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●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』
にて 見張り居眠り 揚羽舞い 敵も眠かろ しばし休戦」、「ひらひらと 蝶の飛来に 和むれば 敵の狼煙に 気づき罵り」、「お京はん 半休取って 停車場に 尼が先かと 半信半グー」、「完熟の りんご傷つき 加工用 かっこ悪いしも 手加え化けり」
●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』_b0419387_18163977.jpg
今月11日に寝屋川で見たコンサートについて去年と同じ題名で投稿するが、9月10日にムジークシューレ大阪でプログラムに挟んであった告知チラシの題名が去年と同じになっているのでそれに倣う。そう言えば今回のステージ背後の横長の垂れ幕も去年と同じものを使用している。「第〇回」という表記があれば歴史がわかっていいと思うが、今回のプログラム裏面に来年のこのコンサートは10月27日に同じ場所で開催されるとの告知があり、連絡先として記される長野邦子さんに筆者のこの投稿内容が伝われば、来年のチラシに「第〇回」と記されるかもしれない。ところで先月1日、金森さんに9月10日のムジークシューレ大阪での吉田親家アコーディオン門下生による演奏会に行ったことをメールで告げると、10日に返事があった。そこに先日投稿した梅田のアサヒスーパードライでのユニットコンサートの開催予告チラシの画像が添付され、そこには「第8回」とあった。当日会場でもらったチラシでは赤い数字は7になっていた。金森さんの添付画像は右上隅に「校」とそして「正」らしき文字があって、金森さんは校正刷りの画像をネットで見つけたか、丸尾さんから送ってもらったのだろう。それはともかく、関係者が7回目を8回目と間違えるほどにアコーディオン奏者は恒例のコンサート回数に無関心と見える。で、9月10日の大阪本町でのコンサートに金森さんの姿はなかったが、スーパードライに続く、つまりおよそ2週間後の今回の京阪アコーディオンクラブのコンサートに、去年と同じく筆者より先に訪れ、そして筆者より前の席に姿が見えた。今回筆者は充分間に合う時刻で出かけたのに、慣れない京阪電車で、各駅停車に乗った。特急その他が何台も追い越して行くことにようやく気づいて樟葉で乗り換えた。寝屋川市民会館に着くと開演の1時半から10分ほど経っていた。去年と同じ小ホールであるのに、その場所がわからず、慌てて学校の職員室のような部屋に駆け込むと、「すぐ後ろです」と言われた。「小ホール」の文字が消えかかっていて全く目立たないのだ。黒く塗ることは簡単であるから、来年は配慮してほしい。なぜこんなことを書くかと言えば、筆者がそのドアが開けっ放しにされている職員部屋を出るや否や、チラシを手にした60歳くらいの派手な身なりの女性が「この場所はどこやのん! わからへんがなっ!」と大声で怒鳴り込みながら部屋に入った。彼女は筆者以上に小ホールを探し続けたのだろう。せっかく壁面に大きな文字で「小ホール」と書くのであれば、消えかかっていては駄目だ。だが、この投稿を寝屋川市の職員は読まないだろう。
●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』_b0419387_18240368.jpg 先月29日のユニットコンサートでは丸尾さんは風邪を引いてマスク姿であった。今回具合を訊くといちおう治ったとのことで、マスクを外していた。今日は最初に当日の演奏順を無視してユニットコンサートに出演したYMO(吉田親家、丸尾知子、小野寺彩香)トリオのマスクなしの写真を掲げるが、去年と違って筆者は最前列に座れず、カメラが違って操作がよくわからず、ユニットコンサートの時と同様、全部ピンボケになった。それでも3人の表情は人格を表わしていると思う。面白いのは左端の小野寺さんの真面目一徹の表情だ。彼女は今回もバッハの管弦楽組曲第2番から演奏したが、9月10日では最初に弾いたロンドを省き、ポロネーズとバディソヌのみで、また前回と同じようにわずかに演奏にためらいがあった。真剣に挑んでも難曲ということなのだろう。筆者は彼女の微笑みを見たい気がして、今回は話す機会がないかとかすかに期待した。コンサート終了後、金森さんの手配によって会場後方に陣取って丸尾さんを囲んでしばし談笑が出来たが、椅子の後片付けを手伝わないことが終始気になった。