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●『WAKA/WAZOO』その3
る矢の 的を外さぬ 名人は 勘も含めて 努め重ねて」、「難しく 考える人 何階を 目指すや高み 誰も登らず」、「愛宕柿 今年も吊るし 空白し 愛宕山肌 雪の帯巻き」、「沸かずとも 飲めればよきや 渇き喉 若きの随喜 どこかのどかに」●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01033503.jpg 本作の発売予告があった時、ジョージ・デュークの曲がいくつか含まれていることに少々驚いた。これまでのザッパのアルバムでは一緒に演奏するメンバーの曲を収めることはなかったからだ。雇用主のザッパが雇うメンバーに花を持たせるのはその演奏のみであったが、60年代末期から70年代初頭にかけてのマザーズにおけるジョージ・デュークの貢献度は他のメンバーとは比較にならないほど大きかった。それで「アンクル・リーマス」は唯一のザッパとデュークの共作曲となったが、それをザッパが74年の『アポストロフィ』で初めて紹介する2年前の72年5月にヴォーカル抜きで完成していたことを本作は伝える。アルバムで初めて公にする数年前にザッパが作曲を終えていることは珍しくないどころか、ほとんど常にそうであったと言ってよいが、72年春に「アンクル…」のヴォーカル以外のパートを完成させていたことは当時いかにジョージとの仲がよかったかが改めてわかる。本作のディスク3の前半は「アンクル…」を除けばジョージのオリジナルの「フォー・ラヴ」、「歳こそマティック・ダング(心身の糧)」、「ラヴ」の3曲を、演奏の長さに差のあるベーシック・トラックとともに計6曲収録するが、これらは『ワカ』と『ワズー』が録音されたのと同じハリウッドのパラマウント・スタジオにて、同じエンジニアのケリー・マクナブによって収録され、プロデュースの名義がザッパとなっている。それゆえザッパがマスター・テープを保有することになったが、ジョージはそれを使わず、録音し直して74年から75年発売の自作アルバム計3枚に収録した。結論を簡単に言えば本作ではどの曲もザッパのギターがジョージのキーボード以上に目立って弾きまくっている感がある。そして当然のことながらジョージが自作アルバムに発表したヴァージョンはどれもきらびやかでより凝った演奏になっている。それだけ72年春以降にジョージは自信をつけたことになる。また本作のヴァージョンからもわかるようにジョージは独自性を持っていて、ザッパの影響下にあるというような作曲をほとんど行わなかったことがわかる。「フォー・ラヴ」や「ラヴ」はザッパなら恥ずかしくて絶対につけない曲名だが、ジョージは一般のうけ狙いではなく、実際に愛や平和、自由の精神を押し出すことにためらいがなかった。「心身の糧」は主題がいかにもザッパ風で、ジョージの器用さを伝えるが、この曲を初めて自作アルバムに収めた時は猛烈な速さで主題を奏で、またトリオの演奏にもかかわらず、全員が黒人であるためもあって、ザッパの音楽とは全く違うファンキーさが強調された。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01040712.jpg 同曲で興味深いのは本作のヴァージョンではイントロがメンバー全員で一斉に演奏する際、ザッパのギターが73年の「アイム・ザ・スライム」の冒頭を思わせることだ。ジョージがザッパの影響をわずかでも受けたのであればザッパもジョージの音楽から何かを学んだと見てよい。ただし本作に収録される3つの曲ではザッパは自分のギターの個性を存分に発揮するというより、ジョージの音楽性にしたがっているように感じられる。つまりザッパと言われなければそうとはわからない演奏ぶりで、そこにザッパが一ギタリストとしてどのようなバンドのどのような曲でもソロを担当出来る職人的技術を持ち合わせていたと言ってよい。その意味で本作のディスク3はザッパのギターの意外な一面がわかるが、そのことはジョージのアルバム『ジョージ・デューク・アンド・フィール』に収録される「ラヴ」以外の「フィール」と「ステイトメント」からもわかる。