人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●今年の本気の鶏頭、その14
剤を 飲まずに捨てて 快癒し 自分の心身 他者は知らずや」、「鶏頭の 花で囲うて 意地示し 龍の尻尾を 目指さぬ矜持」、「クリスマス 今年はジョンの 歌聞かず ウクライナ耐え 暗いと叫び」、「年末に 気がかり減らし 思いつつ 人生整理 まだ先のこと」●今年の本気の鶏頭、その14_d0053294_18505015.jpg 今日の写真は先月22日に家内と訪れた万博公園内の国立民族学博物館での展覧会の後、茨木市内を歩いた時に見かけた。当日のことについては来年投稿するが、鶏頭の花の写真は今日の投稿の題名からして年内に使いたい。そして「その15」の投稿も予定している。今日の写真の鶏頭がどこに咲いていたかを説明するのはややこしい。茨木市内をほとんど知らないからだが、夏に家内と歩いた道だ。それを逆方向の北にたどった。その時に咲いていることに気づかなかった理由はわからない。まだ背丈が低く、開花していなかったからかもしれない。それにしても四辻の北西の角地に建つ一軒家の南面する玄関前から東辺にかけて円形鉢や横長プランターにたくさん咲き、最初の写真の上からわかるように、枯れ花もあって夏に咲き始めたであろう。まだ開花前の菊のプランターもあって、たぶん鶏頭も菊も世話せずとも毎年勝手に咲くのではないか。これほどたくさんの鶏頭の花をまとめて咲かせる家は初めて見た。どれも花が球体になる久留米鶏頭で、筆者が描きたいものではないが、貫禄は買う。さて今日の冒頭の歌のふたつめは「鶏口牛後」の言葉を思い出して詠んだ。牛の尻尾にならずに鶏の頭になれという意味だ。これをどう捉えるかだが、世間では大企業に入って高収入を得ることが人生勝ち組で、小さな企業に埋没することを負け組とするから、今では死語だろう。牛の尻尾になっているほうが人生安泰かどうかだが、牛の尻尾はテール・スープとなるのに対し、鶏の頭ではより価値の劣る出汁しか望めず、やはり尻尾であっても牛のほうが格上と真面目に思う者が多いだろう。学校を出た後、筆者が勤務した大阪の設計会社は当時日本で4番目、関西では最大と言われ、300人ほどいた社員の頭脳のみが財産の会社であった。そこを辞める時、筆者は自分の名前を記す職に就きたく、そのことを上司に伝えた。すると、学校で学んだことは一切通用せず、一からの学びは大変だと言われた。全くそのとおりだが、会社で将来それなりの地位に就けたとしても筆者は自分の力を試したかった。それに何事も学ぶことは好きで、どんな分野でもそれなりの仕事をする自信はあった。工学で仕上がった頭脳を美術方面に切り替えることにも不安はなかった。子どもの頃から絵は好きであったからだ。むしろ工学部に進んだのが間違いであった。もっとも、設計会社時代に仕事として英語の文献をよく読み、高等数学を駆使するコンピュータ言語を学んでいたから、それらのことは現在も役立っている。つまり人生に無駄はなく、学べば学ぶほどに見えて来ることがある。
●今年の本気の鶏頭、その14_d0053294_18512026.jpg 設計会社で牛の尻尾になっていた筆者は鶏の頭を目指すことになった。友禅の世界でも牛の尻尾的な人は多い。大多数がそうだと言ってよい。人間国宝の作品の模倣をして悦に入る作家が伝統工芸士のような資格を得て行くが、結局のところ、やがて人間国宝になるのは独創に優れた人だ。もっともそれのみとは言えず、人間国宝の2代目が同じように人間国宝になる場合が目立つ。画家でも同じで、京都はそれだけ伝統が根強い。上田秋成は応挙を絶賛しながら、その弟子たちはみな小粒と最晩年に書いた。辛辣過ぎる意見だが、全くそのとおりだ。作家として有名になるには有名な師に就くしかないとよく言われる。京都画壇はそのように連綿とつながって来ている。それは牛の尻尾は、やがて頭がなくなればその位置に代わって就くという考えで、まずは牛の尻尾から始めるのは当然と見る。これは確かに一理ある。筆者が就いた友禅師は無名同然であったが、京都を代表する5本指の先生たちの仕事の下請けをよくしていて、筆者は最初から友禅界の頂点の作品がどういうものかをじっくりと学べた。そのため、当時賃仕事として工程の一部をこなしていた多くの人たちとは違って、白生地さえあれば最後の仕立ては除いて全工程をひとりでこなす、そして複雑な総絵羽ものを染める術を知った。筆者はちょうど2年で師から離れ、後は独学で工夫しながら作品を作った。当初は人間国宝など京都を代表する作家の仕事に恐れをなしていたが、やがて自分の個性をこそ発揮すべきと悟り、模倣は一切拒否するようになった。そこにザッパの音楽が間接的に役立った。ザッパが「こんにちの作曲家は死ぬことを拒む」というヴァレーズの言葉を掲げたのは、文字どおり収入を得て生きて行くことを覚悟すると同時に、模倣せずに創作を続けることを本分と思ったからだ。そして何度も書くが、その標語の「作曲家」はあらゆる造形をもたとえている。ヴァレーズとザッパの音楽が全然異なりながら共通していることを知れば、たとえばザッパを敬愛する音楽家ならばザッパとは全く異なる作品を作りつつ、精神においてザッパと通じているべきだ。そのことを自覚するには若いほどよい。20歳では遅いだろう。筆者はそういう話を他者と存分に交わしたいが、身近にそこまで真摯な表現者はいない。筆者が鶏頭を題材に大作を作りたいと数年前から考えているのは、上記のことがひとつの理由でもある。牛の尻尾で満足しているサラリーマンないしそれに類する表現者に筆者は関心がない。そして伝統無視の無学はもっと面白くない。20代のザッパがツアー中、各地の図書館に行ってストラヴィンスキーやその他のクラシック音楽の作曲家の楽譜を見て学んだ努力があったからこそ、人生最後のアンサンブル・モデルンの『ザ・イエロー・シャーク』公演が実現した。ザッパは牛の尻尾を最初から拒否し、鶏頭になることを目指した。
●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→

by uuuzen | 2022-12-25 23:59 | ●新・嵐山だより
●温泉の満印スタンプ・カード、... >> << ●切り株の履歴書、その11

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?