そして積み上げられた椅子がホール内の収納庫に移される中、小野寺さんがこちらに小走りでやって来て筆者の右脇を通り過ぎた。一瞬彼女と目が合った気がしたが、筆者は邪魔と思われたかもしれない。ともかく演奏中の彼女の表情とはわずかに違って、女性らしさが垣間見えた。演奏が終わって安堵していたからだろう。こう書けば筆者は何を期待して演奏を聴きに行っているのかと訝られるが、女性に限らず、人前で姿を見せながら何かを表現する場合はそれなりの色気はほしい。媚とは違って自然と滲み出る笑みだ。それがあったほうが客は楽しめる。また記憶に留まりやすい。丸尾さんはステージ上で笑顔を見せる場合がある。その瞬間を捉えたのが今日の最初の写真の右端だ。これは実によく丸尾さんの本質が出ている気がする。あまりのピンボケに彼女は笑うだろうが、彼女らしい温かみ、一種の大胆さがこの1枚の写真から伝わるはずだ。しかし無表情を通す小野寺さんであるから、YMOのふたりの女性は相性がいいのかもしれない。これがふたりとも女性らしい色気を発散すると、吉田さんは指運びを間違うことがあるかもしれない。というのは全くたちの悪い冗談だが、ユニットコンサートでのYMOのステージ写真はまるで色気がなかった分、今回は写真から3人の表情が、そしてそこから性格が伝わるのではないかと思っている。マスク姿を言えば、去年と違って今年は進行役の米谷麻美さんがそうなった。今日の4枚目の上の写真の左からふたり目が彼女だ。彼女と9月10日に少しだけ話したことは以前に書いたが、筆者はいささか変質気味と思われたであろう感触が伝わった。実際そうだが。したがって黙って訪れ、無言で立ち去るのが本当はよい。それが男の色気というものだと言いたいところだが。
●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』_b0419387_18242153.jpg 今回は「旅にまつわる名曲を中心に」とチラシで謳われ、短い休憩を挟んでの三部構成であった。話を戻すと、小ホールの後方扉を開けて中に入ると演奏は始まっていて明かりは落とされていた。右手の受付で署名し、プログラムを受け取った後、丸尾さんから声をかけられた。彼女はホール後方中央にいて、コンサートの録画を確認していたのだろう。空席を勧められて後方左手に座ると2,3列前に金森さんの姿があった。先に書いた怒鳴った女性はやや遅れて入って来て筆者の斜め前に着席し、休憩のたびに、また演奏途中で席を移動し、やがてコンサートが終わる前に姿を消した。席を変える別の女性にも気づいたが、コンサートが終わりに近づくとかなりの人が会場から消えた。それで去年よりはさびしい客数であったが、入場無料ではそういうものかもしれない。あるいは選曲による。ヒットした歌謡曲であれば一緒に口ずさみする楽しみがあるが、そういう曲ばかりではカラオケと変わらない。それで旅をテーマにしながら、誰がどういう曲を演奏するかで悩みがあるだろう。ただし小野寺さんのバッハ曲のように旅とは無関係と言ってよい曲を含むところに、演奏者の好みの曲を優先したい思いが伝わり、よく言えばバラエティに富む内容だが、何をどういう順で聴いたのか記憶に残りにくいとも言える。それが客が次第に姿を消した理由に思える。しかしこのコンサートはプログラムに記されるように会員を募るためのものでもあって、披露曲が幅広い必要はある。興味と知識の幅の大きな開きがある客層を思えば今回のような選曲は妥当だが、こうしたコンサートを通じてアコーディオンを奏でたいと思う人がどれほどいるかとなると、絵筆を持って水彩画を描くという手軽さからは遠く、楽器の重量を思えばなおハードルは高い。そこでピアニカやハーモニカという選択肢はあるし、今年も披露されたオカリナなら、持ち運びは楽で価格も安い。今年も4人のオカリナを吹く女性がステージに上がり、「オー・シャンゼリゼ」「ゴッドファーザー 愛のテーマ」「コンドルは飛んで行く」の3曲を演奏した。メンバーの入れ替わりがあったのかどうか知らないが、去年より技術は上達していて面白かった。3枚目の最下段の写真がその演奏中のものだ。土笛の音色でのハーモニーはアコーディオンとはまた違って本物の鳥のさえずりに近く、演奏を聴きながら筆者はメシアンならどう感じたかと思った。カラオケで歌う自己満足から一歩進んで、こうした楽器で他者を楽しませることの広がりを期待したいものだ。プログラムには4人の女性に長野邦子さんの名前がある。彼女は3枚目の写真の最上部にあるようにまず吉田さんと一緒にアコーディオンを演奏し、オカリナの演奏では左端に位置した。彼女が京阪アコーディオンクラブの連絡先になっていることは、アコーディオン歴60年、今年80歳と紹介されたことから当然だ。