ザッパはそれら3曲を「オブデウルⅩ」という仮名で参加しているが、主役はジョージであることを尊重しながら決められたとおりの小節分を過不足なく演奏していると言ってよい。これはザッパでなくてもかまわないとの意味だ。本作の「フォー・ラヴ」では冒頭主題をチャンキーという黒人女性が中心に歌い、ジョージが遠慮気味に声を重ねるが、ジョージの『オーラ・ウィル・プリヴェイル』ではジョージが歌う。その声の質はザッパの「インカ・ロード」で馴染みのもので、ジョージがマザーズの73年秋にはザッパから積極的に歌うことを勧められたことがわかる。だがジョージの74,5年はアルバムごとにメンバーを変え、まだ模索中の感がある。ジョージはジャズ畑に育ったので、ザッパが72年にがらりとジャズ色を強めた『ワカ』と『ワズー』では鍵盤楽器の才能を求められ、それを存分に発揮したが、ジョージ以前にイアン・アンダーウッドやドン・プレストンがマザーズに在籍したので、わざわざジョージを参加させたのはイアンやドンとは違う黒人色と言ってよい。もっと言えば『ジョージ・デューク・アンド・フィール』の冒頭曲「ファニー・ファンクのファンクで、そのことはザッパの73年のアルバム『オーヴァーナイト・センセイション』に色濃く表現されたことからもわかる。ただしファンクの濃さではジョージのアルバムはザッパを圧倒している。それは仕方なきことであり、また当然でもある。そこでザッパはファンクさも一要素と考える余裕、あるいは仕方なさがあったのに対し、ジョージは出自からもそれを自分の代名詞にすることを当然のように考えた。さてザッパが第1期のマザーズを解散したのは一緒にツアーをすることもあった有名ジャズ・メンがわずかなお金を借りていることにジャズの現実を見たからということが『自伝』に書かれる。好きな音楽に固執するのは第一義だが、そのことで収入がないのであれば音楽活動は継続出来ない。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01044077.jpg そこでファンをつかみ、レコードを多く売ることに迫られる。それを言えば60年代はビートルズが世界一であったが、ザッパがビートルズの『サージェント・ペッパー』をジャケットまでパロディにしてアルバムを作った時、『俺たちは金のためにやっている』という題名にした。これはポール・マッカトニーが売れ行きを第一に考えて『サージェント・ペッパー』を製作したとザッパが思ったからだが、ではそこにザッパが売れれば何でもいいとは思わなかった思想が表明されているかとなれば、曲やアルバムは売ろうとしても売れないもので、よく売れたものがすべてつまらないとは限らない。もちろんそのことをザッパは知りつつ、自分はどういう音楽を目指すかと試行錯誤した。そこにジョージ・デュークのことを考えると、彼の試行錯誤の時期は、一時期途切れるが、マザーズに在籍した75年5月頃までとひとまず見てよい。ところでザッパ/マザーズの来日公演が75年秋に発表された時、新聞には74年のロキシーでのメンバー写真が使われた。ところがジョージの姿はなく、またマザーズのメンバーはほとんど一新されていた。そしてインタヴューでザッパはジョージのことを訊かれ、ジョージはビリー・コブハムと組んでいると語った。そのアルバムも1枚発売されているが、ジョージの人脈の広さはザッパ以上と言ってよく、74年のアルバムではザッパが一緒に演奏しなかった有名ミュージシャンが何人もいた。そうして多くのミュージシャンと組む間に独自の音楽性を深めて行くが、筆者が一番好きなジョージのアルバムは77年の『フロム・ミー・トゥ・ユー』で、これは数年前まで長年CD化されなかったが、後のディスコ調になる直前の抒情性豊かな音楽性はザッパにはないもので、また一方では売れることをことさら狙ったところもなく、好感が持てる。ところが同作の題名はビートルズの曲名を借り、本作の「ラヴ」や「フォー・ラヴ」の延長にあって、ジョージのそうした曲名に対して「ダーティ・ラヴ」という曲を73年に発表したザッパはジョージを「金のためにやっている」と思ったところはあったかもしれない。