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●『第7回ユニットコンサート』、アサヒスーパードライ梅田にて
●『第7回ユニットコンサート』、アサヒスーパードライ梅田にて_b0419387_02124685.jpgから 白蛇出でて 吉祥や アコーディオンの 蛇腹広げて」、「陽が注ぎ 地では鳴らせよ 各楽器 ともに歌えば 丸き人の輪」、「ビヤ樽を みなで飲み干せ 酔い騒げ 楽師も出番 終わり加わり」、「一瞬の 気がかりたどり 縁結ぶ 酒を飲んでも 気の冴え保て」10月10日の金森さんからのメールに今日紹介するコンサートのチラシ画像が貼付されていた。大阪西天満の「あいおいニッセイ同和損保フェニックスタワー」の地下1階にあるビアホール「アサヒスーパードライ梅田」が会場で、ワンドリンクとおつまみがついて2000円だ。このコンサートだけのために出かけるのはもったいないので、気になっていた展覧会を難波でまず見ることにした。ところが筆者は必ずと言ってよいほど道に迷う。それに初めて歩く道で見かけた蘇鉄の写真を撮ろうとすると、電池切れであることがわかった。その単3電池を買うためによく知る大型スーパーに向かってから、展覧会場まで歩いたが、時計を持たないので時間がわからない。会場に入ってすぐに係員の女性に訊くと、1時半とのこと、展覧会場を10分ほどで後にして大急ぎで演奏会場に向かった。フェニックスタワーは初めて訪れるが、遠目に目立つ。出入口を入って女性の受付に訊くと右手を指し示され、長い螺旋階段を降り切るとビアホールがあってコンサートは始まっていた。出入口脇のテーブルに女性が2,3人いて、2000円を差し出すときょとんとされた。スマホ予約の客が大半のようで、テーブル上にあった10数枚のチケットも多くはそうだろう。「もう二番目のグループが演奏中ですけど」と言われ、ともかく大きな扉から入るとたぶん百数十人の客で、空席が見当たらない。しばし茫然として受付に戻り、事情を説明すると、「座席分のチケットを販売しましたから必ず空いた席はあります。着いて来てください」と言われ、扉近くの大きなテーブルの端に導かれた。隣りに70代の男性が6,7人陣取り、筆者は場違いなよそ者気分だ。その空席は仲間が来る予定か、空けておきたかったのだろう。筆者の気分が落ち着き始めた頃、3番目のグループが演奏した。アルマトリオと言い、男女のアコーディン、そして女性のフルートだ。ただし筆者はドリンクとおつまみを受け取るために会場の中央を横切って向こうの突き当りまで行かねばならなかったので、落ち着いて聴かず、写真も撮らなかった。ビールは500円で、それを飲まずにカルピスにした。おつまみは想像以上に豪華であった。席に戻って一息し、当日の目当てで、次に登場するYMOの演奏に気持ちを整えた。Mは丸尾知子さん、Yはアコーディオン界の大御所で現在92歳の吉田親家さん、Oは小野寺彩香さんだ。筆者は吉田さんと小野寺さんの演奏を去年11月に寝屋川市民ホールで初めて接し、今年9月10日の大阪での演奏会も見た。今日の最初の写真の下側がYMOで、3人もマスクをして顔はよくわからない。
 とはいえ、そもそも筆者のカメラの性能が悪く、今回の写真はみなぶれた。それでも雰囲気は伝わるだろう。話を戻すと、この86年の歴史があるというビアホールは初めて知った。扉の脇の壁に昭和時代の白黒写真が10点ほど飾られていた。間近で見ていないが、アコーディオン奏者も写っていたようだ。途方もない高さのこのビルはまだ新しく、ビアホールがビルの建て替え時に造り変えたのかどうかだが、地下はそのままで地上部分のみ建て替えた可能性もある。筆者が大阪で勤務していた半世紀ほど前は、ビアホールはいつも曽根崎通りにあるミュンヘンを利用した。よく覚えているのは、眼鏡の長身男性が突如立ち上がって「オー・ソレ・ミオ」を歌ったことだ。