●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』_b0419387_18244211.jpg 話は前後する。筆者が会場に入った時、ボロディンの「中央アジアの平原にて」が始まっていた。当日最初の曲で、4人のアコーディオン奏者による合奏だ。編曲は去年も出演した男性の小野田幸嗣さんで、彼はひょっとすれば京阪アコーディオンクラブでは唯一の男性会員かもしれない。「中央アジア…」は小野田さんの編曲で、こういうクラッシク曲を演奏するのはやはり吉田さんの影響か。プログラムには吉田さんについて、京阪アコーディオンクラブ講師とあって、全関西アコーディオン協会理事長とも書かれる。それであちこちのアコーディオンのコンサートに引っ張りだこなのだろう。「中央アジア…」はプログラムでは「オープニング 旅の途中で」と記され、なるほど馬か驢馬に乗っての旅を思わせる曲だ。次に「ソロ・アンサンブル」とあって3曲が演奏された。最初の「DOMINO 」はムジークシューレ大阪でも演奏されたが、どちらもかなり高齢の女性だ。ただし今回は吉田さんの編曲で、長野邦子さんが中心となって吉田さんは伴奏に終始したと思う。2曲目は「枯葉」で、3枚目の中央の写真の加宮はつねさんがひとりで演奏した。3曲目に小野田さんがやはりソロで「思い出」を弾いた。これは元はドルドラという作曲家のヴァイオリンとピアノのための曲で、午後に紅茶を飲みながら聴くのがふさわしいような優美さがあって、「旅の途中」と言われればそのように想像する。この後にオカリナの演奏があって休憩となったので、金森さんの近くに移動した。第2部は「旅のいざない」と称し、最初に小野寺さんのバッハ、次は「澄みわたる景色」と題してYMOによる「芭蕉布」「明日に架ける橋」「村の娘」の3曲で、後2者はユニットコンサートでも演奏されたので、YMOとしてのレパートリーはよく知られる新旧のポップスが中心ということになるか。舞台の演奏者は目まぐるしく変わり、筆者の写真撮影も忙しかった。次に登場したのは「週末の酒場」と題し、丸尾さん、ベースの矢田伊織さん、打楽器の小野田さん、そして米谷さんの4人によるブラジルのフォホーの2曲で、米谷さんは観客に向かって週末の酒場にいるように踊ってほしいなどと言ったが、その勇気のある者はいない。そう言えば去年と同様、米谷さんとともに司会を務めた林敏夫さんもピエロになり切れないおとなしさが目立った。この4人の演奏の写真は不採用とし、次に5枚目の上の写真だ。左から順に矢田さん、米谷さん、そして御大の杉村壽治さん、そして丸尾さんで、「煌めく情熱のダンス」と題し、最初に杉村さんがタンゴで歌謡曲としてもよく知られる「小雨降る径」をソロ演奏し、次に米谷さんが矢田さんと丸尾さんを招き、揃った4人が「杉村壽治とメッチャムーチョス」と名乗ってタンゴの代表的名曲「エル・チョクロ」と「カミニート」を披露した。その時の様子が4枚目の上の写真だ。
 タンゴの名曲をたまに聴くとしばらくは小中学生であった頃を思い出し、当時の大人がとても大人びていたように思う。また杉村さんはタンゴ好きで、その点がひょっとすれば吉田さんと異なるのかもしれない。さてまた休憩を挟んでゲストのパパガイオスの登場となった。丸尾さんと矢田さんのデュオで、矢田さんは海外から取り寄せたというアコースティックのベースを奏でた。その様子を撮ったのが4枚目の下で、丸尾さんは曲に合わせて衣装を替えるサービスぶりだ。9月10日と同じく「イル・ポスティーノ」を演奏したが、今回は倍ほどの長さであった気がする。次に懐メロ歌謡曲のメドレーで、「丘を越えて行こう」「花の東京」「星の流れに」「高原列車は行く」「月がとっても青いから」が演奏され、これらは杉村さんが長年担当したラジオののど自慢大会の伴奏を意識したものであろう。耳慣れたメロディにたちまち一緒に歌い出す客が目立った。TVの通販で6,70年代の日本のポップスのCDがレコード会社のレーベルを越えてよく発売されているが、戦前から昭和20年代までの歌謡曲が丸尾さんのような世代によって、しかも懐かしい感じがするアコーディオンによって演奏されることはレトロブームのひとつであろうか。今回会場で一緒に口ずさんだ人たちは70代後半から上の世代のはずだが、そういう人たちが亡くなった後、懐かしいメロディには違いないとして、歌詞を新たに覚えて歌おうとする若者がどれほどいるだろう。