を 根気で続け 困惑し 今季限りで 紺と褐着ぬ」、「めっちゃ惚れ マッチョ男を 夫にし ちょっと小突かれ 妻はぽっくり」、「もっとして ヨーコ叫ぶや 性愛を 長くてよきを 2分で歌う」●「NO BED FOR BEATLE JOHN」_b0419387_17043574.jpg 先月のこのカテゴリーではジョン&ヨーコについて書いた。今日もヨーコ・オノの曲を取り上げる。去年4月に投稿した「RISING Ⅱ」は特に感心した曲で、大好きという意味ではない。大好きなのはジョンが死んだ年に録音された『ダブル・ファンタジー』にある「EVERY MAN HAS A WOMAN WHO LOVES HIM」だ。これをジョンが歌うヴァージョンが同曲のトリビュート・アルバムに収録され、そのことについてブログで昔触れた気がするが、書いたのは手紙であったかもしれない。80年代の終わりの3年間、筆者は毎月大量の手紙を書いたからだ。その3年間があったので、本ブログを始めた頃、毎日投稿することが苦にならず、たぶんその3年間よりも圧倒的に多く書くようになった。それはさておき、筆者はヨーコのアルバムを全部所有しておらず、頭の中で彼女の音楽の変遷が明瞭に構築されていない。それでも長年気になり続けていて、先月書いたようにジョンとヨーコの『ウェディング・アルバム』もいつか聴きたい。先月の投稿はトロントでのロックン・ロール・リヴァイヴァルのフェスティヴァルにジョンとヨーコがエリック・クラプトンやクラウス・フォアマンらを引き連れて参加したことが、2年後のザッパ/マザーズとのニューヨークでの共演の元になったことを書いた。言い換えれば前者のコンサートの焼き直しが後者で、ジョンのロックンロール好きとヨーコの奇声を発する歌い方を主とするパフォーマンス、そしてステージの締めくくりにギタリストたちがアンプにギターを立てかけてフィードバック音を響かせることの、おおまかにいえばそれら三部仕立てが踏襲された。これはヨーコの立場からは技術抜群のギタリストをしたがえたバンドを使っての自己演出の成功で、ヨーコ以外の演奏メンバー全員は力を目いっぱい発揮出来たのでその点に文句はなかった。また彼ら本来の演奏能力が遺憾なく発揮出来たのはヨーコの迫力あってのことで、結局はヨーコが最も目立った演奏であった。フィルモアではザッパのギターやマザーズが即興で演奏をよくぞまとめ上げたと思うほどに秀逸だが、ヨーコが合いの手に発する奇声は的を外さず、彼女は楽器を演奏しないものの、一流のミュージシャンであることをあますところなく示している。声は最大の楽器だ。ヨーコは手軽な打楽器以外の楽器を使わず、時に伴奏より一瞬早く、あるいは背後の伴奏に合わせて瞬時に本能を発露させた。楽器の巧みな演奏に人は驚愕するが、声楽家は自分の身だけを運べばよい。その意味で究極の楽器は喉だが、ヨーコの即興の奇声を伴う曲はヨーコにしても再現は不可能だ。
 それゆえ音楽ではないと考える人はあろうが、それを言えばジャズの即興演奏はみな同じことになる。音は発した拍子から消えて行く。楽譜に書かれた再現可能な音楽は奏でる尻から消えて行く音を惜しんでどうにかそれを紙に記録する思いから考え出されたもので、録音技術が発明されてからは楽譜上の音楽は録音技術がなかった時代よりもありがたみがなくなった。記録しておけばいつでも再生可能で、そうなった途端に人は一度限りの熱い気持ちを失う。ヨーコの即興の歌は一度聴けばいいものだと先月書いた。手元にレコードやCDやレコードがあれば忘れた頃にまた聴きたくなる気が湧くことがあるが、たいていは聴いたところで『ああ、やはりこうだったな』との思いとなって、最初に聴いた時の感動はない。それはともかく、初期すなわち60年代末期から71,2年までのヨーコの曲は楽譜に書かれない即興演奏が主で、予めおおまかに起承転結を決めてヨーコやジョン、あるいはザッパらが舞台に立ち、そこでメンバー間の緊張から火花が散った。