なかなか達者で、喝采を送る人や黙って聴き入る客もいた。ビアホールではそのように酔った勢いで歌うことが許されるのだなと思ったが、今はどうだろう。当時はカラオケがなく、喉自慢を披露したい人は歌声喫茶に行くか、ビアホールで勝手に歌うしかなかった。ミュンヘンは今も同じ場所にあると思うが、舞台はないはずだ。アサヒスーパードライのビールは86年前にはなかったので、今回会場となって店は別の名称であったはずで、またアサヒビールの経営でもなかったかもしれない。10月末日で閉店とのことで、今回のコンサートはそのお別れ記念となった。当日の司会の年配女性はかなり手慣れていて、来年のこのユニットコンサートは場所を変えて行なうとのことだ。ビアホールが閉店になるのは若者の酒離れが影響しているだろう。あるいは酒好きの割合は変わらないとして、ビアホールは選ばれにくくなったと思う。それはこの店ではミュンヘンの有名な鶏の唐揚げなどの料理が乏しいからではないか。どうでもいい話だが、筆者は酒は何でも飲むが、医者からはプリン体の多いビールは飲むなと言われている。それにおいしいのは最初の一口で、後はトイレが気になる。それにしてもこのビアホールの閉店後にどういう店が入るのだろう。今日の最初の写真からわかるように天井には風格のある円形の照明、そしてステージの背後はビヤジョッキを持つ人物の大きな浮彫があって、この店の贔屓客はそれらの撤去を惜しむだろう。さて、ビール好きが大勢集まる場所での演奏となれば、音楽に聴き耳を立てる人の割合はあまり望めないだろう。では有線かレコードのBGMで済むかと言えばそれでは趣がない。それでやはり生演奏が求められるが、なるべく客がよく知る曲がよい。あるいは聴き耳を立てるほどの名演だ。そのふたつの条件にかなうミュージシャンを今回主催の関西アコーディオン協会が選んだのだろう。全ユニットが同協会に所属しているかどうかは知らないが、筆者は今回載せる写真が示すように、8つのグループのうち5つをじっくり聴き、また後述するように最後にゲスト出演したハーモニカを吹く80歳の男性の演奏は特に印象深かった。
 今回の出演者はアコーディオン弾きを必ず含むが、フルートやギター、三線、ピアノ、コンサーティーナなど、別の楽器奏者も加わり、歌もあった。YMOの演奏の前に前述の司会が丸尾さんと小野寺さんについて少し説明した。丸尾さんの簡単な経歴はツイッターに書かれていて、そこに「JAAアコーディオンコンクール一般上級1位」とある。JAAは日本アコーディオン協会の意味と思うが、司会者によればこのコンクールは3年に一度開催され、2017年に丸尾さんが1位で小野寺さんが2位であったとのことだ。また彼女らは吉田さんの門下生で、90歳の吉田さんにその若い実力者2名が加わっての演奏は、このまま年月が過ぎるとその2名が関西のアコーディオン界を背負って行くことになるであろうし、アコーディオンという楽器の普遍性を感じさせる。ただし丸尾さんは長年の京都住まいから川崎に転居したので、関東におけるアコーディオンの組織で今後は活躍するかもしれない。吉田さんは当日3番目に出演したもうひとりの関西アコーディオン界を代表する杉村壽治さんと同じほどレパートリーは豊富であるはずだが、両者の得意とするジャンルの差は知らない。歌謡曲や洋楽のポップスだけでなく、当然ポルカやシャンソンも得意とし、また今回はビアホールでの演奏ということを念頭に選曲された気がする。それは客の飲食と談笑を促進させる役割を自認したもので、BGM的ということだ。それはおそらく吉田さんの考えが中心になったものではないか。丸尾さんは場所に応じて選曲し、ライヴハウスではシンガーソングライターとして自作曲を歌う。小野寺さんはバッハの曲が好みなのか、クラシック音楽をアコーディオンで編曲することを得意とするように思う。だが今回は彼女たちはそうした演奏を封印し、環境に合わせた曲を演奏した。