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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●西国街道、その31
戚に なりたくなきは 相手もと 思って蓼酢 アーユー愛す?」、「街道を 外れて急ぐ 地元人 家で待つ者 いてもおらずも」、「西国の 果てに行かねど 京に住み 羅城門には 門なきを知る」、「何もかも 面白くなき 高齢者 散歩に出かけ 道を誤り」●西国街道、その31_d0053294_01240764.jpg 去年12月2日に歩いた神戸市の兵庫区の地図の3枚目を最初に掲げる。左下隅のCは柳原蛭子神社だ。Iから上に延びる黄色の線が西国街道だが、昨日書いたように国道2号線の阪神高速がそれを分断し、高架下に信号がない。そのため地図のJ地点まで行き、そこから阪神高速の下をくぐることになる。黄色の西国街道を続けて歩いてもよかったが、当日はほかに予定があった。それでK地点の最寄り駅に向かった。それが海老茶色のルートだ。この地図を参照しながら今日を含めて3回投稿する。まずは最初の写真だが、これは7日に投稿した地図のH地点で、ここは「札場の辻跡」と呼ばれ、西国街道は珍しくも直角に折れる。「ひょうごはじまり館」に置いてあったチラシの中に「地下鉄海岸線に乗って兵庫津へ 往時の西国街道を体験しよう! 西国VR」と題するものがあって、1枚もらって来て手元にある。チラシには「初代兵庫県庁舎 ARアプリのご紹介」とも大書され、その表題の下に「初代県庁者と北前船の往時の姿をARで再現し、現在までのエリアの変遷も楽しめる……」などとあるが、ARのことを「拡張現実と呼ばれ、カメラで映した実際の映像にデジタル情報を重ね合わせる技術」と小さな文字による説明がある。これはVRすなわち仮想現実に準じるもので、スマホがなければ体験出来ない。「初代県庁館」で男性係員が何度か筆者に勧めたものはこのARであったようだ。筆者は断ったが、スマホを所有しないでは元より体験出来ない。今はスマホを持たない大人はそうとうな変わり者と見られるが、筆者はパソコンを毎日長時間使っているので二重の変人といったところか。それはともかく、チラシには兵庫津でARアプリが体験可能な場所は清盛塚を起点としてそばの運河を北上した5か所で、筆者はそのどれにも足を運ばなかった。そして「札場の辻跡」のみ「西国VR」が体験出来る。写真に写る看板のある箇所にスマホを向けると、大正から昭和初期の西国街道のイメージが再現されるとある。チラシ裏面は「日本遺産認定の地 兵庫津ウォークマップ」と題して12の要所の写真と説明がある。「札場の辻跡」は「この地は兵庫津の中心地でした。高札(法令や幕府の布達を掲示する札)を掲げる札場があったので「札場の辻」「札の辻」と呼ばれました。札場は柳原と湊口の東西の惣門、島上町の来迎寺(築島寺)にもありました。」と説明される。神戸市が兵庫津の西国街道の紹介に力を入れていることがわかるが、「札場の辻跡」付近は平凡な、そして昭和の雰囲気を残す下町で、洒落た店は皆無ゆえにすぐに歩き終わってそれでおしまいということになるだろう。
●西国街道、その31_d0053294_01242902.jpg
 「札場の辻跡」の向かい側に平凡な大きな公園がある。それを過ぎると眼前に阪神高速が迫る。そうして地元の常連が通う喫茶店の手前で蘇鉄の鉢を見つけたことは昨日書いた。今日の2枚目の写真の「上」はグーグルのストリートヴューから取った。阪神高速の向こうの奧に本来歩くべき西国街道が真っすぐ通っている。写真「下」は今日の地図の黄色と海老茶色の線の交点から南を向いて撮った。西国街道歩きの徹底には写真奧に見える阪神高速のすぐ手前まで歩くべきだが、見るべきものはなさそうで、新開地駅に向かった。先の「ウォークマップ」からはこの付近に寺や神社が集中していることがわかるが、「西国街道VR」を経験する対象にはなっていない。チラシの一番上にある「地下鉄海岸線に乗って……」の言葉が示すように、阪神高速やJRの北側を歩くことを推奨していない。そこは新開地に属するエリアで、別のチラシが用意されているかもしれない。そう考えると国鉄の線路や戦後の高速道路は地域の事情をよく鑑みてルートを決めていることが想像出来る。それは当然だが、もともと地域色が異なって隣り合っていたことが強調されることになって、分断が鮮明化した否定的な面があるとも言える。とはいえどの地域に住んでも「住めば都」は事実でもあって、その場所に愛着は湧くようになる。そうでない人は早々に引っ越し、愛着のある人たちが長年住むことによって地域の特色が強化される。そのことはどの都市にもある。京都市では学生でない限り、どこに住んでいるかで人間性がある程度判断される。井上章一が言ったように、嵯峨生まれと言えば田舎者の百姓とみなされる。嵐山も同じだが、程度はもっと低い。「風風の湯」の常連のFさんは嵯峨の三条通り沿い生まれ住み、近隣の大地主たちをみな百姓上がりと半ば蔑む。では武士の血筋ならば百姓の出とどう才能や関心事などに大きな差があるかと言えば、筆者の見るところ全くない。つまりどの地域に住むかで人間性がわかるはずがない。それでも地域の質に対する偏見は根強い。それは結局地域ごとに地価が異なり、家の敷地面積や建物の規模に差があるからで、人々は外見で判断するからだ。最初はそれしか判断材料がないが、やがて人柄は地域住民に知れわたって行く。そのことは一遍の時代も同じであったはずだ。時に大金持ちでもとんでもない俗物がいることを地域住民は知るが、大部分の人は俗物であるので、金持ちの俗物がそうみなされても痛くも痒くもない。ところが世の中は大部分の俗物以外の少数の徳のある人が動かしている部分が大きい。その徳とは偏見を持たず、誰に対してもごく普通に接する態度に具わる。筆者は相手が金持ちであろうが、ひとり暮らしの貧しい老人であろうが、人柄を見て話を交わす。それで得したことはなく、もちろん徳もないが、筆者の周りのごく狭い人間関係に限れば、筆者を嫌悪している人はいないだろう。
●西国街道、その31_d0053294_01245150.jpg

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by uuuzen | 2023-02-14 23:59 | ●新・嵐山だより
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