そういう音楽はスタジオでも可能だが、何度でも録り直しが利き、またそれが通常は普通であるのとは違って、大勢の客を前にしたライヴ演奏であれば、そういう舞台が馴れたミュージシャンでも緊張の種類は違うだろう。そういう一回限りの演奏の魅力をヨーコが知っていたのは当時「ハプニング」という前衛の行為芸術が盛んであったことからそれなりの説明はつく。つまりヨーコは一回限りの行為芸術に自分の声と一流ミュージシャンの伴奏を加えてトロントやフィルモア・イーストでの演奏を得た。その意味でそうした演奏をロックから見れば聴くに絶えない奇声の連続に映り、絵画などの美術の延長上の行為芸術との概念からすれば、有名かつ前衛ジャズのミュージシャンが楽器でやって来たことの稚拙ないし不純な焼き直しに見えるだろう。つまりどのカテゴリーにも収まりが悪い。しかしそこにヨーコの芸術の真髄がある。垣根、枠を超えた芸術だ。彼女にかかればどんなものを彼女ならではの独特の前衛作品になってしまう。そのことをジョン・レノンは見抜いた。周囲のものを何でも利用して作品を創造するのは真の芸術家と呼ぶにふさわしい。その何でも摂取して活用する精神は「NO」ではなく「YES」の態度だ。ジョンは本能的にヨーコその母性的芸術に魅せられ、彼女を何かで凌駕しようとは思わなくなった。つまり男として威張らなくなった。筋肉だけつけて精神もマッチョになったと錯覚するような馬鹿ではなかったということだ。ここは大事なところで、ヨーコのような知性のある女性と話す機会を得てグルーピーのような頭の弱い女とは違う接し方をせねばならないと自覚したろう。自分がビートルズの一員としていかに名声を得ていても、それが通用しない世界があることを知っているのは大人としては常識だが、しばしばそれが欠如する有名人がいる。
●「NO BED FOR BEATLE JOHN」_b0419387_17045759.jpg
 ビートルズ時代、あまりの多忙をきわめた4人のメンバーはグルーピーと遊ぶ暇はなかったと思う。ブライアン・エプスタインが彼らにスーツを着させてから、4人は品行方正な雰囲気をまとい、またそれに敵う行動をしたように見える。それは一方ではツアー仕事以外に毎年2枚のアルバムを出すという切羽詰まった仕事があったからで、女遊びをしている暇がなかった。あってもアルバム録音期間中は女性を絶ったということを何かで読んだことがある。それはともかく、ジョンにとって前衛芸術家のヨーコは日本人ということも手伝ってなおさら謎めいた存在に映ったはずで、気軽に話しかけはしても底知れない何かを秘めていることに気づき、ヨーコの周囲を回りながらどう自身を開示し、相手に受け入れてもらえるか、またその行為に好奇心を上回る人生で初めての思いを抱いたであろう。ジョンの名声に群がって来る女性は無数にいたはずだが、ヨーコはそうしたほとんど何の取柄もない女性と映った。たいていの男は身近に出会う女性の中から恋人や配偶者を見つけ、またそのことを運命的と思い込む。そこにはある程度どの女も、また女からすれば男も大差ないとの考えが根底にある。それはかなり正しい。そうでなければ人類は繫栄しない。簡単に言えば限られた若い年齢の歳月において、「適当」に相手を選ばなければ運を一生逃しかねない。ザッパはたぶんそのように考えた。短大を出てロック音楽をやっていると、一晩だけの女性と出会う可能性は大きくても、肝心の人生と言える生活となれば生活の基盤をしっかりと守ってくれる配偶者が欠かせない。そしてゲイルをとある有名なロック・クラブで見つけた。彼女ならグルーピーとは違ってしっかりとしているし、それにかわいかった。それは役割分担で、ザッパは仕事に邁進、ゲイルは家庭に収まって子育てと経済を守る。ジョンとヨーコの関係はそれとはかなり違った。ヨーコはジョンがひれ伏す才能を持った芸術家だ。そのことを悟ったジョンも同じほどの芸術家であったことは言うまでもない。