そのことが筆者には物足りなかったが、彼女たちの真の実力ないし、演奏したい曲を聴くのであれば別の会場に足を運ぶ必要がある。言い変えれば彼女たちはそれほどレパートリーの幅が広い。今回演奏されたのは「一晩中踊り明かそう」「明日に架ける橋」「村の娘」「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、そして何とかセレナーデという曲で、「明日に架ける橋」は名曲ながらやや違和感があるが、70年代ポップスからの選曲は客層の年齢を考えてのことか。5曲は司会の話を含めても20分ほどで、これは今回演奏したどのユニットにも課せられた時間の制限だろう。交代の際の準備を含めて1組20分として計9つのユニットとなると3時間で、そのくらいであったと思う。さて、YMOの演奏はビアホールを考慮しての優等生的と言えばいいだろう。そのことはコンクールでの上位入賞者という実力を背景にして、いわばそつがない。それを面白いと捉えるかとなれば、見世物的な演出には欠け、前述したようにBGM的に聞き流す人は少なくないだろう。
●『第7回ユニットコンサート』、アサヒスーパードライ梅田にて_b0419387_02130334.jpg ただし、飲食する客の話し声の騒音が混じりつつ、1曲終わるごとの拍手は大きく、YMOの演奏目当てに来ている人は多かったと思う。コンクールに出演して自分の技量を他人に評価してもらおうとするミュージシャンどのくらいの割合でいるのか知らないが、コンクールに上位入賞してもその後ぱっとしない人もあれば、ぐんぐん実力を増す場合もあって、コンクールの良否はいちがいに言えない。筆者は賞金目当てもあって友禅のコンクールに積極的に応募し、最高賞を何度かもらったことがあるが、その意味では先輩作家などの他人の目にかなう作品を目指して来た。友禅は特に技術が拙ければ話にならないので、ひたすら技術の革新と練磨を日夜考えて来たが、楽器の演奏でも技術がものを言うのではないか。難曲を易々と演奏出来ることはたやすい曲では即座に対応出来ると思うのだが、他者を感動させることとなれば話はやや変わって来る。その感動は音楽だけ聴く場合と、演奏者の姿や語りも交えて間近で聴く場合とではまた別で、後者の場合は見世物的な面白さがものを言う。YMOは3人とも真面目と言ってよく、演奏中の見栄えで客を楽しませる工夫は乏しい。それはそれでいいのだが、他に見栄えの美しさを強く意識したミュージシャンがいる場合、客はそっちの演奏を視覚性とともに記憶する。そういう例としてYMO以降に出演したユニットはどれもそれなりに存在感があって面白かった。丸尾さんの演奏を聴いた後では筆者は当初の目的を果たしたので、後は気軽に、さして注目せずに適当に聴く気になった。YMOの次、5番目に登場したのは461(しろい)モンブランだ。小柄な女性は山下カナさんでコンサーティーナを、向かって右手の長身の男性の森裕介さんはクロマティック・アコーディオンを持ち、ふたりともキモノ姿だ。最初の曲は題名を聴き忘れたが、短調で、アニメに使われたものかもしれない。冒頭の一種異様に熱の籠ったふたりの絡みからして筆者は圧倒された。2曲目は懐メロの「りんごの唄」で、筆者は前奏が終わってすぐ、コンサーティーナが短調の主旋律を奏で始めた時、一緒に歌い出す客がかなりいたためもあってさらに感じ入り、一瞬涙が目に浮かびそうになった。3曲目を演奏し始める前、コンサーティーナの女性が11月5日に豊中のとある場所での演奏会を告知するチラシを受付に置いているので、それをもらって帰ってほしいと言った。無料であるし、また裏は白なのでメモにでも使えるといった言葉で会場は湧いたが、その言葉はいかにも大阪人らしく、もっと言えば人慣れしたおばちゃんと風だが、体を時にくねらせながら演奏する彼女はあまり見かけないタイプの個性が露わであった。そして彼女のその語りを聞きながらすぐにでも出入口を出て右手にあるチケットが並べられていた机に駆けつけ、チラシを1枚確保したくなった。なくなっては困ると思ったからだ。