そう考えると杉村さん世代まではよかったが、丸尾さんがこうした曲をこれからも長年演奏し続けるとして、それを歓迎する客を見込めるかどうか。丸尾さんはそんな先のことを考えずに、今回の客層、そして杉村さんが演奏することを前提にしたサービスの気持ちが大きいのかもしれない。また純粋にこうした過去の流行歌が楽しく、演奏を通じて分析し、得られるものがあると考えるからだろう。それにこうした懐メロを作曲した人や歌った人たちはみな高学歴で、真にいいものを創ろうという覚悟があった。それは高尚な芸術ではないとの自覚がありながら、結果的に莫大な数の人を楽しませ、時代の明るい側面の空気を形成したから、その意味では芸術と称していいものとなった。ただし時代は変わるし、人の好みや価値観も変わり、明るさやそのネガとしての悲しさのわかりやすい表現一辺倒では物足りなくなり、さらにはそういうものを恥ずかしいとさえ思う人が増える。そのことを承知でなお昭和前期から20年代までの歌謡曲には掘り起こすべき何かがあるのかもしれない。筆者と同じ年齢の近所のOさんは三橋美智也の曲が年齢を重ねるほどに懐かしいと言う。筆者はその気持ちは大いにわかりながら、遠くでそう思っているだけで充分という気がし、常に未知の音楽を求めて来ている。それはあてのない旅と言ってよく、役割を自認せず、期待もされないから気楽なものだ。
●『京阪アコーディオンクラブ・コンサート』_b0419387_14261752.jpg 去年も今回も丸尾さんの出演がなければ多彩さは保てるとしても華やかさに欠けたであろう。しかし彼女は関東在住となり、今後どこまで関西のアコーディオン・コンサートの出演に応じられるか。そう考えると彼女は関西まで旅をして出演し、今回のテーマが「旅」というのは何となく彼女に符合している。さて第3部は「旅」と題する4曲だ。前半の「草原のマルコ」とアメリカの「センチメンタル・ジャーニー」は加宮、米谷、小野田の京阪アコーディングクラブのメンバー、後半2曲は今日の5枚目の写真のように他のメンバーが加わった。この5枚目の上中下の写真は本来横並びのメンバーで、左から順に矢田、小野田、加宮、小野寺、米谷、丸尾、そして服装からしてオカリナのメンバー、右端は長野さんだろう。小野寺さんが微笑んでいるのがよい。そしてオカリナの4人ともかどうか知らないが、アコーディオンも演奏することがわかる。アコーディオンが7台では音の厚みがひとしおだが、大先生ふたりを除いたこのオールスターで、松本伊代のデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」と、これは偶然か、先月亡くなったばかりの谷村新司の曲「いい日旅立ち」が演奏された。そして拍手に応えたアンコールとして、現在のNHKのTVドラマに因み、また丸尾さんと矢田さんのコンビであるパパガイオスが演奏した懐メロ・メドレーにも関係して、プログラムにはない「東京ブギウギ」が合奏された。「草原のマルコ」はひょっとすれば最近再放送をNHKで見たマルコ・ポーロを主人公にした確か80年代のアニメのテーマ曲かと思ったが、確かめていない。なおそのアニメは再放送を全編を見ていないが、教育的観点からもよく出来た作品であった。コンサート終了後、金森さんが丸尾さんに少し時間があるかと声をかけ、去年とは違って丸尾さんは立ち話に応じた。筆者は話すことが思いつかなかったが、金森さんは今夜大阪に泊って明日の難波のとあるライヴに行かないかと誘った。というのはかつて丸尾さんが在籍したバンドが出演し、金森さんは彼女が飛び入りで出演出来ないかと考えたのだ。丸尾さんは泊まってもいいが、すでにそのバンドは自分たちで活動しているのでそれを邪魔したくないといった風のことを言った。それはそうだろう。今の丸尾さんは単独ないし矢田さんとライヴハウスでオリジナル曲を演奏する一方、今回のようにいわば何でも来いのレパートリーの豊富さだ。筆者は丸尾さんが在籍したバンドを知らず、口を挟まなかったが、丸尾さんのシャツが赤地青の小さな連続模様であることに目を奪われ、「目がちかちかしますね」とよけいなことを口走った。「煌めく情熱のダンス」にふさわしいシャツを彼女は選んだのだ。「目がちかちかと煌めきます。お洒落ですね」と言えばよかった。また彼女は少し痩せて見え、そのことも言った。それは嫌われるもとだ。次回は黙って訪れ、黙って帰るか。
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