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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『純情の記録』、『人生診断記』―続き
見の 勘の働き 誤らず 自信の根拠 疑わぬ愚も」、「気がかりを ひとつ減らして 次覗く 面倒と手間 生き物がかり」、「二度寝して 妻のもとへと 急ぐ夢 道に迷いて 妻に起こされ」、「純情は 人さまざまと 知る大人 純に徹して 人殺しもし」●『純情の記録』、『人生診断記』―続き_d0053294_01354468.jpg 今日は10月27日の投稿の続き。末永時惠氏が『純情の記録』ないし『人生診断記』の邦題で戦前戦後に訳したアクセル・ムンテの原書『MEMORIES AND VAGARIES』のうち、どういう理由からか、彼女が翻訳本に収録しなかったムンテによる第3版に寄せた序文、そして第9,10、11章を先月10回に分けて筆者が訳して投稿した。その翻訳についての説明は明日にでも投稿するとして、今日はその後気になった翻訳箇所について書く。ところで、ムンテは音楽好きで、『サン・ミケーレ物語』や本書にはそのことに関する物語が目立つ。またシューベルトやベートーヴェンといったドイツの古典音楽だけではなく、貧しい辻音楽師や村の祭りで雇われる楽団の音楽も好み、ムンテの本を深く楽しむには芸術全般に豊富な関心を持っている必要がある。そのため、ムンテの本の翻訳は難しいとも言える。広範は知識を必要とするからで、またそうでなければ、あるいは知らないことを追求しようとするのでなければ、せっかくのムンテの配慮を読み飛ばしてしまうことになる。さて、10月27日に投稿した箇所以外はすらすら読めると書いたが、少々違和感のある個所は他にもあり、今日はそのひとつを紹介する。その箇所は原書の第3章「MONSIUER ALFREDO」だ。これを末永氏は第2章に置き、「悲劇作家」と題している。原題は「ムッシュー・アルフレード」で、戦前でも「ムッシュー」で通じたようで、末永氏は本文では「ムッシュ・アルフレッド」と訳している。この物語は無名の老いた脚本家の男性を主人公とし、ムンテは限りない同情を彼に寄せている。とあるカフェでアルフレードと親しくなったムンテはやがて彼の唯一の弟子になり、彼の書いた脚本で彼の指導によって芝居の稽古をするまでになるが、アルフレードの脚本は常に悲劇で、それもこれ以上はないと言ってよいほどに救いのない主人公が描かれる。彼によれば悲劇こそオペラや芝居の大道で、それ以外は認めない。ましてや当時パリで絶大な人気を誇っていたオッフェンバックのオペレッタなど、言語道断のしろもので、その話題をムンテがしようものならつむじを曲げる。一方当時のパリにいた貧しいイタリア人を蛇蝎のごとく嫌悪していて、諸悪の根源と思っている。ムンテは貧しいアルフレードを誘ってオペラやオペレッタを見に「パリ座」に行こうとするが、そうした誘いをアルフレードは頑なに拒み続ける。ある夜、ムンテはオッフェンバックの話題になっている『山賊』を見に行く。その劇場でのことがこの物語の山場で、末永氏の翻訳には問題がある。少々長くなるが末永氏の訳を以下に書く。
 彼は決して夕方は其のカツフェーにやって來なかつたので、私は夕方は煙草を吸ひながら一人くつろいでゐた。時々私は幾人かの學生と一緒に、下の大通りで食事いたこともあった。しかし私はラテン區に住み馴れてゐた人間であつたので、私達が喜劇の街ザイネー通りを横切るやうなことは稀であつた。ところが或る夕方、食卓についてゐたひとりが、オッフェン・バッハの「山賊」を見に皆で車を走らせやうではないかと提案し出した。それは當時大當りの喜劇であつた。兎に角彼等は私を連れて行つてしまつた。