 幸いそのチラシは帰り際にまだあって、1枚もらうと同時に豊中に聴きに行くことを楽しみにした。461モンブランは語りの後でアイルランド辺りの踊りの曲を演奏し、これにも驚いた。筆者はジェスロ・タルを想起させるスコットランドやアイルランドの民謡が好きだからだ。最後は葉加瀬太郎のよく知られる「情熱大陸」であった。これも手慣れた演奏で、あっと言う間に疾駆して終わった。ふたりは客が喜ぶと同時に自分たちが演奏して楽しい曲をレパートリーにしているとを思わせた。YMOと違うのは若い男女のコンビらしい、時流にかなった選曲で、どういう曲をどのように演奏すれば客に喜ばれるかを熟知している計算性ないしサービス精神がある。さて、ふたりが演奏を始めた頃に筆者の右手前に関取のように太った若い男性が姿を現わした。上は白シャツ、黒のサスペンダーに黒いズボンで、しきりに汗を拭いていた。筆者「ああ、あの胴回りではベルトでは間に合わないだろうな」と思い、また彼のことをビアホールのスタッフと想像した。ところが今日の2枚目の上の写真が示す461モンブランの演奏が終わった後、彼は背後でギターを奏でる別の男性をしたがえてステージに上り、アコーディンを胸に歌い始めた。その様子が2枚目の下の写真だ。演奏の直前、彼は黒のシルクハットを被り、司会者は「よくお似合いです」と言った。ふたりはチームぞうさんセンセという名前のユニットで、アコーディオンはたけしぃー、ギターはハルと芸名がチラシに書かれる。たけしぃーさんはバリトンの声が見事で、それだけでも聴く価値がある。「オー・シャンゼリゼ」を日本語で歌い、2曲目はギターの伴奏がよく響き、日本のシンガーソングライターのラヴ・ソングだろう。歌声だけ聴いているととても巨漢であることを思わせない。声は練習ではどうにもならず、天性のものだ。3曲目は「オー・ソレ・ミオ」を原語で歌い、筆者の右手数メートルに立っていた眼鏡の女性は胸に抱えたアコーディオンを小さく奏でながら、同じくイタリア語でその曲を歌っていた。彼女はたぶん筆者が聴くことの出来なかった最初か二番目のユニットのメンバーだろう。「オー・ソレ・ミオ」では長く歌い伸ばした箇所があって、そこは彼の聴かせどころなのだろう。同じことは最後の「フニクリ・フニクラ」でも披露された。選曲もよく通る大きな歌声もビアホール向きで、たぶん彼はビール好きではないか。太り具合が気になるが、病気を抱えずに客を楽しませてほしいものだ。ギターはもっぱらじゃかじゃかと和音を奏で、素人でもコードが弾けると役割を果たせるのではないか。さて次に控えていたユニットは3枚目の上の写真で、沖縄紅型の黄色地のキモノを着た女性の西山朝子さんと眼鏡をかけた若い男性の森健太郎さんが組むCHANPRU-CHAMBREであった。この語呂合わせのユニット名はそのままふたりを形容している。
●『第7回ユニットコンサート』、アサヒスーパードライ梅田にて_b0419387_02131962.jpg 前半のチャンプルーは沖縄語で「ごた混ぜ」の意味で、料理名でよく知られる。長崎のちゃんぽんに通じ、またこれは朝鮮語や中国語に同様の発音があって意味も同じだ。後半のシャンブルはフランス語で「室内」を意味するが、アコーディオンは小さな部屋と見立てられる。つまり前半は西山さん、後半は森さんで、お互いの音楽の得意分野を示す。大阪の大正区は特には沖縄の人がたくさん住むが、西山さんは言葉の訛りからおそらく沖縄出身だろう。ところで、筆者は461モンブランのチラシとは別に11月18日に高槻で開催される森さんのコンサートのカラー刷りのチラシをもらって帰った。そこにアコーディオンとクラリネットを奏でることや、フランスでクラリネットを学んでパリでの国際音楽コンクールで1位を獲得したことが書かれる。