筆者の家内は全くゲイル風で、筆者はヨーコにたとえられるような芸術に生きる女性に出会ったことはない。若い頃にそういう女性が眼前に現われたとして、たぶん相手は筆者を気に留めなかった。それはいいとして、日本がヨーコを生んだことは数百年後にも世界的に記憶されるはずで、それはジョンと出会ってから71,2年までの仕事の評価であろう。繰り返すと、ビートルズとして有名になり、大金持ちになってもジョンは純粋さを失わず、それでヨーコと運命的に出会った。それはジョンがロック・ミュージシャンは世間では取るに足らない存在という謙遜を抱き、もっと別格の芸術があることを知っていて、ヨーコがそうした芸術家のひとりであることを本能的に認める能力があったことでもある。つまりヨーコの芸術を知ることはジョンを知ることでもある。
 25年くらい前か、中古で『ONO BOX』を買った。日本盤だが解説書は英語のブックレットしか入っておらず、今日はこの文章のために6枚のCDのジャケットにあるヨーコによる英文解説をみな読んだ。ロバート・パーマーによるブックレットの英文はあまりの長文で数分の一しか読んでいないが、改めて知ることがあって面白い。『ONO BOX』は1992年の発売だ。ヨーコは過去の自作曲を全部聴き直して選曲し、時にリミックスを施したうえでテーマ別に6枚のCDに曲を並べ変えた。最初の発表時よりも半分の長さに縮められた曲があり、また省かれた曲もあって、ヨーコの曲の全貌を知るには後年同じライコディスクから発売されたボーナスつきの全アルバムを購入せねばならない。筆者は『ONO BOX』で我慢し、そこから漏れている曲はLPやCDを買うつもりだが、『ウェディング・アルバム』と『RISING』の他人によるリミックス盤、そしてシングル盤のほとんどすべてを所有しない状態で、ヨーコの音楽の9割はいつでも聴ける状態にある。ただしジョンとの共作を含むならば、ヨーコの録音を年代順にたどることはザッパ以上にややこしい。その点がとっつきにくさになっているが、初期とその後とで大きく異なるのはポップ・ソングを書くことに慣れて行ったことだ。友人Hに『ONO BOX』を2年ほど貸したことがあり、Hはヨーコの声や楽曲の完成度の高さに驚いていた。英文解説を読まず、歌詞の意味も理解しなかったはずだが、ヨーコを奇声だけの意味不明の才能とは思わなくなったようであった。筆者は『ONO BOX』をほとんど聴かなかった。それは6枚のうち最初の1枚が71,2年頃までの前衛的な曲が集められ、残り5枚はポップス中心であるからだが、最初に述べた「EVERY MAN HAS…」のようにポップスにも名作があり、ビートルズ並みに完成度の高い曲を書く才能があったことを示している。『ONO BOX』の最初の1枚にしても、60年代末期の強烈な前衛曲はみな省かれていて、ライコディスクが『ONO BOX』の売上向上を狙って後年のポップスに比重を置くようにやんわり諭したためか、ヨーコがその空気を読んで忖度したか、あるいはポップスに傾斜して行ったヨーコにすれば60年代末期はあまりに実験的な音楽を、つまりどれも奇声を発する即興演奏をやり過ぎたと思い直したからかもしれない。それで92年の時点での音楽歴を振り返り、歌詞にメッセージ性を込めた曲、そしてそれをポップス調にしたほうが自分の思想の変遷を示すにはよく、世界に訴えるにもよいと判断したのだろう。ヨーコのポップスはヒットパレードに上がるような、より多く売れればそれでよしとする音楽ではない。初期の言葉のない奇声が社会の矛盾を訴える歌詞を伴なう曲へと変化し、それゆえヨーコの行動はわかりやすくなった。
●「NO BED FOR BEATLE JOHN」_b0419387_17051632.jpg
