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●渡月橋間近の下流堰工事、その3
歴を ルナに語りて ひとり酒 酔うて歌えば 言葉途切れず」、「整えて しばらくきれい 気持ちよし また整えて しばし落ち着き」、「乞食とは 呼ぶなよ俺は 宿なしで 仕方なきこと 受けて今あり」、「裸にて 生まれてすぐに 衣着て 野生と切れて 人にもまれて」●渡月橋間近の下流堰工事、その3_b0419387_00485578.jpg 撮りためた写真のことをたまに思い出す。投稿の機会を得なかったことが残念で、今からその写真に添える文章を書き、遡って投稿しようかと思うことがままある。しかし、7,8年も前となると気持ちの半分は億劫だ。7,8年前のことを思い出すのがそうであるからではない。場合によるが、筆者は古いことをよく覚えている。たとえば、7,8年前の投稿し忘れた写真をなぜか毎晩のように眠る直前に思い出し、なぜ思い出すのかとの理由が気になる。自分のことなのに自分でわからない。それで半ば眠りに入っているからかと思うことにするが、覚醒してこうして書いていると、同じようにその投稿し忘れた写真とそれを撮った時の筆者の動きや心の中が、何らかの確かな意味を持ってのことであったのかと気になる。繰り返すと、自分の行動が自分で説明出来ない。これは被写体が筆者を招き寄せたと考えたほうがいいかもしれない。そういうことはあるだろう。すべての行動は自分の意思によると自信を持って言える人は考えが浅い。無意識という言葉をあまり使いたくないが、自然と体が動き、ある場所に向かってたとえば写真を撮ることはある。これは人に声をかける場合も同じで、出会いはそのようにして双方の思いがあってのことだ。そう考えるので、前述のことを繰り返すと、筆者は7,8年前に投稿し忘れた写真のいくつかが今なお気になり、そして撮影されたその物がなぜ筆者を引き寄せたのかと繰り返し思う。ただしこのように考えるのは世間ではおめでたいと言われかねない。たとえば筆者がある女性の魅力に気づき、何らかの方法で接近を試みたとする。その場合、相手の女性の本心を考えないので、実際は相手から大いに嫌われているかもしれない。そこで自省心が働くが、それは正直に言えば、とても味気ない。行動しなければ何も変化がないことを知っているからだ。とはいえ、相手の事情を考えれば慎重にならねばならないことがある。それで筆者はなるべく人を避け、物を相手にする。物との出会いは人と違って裏切らないかと言えば、そうでもない。物でも人でもやがて飽きることがある。もちろん飽きない場合も多く、それで前述のように筆者は繰り返し7,8年前のある写真を思い出す。1枚ではなく数枚で、また写真よりもそれを撮った時の筆者の心の動きと、その被写体がある現場がなぜか妙に気になる。何が言いたいのか。筆者はこのブログで大量の写真と文章を載せているが、投稿しなかった写真や事柄をとても惜しいと思うことがある。だが話はそこからさらに進む。
●渡月橋間近の下流堰工事、その3_b0419387_00491967.jpg たとえば筆者は近日中にその長年気になっている写真を使って文章を書くとする。それで心の中がすっきりするかと言えば、それはごくわずかな瞬間であろう。そのことを知っているのでわざわざ書こうとはしないと言ってもいいかもしれない。長らく気になっていることを実行したとして、それはそれで味気なさが必ず襲う。また女性の話をすると、たとえば話をしたいと思っていて、それが実現した時、さて次はどうするか。そう考えると筆者は一度で充分という気になる。相手のことをほとんど知らずに一度だけ会う。そして幻滅することがあるかもしれないし、とても気分がよい場合もあるだろう。いずれにしてもその一度で充分だ。あるいは二度ある場合もあるが、二度目は必ず味気ないだろう。それで気になっている間が心地よいということに思い当たる。会えばその気がかりが解消され、次にやって来るのは飽きや幻滅だ。そう考えると、前述の7,8年前の気になっている写真は気になっている状態が心地よく、そのままにしておくのがよいということになる。このことから導き出せることは、筆者のこの文章を読む人は読み終えた時点で関心が解消され、それ以上は何も起こらず、そのことが最良ということだ。筆者という人は別の存在と言ってよく、この文章とはつながらない部分がある。無関係と言えば間違いだが、関係はあっても希薄な場合がある。だが濃厚や希薄はどう決めるか。濃厚な交際すなわち結婚生活を営んでも離婚する人はあるし、一度も会ったことがないのに生涯心の中で生きる存在がある。7,8年前に投稿しておくべきであった写真は投稿しなかったゆえに希薄だが、眠る前にしきりに思い出すのはそれだけ濃厚な体験であったからだろう。希薄な出会いがやがて濃厚に発展し、また希薄になることは誰しも経験するが、筆者が一度だけじっくりと会いたいと思う女性がいる場合、たぶん濃厚な記憶のままに長く残したいからだ。二度会えば希薄になりやすい。そして現実に希薄な存在になると味気なさが襲う。それは耐え難い。濃厚から希薄になった関係は絶対に元に戻らない。さて、撮りためた写真を今日から数日投稿する。今日の最初の写真は1月30日、2枚目は2月17日で、いずれも渡月橋の上から撮った。2枚目の「上」は桂川右岸で、すでに蛇籠が敷き終わり、きれいに水が流れている。「中」は川の中ほど、「下」は左岸寄りで、工事は右岸から順に行なわれた。この工事は豪雨があればまた修復するので、掃除とさほど変わらない。手入れを怠ると状態は悪化しやすく、なるべく荒れが目立たない間に手入れすることだ。このブログは手入れもへちまもない。思いつくまま書いては投稿し、そして忘れる。生きる限り、気がかりは減らないが、気がかりを減らすために書くのに、一方で長年気になり続けることがある。筆者の文章がまずいためで、それは熟慮が足りないからだ。
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by uuuzen | 2023-03-28 23:59 | ●駅前の変化
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