 私の見たところではどの桟敷も學生でいつぱいであつた。私達は素晴らしく良い氣持になつて、私達の後の一列に席を占めてゐる平戸間連中と同じやうに、全く元氣に拍手した。私は何か、カッフェー・ムラブールの私の老友人を瞞してゐるやうな氣がしてならなかつた。若しも私が其のやうな場所にゐるのを彼が見たならば、どんなに私を輕蔑するであらうと少し悲しい氣がした。そしてこの事に就いては決して彼には語るまいと私は心に固く契つた。しかし私は、こうなつてはどうすることも出來なかつた。幕の間中、私は我を忘れて哄笑してゐた。歌の最後の言葉が終るや否や、其の平土間連中は耳も聾するばかりの拍手喝采を爆發させた。そして私達も亦それらの平土間の見物人と同様に、全く良い氣持になつて笑ひ騒いでゐた。押し合ひへし合ひ、最早や私達も身動も出來なくなつた時、平土間連中はもう一度其の力を盛り返し、その賑やかな狂言は、私達の後の薄幸な見物人達によつて雷のやうな拍手と共に再び叫ばれた。「ブラボー! ブラボー!」貧しい人達は安い料金で見られる此の樂しい喜劇こそ、彼等にとつて唯一の慰安であつたのであらう、次の日又パンのために働かねばならぬ勞苦をも忘れて、彼等は笑ひしれてゐた。
 しばらくの間を置いて又起こつた「ブラボー、ブラボー」に私はびつくりした。私は急いで周圍を見廻し、私の目を其の平土間連中の方へ走らせた、そして次の瞬間、私の仲間はひどく驚いたことであらうが、私は帽子をとつて其の場を逃げ出さざるを得なかつた。
 樂しさうな音樂は、私が家路に急ぐ途中何時までも私の耳に鳴り響いてゐた。しかし私はその夜涙が目ににじみ出て來るのを感じた。

*   *   *   *   *   *   *   *
 以上4段落で927字で、原文では1ページ半、英単語数322に相当する。なお、『純情の記録』から引用し、新漢字と旧漢字の字体にあまり差がないものは面倒なので旧漢字にはしていない。末永氏はムンテの文章の段落を守って訳しているようで、そのことから原書の該当箇所と読み比べやすいが、翻訳の全文を原書と比較していないので、各章の段落数が一致しているかどうか今のところわからない。ひょっとすればムンテの一段落を分けている場合があるかもしれないし、その逆もあり得る。ともかく、次に筆者の訳を載せる。
 彼は決して夕時にはカフェに来なかったので、私はそこでタバコを吸いながら寛いだ。時々私は大通りを下って来る学友たちと食事をしたが、カルチェラタンの住民としての我々がセーヌを超えることは稀であった。ある日はしかしながら食卓にいた誰かが当時大評判であったオッフェンバックの『山賊』を見に全員で「ヴァリエテ劇場」に駆けつけるべきと提案した。そしてどうに  かこうにか私は彼等とともに運び去られた。
 私は1階の平土間席は学生で埋まっていたと信ずる。我々は気分が高揚し、背後の列を占めるサクラと同じほど力強く拍手をした。私は「皇帝のカフェ」で出会った老いた友人を裏切っているように思え、そしてそんな場所に私がいるのを彼が見ればいかに軽蔑するかを感じ、彼に何も言わないでおこうと決心した。しかしそうは行かなかった。私はずっと笑い声を立てて叫んだ。歌の最後の言葉はサクラが絶大な拍手をする前にほとんど終わりそうになく、我々と平土間全体は全くの善意で彼らの導きにしたがった。そして我々は衰えて腕をもはや動かせなくなった時、サクラは強さを取り戻し、見事な笑劇が我々の後ろのわびしい観客による雷のようなさらなる拍手で歓呼された。そこでは貧しき悪魔たち全員が翌日のパンを求めて「ブラヴォー、ブラヴォー!」と叫んでいた。
 突然私は一息した後の「ブラヴォー、ブラヴォー!」にびっくりさせられた。急いで振り返り、サクラを眺めた。それから、私は仲間たちが驚くのを後目に、帽子を手にして劇場をこっそりと出た。
 楽しい音楽が家に着くまで耳に鳴ったが、私はその夜、涙が出そうに感じた。

*   *   *   *   *   *   *   *