 「EVERY MAN HAS…」以外に昔から大いに気になっている曲がある。今日の投稿の題名の曲で、『ONO BOX』では最初のCDの最初に入っている。つまりヨーコにとっては忘れ難く、初期作では唯一認めたと言ってよい。筆者が気になっているもう1曲は『ONO BOX』に入っていない。70年2月のシングル盤「インスタント・カーマ」のB面「WHO HAS SEEN THE WIND?」で、派手なジョンの曲のA面に隠れて当時も今もほとんど評価されなかったが、筆者は「インスタント・カーマ」はもう飽きて聴きたいとは思わず、不思議なことにB面のヨーコの歌声は記憶の底にこびりついている。72年の12月には現在もクリスマスになれば各地で流される「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」と「ほら、聞いてごらん、雪が降っているよ」がカップリングされたシングル盤が発売されたが、ジョンとヨーコはビートルズ時代のようにシングル盤とアルバムを別々に考え、前者の時代に見合った即効性に賭けていた。そしてジョンの曲が必ずA面を飾り、ヨーコが担当するB面は『ライヴ・イン・トロント』のアルバムのB面と同じようにほとんど聴かれなかったと想像する。だが、ヨーコはそうした初期のシングル盤で後年のポップス調を模索していたと言ってよい。その過渡期にあるのが今日取り上げる曲であり、「WHO HAS SEEN…」だが、ヨーコは過去の何をどう模倣すればどういう効果があるかを熟知したうえで前衛芸術をやっていたのであって、音楽で才能を示す場合、ジョンと出会うジョン・ケージとの出会いの意味は大きい。『ONO BOX』のブックレットにはヨーコが63年に日本の禅寺でケージと話す場面を捉えた写真が掲載される。当時ビートルズはデビューしていたが、まだアメリカでは大人気を得ていなかったし、ヨーコがビートルズの噂を知っていたにしても、そのロックンロールをエルヴィス・プレスリーのイギリス版程度の認識であったろう。もっと言えば3つの和音で構成された単純なダンス曲で、ヨーコにもすぐに模倣出来るものであった。そうした商業用の音楽とは一線を画す前衛をヨーコは目指していたのであって、66年にヨーコがイギリスの画廊で個展を開いた時にジョンと出会った時も、うすうすジョンのことを知っていたにしてもさして驚き、ひるむことはなかったはずだ。そのヨーコの侵しがたい一種の威圧感をジョンは感じ、ロックンロールとは別世界の音楽があることを再認識したろう。それは名前が売れているから威張るというのとは正反対のジョンの純真さがあってのことで、売れていない貧しい芸術家が俗物の有名人に対して遜る必要のないことを意味してもいる。そう考えると、ジョンは芸術を真に理解し、それゆえビートルズの名声があったことがわかる。もっと言えばヨーコの芸術を解さない者はビートルズの曲は死ぬまで本質がわからない。
 いくら前衛芸術家といえども、ロックンロールを知らない者はいない。『ONO BOX』のディスク1にはザッパ/マザーズと共演した直後の秋に録音されたヨーコのアルバム『FLY』から「MIDSUMMER NEW YORK」が収録される。ヨーコの解説によればヨーコが朝に思いついてジョンに語った曲を、スタジオ入りしてリハーサルなしで2テイク録音し、そのうちのヨーコがエルヴィスの歌い方を真似たヴァージョンを採用したとのことだ。この曲はエルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」そのものだが、3コードのロックンロールは歌詞が違えば別曲と言ってよく、ヨーコはプレスリーの歌い方を知っていて、バンドの演奏があればいつでもそれ風に歌うことが出来た。となれば同年6月にザッパ/マザーズと共演した時、ジョンが短調の3コードのロックンロールを歌った時、即座にハモることが出来た。しかしヨーコが目指したのは黒人のロックンロールの模倣ではなく、それをひとつの要素として前衛を目指すことだ。