というのはザッパのマネージャーのハーブ・コーエンはザッパからジョージへと鞍替えをしたからで、商売人の嗅覚としてハーブはややこしいザッパの音楽よりも物事を深刻に考えず、いわば誰とでも仲良くやって行けるジョージの音楽ははるかに一般には受け入れられると踏んだのだろう。ザッパとジョージはどちらがアルバムの売り上げが多かったのか知らないが、ディスコ・ブーム以降の80年代初期のジョージのアルバムは多くのファンをつかんだのではないだろうか。それはともかく、ジョージが去ったことを、穿った見方をすればやや憮然としたザッパの雰囲気があったが、ザッパはマザーズとして一緒にやるのも脱退するのも自由と思っていた。
●『WAKA/WAZOO』その3_d0053294_01052435.jpg ザッパが雇ったミュージシャンの中で最も有名になったのはジョージで、そこには「金のために音楽をやる」という思いとは別にやはりまず才能ありきだろう。またザッパとジョージはお互いにそれを認め合っていたので70年代半ばまでジョージはザッパと行動を共にし、ザッパの音楽に大きく寄与した。「アンクル・リーマス」はメロディと歌詞をふたりがどのように分担したのか、そのことについてザッパもジョージも語っていない。だが題名が有名な物語の黒人であり、ジョージがほとんど書いたような気がする。この曲はザッパの作品では歌詞もメロディも特に変わっているからでもある。本作のヴァージョンは『アポストロフィ』に収録される曲からヴォーカルを除いただけのものではなく、別の録音だ。またヴォーカルの旋律をギターがなぞり、そのことから中心となるメロディはザッパが書いたことを思わせる。ジョージはこの曲を『オーラ・ウィル…』にスローテンポに編曲し、また自身がヴォーカルを担当して収録する。そこにはザッパのヴァージョンとは違った哀切味が増している。それはこの曲の歌詞の主人公が黒人の若者であることを確実視させ、また彼が工場勤めしか出来ないような、人生に自信を失い、せめて大金持ちの家の玄関前に夜明け前に行って、芝生の上に置かれている騎士像を倒してやろうとする悪戯に同情を寄せる思いが、ザッパ以上に差別される黒人としてのジョージに強かったことを想像させる。とはいえ、ザッパもこの曲を歌ったのであり、周囲の常識人に大いに嫌悪されながらもせめて派手な服を着て歩く若者の気持ちは理解していたろう。どこの国でも同じと思うが、ミュージシャンという職業がそもそもいわばやくざと似たもので、ザッパもジョージもそこは思いが通じていたはずだ。であるゆえの「アンクル・リーマス」だが、ふたりとも世界的に有名になって大いに稼ぎ、この曲で歌われるビヴァリーヒルズに住むような大金持ちだ。ただしそうなってもミュージシャンであることに変わりはなく、ザッパは自分のことを偉ぶる気持ちはなかったであろう。北欧のとある教師が熱烈なザッパ・ファンとなって、ザッパのステージを追いかけていたことを知った時、ザッパはそのファンを快く思わなかった。教師としての本分を存分に果たしているのであれば、ロック・ミュージシャンの追っかけをしている暇はないと考えたからだ。音楽家として猛烈に仕事をし続けたザッパであればそう思うのは当然だろう。となればザッパは自分の音楽を歓迎するファンに感謝しつつも、そこにまともな人物はいないと考えていたかもしれない。つまり音楽を「金のためにやっている」のであって、また使わせる金額に相当する仕事ぶりは提供しようと思っていたろう。そしてそうであるためには真剣に努力せざるを得ない。そういう人しかザッパの音楽の神髄を真には理解出来ないと筆者は昔から思っている。
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by uuuzen | 2022-12-21 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など
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