 以上668字で、末永氏が費やした字数の7割だ。末永氏の決定的な間違いはイタリック体で印刷されている「claque」の意味の取り違えだ。これは劇場の平土間のしかも最後尾に劇場から雇われて拍手と盛大な声を発する「サクラ」のことで、ムッシュー・アルフレードが夕方になると「皇帝のカフェ」からいなくなるのは、ヴァリエテ劇場にサクラとして働くためだ。つまり「貧しい人達は安い料金で見られる此の樂しい喜劇こそ、彼等にとつて唯一の慰安であつたのであらう、次の日又パンのために働かねばならぬ勞苦をも忘れて、彼等は笑ひしれてゐた」ではなく、「明日のパンの金を稼ぐため」だ。その劇場はムンテや同じ医学生が住むセーヌ左岸のカルチェラタンから川を越えた北部に今もある。ムンテはアルフレードを誘って同劇場に行こうとしていたが、アルフレードは生活費を稼ぐ必要上、好みではないオッフェンバックのオペレッタ『山賊』を見に行き、「ブラヴォー」の声を張り上げていた。またそのオペレッタの内容を末永氏は理解していない。それは戦前は無理であったろうが、70年代では調べようと思えば簡単に出来たはずで、昔の訳文を吟味し直さなかったところにやや無責任さを筆者は感じる。
 末永氏の訳ではなぜムンテがこそこそと劇場を後にし、家に着いて涙を流しそうになったかの理由がわからない。またこの物語の面白いところは『山賊』に登場する親分以下の山賊どもが親分に対して「万歳!」を唱えることにサクラの合唱の「ブラヴォー」を引っかけていることだ。『山賊』は階級社会における持たざる者すなわち山賊と持てる者としての貴族とのやり取りが主題になっていて、オペレッタであるので貴族階級の裏面が告発され、悪の権化であるはずの山賊たちが逆に生きるために知恵を働かせ、貴族の財産を奪おうとする。ムンテはサクラたちを「joyless spectators」や「poor devils」と形容している。後者を末永氏は無視して訳さないが、ムンテが「貧しき悪魔たち」と書いたのは、眼前で今しがた見たオペレッタの登場人物である山賊たちの風貌をサクラたちに見たからだ。つまり劇中の仮想ではなく、現実としてムンテら学生の後ろに楽しみのない、わびしさをたたえた人々がいた。そして彼らサクラの中にムンテはアルフレードの声を聴き取り、顔も目撃し、その途端にいたたまれなくなって劇場を後にした。それはアルフレードに対する優しさからだ。アルフレードがムンテの同席を知ると、普段ムンテに話していることとは違う行動をムンテに知られることになる。その恥をムンテはアルフレードにかかせたくなかったのだ。またムンテは『山賊』に大笑いの喝采を送って堪能したが、アルフレードにすればその物語は自分の意識の代弁でもあったろう。この章の物語の巧みさは『山賊』の登場人物とアルフレードの思想と生活が貧しさにおいて重なるところにある。末永氏はそこまで読み取っておらず、彼女の訳では半分ほどしか面白さが伝わらない。しかも言葉を多く費やして見当違いな意味に導いている。ムンテが劇場から突如抜け出たのは、『山賊』を娯楽として見に出かけたことに対し、友人である老脚本家が収入を得るためにそのオペレッタでサクラとして働いていることを恥じたからでもあろう。つまり階級の差だ。だがムンテはそういう説明をせずに、最小限の言葉で行間を読み取らせようとしている。これは詩と言ってよく、その無駄のない文章は各単語に重みがある。そのことを理解したうえで訳せば、同じように短くて無駄のない日本語になるはずではないか。ピリオドを含まない英単語数322に対して、筆者の訳では句読点含めて688字であるから、一単語当たり2字としてよい。これが英文の日本語訳として普通なのかどうか知らないが、字数は少ないほどによい。この物語の最後は売れない芸術家に対するムンテの限りない優しさと純粋な心が書かれる。それこそ涙なくしては読めず、筆者は思い出すたびに自分の行動、意識を振り返る。人に対する優しさには限りがない。しかし世間ではこれだけしてやったのにという考えが幅を利かせている。
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by uuuzen | 2022-12-05 23:59 | ●本当の当たり本
●『ベルリンの画家とその世界(... >> << ●アクセル・ムンテ著『記憶と頓...

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