さて、筆者はヨーコが病室のベッド、その下の床にジョンがいるジャケットのアルバム『未完成音楽2番/ライオンとの生活』を69年春の発売当時から気になりながら、長年聴く機会がなかった。20年ほど前にボーナス・トラックつきの海賊盤のCDを買ったが、オリジナルのLPより曲目が多く、また簡便なCDがいいと思ったからだ。最初の曲はLPではA面全部を占め、2曲目がB面最初で『ONO BOX』ではディスク1の最初に収められたことは先に書いた。これを書く段になって初めて気づいたが、海賊盤CDのヴァージョンは『ONO BOX』のそれよりも倍の長さがある。そのため、オリジナルの録音を聴くのであれば『ONO BOX』では具合が悪い。それはともかく、海賊盤CDで本曲を聴いた時、その音階に驚いた。誰が聴いても一瞬でそれがキリスト教では馴染みの教会音楽の旋律であることがわかる。ヨーコはそれを使いながら、4分半ほどの間、背後のジョンの歌を伴ないながら、ジョンとヨーコの物語を語り歌う。その歌詞はビートルズの「ジョンとヨーコのバラード」の続編でありながら、曲調は全く違って楽器の演奏はない。旋律を拾うとAのドリア旋法だ。ところが『ONO BOX』ヴァージョンは半音下がっている。筆者が入手したのは正規のLPからデジタル化した海賊盤で、使用されたプレイヤーの回転が半音速かったのかもしれない。それはオリジナルのLPを聴かねばわからず、海賊盤を買ったことで新たな悩みを生じさせることになった。それはともかく、ヨーコが最新の心境を歌詞とし、それをささやくような声で歌う時、完全なドリア旋法の音階を使った理由は何か。子どもを流産し、入院するという不幸に見合う音階が自然と思い浮かんだとしか考えられない。
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 育ちのよいヨーコはひょっとすればカトリック系の学校で学び、教会音楽を幼少時に聴いていた可能性がある。本曲にはそれを創作に使うという着想の必然さと音感のよさがあってのことで、禅などの日本文化に詳しいヨーコが西洋の教会音楽を形作る音階の知識まで持ち合わせていることにジョンは驚いたであろう。ビートルズの曲は教会旋法を使ったものがままあって、それは西洋で育った者にとってはあえて学ぶというより、幼少時からさまざまな形で身に沁み込んだものだ。学ぼうとする以前に記憶したことでしか個性は確立され得ないと言ってよい。どういう生まれ育ちをし、その環境の中で本人が何を吸収してそれを糧としてやがて創造の道に入るか。ザッパもそのことを重視した。日本の幼児がクラシック音楽の道に進むとして、その子が受ける音楽教育に日本的なるものがどう反映されるか。そうでなければ国籍不明でつまらない。国籍という言葉が具合悪ければ、出自でもよい。ある個人がどこかに生まれ落ちて何かを学び、そして創作の道に進むとして、不可避的に出自は影響を与え続ける。その影響を悪い意味で捉えず、積極的にそれでしかない何かに気づく、見出すことは必要だ。無意識で創造しても必然的に出自に関係する何かは作品に込められるという意見もあるが、意識するにせよ、無意識にせよ、個性を重視するのであれば出自からは逃れられず、またそれを武器にするほうが得策だ。演奏技術を磨いてロボットじみた味気ない演奏を聴かせるようになれば、それも当人の育てられ方、出自のせいで、要はいかに人の心を打つかで、それは出自に対する嫌悪ではなく、運命として受け入れるところからしか生まれない。カトリックで育ったザッパのギター・ソロがしばしば教会旋法を使うことは当然で、それはザッパが意識せずとも自然に出て来たものだろう。ヨーコの本曲はザッパの同じくドリア旋法を使ったギター・ソロとそっくり、あるいは同じと言ってよいもので、本曲が音階の繰り返しに過ぎないのであれば、ザッパのソロもそれなりの起承転結はあっても、いつまでも演奏し続けられるという、言い換えれば単調さの持続という懸念を内蔵する。