「作曲・編曲も手掛け、在仏中に魅せられたアコーディオンも傍らに多くの音楽ユニットに参加」ともあって、そのユニットのひとつがCHANPRU-CHAMBREだ。西山さんが三線を弾きながら歌う沖縄民謡から始まったが、歌詞はCHANPRU-CHAMBREの言葉を歌い込んだ替え歌で、彼らのテーマソングとなっていた。西山さんは明瞭な語り口で、多くの場数を踏んでいることが推察される。2曲目は最初は沖縄独特の音階から始まり、途中で音響システムがハウリングを起こし、その途中部分から改めて演奏が初められた。それは沖縄の音階ではなく、アコーディオンの伴奏に三線の主旋律が載り、たとえばギターであればさして珍しくない西洋の音楽として聞こえるが、三線ではかなりぎこちなく響き、それが聴きどころになっている曲であった。その三線の奏でるメロディをたとえば461モンブランのコンサーティーナが弾けば、そのまま彼らの持ち味のある曲となるはずで、言い変えれば三線をフィーチャーしているところにこのユニットの面白さがある。ただし、そうした演奏はあまりに聴き慣れないために拒否感を抱く人もあるだろう。それはともかく、西山さんが沖縄のみを売りものにしていないことがわかり、繰り返すがCHANPRU-CHAMBREの名前そのままの工夫と独特さがある。3曲目は沖縄の何とか節という民謡で、西山さんは客に合いの手の掛け声を求める説明をし、歌いながら客が手で打つリズミカルな拍子を導いた。次の曲も同様で、沖縄の踊りの手振りの説明をし、その仕草での参加を求めながら彼女は歌った。こうした沖縄民謡は酒を提供し、また大勢の客が集まる場所にいかにもふさわしい。彼女は沖縄県人が経営する酒場でよく演奏しながら、そことは別の場所で別の可能性を探る意味でこのユニットを組んだのだろう。4曲のみでは三線と彼女の唄が主役でアコーディオンは影が薄いが、紅型のキモノの着用では沖縄優先であって、それは仕方のないところか。彼女も別のミュージシャンと別のユニットを組んでいるかもしれない。
 最後は3枚目の下の写真のすずきのぶこ&Francoの登場で、すずきのぶこさんはアコーディオン、フランコさんはパーカッションを担当した。まずふたりは「A列車で行こう」を演奏した後、すずきさんはメキシコから来日して3年経つ娘婿のフランコさんを紹介した。そしてギタリストの別の娘婿である日本人男性をステージに上げ、「キサス・キサス・キサス」をその題名の意味を紹介した後に演奏し、また歌詞をスペイン語で歌いもした。こうした名曲は誰が演奏してもある程度の情感が籠るが、メキシコ人が混じるとまた格別だ。次の曲は、冒頭部でピアノが「上を向いて歩こう」を奏で、引き続き「見上げてごらん、夜の星を」がすずきさんのアコーディオンの主旋律が導く中、客たちが一緒に歌った。このような形で昭和の名曲が歌声喫茶で歌われていたのだろう。筆者の母世代ならばそういう場所を知っていたが、筆者は知らず、また気恥ずかしさが先に立ってなかなか一緒に歌う気になれない。ところが近年は筆者の口から50年代から60年代初期の歌謡曲がしばしば漏れ、家内は筆者がそうした古い曲を知っていることに驚く。それらは当時好き嫌いを考えるまでもなくラジオを中心として耳に入って来ていた。筆者は忘れようとしても忘れられないでいる。10歳までの音楽体験は大きい。さて以上でチラシに印刷されるすべての出演者の演奏が終わったが、前述したように高齢のハーモニカ奏者が登場した。4枚目の上の写真が彼の演奏中の様子だ。中央の写真は彼が輪になった行列の先頭に立って会場内を巡る様子を捉えた。この行列の輪は彼の演奏が終わった後、ステージに吉田親家さんが「ビア樽ポルカ」を演奏し続ける中、司会者の勧めによって始まった。ついでに4枚目の下に載せる画像は、461モンブランの山下さんがスマホで自撮りした短い映像ツイッターに載せたものの一場面で、筆者の後ろ姿が小さく写っている。筆者のすぐ右際をその行列が4、5周した後に筆者は店内を後にした。