ブルースの3コードであれば16小節を何度も繰り返すという決まりがあって、聴き手はそのことを前提に音楽の先を予定しながら楽しむが、終始教会旋法を使ったソロとなれば、いわばワン・コード内でのメロディの紡ぎで、たとえば10分ほどのソロであれば途中の半分を省いても全体の印象はあまり変わらない。ザッパはそのことを知っていたので、しばしばソロの一部をカットしてアルバムに収録した。またそのことを思えば、ヨーコが本曲を『ONO BOX』では前半部のみ収録したことが理解出来る。歌詞は違っても同じメロディがもう半分続くのは音楽としては退屈であるからだ。
 出自を言えばヨーコの本曲は背後でジョンが歌声を被せるように、日本人らしいとは言えない。幼少時に教会音楽に馴染んだとしてもそれは日本全体から見れば特殊なことであって、日本の国籍を意識した曲ではない。20代で渡米したのでヨーコはほとんどアメリカ人だが、20歳までの経験はその後の人生を決定する。今日は便宜上本曲の題名を掲げたが、先に書いたようにもっとヨーコらしい曲がある。「WHO HAS SEEN THE WIND?」(誰が風を見た?)の題名は童話か童謡の一節のようだが、この曲はそのような趣が濃い。日本の童謡は作曲された時代によってはスコットランドの民謡の移入やその影響から日本独自とは言い難いものがあるが、おおまかに言えば「ヨナ抜き」の音階に特徴がある。これは長短どちらの調性でも言い得ることで、たとえばハ長調であればドレミファソラシの4番目と7番目の音を欠く。前述のドリア旋法の本曲もAを主音のレとするレミファソラシドの音階の音すべてを万遍なく使ってメロディを組み立てているのではなく、6番目の音はわずかしか歌われず、またそれだけに却って全体を印象深くしている。ヨーコがささやくように歌う「WHO HAS SEEN…」の調性はCマイナーで、第4音のレが欠けている。完全なヨナ抜きではないが、ハ短調としては意識的にひとつの音を省いているので日本の童謡的でありながらさびしい雰囲気の歌となっている。これはヨーコの出自に根差した曲調に思える。同じようにハ短調でありながら第4音を欠いた曲があるのかどうかだが、ヨーコは意識してその独特の音階を机上で見出したのではないだろう。自然と口に出て来たのが実情で、そこに日本人として、また彼女のみの幼児体験が裏打ちされているように筆者は感じる。これは思いをさらけ出す意味においての奇声による悲鳴を中心とした即興演奏と対になる形で心の底に沈殿している日本での生まれ育ちから滲み出て来たもので、その意味では本曲はこの曲はジョンがビートルズ時代と独立してから書いた曲と肩を並べている。ヨーコは詩人で、その自作詩を音楽に載せることはあまり考えなかったであろうが、その素質、才能は持ち合わせていた。それに火を点けたのが、ジョンの曲やそのひとつの祖先となったロックンロールであった。ヨーコの詩は単純な英語で書かれている。その単純さは好意的に見れば俳句や短歌の影響だ。そしてもっと奥に禅がある。ケージに出会いながらヨーコはピアニストへの道は進まず、ジョンと出会って自作詩にメロディをつけて自分で歌うことになった。シンガー・ソングライターは彼女の後、無数に登場して来ているが、虚飾なしに単純明快に戦争反対、女性万歳を歌うヨーコほどの才能はない。生まれ育ちのよさを考えさせるが、幼児は誰でも純粋で、わずかな出会い、導きで長い人生の航路を見定め、目標に向かって進んで行く。
●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

by uuuzen | 2023-10-31 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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