ついでに書くとそれより数分前に金森さんが筆者に声をかけて先に出て行った。これもついでながら筆者がホールに入って5分ほどした頃、金森さんは筆者の姿を見つけて話しかけて来た。金森さんから後で送られて来たメールによれば、みんなで輪になって練り歩くことは好まないとあった。「見上げてごらん…」の客の合唱と同じような一心同体の心持ちが好きではないというのはわかる。照れと言うよりも、見知らぬ人ばかりでは何となく安易な協調性に感じるからだろう。学生時代に酔った勢いで「同期の桜」を合唱することも同じ気分で、合唱の協調性には何となく危険な雰囲気が潜みがちだ。そこまで理由をつけずに単純に考えて、美しいメロディを素直に口ずさんでそれが合唱に広がってもいいはずで、曲によっては筆者は一緒に歌うことを拒否しない。
●『第7回ユニットコンサート』、アサヒスーパードライ梅田にて_b0419387_02133247.jpg 輪の行列が間近にやって来た時、ある女性が筆者に参加を促し、笑顔で両手を差し出したが、どう対処していいのか戸惑った。何度目かの輪の先頭が来た時、ワイングラスを持った山下カナさんと一瞬目が合った。前述の山下さん自撮りの映像はその時に撮影中であったはずだ。筆者の間近にいた20代の女性はしきりに筆者の目立つ格好が気になるらしかった。話を戻す。ハーモニカ奏者は黒シャツに赤のネクタイ、赤い革のハンチング帽といういでたちで、演奏前に帽子はイヴ・モンタンを意識して誰かに作ってもらったと話した。「枯葉」とピアノ伴奏つきで「ハーレム・ノクターン」を演奏し、また演奏と同じほど話す時間が長く、その話はとても興味深かった。司会者が紹介する彼の名前を聞き逃したが、長年ハーモニカを吹いて来たことがわかった。彼は戦争後に上町台地で負傷軍人がアコーディオンを奏でている姿を見たそうで、その頃にアコーディンを演奏したいと思ったが、高価で重い楽器のため、ハーモニカを選んだ。そして吉田さんが自分より一回り上の年齢であるのに元気で演奏されていることに敬意を評した。その言葉から彼が78歳であることがわかる。若い頃から親しんだ楽器を手放さないでいれば、高齢になっても元気で人前で演奏出来る。画家も文学者もおよそ長命で、好きな表現を続けていれば心の老いは遅らせられるだろう。90で現役の吉田さんを思えば筆者はまだ20年ほどは元気でいられるように感じる。しかし、それは平和があってのことだ。「ハーレム・ノクターン」の演奏前に、サキソフォン奏者のサム・テイラーの代表曲であることや、サムが黒人差別のひどかった時代に生きたことを紹介し、差別がなく、平和であることの尊さが話された。そのとおりで、ビアホールで老いも若きもビールを飲みながらアコーディオンや歌を楽しめることはかけがえのないことだ。行列の輪が始まる前、丸尾さんが姿を現わし、アコーディオン入りの四角くて黒いランドセル状の包みを背負って慌ただしく会場を後にする後ろ姿が見えた。そして金森さんはまた姿を現わし、筆者に接近しながら、丸尾さんに筆者が来ていることを告げ、彼女を振り向かせた。彼女は1、2秒筆者を見た後、「風邪を引いています」と言って出て行った。YMOがマスク姿で演奏したのはそのためで、丸尾さんは疲れていたとともにインフルエンザを他人に感染させてはならないと考えたのだろう。丸尾さんとはじっくり話をしたことがない。その機会を望みたいが、黙って演奏会に訪れ、黙って帰るのがいいとも思う。そう言えば筆者の眼前で1歳未満の女児が母に抱かれ、その顔の写真を撮ったが載せないでおく。彼女は演奏中に声を上げ、2,3歳上の兄は走り回っていた。そもそもビアホールはみんな勝手に喋ってうるさい。それは世間と同じだ。そういう自然と言うべき中で音楽が演奏される。芸術はみなそうだろう。
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